〈王の思惑〉 ツケと弱音
* * *
「ヨーシュア」
名前を呼ばれて幻聴かと疑いながら辺りを見回すと、元気いっぱいのアベルとエルマがやってくるところだった。
「なんで、そんなにやつれてるんだ?」
体力勝負の荷運びを終えてきたはずの二人よりも、よほどげっそり痩けて見えるらしい。
誰かに声をかけられる時は、ぎりぎりで外面を被っていたヨシュアだったが、相手が幼馴染みだと確認した途端に担いでいた木材を下ろし、支えにしてもたれかかった。
「二人とも早かったな」
「ヨシュアこそ、何やってんだよ」
てっきり物産展の疲れを癒してるものだと思っていたアベルは、呆れ果てて顔色の悪い幼馴染みを眺める。
「仕事だよ、仕事」
「まさかとは思うけど、ずっと全力で動きっぱなしとか言うんじゃないだろうな。昼飯は食ったのか?」
「えぇっと、食べたような、食べてないような……」
誰かに何かを差し入れてもらったような気がするものの、なんだったのかまでは覚えてなかった。
「次から次に指示されてたから、仕方なかったんだ」
アベルとエルマは顔を見合わせて頷き合った。
「ヨシュアのことだから、よそ様でのんびりしてられる性格じゃないのは知ってたけど、本当に予想通りだったなんてな。差し入れ、買ってきて大正解だったよ」
ヨシュアの癖を本人以上に理解しているエルマは、迎えに来る途中で温かい飲み物を用意していた。
ヨシュアが受け取って飲むと、甘酸っぱくて、さっぱりとした液体が疲れた体に染み渡っていく。
「どうして、二人はぴんぴんしてるわけ」
自分だけがバテバテの貧弱さを露呈しているみたいで、八つ当たり半分に恨みがましい質問をする。
「だって、俺ら、普通の下っ端仕事に慣れてるから」
けろっと答えるアベルに、ヨシュアはとっても納得がいかなかった。
「なんだよ、俺だって一緒に働いてただろ」
どこが違うんだと続けようとしたヨシュアを、アベルはチチッと指を振って否定してくれる。
「言っとくけど、ヨシュアがロルフさんやミカル兄にやらされてた内容って、かなり特殊な例ばっかだからな」
「わかってるよ、そんなこと」
「いいや、わかってないね。本当にわかってるんなら、際限なく指示を出してくるような上司に当たったら、適当な隙間をやりくりして上手に休むもんなんだよ。体力勝負の仕事の場合、頑張るのと無理をするのとじゃ、大きく開きがあるんだからな」
今になって思い返せば、年配者に何度か休んだらどうかと心配そうに声をかけられたような気がする。
「ヨシュアって、どんな状態でも、涼しい顔して全力疾走しちゃえるんだからな。少しは手を抜く小技も覚えなよ」
真面目で通っているエルマでさえこんな調子なので、ヨシュアは相当不器用な頑張り方をしていたようだ。
「言われなくても十二分にわかったから、これ運んどいて。もう限界」
運んでいた角材をアベルに押し付けると、ヨシュアはぐったりしゃがみ込んだ。
「ったく、しゃーねえな。終わったら飯にするから、それまでしっかり休んでろ。エルマを置いてくから、余計なことはするなよ」
わからず屋に言い聞かせるような口ぶりに腹が立ったものの、疲労を意識してしまうと、気持ちを表に出すのでさえ億劫だった。
「ねえ、ヨシュア」
アベルを最後まで見送りきらずに、しんどくて俯いたヨシュアに、エルマが話しかけてくる。
「んー」
悪いけど、まともな返事をする気力が湧いてこない。
「何かあった?」
聞かれて、何かは、あったような気がしたヨシュアでも、文章として考えをまとめるのが面倒だった。
「ヨシュア、何が不安なんだ」
返事のないヨシュアに、エルマは同じ目線になって強引に視界に入ってきた。
幼馴染みに、こうまでされれば、意識の外に置いておけるものではなかった。
「普段のヨシュアなら、いくら慣れない作業でも、ここまで潰れたりはしてないだろう」
ずっと隣にいたエルマには、嫌なことがあると無意識に勉強や仕事に精を出して暗い気持ちに引きずられないようにするヨシュアの性質なんて把握済みだ。
それは、内にこもってしまいそうな気配を察したロルフやミカルが、ヨシュアが孤立してしまわないよう何かに託けてちょっかいをかけていた習性からきているのだろうけど、本人には少しも自覚がないのも承知していた。
「カサイのおじさん、元気に帰っていった?」
ようやく口を開いたと思ったら、脈絡のない確認だったので、エルマは本格的に心配になる。
「元気だったよ。ヨシュアだって、今朝、荷物を積み込む前に話しかけてただろう」
地面に俯いたまま、ヨシュアは小さく頷いた。
「今回の物産展がきっかけで、オアシスに進出しないかって話が来てるって聞いたから」
「みたいだね。物産展、すごい盛況で忙しすぎて、おじさん、腰にくるってずーっとぼやいてたよ」
一向に晴れないヨシュアを窺いながら軽口を返したエルマは、更に暗く、辛そうになって項垂れる様が見て取れた。
「俺、余計なことをしたんじゃないのかな」
「余計なこと?」
「だって、おじさんも、もう若くないし、無理をさせたんじゃないかと思って。別に、あの時みたいに困ってたわけじゃないのに、足の悪い息子さんまで遥々と出て来てもらう事態になっただろ。思いついた時は名案だなんて浮かれてたけど、盛況になればなるほど、これでよかったのかって、ぐるぐる考える」
絞り出すように吐き出されたヨシュアの本音は、後から後から漏れ出てきた。
「手紙に書いた通り、上手く転がったのに?」
「そうなんだけど、駄目元っていうか、はまったら面白いことになりそうだ、くらいの感覚だっただけ。それが考えてた以上に転がり出して、なのに自分じゃ、直接、手伝うこともできなくて。カサイのおじさんが、どう思ってるのか知るのも怖かったから、あんまり話しにも行けなかったし……」
ヨシュアは地面に埋まってしまいたいみたいに俯きを深くした。
「大丈夫だよ。おじさん、忙しいって言いながらも嬉しそうだったから」
ヨシュアがようやく顔を上げると、エルマは穏やかな瞳で笑っていた。
「息子さんだって、遠出は諦めていたのに、支店ができたら仕事に託つけて遊びに来られるって喜んでたよ」
「本当に?」
「本当だよ。だから、なんにも心配する必要なんかないんだ。他には? 何が引っかかってる?」
エルマに導かれるように、ヨシュアにはすぐに浮かんでくるものがあった。
「一緒に働いてる人達と上手くやれなかった」
「ナノさんは、しっかりやってるって言ってたよ」
「その人が間に入ってくれてたからだよ。そうじゃなきゃ、セオドリクさん以外とは口も利いてもらえなかったと思う」
「社交的な顔をしなかったの?」
「したつもりだった。でも、最初に失敗したんだ。ラクさんに挑発されて、つい、うちの商会でやりあってる感覚で言いすぎた。すごい頭の悪い真似をしたって反省してるけど、後からじゃ、どうしたって取り戻せなかった」
「ラクさんやコトリさんとは、上手くやれてたんだろう」
「たぶん。だから、尚更、敬遠されてたっぽい」
「そういえば、ヨシュアって年上と話す機会が多かったもんな。同年代とか、ちょっと上の先輩くらいの親しい人って、僕達以外にいないよね」
「……ううっ、そうかも」
悔しそうに答えるので、エルマは小さく微笑んだ。
「これまで避けてきたツケが回ってきたみたいだね」
どこか言い返したげなヨシュアは、息を吐き出しただけで、自分の不足を認めて俯いた。
「何やってんだろ、俺」
レスターの手伝いをしたいと思ったばかりの頃は、内心、そこそこ役に立てると確信があった。
なのに、現実は途中参加の手伝いさえ、まともに務まらなかったのだ。
「ヨシュアは落ち込みすぎ。だいたい、物産展は大盛況だったんだから、反省もいいけど、少しはやってやったぜって喜んでみたら」
「でも、だって」
「だってもくそもない! じゃないと、三人揃って打ち上げができないだろ」
真剣な顔で本気の説教をされて、ヨシュアはようやく、ちょっとだけ頑張ってた自分を認めたられるような気がした。
「うん、俺はよくやった」
「そうだよ。お疲れ様」
少しだけ晴れやかな表情を見せてくれたヨシュアにエルマが満足していたら、丁度よく、アベルが戻ってきた。
「運んできたし、抜ける許可ももらってきたぞ」
「ありがとう、アベル」
かなりよくなったヨシュアの顔色を見て、アベルは元気に腕をふりあげる。
「よーし。んじゃ、ぱーっと打ち上げに行くとするか」
そのかけ声に、ヨシュアとエルマは顔を見合わせて笑った。