〈子羊と巫女姫〉 ヨシュア、拗ねる
ここから、なろうさん初公開です。
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「この浮気者」
ヨシュアは、じとっとした恨みがましい視線をねちっこく送っていた。
「あのさ、この件はヨシュアだって了承してるはずだよね」
「……」
困ったシモンが控えめな反論をすると、ヨシュアは無言でむくれてみせた。
「ヨシュアって、やっぱり弟気質だね」
余裕のある大人なシモンに笑って流されて、ヨシュアは更にむくれた。
周辺諸国より一足先に紅葉が始まり、先んじて冬の気配が近くなってきた山間のウェイデルンセン王国。
その最奥に位置する真白の城の中で、王妹の婚約者という肩書きで居候している身のヨシュアは、この頃、少々機嫌が悪かった。
「最近のシモンって、なんか妙に楽しそうに見える気がするんだけど」
その膨れっ面ぶりは機嫌が悪いという前言を訂正する必要があるほどの有様で、駄々っ子になって拗ねまくっているという表現の方が的確である。
「そういうヨシュアこそ、張り切って入念な準備をしてるくせに」
「裏がないとは限らないから、念を入れてるだけだよ」
「でも、きちんと自分でやるって決めたんでしょ」
「まあ、ね。いつまでも居候なんて格好悪いし」
城内の誰一人として居候なんて思っていないのに、頑なで拗れた性格のヨシュアは半年以上経っても、未だにそう言い張っていた。
「だったら、俺なんて気にしてる場合じゃないんじゃないの?」
「それとこれとは別」
上手く流れを変えられたと思ったシモンは失敗した。
「俺がいない間、シモンは何をしてるんだよ」
「だから、まだ何も指示をもらってないんだって」
「ふうん」
ヨシュアのしつこくも疑り深い目付きに、シモンは眉を八の字にする。
「もう、そんな顔で見ないでよ。俺が、ヨシュアには黙っていられない性分だって知ってるくせに」
確かに、シモンは心許した相手には聞いてもいないことでも懇切丁寧に解説してくれる世話焼き体質だ。
けれど、過去に色々あったと聞かされた後なので、本当に大切な情報は顔色一つ変えないで黙っていられるのではないかと疑っていた。
シモンはシモンで、まだ怪しまれている気配に引っ掛かりながらも蒸し返す気はなかったので、北国で初めて本格的な冬を迎えようとしている寒がりなヨシュアのために、厚手の上着や肌着の用意を着々と進めていく。
「ヨシュアの荷物の準備は順調なの?」
「うん、そっちはね。手土産の必要もないから、持ってくのは着替えくらいなものだし、いざとなったらオアシスで買えば済むだろうから」
ウェイデルンセンで生活するようになって初めての帰省から数日後。
レスターに呼びだされたヨシュアは、オアシスで仕事を手伝ってみないかと持ち掛けられていた。
詳しく聞いてみれば、オアシスでシンドリー物産展を開催するので、興味があるなら参加してみないかとの誘いだった。
交易国として栄えるシンドリーは海沿いのオアシス非加盟国のイーヴァを始めとした船便の流通通過地点としては有名だが、特有の資源があるわけでもなく、名産なども特にない、面白みに欠けた国だと評されている。
そこで、あえて〈知られざるシンドリー〉をテーマにした物産展を開いたらどうかという企画が物珍しさで通ったのだとか。
シンドリー単一での催しは実にニ十年ぶりらしく、オアシス内で予備知識のある人材が不足しているとのことだった。
* * *
「期間は十ニ月末の一週間で、概容もほぼ決まっている。だが、多少の変更はどうとでもなる段階だ。急いで決める必要はないが、今からなら企画会議に滑り込むことも可能だぞ」
どれだけ甘い餌をチラつかされても、先日、帰省の旅路でレスターの非道な強行を聞かされたばかりのヨシュアは、手放しで喜べなかった。
それでも、シモンの話みたいな強制する気配は感じられなかったので、内容的には充分に興味をそそられていた。
自立を決意したヨシュアには、いい経験になりそうな誘いだ。
「参加してみたいです」
迷いはしたものの、虎穴に入らずんば虎児を得ずの精神で、その場で承諾をする。
但し、
「何もわからないまま行くのでは迷惑をかけてしまいそうなので、いくらか準備期間がほしいのですが」
と、用心深いヨシュアらしさは損なわれていなかった。
「それは構わない。まだ、戻って間もないしな。出立は今月末でどうだ」
今が十月半ばなので、提案された猶予は一週間ちょっとだ。
「わかりました。手間でなければ、現在までの資料をお願いしてもいいですか」
「もちろんだ。ついでに、いくつか似たような過去の資料もつけてやろう。その分、大いに期待しているからな」
* * *
そういうわけで、ヨシュアは只今、過去の物産展と故郷シンドリー国についての情報収集に熱心に取り組んでいるところだった。
そんな最中、追加資料を届けるついでに、慣れない寒さで風邪を引かないようにとあれこれ配慮をしてくれている素敵な奥様の如きシモンに対して、ヨシュアは謂れのない言い掛かりを押し付けていたのだ。
仕事が目的なので、オアシスには当然一人きりで向かう。
その間、暇になるシモンは王の側近に戻ることで話がついていた。
ヨシュアが城に戻れば再び世話係に復帰する前提で、そもそもが自分の都合に合わせて動いてもらっているというのに、時々、鼻歌混じりなシモンのご機嫌ぶりを見ていると、面倒なお守りから解放されるのを喜ばれているみたいで、ついつい浮気を疑っているような眼差しを向けてしまうヨシュアだった。
お互いにお互いの様子を探りつつ、ヨシュアが追加分の資料に目を通し終え、シモンが衣類の引き出しをふんわりとした厚手で揃え終えた頃、離れのように奥まった場所にあるこの部屋を訪ねてくる人がいた。
相手がわかっているシモンが立ち上がって出迎えると、同じく承知していたヨシュアは手前の資料を軽くまとめて片付けた。
「さあ、お楽しみの時間ですよ」
顔を見せたのは護衛官のリラだ。
「お楽しみなのは、リラさんだけですけどね。今日はシモンも付き合ってくれるんだろう」
「まあ、ヨシュアの頼みだからね」
あまり気乗りがしないながらも、シモンは動きやすい靴に履き替えていた。
そんな三人が揃って目指した先は野外の演習場で、到着するなり、リラはどこかに姿を消した。
残されたヨシュアとシモンは空いている場所を適当に見つけると、軽く手足を伸ばしてから、互いに長さの違う棒を掴んで手合わせを始めておく。
ヨシュアは脇差しと同じ長さの、シモンはそれよりも長めの標準的な木刀を手に、鑑賞に堪えうる華麗な動作で打ち合うのだ。
帰省中、誕生会でのいざこざでやむを得ず戦闘に参加していたシモンが意外と動けるのだと知ったヨシュアは、帰ってから、時々、お願いをして鍛練に付き合ってもらっていた。
ここの護衛官達はなぜかヨシュアの担当はリラだと思い込んでいる節があり、場所を借りようと訪れる度に、頼まれてもいない誰かがリラを呼んできては組まされるのだ。
それが嫌だったところなので、シモンはもってこいな人材だった。
カン、カンと、乾いた音が響き合う。
準備運動を兼ねているので、本気の打ち合いではなく、楽しく会話が弾むようなリズムを奏でていた。
実際、攻撃の合間に話しかける余裕があるくらいだ。
「ねえ、シモン」
技を仕掛けながら、改まって聞く程でもない質問をしてみる。
「最近、王様って何してるの」
「え?」
けれど、変に気をとられたシモンは木刀の握りが甘くなり、攻撃を受けた際に手からすっぽ抜けて、カツンという音と共に飛んでいった。
「俺、そんなに変な質問した?」
飛ばしたヨシュアの方が驚いてしまった。
「だって、帰省前にティアラがエヴァン様の下に通って全然顔を見せなくなったって、それを恨めしく思ったファウストがすれ違う度に極悪な人相で睨みつけてたって、ヨシュアは少しも気にかけてなかったじゃない」
「……俺って、そんなに無関心に見えるのかな」
「んー、無関心って言うよりは、あえて気にしないようにしてるって感じかな。ヨシュアって責任感が強いから、中途半端に関わるのが嫌なんでしょ」
さりげなく芯をつかれた指摘に、ヨシュアは木刀を支えにしゃがみ込んだ。
「俺って、やっぱり、融通が利かなすぎるのかも」
「お兄さんに何か言われた?」
またもや核心をつかれて、段々と拗ねた気持ちになってくる。
「盗み聞きなんて趣味が悪い」
上目遣いで訴えるヨシュアに、シモンは笑って否定した。
「聞こえたわけじゃなくて、見てたら、なんとなくそんな気がしただけだよ」
「……それ、まるっきり当たってる」
何もしないでいると肌寒い空を見上げたヨシュアは、誕生会の翌日、実家を出立した朝のやりとりを思い出していた。




