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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第二部 ワケあり少年、実家に帰る
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〈女王の憂鬱〉 シモンの打ち明け話・後




   * * *



ファウスト王の体調に合わせたお茶を入れ、書類を整理し、会いたくもない役人や商人や外交員の謁見の場にいちいち付き合わされる毎日を強制されたシモンは、いつも上向きだった口の端を横一文字に結んで過ごしていた。

おまけに、いきなり王の側近という重職につけられたので、周囲のそれとないやっかみを受けてもいた。

唯一の味方は、全ての事情を把握しているもう一人の側近のヘルマンだけ。

それも、仕事に関しては少しも容赦をしてくれず、日に日に心が無意味になっていった。


「それも、今日までのことだけど」


シモンは強い決意で顔を上げた。

王の側近としての仕事の合間に交流を許されていたティアラの協力を得て、逃げ出す準備が密かに整ったからだ。


昼間に人の気が絶えない通路に、夜が深まった頃合いを見計らい、警備の隙を縫って忍び出る。

そうして本来の世界を目指す途中で、執務室から細く明かりがこぼれているのが目に留まった。

静かに覗くと、正面の大きくて立派な古めかしい机に、不釣り合いなほど小さくて華奢な影がうつ伏せていた。


見なかったことにすればよかったのに、八つ当たりを自覚をしているシモンは最後の挨拶のつもりで近寄った。

ぐっすりと寝入っているせいか、起きる気配は少しもない。

肩肘を張っている王様の姿勢とは違って、自分よりも小さく華奢な背中に無性にやるせなさを感じて、ふと、昔のように頭をなでてやりたくなった。

それでも、今は目を覚まされると困るので迷っていると、ぐすぐすと鼻を鳴らしているのが耳についた。

寒いのかと思って、かける物がないかと見回るうちに、そうではないのだと気が付いた。

器用なことに、夢を見ながら泣きべそをかいていたのだ。


シモンは驚いて固まってしまった。

お互いに意地になり、何事にも動じない若き王と全くの無駄がない無口な側近に徹してしたので、今更、こんな子どもの姿を見るとは思ってもみなかった。


「……めん、ごめん、シモン」


しゃくり上げる呼吸の合間に聞こえた自分の名前で金縛りは解けたものの、動揺はかえって大きくなっていた。

幼い少年が必死になって威厳を演じ、こんな所で、一人きりで泣きながら眠っている。

それは長男であり、世話焼き気質のシモンの胸をつぶさせた。


学校に行かないから友人もなく、頼れる両親を失ったばかりのファウストが泣きつく相手は一定の距離を線引きしていた自分しかないのかと考えれば、やりきれない想いが広がっていく。


「王様ってのはずるいな」


ふっと苦笑して、シモンは天使の輪が浮かんでいるファウストの頭をなでてやった。


その後、若き王の隣で一夜を明かしたシモンは、逃げ出す代わりに監禁され続ける未来を自ら望んだ。



   * * *



「要するに、泣き落とされちゃったんだよね」


あっけらかんと簡単にまとめるシモンは、まるで楽しい思い出のように語った。


「はあ」


あんまりな展開に、聞かされていたヨシュアは気持ちの整理が追いつかなかった。


「あの王様にも、そんな時があったんだ」


と、どうでもいい感想がもれたくらいだ。


「ふふ。あの頃のファウストは、まだ可愛かったんだよ。今じゃ、すっかり落ち着いちゃったけどね」


懐かしんでいるシモンを眺めながら、頭の整理がついてきたヨシュアは、どう考えても理不尽で酷い話だとしか思えなかった。


「シモンがどういうつもりで話したのかは知らないけど、俺にはレスターさんのやり方は許せないし、次に会う時に平気な顔をしていられるか自信がないよ」


「俺だって、あの時の強引さは許していない」


不意に真面目になって返されて、ヨシュアはハッとした。


「これをヨシュアに話したのは、俺とレスター様の関係をヨシュアが気にしていたからだよ」


城を出立してシンドリーに辿り着く前、夢に出てくるカミが心をなんでも見通せるのかと心配していた同時期にヨシュアが気にかかっていたのは、正に、シモンとレスターの距離感だった。


「ごめんね、余計な気を使わせて。オアシスでレスター様と接する時間が少なく予定されていたのは、俺のせいだよ」


「……それって、レスターさんも意識してるって意味だよね」


「そう。だから、これだけで善し悪しを判断しないでほしいんだ。これは後から親に聞いたんだけど、無理やり城に連れ込まれた夜、レスター様は俺の両親に頭を下げに来たんだって」


ヨシュアのしかめ面を窺いながら、シモンは続ける。


「口では色々うるさい親だったけど、こう見えても、一応長男の俺には多少の期待をしてくれてたはずなんだ。それでも、その場では強く文句をつけられなかったって言ってたよ」


ヨシュアは、すごく何かを言い返したかった。

持て余すほど気持ちはあるのに少しも言葉にならず、息を吸って開きかけた唇を閉じるだけだった。

自分より酷い目に遭いながら、どうして笑っていられるのか不思議でならない。


「ゆっくりでいいからさ、ヨシュアはヨシュアの考えで動くといいよ」


そう言って、やっぱり笑うシモンに、優しいだけではない、秘められた強さを垣間見た気がした。




こういうエピソード書いといてなんですが、レスターさんは作者的に第二のヒロインのつもりでいます(*^ー^)ノ♪

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