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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第三部 ワケあり少年、翻弄される
62/131

〈子羊と巫女姫〉 わからない




   * * *



「お帰りなさいませ、ファウスト王」


ヨシュアと明日の予定を確認してきた帰りのシモンが、王族専用棟を一人で歩いているファウストを見つけた。


「今日の会食は、早めに終わったようですね」


現在は側近を離れていても、最初に厳しく仕込まれているシモンなので、誰に言われずとも最低限の予定くらいは把握している。


「ああ。今、エヴァンの部屋に顔を出してきたところだ」


そう返すファウストは、子育てを他人任せにするつもりのないエヴァンと現在、別居状態にある。

夜泣きの可能性が高い時期なので、毎日神経の使う決裁をしているファウストには付き合わせられないからだ。

元々、夜遅くなった時は気を使って別々に寝ているファウストは、だからこそ、わずかな隙間を狙って家族団らんの時間を大事にしようとしていた。


「お茶をご用意いたしましょうか?」


「そうだな」


ここ数日の報告をしたいという意味なので、ファウストは気楽に話せる私室の書斎に頼んだ。


「ヨシュアの様子はどうだ? 万が一にも、気付かれたりしてないだろうな」


台車で二人分を運んできたシモンに、ファウストは前置きなしで確かめる。


「それは大丈夫だよ。秘密にするのは心苦しいけど、ヨシュアのためだからね。あれ以上、負担をかけるのは可哀想だよ」


お茶受けに果物の甘露煮を出してきたシモンが妻と同じ考えだったので、面白いからという原動力で動いているファウストは思わず黙ってしまった。


「その代わりじゃないんだけど、妙な疑いをかけられちゃってさ」


後ろめたさのあるファウストには構わず、シモンはすっかりヨシュアに拗ねられてしまっている近況を報告した。


「どうも、オアシスに行く関係で、しばらく自分から離れられるのが嬉しいんだろうって、おかしな誤解をされてるみたいでね」


「なんだ、それは。あいつも中々な面倒な奴だな」


一部ではやっかいな妹至上主義者だと定評のあるファウストなので、ヨシュアが知れば憤慨しそうな感想だった。


「それで、嬉しそうにしている本当の理由はなんなんだ」


「実は、ヨシュアのせいではあるんだよね。ほら、ヨシュアが実家から戻った時に、いくらか私物を持って来たって報告したでしょ。その後、殺風景だった離れがヨシュアの部屋って感じになってきて、嬉しいのが顔に出ちゃってたみたい」


帰省前だと、いつでも痕跡を消せるようにと、城で用意した物以外は見えないところに仕舞い込み、私物の一切は身に付けていられる分しか持ち込まない徹底ぶりだった。


「近頃じゃ、本立てを置いて辞書を並べてたり、ペンとインクを出しっぱなしだったりするんだよ」


これまでの潔癖具合が異常だったのだと思うが、シモンがほくほくと喜んでいるので、茶々を入れるのはやめにしたファウストだ。


「シモンを付けて正解だったようだな」


ヨシュアが気難しい性格だと聞いていたので、人当たりのよいシモンを側に置くと決めたのはファウストだ。

まあ、他にも、監視と人柄の見極めを含めての人事判断だったが。


「シモン。本当は、ヨシュアと離されるのを残念に思っているのだろう」


シモンが城にやってきた経緯は酷いもので、大きな夢さえ持っているのを知っていながら、幼かったファウストはたった一言の解放命令を出せずにいた。

今では自分で選んだ道だと言ってくれているものの、ファウスト自身は、どうしても負い目を持ったままでいる。

だからこそ、心身共に負担を減らしてやりたいとの気持ちを込めて、シモンをヨシュアの世話係として送り出したのだ。

それで、ヨシュアへの憎さに拍車をかけてしまったのは大した副作用だとは考えていなかった。


「うーん、それが、全然、残念に思わないんだよね。むしろ、手放しで喜んでるくらい」


「あくまでも、仕事の付き合いということか?」


「違うよ。そうじゃなくて、俺が側近になったきっかけを話したのに、ヨシュアが自分の意志でレスター様の誘いに乗ってくれたからさ」


そんな返しをされては、割り切った付き合いどころが、とても親しんでいるのだとよくわかる。

自分が指示を出した役割のくせに、ファウストは一抹の淋しさを感じてしまった。


「でも、ちょっとだけ困ってるんだよね」


何をだ? と聞き返すファウストに、シモンは苦笑した。


「ヨシュアに対して心配がない分、側近仕事に戻るのが楽しみなのは本当だから。今日のもそうだけど、シンドリーで面白いお茶やお菓子を仕入れてきたから披露したくて。この辺は隠さなくてもいいことなんだけど、正直に言ったら、ヨシュアが益々むくれそうで大変なんだ」


「そお、なのか?」


戸惑いを見せるファウストに、シモンは笑顔で「ヨシュアには黙っておいてね」と言い置いた。

二人きりなこともあって、ファウストは久し振りに王でも兄でもない立場で面映ゆい気持ちを味わっていた。



   * * *



ファウストとシモンがほっこりと温まっていた同時刻。

ヨシュアは部屋で一人きり、後はもう着替えて眠るだけという時間になって訪ねてくる人があった。


「どうぞ」


素っ気なく答えるだけで、ドアを開けに出向いたりしないのは相手がそれを必要としないからだ。


「こんばんは」


するりと影から姿を表したのはファウスト王の妹であり、一応、ヨシュアの婚約者でもある巫女姫のティアラだ。

不本意で迷惑な話なのだが、二人きりなこの訪問も、半年以上の付き合いで慣れ始めてきている。

もちろん、ティアラが不用意に距離を縮めてこないことが大前提だったが。


「でね、昨日よりも抜ける量が少なかったから、毛玉の山場は過ぎたみたい。今みたいに夏の短いのも楽しいけど、春に生え変わる方がもさっとしてて、もっと楽しいんだよ」


ティアラの中身のないお喋りに、あっそう、と思ったヨシュアは、オアシスの過去の催し企画の書類から目を離すこともなく返事すらしない。

ヨシュアとティアラの二人しか知らない秘密の密会は、いつもこんな感じだった。


ヨシュアが勉強や本を読んでいる脇で、ティアラが勝手に日常の報告をする。

たまにヨシュアが生返事や適当な相槌を打つことがあっても、内容そのものは、ほぼ右から左に流してしまう。

ティアラの日常はカミがどうしただの、リオンがどうしただのと、大した興味を持てない話題が多いからだ。

ただ、この日は少々、様子が違っていた。

妙に静かな気がして書類をめくる手を止めたヨシュアが顔を上げれば、ティアラの定位置になっているソファーの上で膝を抱えて丸くなっていた。


「どうしたんだ」


「私のこと、少しは気にしてくれるの?」


大を強調したくなるほどの女嫌いをリハビリ中のヨシュアは、そうだとも違うとも答えたくなかった。


「カミを取られて拗ねてるのか」


適当な指摘で論点をずらしてみれば、ティアラはしばらく黙った後に「そんなんじゃない」とそっぽを向いて答えた。


「じゃあ、何が不満なんだ」


いつも快活なティアラらしからぬ態度に、ヨシュアは迷惑げにしかめ面をする。


「不満なんてない。ヨシュアこそ、いつも静かにしてろって言ってるじゃない」


「まあ、そうだけど……」


だからと言って、鬱々とした空気を持ち込まれるのも嬉しいものではなかった。


「考え事なら自分の部屋でしろよ」


「私、考え事なんてしてないけど」


なぜか、ティアラはむっとして顔を上げる。


「そんな顔で、どこが何も考えてないって言うつもりだ?」


「だって、本当に考えてないもん。考えたって、どうにかなるわけでもないし」


「なあ。それって、考えてましたって言ってるようなもんだぞ」


ヨシュアの正当な指摘に、ティアラはむすっと口をひん曲げた。


「静かにしてるんだから、ほっといて。ヨシュアは自分のことで忙しいんでしょ。私のせいで勉強ができなかったなんて言わないでね」


「誰が言うか。頼まれなくたって、自分のことしか頭にないから、お構いなく」


ふん、とお互いに顔を背けた二人は、そのまま制限時間が来るまでむっつりと黙ったままだった。


「結局、何がしたかったんだ?」


おざなりな「おやすみなさい」を放り投げていなくなったティアラに、お姫様でも苛つくことがあるのかと疑問に思ったヨシュアは、肩を竦めただけで眠ってしまった。

しかし、それから数日。

たまたま機嫌が悪かったのだろうと気にしなかったヨシュアの説は、もろくも否定されていた。


「いい加減にしろよ」


昼間、人目のある場所で会えば無邪気で子どもっぽい、明るく元気ないつものティアラなのに、夜にこっそり訪問してくる時に限って見ているだけでも鬱陶しい雰囲気を醸してくるのだ。

つい最近、レスターがオアシスに戻ったばかりなので、毎日毎日ヨシュアの部屋にやってきては時間いっぱいまで膝を抱えて丸くなり、時々、ゆらゆらと揺れている。


「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ?」


一緒に実家に向かった時に兄貴分として目覚めたヨシュアは、オアシスに行ってしばらく会えなくなる前に、どうにかしてやりたくなっていた。

それでなくても、目の前でこうも鬱々とされれば、誰であろうと気になるというものだ。


ティアラはしばらく考え込むと、顔を上げた時には、少し無理矢理な笑顔を見せてきた。


「私はなんでもないから、ヨシュアはオアシスで頑張ってね」


「……それだけか?」


「他に何があるの」


とぼけた返事だが、ティアラにふざけてる感じはない。

だからこそ、ヨシュアは馬鹿にされている気分になった。


「なんでもいいから、話してみろよ」


「別に、なんにもないよ」


けろりと言い返してくるティアラに、違和感しか感じられない。


「力になるって言っただろ。遠慮はしなくていい」


「じゃあ、ヨシュアは誰かに遠慮したりしないで、好きなことをしてね」


その返しは、なんだかチグハグな会話をしているようで気持ちが悪かった。


「じゃあ、ティアラの好きことはなんなんだ」


「え?」


「言われなくても、俺はしたいように頑張ってる。そういうティアラは何がしたいんだよ」


一瞬、ティアラは衝撃を受けたような、信じられないような、なんとも変な顔をした。

その後で、ぎゅっと眉間に力を入れて、おかしな答えをぶつけてくる。


「言わない」


「は?」


「言ったら悪い子になるから、絶対に言わない」


「何だよ、それは」


ヨシュアの疑問を丸無視して、睨みつけるように見つめてきたティアラは、挨拶もなしに出ていった。


「どうしたんだ、あいつは」


あまりにもらしくない態度に、変な物でも食べたのではないかと心配になるヨシュアだった。

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