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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第三部 ワケあり少年、翻弄される

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〈王の思惑〉 姫巫女の舞と企みの発動




   * * *



レスターの屋敷内で無事に幼馴染み三人組として集合したヨシュアに、落ち着きのない様子は見当たらなかった。

けれども、若干の外面仕様で乗り切ろうとしている内心を見抜けないアベルとエルマではなかった。

口に出して指摘しないのは、長い付き合いの気配りであり、年末くらい棘々しくしてほしくなかったからだ。

そうして、屋敷でレスターの言付け通り、主不在を感じさせない豪勢な振る舞い受けた三人は、夜もすっかり更けた時刻になって揃って外出していた。


「さむっ!」


と、途端に身震いしたのは、一番厚手のコートを羽織っているヨシュアだ。

冷たい空気に比例して、夜空には無数の煌めきが冴え渡っている。

しばらく歩けば、つい先日、シンドリー物産展が行われていた広場に辿り着いた。

多くの屋台がひしめき合い、それ以上に見物人でごった返している。

ここで、これから、神聖な奉納の舞が行われるからというよりは、年末から年始にかけて浮かれたいだけといった雰囲気だ。


「あ、ちょっと待ってて」


三人は、レスターが事前に手配してくれたという関係者席に向かっている途中だった。

不意に断りを入れて抜けたエルマの背中を目で追ってみると、舞台が正面で見られる最前列のど真ん中にいる、ちっちゃくて、もこもこした存在に話しかけてから戻ってきた。


「あれって、ナノさん?」


「そうだよ。早朝から場所取りしてるって言ってたから、ラクさんが探してるようなら、街中にいるって伝言を頼んでたんだ」


これで、いざという時の連絡方法が判明したものの、早朝からという所業に寒がりなヨシュアは大きく引っかかった。

ナノなら、関係者席くらい、いくらでも押さえられるはずなのだ。

それでも長期戦で陣取っているのは一般観覧席なので、これから見ようとしている舞台は、そうまでしても観覧する価値があるのだろうかと考えてしまう。

特に、今回は、レスターではなく、ティアラが務めるのだというのに。

ずいぶんな物好きだと結論付けていると、目指す関係者用のテントの中に、もうすぐ出番の舞手の姿を見つけた。


昼間と同じく髪を二つに括り、真新しい赤と白の衣装を身につけている。

目元と口元に見慣れない、くっきりとした朱色の化粧が施されていて、ヨシュアは二重に動揺しないためにと、稀に珍しく、普通の顔を必死になって取り繕った。


「ティアラ。こんな所にいて、大丈夫なの?」


練習室での微妙なやりとりを知らないエルマは、咄嗟に反応に迷ったヨシュアとアベルを置いて、気軽に声をかけていた。


「ううん、もう行かなくちゃ。でも、その前に、どうしてもヨシュアに言いたいことがあったから」


昼間に言い合った言葉の意味や、ヨシュアの動揺ぶりを知ってか知らずか、ティアラは真っ直ぐにヨシュアを見上げてきた。


「この舞台、私、ヨシュアのために舞うから、しっかり見ててね」


「え?」


時間がなかったのか、返事も聞かずに奥に引っ込んでいったティアラに、残されたヨシュアは、アベルとエルマからなんとも言えない視線を送られた。

微妙な空気すぎて、からかってもこない辺りが、益々、ヨシュアを居た堪れなくさせてくれるのだった。


飲み物を買ってくると言い訳をして、自分を取り戻す時間を捻り出したヨシュアがなんとか平常心を取り繕って戻ると、シャンと複数の鈴の音が響き渡った。

会場のざわめきが、徐々に静まっていく。


舞台中央に古めかしい装束の年配者が現れ、これまた古めかしい言葉で口上を朗々と述べた。

それだけで、会場が完全な奉納の舞台に調っていた。

口上が終わると、今度は大きな銅鑼が鳴り響き、楽に合わせて、四方から獣を模した複数の人で操る被り物が舞台を所狭しと暴れまわる。

山守の正体を知っているヨシュアには、すぐに、それが狼を題材にしているのだとわかった。

楽の調子が盛り上がるに連れて激しく跳ねる狼達を、同じく四方から現れた白いドレスの少女達が舞により静めていく。

そして、誰もいなくなった舞台に再び鈴の音が広がり、その鈴を鳴らしているティアラが、しずしずと中央に進み出た。


それからの数分間、ヨシュアはティアラに頼まれるまでもなく目が離せなくなっていた。

その内に、変に意識してティアラへの好意を否定するのはやめようと思いつく。

接した期間は短くとも、エルマのように素直に親しいと認められる存在にして構わないのだと考えられたから。



   * * *



式典の後、マフラーや帽子で変装したティアラがヨシュア達幼馴染み組に合流すると、みんなで屋台を冷やかしたり、あちこちに立っている大道芸を見て回って楽しんだ。

ヨシュアの心持ちが落ち着いたせいか、まるで昔から四人でいたかのようにしっくりと馴染む居心地のよさだった。


夜通し遊んでいたので、元日の昼間は四人共レスターの屋敷で寝て過ごし、翌日の二日には二組に分かれて、各々の居場所へと帰っていった。

それで、今、ヨシュアとティアラは陸路でウェイデルンセンへの帰る途中であり、馬の休息を兼ねてお茶屋に寄っているところだ。


「なあ、ティアラ。カミって、そっちの夢に出てきたか?」


「うん。昨日、来たよ。お正月だからって、珍しいおつまみに喜んでるらしくて、べろんべろんになってたけど」


ヨシュアは自然体で笑った。


「神様も正月には浮かれるもんなんだな」


なんて言ってみたものの、無類の酒好きなカミにとって、季節の行事など呑兵衛でいるための口実にすぎないのかもしれないと思い直す。


「ヨシュアのところには、顔を出さなかったの?」


「あー、たぶん」


「たぶん?」


「それが、出てくるには出てきた気がするんだけど、二足じゃなくて四足の方でさ。全然、しゃべらなかったし、すごく遠目だったから、単に普通の夢だったのかもな」


むしろ、その方がヨシュアとしては安心できるのだが、夢に出るほど自分がアレを気にかけているのかと考えれば複雑な気分ではある。


「へえ、それって縁起のいい夢なんだよ」


そう言うティアラは、少し驚いているようだ。


「狼が出てくる夢がか?」


「うん。きっと、今年は、いいことがあるよ」


たかが迷信。

神様なんて当てにしないが信条のヨシュアだったが、新年くらいは、いい気分でいたかったので頷いておいた。

けれど、後にわかることだが、あの夢はささやかな幸福の先触れなどではなく、僅かながらもこの先に関する重大な警告であったなどとは、恐ろしい事実をカミに告白されるまで当事者でさえ知る由もない事件だった。



   * * *



信じられないほど穏やかな帰城への道のりを過ごしていたヨシュアは、うっすらと白く染まったウェイデルンセン王国の地に入ってすぐ、今年最初の災難に遭遇していた。


「おかえり、ヨシュア。オアシスでは大活躍していたそうだな」


災難の顔を見分けた途端に、新年の始まりくらいは気分よくいたくて、本能が敏感に察して小さく鳴らしていた警鐘を無視していた自分を詰る。


ティアラを乗せた馬車が城に繋がる通りと別方向に向かったので、嫌な予兆は確実にあったのだ。

その前だって、ティアラの護衛にリラが同行していなかった事態や、レスターが毎年行っていたというオアシスの大切な行事に不参加だったこと。

他にも、出立前のシモンの様子や、ティアラがいるのに帰りの進み具合が速かった状況などなどなど。

些細でも、思い返せる違和感を挙げれば切りがなかった。


相手を見据え直したヨシュアは、正月仕様でぼけぼけしていた頭を全力で回転させながら馬を下りる。


「ファウスト王、あけましておめでとうございます。本年も、よろしくお願い申し上げます」


目前に現れたのは、何人もの護衛と側近のヘルマンを連れたウェイデルンセンの王様だった。


「ああ、ヨシュアに、その気があるなら話は早い。なにせ、これからしばらくは、同行してもらうことになるのだからな」


「どちらへ、でしょうか」


ウェイデルンセンの地図を把握していたヨシュアは、ものすごく最低な予測を全力で否定したかった。

しかし、である。


「オーヴェ帝国だ」


どこか愉しげな王からは、予想通りの答えしかもらえなかった。

正解を導き出したヨシュアは、当たったところで、少しも嬉しいとは思えなかった。

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