〈恋人達の語らい〉
ヨシュアがとっくに実家を後にしてレナルトの屋敷で延々と父と兄について愚痴っている頃、言われている一人のミカルは、婚約者のリーデルリディアに、弟に挙式の予定を知らせたと告げていた。
「あなたが弟大好きなのは知っていたけど、自分の結婚式を餌にしてまで、帰って来てもらおうとするなんて思わなかったわ」
「リリー、それだけが理由だと思われるのは心外だな。もともと、ヨシュアが成人してからだと考えているのは伝えていただろう」
「ほら、それが弟君を中心に考えてるって言ってるの」
細かく言えば、そうとも言いきれないのは互いに承知の上だが、ミカルは苦笑するに留めた。
「ともかく、今回の騒動に君を巻き込んだのは確かだから、それに関してなら苦情を受け付けるよ」
「そうね。私も断らなかったのだから共犯みたいなものだけど、お義母様に嫌われたら責任をとってもらわないといけないわね」
誕生会の日、リーデルリディアはミカルにセレスティアを広間に引き止めておくよう頼まれていた。
「でも、最後まで引き止めていられなかったのは私だから、何も言わないでおくわ」
「母さんは勘がいいからな。どちらにしても、文句を言われるのは父さんと俺の役割だから心配いらない」
「ならいいけど」
「君こそ、俺に謝ることはないのか」
「あら、他に覚えはないわよ」
「まったく、とぼけてくれるんだな。ヨシュアと一緒に、お姫様も抜け出すよう唆したのはリリーだろう」
ミカルはもう一つ、ヨシュアが会場から抜け出せるよう手を貸してやってほしいと頼んでいた。
但し、抜け出すのはヨシュア一人の話であって、ティアラを巻き込むつもりは毛頭なかった。
「一応言っておきますが、あなたとあなたの弟君を信頼してのことですからね」
「にしても、もう少し俺の立場を考えてくれると、ありがたいんだけどな」
少々ながら、ミカルが本気で面白く思っていないのがリーデルリディアには読み取れた。
「ごめんなさい。だけど、一緒にいてもらえないお姫様を見てたら、つい、手を貸してあげたくなっちゃったの」
「それは、あの二人がどうこうなる可能性を言っているのか」
弟の話題になると、ミカルは興味をそそられて不機嫌が和らいだ。
「可能性だけなら、レイネちゃんだってあると思うわよ」
リーデルリディアは、あえてすかした態度をとってみる。
「からかってるのか」
「違います。ほら、怒っていたら、せっかくの貴公子ぶりが残念なことになるわよ」
眉間のしわに指を当てて注意するリーデルリディアだが、ミカルがどんな顔をしていても、たいていの女性はきゃあきゃあと喜んで騒ぎ立てるものだった。
「君は、エルマを応援しているのだとばかりに思っていたよ」
まともに相手にされていない気配に、ミカルは肩の力を抜いた。
「ええ、今でもそのつもり。彼女、私に似ているから。だけど、現段階なら、だいぶお姫様に分がありそうだわ」
「本当に、そう思っているのか?」
「ミカルでも、身内のことだと見る目が曇るのね」
「なんとでも言ってくれ。それより、どのくらいの確率で言ってるんだ」
「そうね、五割ってとこかしら」
返ってきたのは、全く聞いた甲斐のない確率だった。
けれど、ミカルは目を丸くして希望を持った。
「ずいぶんな高確率だな」
ヨシュアの場合は平均がマイナス。
エルマでさえ三割しか見積もられていなかったのだから、当たり前の確率でさえ大いに光が見えるというものだ。
「ねえ、ミカル。結婚式には、ヨシュア君の婚約者として招待してあげられるといいわね」
「それは面白いな」
「でしょう。その時は、一緒に演奏したり歌ってくれたりしないかしら。私、きっとヨシュア君と仲よくなれる気がしてるのよ」
「……リリー、妙にヨシュアに肩入れするんだな」
「ふふ。お兄ちゃんのくせにヤキモチ? だって、当然でしょう。もうすぐ私の弟になるんですもの」
そう言って、リーデルリディアは魅惑の笑みを浮かべてみせた。
「だから、安心してくださいな。私の愛しい旦那様」
「ああ、そうだな。私の可愛い白百合姫」
弟ではないが、女性には一生敵わないとしみじみ実感しながら、ミカルは愛しい人の期待に応えて甘い口づけを交わすのだった。




