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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第二部 ワケあり少年、実家に帰る
54/131

〈女王の憂鬱〉 一方通行




   * * *



「ヨシュア、もう大丈夫だよ」


「なっ……」


警戒体勢バリバリのヨシュアの前にひょっこりと姿を現したのは、なんとびっくり、ボミートで別れたはずのティアラだった。


「なんで、ここにいるんだ」


「大変だったんだからね。リラさんに頼んで二人乗りで早馬を出してもらって、大急ぎでカミにお願いしてきたんだから」


ここでカミを使うのかと、大胆ながら確実な方法に、ヨシュアはうっかり感心してしまった。

ティアラにしか使えない最高の手段だ。


「ほら、私がいた方がどうにかなるでしょ」


得意気に威張ってくる辺り、別れ際のヨシュアの言い分をずっと気にしていたらしい。


「だからって、ティアラまで来る必要はなかっただろう」


「酷い! 一人で留守番してろって言うの? そんなに私がいたら邪魔?」


憤りを見せるティアラに、ヨシュアは勢い押された。


「違うだろ。手紙じゃあ、何が起きているかもろくにわからなかったんだ。危ないと思えよ」


束の間、ティアラは瞬きをして黙った。


「もしかして、ヨシュアは心配してくれていたの?」


聞き返した言葉には、とても信じられない気持ちが込められている。


「悪いかよ」


ティアラに何かあれば、あちこちに向ける顔がなくなるとか護衛として当てにされている責任があるからとか、望んで付き添ってるわけではない様々な理屈の中に、純粋に身近な人として怪我をしてほしくない気持ちが確かに存在していた。


「ううん、悪くない。次からは気をつける」


素直に反省するティアラに、ヨシュアはきちんと兄貴分としてやれている手応えを感じていた。

そんなヨシュアとは裏腹に、ティアラは微妙と言われた頃よりは親しくなっているのだろうかと距離感を測りかねていた。

しかも、何かあれば次回も置いていかれるつもりなど全然なくて、ただ言葉通りに充分に気をつけようとしか考えてなかった。

傍で見るにはお似合いの様子に反して、内心ではまったく噛み合っていない二人である。



   * * *



薄暗い森の静寂を、短く繰り返される浅い呼吸が乱していく。

普段走る機会などめったにないレスターが、小さなエルシーに背中を押されてカミと別れた場所を目指して駆けていた。


どうして人でなく、わかりやすい優しさもないカミでなければいけないのかを幾度も自問自答している。

幼い頃、行き場のない憤りを慰めてくれたので、刷り込みのように慕っているだけなのかもしれない。

今だって、何を求めているのかもわからずに走っていた。


「泣くな」


初めて夢の中で出会った時、カミはそう言って慰めてくれたけど、そういうカミの方が慰めが必要な顔をしていた。

レスターは、それを胸がつまるような息苦しさの中で思い出していた。



   * * *



十三歳、ウェイデルンセン王国で成人と認められる歳を迎えたレスターは、意気揚々と着飾って城中から祝いの言葉をもらっていた。


「さあ、守神に成人を報告しておいで」


十一歳離れた現王である兄に促されて、堂々と神聖な祭壇の前で恭しく一礼をした。

朗々と受け継がれたお決まりの挨拶をすると、神に代わって従姉に当たる大巫女から祝詞を返答として賜り、一礼をして堂々とした面持ちで下がった。

これだけの儀式が、レスターには何よりも誇らしさを感じる晴れ舞台だった。


レスターが王と王妃と横並びな席に戻ると、祝福してくれる神に御礼の舞が奉納された。

レスターと同じく十三歳の女の子達が揃いの赤と白の衣装を身にまとって一心に舞っている。


「どうせなら、私も踊る方に回りたかったのに」


ちらりと本音をもらした妹姫に、兄王は横目で苦笑した。

そんな兄の気持ちを知りもせず、式典の間は少しも笑顔を絶やさなかったレスターは、ある一つの決意をしていた。


「ごきげんよう、王様、レスター様」


招待客を見送っている中、一組の夫妻が王族の兄妹に挨拶をしてきた。


「キュリエール伯母様、本日は足を運んでくださり、ありがとうございました」


「いいえ、とても素敵な式でしたわ」


病で早世した先代王の姉であるキュリエールは、巫女にならずに早々とオアシスの富豪に嫁いで城を出た人だ。

年の近い従姉が大巫女を務めているレスターも巫女になるつもりはないので、似たような立場だと思っている。

けれど、レスターはこの伯母があまり好きではなかった。


「娘がこんな立派な式典を采配しているのだと思うと、とても喜ばしくて、つい目が潤んでしまいましたわ」


「ええ、私も感謝しています」


穏やかに返答している兄王の隣で同じように微笑みながら、レスターは冷ややかな感情で伯母を見上げていた。


「レスター様、これからは神に誠心誠意でお仕えし、大巫女をしっかりとお支えするのですよ」


「いいえ、伯母様。私は神に仕えるのではなく、兄王のお役に立つよう努めたいと思っています」


この発言に、伯母は怪訝な空気を醸し、兄王も困惑の気配を漂わせていた。


「それは、つまり、大巫女を手助けするということではなくて?」


自分の思惑とは違う答えを認めようとしない伯母に、レスターは自分の意思をはっきりと伝える。


「もちろん違います。私は世情に合わせて税制を調整したり、生活に役立つ学問を広めたりと、国民のためになる仕事をしたいのです」


あまり人の話を聞かないキュリエール夫人に向けて、具体的な例を挙げて表明した。


「な……」


絶句するキュリエールの隣で、オアシスの富豪である旦那は、ただ黙ってやりとりを眺めているだけだ。


「私には理解できないわ」


「ええ、それで構いません」


頭を振っているキュリエールに、にっこり微笑んで黙らせた。


「伯母様に理解してもらおうだなんて、思ってもいませんから」


優雅にお辞儀をして、レスターはその場を失礼した。


自分が生まれる前から城を出ていた伯母のキュリエールとは殆んど接点がない。

一年に一度、挨拶をするかどうかという付き合いだ。

それなのにレスターが反感を覚えているのは、いつだって、あの時の衝撃を思い出すからだ。


今から八年前、病で伏せ気味だった先王の望みにより、兼ねてから婚約関係にあった役人の娘と兄が結婚をした。

五歳だったレスターは、ただただ、うっとりと花嫁さんを眺めていた。

そんな時だった。

隣に並んだキュリエールが酷く場違いな発言をしたのは。


「こんな所に嫁がされてくるなんて、可哀想に」


独り言のような小さなつぶやきが、この場に素晴らしくそぐわないものだから耳を疑って伯母を見上げた。

その時の歪んで見えた顔は、今でも忘れられない。

そして、幼いレスターの驚きように気が付いたキュリエール夫人は、更なる似つかわしくない言葉を吐き出した。


「レスター。あなたは、私のように早くここから出られるといいわね」


優しく微笑んでくるキュリエールに、意味もわからず背筋が寒くなる思いを味わったものだ。

キュリエールの言葉の真意は、成人した今のレスターでも未だに図りかねている。

ただ、城が、家族が大好きだったレスターの幼い子ども心には、いつかは出ていかなければならないという発想自体が恐るべき対象だった。

思えば、あの時から、どうしたら出ていかずに済むのかという考えに固執するようになった気がする。


兄の結婚から二年後、先王が病により亡くなり、若干十八歳の兄が王位を継承した。

翌年には甥のファウストが生まれ、その間、ずっと茅の外だったレスターは何をしたら堂々と城にいられるのかを考えていた。

王族の女性が一番輝けるのは大巫女に就任することだが、三つ年上なだけの従姉が納まっている以上、レスターに役割が回ってくる可能性はないに等しい。

先代の大巫女は、二十代の頃に就任してから大往生する九十歳までしっかりと役目を務めて上げているからだ。

ならばと次に考えたのが、国営に関わるという案だった。

それだったら兄王の助けになれるし、誰に遠慮する事なく居座れるのではないかと思ったのだ。


これを思いついてからは、密かに役人の仕事を覚えようと難しい書物を漁ってみたし、遊びに行く体を装ってあちこちを視察のつもりで見て回っていた。


「お前は苦労をする必要はないんだ」


なのに、精一杯に真剣な志は、成人した記念の夜に大好きな兄王からやんわりと窘められてしまった。


「苦労なんかじゃないわ。できることをして、堂々と城に居たいだけなのに」


大人びていると評判のレスターだが、いつだって兄王にはあどけない、守るべき妹としか映していなかった。


「キュリエール伯母様のことなら気にする必要はない。あの人は不自由が嫌いなのだ。けれど、レスターはここが大好きなのだろう。それくらいは見ていればわかるよ」


自分の気持ちを推し量ってくれる兄に笑顔になりかけたレスターは、しかし、続けられた言葉に絶望的な気持ちに落とされる。


「誰にもお前を追い出させたりはしない。約束しよう。だから、何も心配しないで隣で笑っていておくれ。それだけで、私は頑張れるのだから」


兄王の微笑みには一点の曇りもなかった。

それが、レスターには何よりも悲しかった。


「ええ、そうね」


返答になっていない適当な相槌を打ち、癇癪を爆発させてしまわないように痛いくらい手を固く握りしめて部屋を退出する。

そのまま、足早に自分の部屋に戻った。


子ども扱いに悔しくて怒っているのか、お人形さんを望まれて苦しくて情けないのかもわからず、寒くて仕方がないので掛け布団を巻きつけて暖炉の前にかじりついた。

ゆらゆらと揺らめく炎を見つめ、温度による色の違いや不規則に爆ぜる音を無心で観察する。

意味もなく、しばらくそうしている内に、レスターはパタリと眠りに落ちていた。

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