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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第三部 ワケあり少年、翻弄される

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〈迷走の子羊〉 お誘い




   * * *



しばらく歩いたファウストが落ち着いたのは、玉座が視界に入る位置だった。

ここで、皇帝神からお呼びかかかるのを待つつもりなのだろう。


この辺りの雰囲気は入り口近くの賑やかさとは少々異なり、目の前の相手と話しながらも、誰もが玉座を意識している気配が窺える。

ここがファウスト王の正念場なのだろうが、しがない村人なヨシュアの立場では、ティアラと並んで澄ましているくらいしかやりようがない。

夜も更けた時刻になろうとしている会場は、薄闇を思わせる場所が見当たらないほど明るく、それでも、外では暗闇の精霊王が支配する時間に違いなかった。


ファウストは渋い顔をしてヘルマンに時計を確認させた。

そして、一言。


「遅い」


会場を辞する者が出てきても、未だ、ファウストに皇帝神からの声はかからず、神殿でヨシュアが気にしていた他国の王族達がアスラ皇帝神の玉座から戻りついでに、ウェイデルンセン王はのんびりした性格で羨ましいと嫌味を言われても、尚、動きがないままだった。


「ヘルマン。面倒だから、もう帰るとするか」


「言い訳はどうなさいますか」


「退屈だからで充分だろう」


ふざけた会話を老獪な側近と繰り広げるファウストは、相当苛々していたとしても王の顔で綺麗に隠しているので、ヨシュアなんかには、どこまで本気なのかが読みきれない。


「それとも、ヨシュア。お前が極度の緊張により腹を下したことにでもしておくか?」


ともかく、暇すぎて飛び火するのだけは勘弁してほしかった。

そんな意味のないやり取りで時間を潰していると、辺りが、ざわりと妙に波立つ。

振り向けば、アスラ皇帝神が神官のサイラスを従えて、こちらに向かってくるところだった。

一瞬、無表情になったファウストは、次の瞬間には友好的な笑みを浮かべて半歩分前に出た。

逆に、ヨシュアとティアラは黙って一歩、退いておく。


「ファウスト王、今日はよく来てくれた。礼を言おう。どうだ、楽しんでくれているか?」


公の場で気安く話しかけてくるアスラは、まるで旧友に対する親密な態度だ。

取り引きは大小問わず頻繁にあるとは言え、こうして直に顔を付き合わせた機会など、片手で数えられてしまうのが実情なのに。


「ええ、存分に」


対するファウストは、思うところが色々あれど、にこやかに手を広げて受け入れるしかない。

王様らしい社交辞令として。


それから、しばらくは、ご近所さんの挨拶にありがちな、当たり障りのない天候の話題が繰り広げられる。

ファウストが、いい加減、本当の用件を出しやがれと内心で毒づいていると、その思いが通じたように、正に本題が世間話の延長上に放り込まれた。


「ああ、そうだ。明日の市民向けの顔見せなんだが、よければ、一緒に参加してくれないか」


密かに息を潜めて耳を傾けていた賓客の面々は、ぽっと出された提案に大きくどよめいた。


「知っての通り、皇帝神に伴侶という制度がないものだから、どうにも華がなくてな。ファウスト王が隣に並んでくれるのなら、これほど素晴らしい演出はないだろう」


「急な話では、警備に負担が増えるのではありませんか」


「心配ない。元々厳重な警備を計画しているので気遣いは無用だ。今宵、泊まっていただく用意も、すぐできる。もちろん、お連れも一緒に」


各国の注目が集まる中、ファウストは返答に迷っていた。


「もちろん、無理を言っているのだから断ってくれて構わない」


アスラは、特に表情を変えずに親切な言葉を寄越してくる。


「他に候補がいるのですか」


「いや。ファウスト王が断るのなら、当初の予定通りに進めるだけだ」


「わかりました。私でよければ、喜んで参加させていただきます」


「引き受けてくれるのか? てっきり、迷惑な誘いだったのではと思っていたのだが」


「とんでもない。これほど嬉しい誘いは滅多にありませんよ。ただ、突然の話で驚いていただけです」


「そうか。ならば、急いで部屋を用意させよう。では、また明日」


黙って後ろに控えているだけのヨシュアでさえ、平然を装うだけで精一杯なのに、直接相対していたファウストは少しも王らしさを崩した隙がなかった。

ヨシュアが、これから、どういう展開になるのか見当をつけられずにいる間に、一行は割り振られた客室へと案内役される。


「こちらがファウスト王様。右隣にティアラ様、その奥隣がスメラギ様のお部屋となっております」


「二人には話があるから、案内はここまででいい」


「かしこまりました。後ほど、パレードの説明に神官のサイラスが参りますので、お部屋でお待ちくださいとのことです」


年の割りには身綺麗にしている女中が務めを終えて下がった途端に、ファウストは扉をきちりと閉めきって王の顔をかなぐり捨てた。


「あんの腹黒暗黒大魔王、いかにも罠ですって顔で誘ってきやがって!! こんなことなら、面子を気にして待ってないで、早々に顔出ししてトンズラこいとくんだった!」


口調も仕草も、一国の王様としては認められない荒れようだ。


「何か仕掛けてくるつもりだと、お思いですか?」


自分達の存在を忘れているのではないかと疑いつつ、ヨシュアは、あえて王に問いかけてみた。


「ああ、十中八九な。でなければ、事前に打診しておくものだ」


苦々しくも冷静さを取り戻したファウストの答えに、ヨシュアも同意する。


「狙われるならティアラ、お前だろう。あれだけ公の場で堂々と誘ってきたからには、私に何かあれば、全面的な責任が自分に跳ね返ってくるのだからな。それで言えば、自分の敷地内で事を起こすほど愚かではないから、今夜が一番安全かもしれん」


けれど、明日は何が起こるかわからない。

無言の続きが、神経をピリピリと刺激する。


「ヨシュア。私は、お前達まで付き合わせるつもりはない。意味はわかるな」


「……はい」


自分の代わりに、しっかり守れという意味だと、ヨシュアは正しく理解していた。

ファウストの冷ややかな目付きが、言葉よりも一層鋭く雄弁に語っているのだから。


「なんにせよ、サイラスに話を聞いてからだ。ティアラ、後で呼ぶまで部屋で待っていなさい。ヨシュア、お前もだ」


素直に返事をしたティアラと黙って目礼したヨシュアは、こうして、各々の部屋に移っていった。

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