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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第二部 ワケあり少年、実家に帰る
53/131

〈女王の憂鬱〉 求める心




   * * *



「まさかだな」


「申し訳ありません……」


下敷きになってくれているセオドリク・ウィルフレッドに謝られたレスターは、典型的な遭難例に当てはまっている自分の現状が信じられなかった。

だが、見上げずとも落ちて倒れたままの視界には、さっきまで立っていた断崖が遥かそびえて見える。

レスターにしては、ありえない間抜けな現状を認めるしかなくなってから、ようやくウィルフレッドの上から避けると、隣には元凶であるウィルフレッドの姪っ子が呆然と転がっていた。

擦り傷以外の外傷がないのを確認してから立たせてやると、思い出したかのように大泣きを始めてしまった。


「重ね重ね、申し訳ありません」


最後にウィルフレッドがあちこち痛そうに体を起こすと、胡座をかいて再び謝っていた。


「顔を上げてください。私が許可を出したからで、責任は私にあるんです。それより、骨を折ったりしていませんか」


「ええ、この通り。骨の丈夫さは自慢できるみたいです」


そうは言いながらも、ぎこちなくゆっくりと立ち上がった。


「エルシー、これで少しは懲りてくれよ。ついでに、いい加減泣き止んでくれるとありがたいんだけどな」


無事だとわかってからの自己主張が激しいぎゃん泣きに、大人のウィルフレッドの方が泣きたくなっていた。


「驚いたんだと思います。気の済むまで泣かせてあげたらいいですよ」


レスターの心遣いに、ウィルフレッドは元から高い好感度を更に上げた。

もっとも、レスターとしては、これだけ大声で泣いてくれたら捜索の目印になるだろうという思惑と泣き疲れてしまえば大人しくなるだろうという容赦ない現実的対処方を述べたまでだった。


らしくもなく、無関係な同行を許した自分に多分な責任があると自覚しているレスターは、これ以上誰にも迷惑をかけたくない気持ちが強かった。

しかも、最初からこんな展開になりそうな予感がしないわけでもなかったのだから、迂闊としか言いようがない。


エルシーという女の子は、出会った時から大人の話に口を出したがり、少しもじっとしているところがなかった。

それなのに許可を出したのは、認めないと退出させてもらえなさそうだった雰囲気もあるが、色々教えてほしいと積極的に話しかけてくるウィルフレッドを眺め、背後でにやにやと野次馬な視線を送ってくるカルヴァドスに辟易していたからだ。

間に子どもが入れば空気が変わるかと思って、苦肉の策に手をつけてしまった。


痛い目に遭って冷静になれたレスターは、私的な事情で巻き込んでしまったエルシーに初めて悪かったと反省した。

このまま泣かせておくのも可哀想なので、慣れないながらも慰めようかと思ってみた頃には、自力でぐしぐしと立ち直りかけていた。

泣き疲れたのかと気にしてみれば、妙にもじもじしている。

それで、生理現象だと察した。


「セオドリク、少しここを離れる」


「え?」


体があちこち痛むせいか気付いていない様子なので、こそっと耳打ちで教えてやる。


「そんな、悪いですよ。だったら、私が連れて行きますから」


「でも……」


小さなエルシーは、絶対に叔父さんは嫌だと頑固な顔をしていた。

十にも満たない子どもでも、女の子は女の子だ。


「はいはい、わかりました。レスターさん、申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


困った状況なのに、レスターは微笑ましい気持ちで引き受けた。



   * * *



「レスターの奴、何やってんだ」


熊みたいなカルヴァドスが、藪をかきわけぼやいた。


「もしかして、子連れで愛の逃避行とかしてるんじゃねえだろうな」


浅くて軽い冗談に、並んで探索に加わっているヨシュアは妙な冷や汗をかいた。

どんなに現実ではありえなくても、誰かが勘ぐりたくなる状況が続いていることが問題だった。

万が一にもカミの耳に入ったらと考えれば、探すのに必死になるというものだ。


「まったく、オレなんかを頼りにする状況を作ってくれるなよな」


いつの間にか厚い雲が出てきて、カルヴァドスの派手派手しい装いも目立たなくなってきていた。

軽い口調でぼやきながらも、その横顔には焦りが見て取れる。

足跡を見分けていた男に松明の用意を指示すると、カルヴァドス自身は更に奥へと進んだ。

それに続こうとしたヨシュアは、数歩進んでぴたりと立ち止まった。


「どうした?」


「何かいる気配がしませんか」


「レスターか?」


「違うと思います」


人とも獣とも違う輪郭のはっきりしない気配に、ヨシュアの背中にはぞくりと悪寒が走る。

ところが、神経を研ぎ澄まして出所を探りあてる前に、向こうの方から正体を現した。


「!?」



   * * *



紅葉を始めたばかりの秋の山、そんな景色を眺めながらレスターは途方にくれていた。


もじもじそわそわしながらも、ずいぶんと歩いたエルシーはようやく見つけた用足しに向いた木陰にレスターにも近寄るなと言いつけてから姿を隠した。

そして、そのままいなくなった。


「はあ」


情けなさすぎて、普段偉そうにオアシスを仕切っている自分が莫迦みたいに思えてくる。

子どもの付き添いさえ、まともにできないのだから。


「……違うか。そういう配慮に向かないから、男社会で働いているくらいが丁度いいんだろうな」


じっくりと反省している場合でもないので、名前を呼びながら捜し歩く。

そうしている間に雲が垂れ込め、薄暗さが増してきた。

こうなったら、先にウィルフレッドと合流した方がいいかと考え、不意に足が重たくなった。

いきなり全身に疲れを感じる。

今頃になって打ち身、擦り傷の痛みを実感しただけでなく、奇妙に気持ちがぶれた。

急に何もしたくないし、考えたくもなくなったのだ。


エルシーのように周りの迷惑も省みず泣き叫んで、誰かにとことん甘やかしてもらいたくて堪らない。

ファウストやシモンやオアシスの役員達に許さなかった全てが異様に恋しくなる。

仕舞いにはしゃがみ込んで、風が騒ぎ出した暗い森の中で、ちっぽけな迷子になってしまった。


「おい、大丈夫か」


求めていた温かみのある声に夢心地で顔を上げたレスターは、今度こそ、はっきりと目が覚めた。


「カミ?」


目を見開いて立ち上がるレスターを、首を傾げた大きな狼が眺めている。


「あ、おばちゃんだ」


しかも、背中には迷子のエルシーを乗せていた。

知っている顔を見つけたからか、エルシーが危なっかしく暴れだし、カミが伏せるのでレスターは呆気に取られたまま下ろすのを手伝った。


「こんなところで何をしているんだ」


「お前が、それを言うのか。行方不明だから探してほしいとティアラが頼んで来たから、こうして迎えに来てやったんだろうが」


「だからって……」


レスターは、自分の脚にびたっと引っつき虫になっているエルシーを見下ろした。


「秘密だって約束してある。できるよな、エルシー」


「うん。ひみつ、ひみつ」


急にいい子になったエルシーを信用しきっているカミに呆れてしまう。

まあ、子どもの言うことなので、いくらでも誤魔化せるかとレスターは追求しないことにした。


「お前に怪我はないんだな」


「ああ、大丈夫だ」


「そうか、ならいい」


ティアラは大狼のカミと野山を共に駆け回っていたが、レスターは洞窟の住処以外で会うのは初めてだった。

薄がりの中でも毛並みがはっきり見える輪郭に、不思議な頼もしさを感じる。


「同僚が待っているんだろう」


「……え?」


素っ気なく戻るよう促されて、レスターはひどく戸惑った。


「そんなに心配するな。これ以上はお前の世界に関わらない」


珍しくも親切心だとわかる配慮に、やんわりと突き放された気がしてしまう。

それらを口にしないままカミに見送られてあっさりと別れ、やがて振り返っても姿が見えなくなれば、本当にいたのかさえあやふやになった。


「無事でよかった。心配で、探しに来てしまいました」


しばらく歩くと、レスター達は落ちた場所よりも奥まった場所で無事にウィルフレッドと合流した。

手を伸ばした姪っ子を抱き上げながら、わかりやすくほっとしている辺りに人のよさが見て取れる。


「遅くなってすみませんでした」


「こちらこそ、エルシーが面倒をかけました。それに、タイミングもよかったみたいですよ。ほら、明かりが」


遠くを指差すウィルフレッドの先には、揺らめく松明の炎が見えている。

おそらく、カルヴァドス達だろう。

よかったと思うどこかで、レスターはそわそわと浮き足立った焦りに占領されようとしていた。


「おばちゃん、助けてもらったら、きちんとお礼を言わないとだめなのよ」


ウィルフレッドの片腕に納まってしまうほど幼いエルシーに、妙に大人ぶった忠告をされた。

ウィルフレッドは、おばちゃんという呼称にあたふたするが、レスターは少しも気にしていなかった。


「そうよね」


小さな女の子に教えられて、ようやく自分がすべき行動がわかった気がする。


くるりと背を向けるレスターに、ウィルフレッドは驚いて空いている手で引き止めた。


「どこに行くんですか?」


「ごめんなさい、セオドリク」


レスターは、いつもよりぐっと幼い表情をして見えた。

そうして、するりと手をほどいて森の奥へと駆けて行ってしまった。

なんだが、告白もしていないのに振られてしまったような気分で見送っているウィルフレッドに、腕の中のエルシーが追い討ちをかけてくれる。


「おばちゃんは恋人に会いに行ったのよ」


「え?」


エルシーはうふふとおしゃまに笑って、困惑している叔父さんに抱きつき慰めてあげた。

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