〈女王の憂鬱〉 今日は楽しい遊園地
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遊園地に同行すると参加表明したレスターは朝早くから一行を急かし、馬車に乗り込んで出発した。
それなりの時間がかかって到着したのは、オアシスの外れにあるだだっ広い川原で、結構な範囲に渡って簡素な高い塀が組まれている怪しげな場所だった。
「あのう、移動遊園地に行くんじゃなかったんですか?」
場所も疑問だが、連れてきたレスターの格好もいつもの仕事仕様で、ついてきたのは間違いだったんじゃないかと不安になる。
「いいから、入ってみろ」
女王様の命令には誰も逆らえず、ヨシュアを先頭にウェイデルンセン一行は、そろそろと関係者以外立入禁止の看板をくぐり抜けた。
「うわあ」
中に入って、まったくの別世界に驚いた。
これが本当に全部移動してきたのだろうかと思うような、完成度の高い後楽園が広がっている。
「ヨシュア、私が約束を違えると思うか?」
「すみません。俺が浅はかでした」
「うむ、わかればよろしい。ちなみに、開催期間は明日からだ。今日は試運転も兼ねて、私達の貸しきりだ」
「本当ですか!?」
「心置きなく楽しめるだろう。その代わり、参考になる意見を出してくれよ」
「はい、よろこんで!」
念願の遊園地に特別感が加わって、胸踊る無邪気な喜びがヨシュアからこぼれている。
レスターは、こういう顔を見られるなら、労して喜ばせるのも悪くないと感じていた。
レイネが居れば、これがヨシュアの無自覚なたらし戦法だと一喝しているところだろう。
「すごいね、ヨシュア」
正面では看板アーチの半立体的赤鼻のピエロが出迎えをし、奥にはピカピカで怪しげな遊具や見世物が待ち構えている。
隣で同じようにワクワクしているティアラを見て、世間知らずのお姫様でも共感できるのだとヨシュアは愉快になった。
「行くぞ」
「うん」
回転自転車やお化け屋敷、輪投げや金魚すくいや怪しげな水晶占いなんかを横目に歩く。
大きなテントではサーカス一座が予行演習をしていて、珍しい動物を近くで見せてくれた。
レスターの存在が大きいのか、ヨシュア達が興味を示すと誰もが親切に対応してくれて、かなりの厚待遇で楽しんでいる。
「あ、あれ可愛い」
動物ふれあい広場でうさぎと戯れているティアラが指差したのは、近くにある的当てゲームの景品だった。
「あれって、レターセットか? 手紙なんて出す相手がいないんだから、必要ないだろ」
「いるよ。レイネに出すんだから」
ぷくっと膨れたティアラの主張に、ヨシュアは瞬いた。
「あのさ、微妙に気になってたんたんだけど、本当にレイネと仲よくなったのか」
「そうだけど、いけなかった?」
「いや、いけなくはないんだけど……」
未だに二人が仲のよいところを想像できないヨシュアだ。
実際、ティアラがとっさに庇いに入った以外、特に親しそうな場面は目にしていない。
誕生会の翌日にレナルトの屋敷に戻った時だって、レイネが寄宿学校に旅立った後だったので、謎なまま終わっていた。
「あいつと、どんな話をしたんだ」
今になって妙に気にしているヨシュアに、ティアラはつんと顔を背けた。
「秘密って約束をしたから、教えてあげない」
そう言って、うさぎ達と一緒になって逃げ出した。
「レイネの奴、余計なことを吹き込んだんじゃないだろうな」
素直で正直な性格がティアラの長所だと考えているので、ヨシュアは全くもって面白くなかった。
ぷりぷりしながら後を追うと、早くも的当てに挑戦しているティアラを見つけた。
「もう一回!」
悔しげにボールを要求しているが、おまけしてもらっている距離でぎりぎり届いているくらいの腕力なので、むきになっている当人以外にはどうやっても的は倒れないとわかる。
「向いてないんだから諦めろ」
「じゃあ、ヨシュアがやって」
挑むようにボールを渡されたので、一応は渾身の力を込めて投げてみたけど、僅かに揺らす程度にかすっただけだ。
「俺にも向いてないな」
積み上げられた的には、重りとして砂でも入っているのだろう。
線の細いヨシュアでは、狙いを絞りながら倒せるだけの威力を発揮するのは無理だと一投しただけで判断できた。
元より、こういう力自慢の挑戦ものより、均等に可能性のあるギャンブル性の高いものの方が好みだった。
「んー、あれが欲しいのに」
「じゃあ、別ので勝負するかい?」
会話に混ざって提案してきたのは、ひげ面で、上下柄物を組み合わせている派手な装いの的当て屋台の店番だ。
くいっと親指で示した後ろには、執事を型どった人形がお茶を運ぶレース台があった。
参加者が手前にあるスマートボールでビンゴを増やせば上がりに近付く仕組みだ。
「これなら、お兄ちゃんも楽しめるだろ」
ヨシュアは的当ての一投だけで性格を見透かされたような誘い文句に目を細めながらも、ここで乗らない手はなかった。
「いいですけど」
「んじゃ、決まりな」
店番のひげ男は、いい年した大人のくせに鼻歌交じりで歩き出す。
猥雑で賑やかな場所には、こういう人がお似合いなのかも知れない。
そんなわけで、七枠もあるレース台を三人の貸しきりで占領した。
そして、ヨシュアは地味に本気だった。
結果、慣れない手つきのティアラと要領の悪いひげ面の店番をぶっちぎって、ヨシュアがダントツの一位となった。
「やるなあ、お兄ちゃん」
悔しそうに台を睨んでいるティアラの横で、店番男がこだわりのない笑顔で賞賛してきた。
「そんなおべっか、俺には使わなくていいですよ」
「ん?」
「最初から台の調子を確かめるつもりで誘ったんですよね、お兄さんは」
横目で見ていれば、強弱のおかしな動きで遊んでいるのは明らかだった。
一般的にお兄さんというよりおじさんの方が適している店番男は、両手を上げて降参の意を示してきた。
「まあ、レスターのお連れさんへのよいしょだと思ってくれ」
だったら、もう少しわかりにくくやってくれと苦情を入れたくなる。
「結果は結果なので、気にしてません」
経過がなんだろうと、あれだけぶっちぎりに勝てれば爽快だったのだ。
「じゃあ、景品はなんにする?」
問われて、ヨシュアはティアラを呼んだ。
「どの色にするんだ」
「いいの?」
実用性を重視する物欲の少ないヨシュアは最初からそのつもりでいて、素直なティアラも遠慮なく受け入れた。
「水色のをください」
お土産選びの傾向から、てっきり赤系統を選ぶと思っていたのでヨシュアはちょっと意外だった。
「お嬢さん。はい、どうぞ」
ひげ面の店番からティアラの手に渡ったのは、封筒と便箋の他にインクとペンと匂い袋の入った、お洒落な揃いの小箱だ。
「海と空の色。今回の記念にぴったりでしょ」
見せびらかすようにティアラが笑いかけてきて、ヨシュアは本当に喜んでもらっているのだと実感できた。