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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第三部 ワケあり少年、翻弄される

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〈王の思惑〉 頑張りますけど




   * * *



数日後。

シンドリー物産展の主要な面子が揃うということで、朝から会議が開かれる予定になっていた。

この企画に対して未だに自分の立ち位置が見えていないヨシュアは、どのくらい気合いを入れるべきなのかも不明な心持ちで会議室に向かっている。

とりあえずは新人らしく、一番早い入りで待っていようと集合場所の第三会議室の扉を開けた。


「おはよう。残念ながら二番手だけどねって、あれ、君は……」


「どうも、お久し振りです」


誰よりも先に来ていたのは、ボリバル国出身のセオドリク・ウィルフレッドだった。

以前、レスターの同僚として紹介された人であり、さりげなくレスターに好意をアピールしていた青年だ。


「もしかして、セオドリクさんは交渉役だったりしますか?」


「そうだけど、ヨシュア君こそ、どうしてここに?」


「出身地の企画として、レスターさんに手伝わないかと誘っていただいたので」


「そうか、レスターさんに」


複雑そうに名前を口にしたウィルフレッドに、ヨシュアは素知らぬ振りを通そうと決めた。

あの時は、レスターにも迷いがあったように見えたが、今ではカミとくっついてしまっている。

だからと言って、大っぴらに紹介できる相手でもないので、明確にならない鬱々とした想いがあるように感じた。

しかし、それはヨシュアから最も関係ない所でやって欲しい問題だったので、話題を変える。


「シンドリーにいらしてたんですよね」


「そうなんだ。正直、大変だったよ。初めての訪問だったんだけど、シンドリーの商人って積極的な体質みたいだね。進んで自分達に有利すぎる契約書を作ってきたり、とんでもない曲解で無茶な条件を付け足そうとしてきたりで。へたな口約束でもしようものなら、正式な契約を結ぶ前に損害賠償を請求されそうで怖かったよ」


ヨシュアは苦笑するしかなかった。

あまりにも容易に想像できるが故に。


「初めての契約相手の場合、シンドリー商人は自分達がどれだけ優位に立てるかを重視するんです。一度関係ができてしまえば契約は絶対に守るし、そんなに拗れることも少ないんですけどね。知らない人には強烈な洗礼だと思います」


「うーん、そうか。今回は挨拶程度で、数人単位だったからなんとかなったけど、次回は一人で込み入った話になるから心配だな。ヨシュア君、これを知ってたらシンドリーのお偉いさん達の心を掴める! みたいなコツってないかな」


ヨシュアは、それを自分に聞くのかと驚き呆れた。

シンドリー出身の唯一の顔見知りだとしても、相手は年下に加えて下っ端でしかない。

ウィルフレッドの人当たりのよさは、ヨシュアと違って表面的なものではなさそうだ。

だからこそ、レスターにも迷いがあったのかもしれない、などと、らしくもなく邪推してしまった。


「セオドリクさんの場合、一人で対応するなら、この企画の意義を熱心に語る方が交渉しやすいかもしれませんね」


年上なのになんとなく放っておけなくて、つい意見を述べてしまった。


「具体的な数字を示すのじゃなくて?」


「ええ。シンドリーの商会連が噛んでいるなら、しっかりした企画だという認識はあるはずなんです」


「じゃあ、私達が値踏みされていたってことか」


「おそらく。なので、絶対の保証をできない数字をへたに出すよりは、このオアシス進出の機会がいかに旨みがあるかを示す方が、今後のためにも有効だと思います」


特に、実直そうなウィルフレッドの雰囲気であれば、尚更、耳を傾けるというものだ。

興味さえ引ければ、後の損得勘定は業突くな商人達が勝手にやってくれる。


「会議前に一働きしてるなんて、感心な奴らだな」


声に振り向けば、入り口でラク・カルヴァドスを始めとする会議の参加者が数人で覗き見をしていた。

ウィルフレッドは驚いていたが、ヨシュアは神経質な体質により気配を察知していながら、知らない振りを通していた。


「スメラギのお坊っちゃん、次はこっちを頼む。今日の会議のお題だ」


資料の紙束を差し出してきたカルヴァドスは、初めて会った時と同じく無精ひげに上下別の柄物という、どこの遊び人が紛れ込んだのだろうと思いたくなる派手な出で立ちだ。

喋り方も乱暴とは言わないまでも、常にふざけた調子が混ざっている。

それなのに、ヨシュアは再会した当初から、遥か高みから試されている気がしてならなかった。


「わかりました、頑張ります」


作り笑いで受け取ったヨシュアは、自分から坊っちゃん呼びをやめてもらうのは無しにしようと決意していた。



   * * *



秋の乾燥した冷たい風が枯れ葉と踊る今日この頃。

オアシスでは、商工会議所の一室で器用貧乏なスメラギ・ヨシュアが気合いの入ったご婦人のお化粧よりもぶ厚い外面を装着して孤軍奮闘していた。


「失礼ですが、それは疑りすぎというものですよ」


「何、しらを切るつもりか」


神経質っぽい細面の中年男にネチネチとらちが明かない疑惑をかけられたヨシュアは、わざと大袈裟に首を振って笑顔で綺麗に否定する。

そして、一言。


「あのレスターさんが、そんな迂闊な判断をなさるとお思いですか?」


この魔法の呪文で、ヨシュアは意図も容易く黙らせることに成功した。

外面でなければ盛大にため息でもつきたいところだ。

この単純明快な受け答えに辿り着くまでに、ヨシュアは相当な紆余曲折を経てきたのだから。


幼い頃から災難続きで、様々な悪意に晒されて育ったヨシュアは、経験則から常にありとあらゆる想定をしておく習慣が身についている。

今回のレスターの誘いも、催事の手伝いというそれだけなのだが、何か裏があるという前提で参加していた。

そんなヨシュアが真っ先に懸念したのは、催しがシンドリー物産展という題目なことだ。


現在のスメラギ商会はロルフが若い内に当主の座を得るための決意表明として急激に発展させたものなので、あまりの勢いに恐れおののいた他家の古狸系貴族達からの風当たり緩和材として、ロルフ自ら国王に申し出た多国への出店禁止が課せられている。

それでもネチっこく煩い連中には、スメラギの名を有する者は国外に出る際には必ず目的と居場所を届け出るとまで確約して、ようやくロルフはスメラギ家の当主に就いた経緯があった。

それは一見、窮屈な縛りのようだが、実際は当時から国外に出店した店舗も、この先どこかに出店する見通しも一切なく、主戦力である交易にはなんら支障がなかった。

国外に出る申告も、それ自体に制限はなく、むしろどれだけ外遊し、商取引きを成功させているかを自慢する材料になるだけだった。


そんな裏事情により、物産展に出店するような大棚の商人ともなればヨシュアを見知っている者もいるだろうし、なんらかのいちゃもんをつけられるだろう心づもりは最初からしてきている。

そう、正にどんぴしゃな予想してきたにも関わらず、ヨシュアは会う人会う人にどうしてここにいるのかと驚かれ、不審げにジロジロと疑われ、どんな思惑があるのかと散々に探りを入れられるドツボにおもいっきり嵌まっていたのだ。


最初の頃は折り目正しく丁寧に用意していた受け答えをしていたものの、誰一人として実家は無関係の説明では納得してくれず、まったく仕事の話に入れなかった。

そこで、今度は、すぱっと短く否定するだけにして本題に入るようにしたのだが、重箱の隅を突つきたがるシンドリー商人の悪癖により、あるかなしかの食べこぼし探しに躍起になってくれるで、やっぱり肝心の用件は進まなかった。

このままだとレスターに申し訳ないと挫けそうになったところで、はたと浮かんだのが、あの渾身の一言だった。

やけくそ半分の虎の威ならぬ女王の威だったそれは、すぐに想像以上の効果を発揮してくれた。

関係が薄いはずのシンドリーにまでレスターの名は轟いているのだと知ったヨシュアは、順調に回るようになったというのに余計な重圧を背負った気分だったが。


「それでは担当の者に確認し、夜までには宿に連絡をさせていただきます」


面倒なシンドリー商人をまた一人見送ってから、ヨシュアは小さく息を吐いた。

鉄壁な外面を駆使し、様々な嫌みやあらぬ疑いを爽やかな笑みで受け流し、あらゆる事態を想定内に納めようと努めていたヨシュアは、いつだって想定外のとんでもない困難に見舞われてしまうのは何故だろうと詮のない悩みに付きまとわれている。

今だって、雑用係として精一杯頑張ろうとやってきたのに、下っ端どころが中間管理職みたいな仕事を任されているのだから。


「よお、頑張ってるな」


来客が途切れて一息ついたところで、ひょっこりと、今回の企画立案兼責任者であるラクが顔を出した。

この、ラク・カルヴァドスこそが、ヨシュアに半端に厄介な責任のある役割り振ってくれた張本人だった。

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