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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第二部 ワケあり少年、実家に帰る
44/131

〈魔王の微笑み・貴公子の寵愛〉 ダンスと母




   * * *



「よ、王子様」


「アベル、本気で絞めるぞ」


再び大広間に戻ってきたヨシュアは、やっとのことで来客から解放されて壁際に下がっているアベルとエルマに合流した。


「お似合いだったよ、ヨシュア」


「エルマまでやめろよ」


会場にレイネをエスコートする役割をなんとかこなしたヨシュアは、主役なのにしばらく姿を見せなかったせいか、注目度がばつぐんに高かった。

それでなくても、社交界に影響力の強いサマンサの一人娘が未公表の誘拐未遂以降に華やかな場所に出てくるのは珍しいのだ。

激しく動揺しているヨシュアが短時間で立て直して人前に出るには鉄壁の外面を装着するしか対策がなく、不本意ながら、傍目には可憐な少女と親しげな爽やか少年にしか映らなかった。


「色々あったけど、よかったじゃないか。レイネと和解できて」


お気楽なアベルに、ヨシュアは唇を尖らせて睨んだ。


「なんだよ、ヨシュア。じゃなかったら、エスコートなんて、してこないだろ」


「……告白された」


「は?」


「生まれて初めて、まともな告白をされたよ」


「マジでか! お前を好きなのは知ってたけど、よくこの状況で言ったな」


「え、何? アベル、お前、レイネが俺のこと好きだって知ってたのか!?」


「え、知らなかったのは、お前くらいなものだぞ」


エルマを見れば、こっくりと同意していた。

ヨシュアはがっくり肩を落として、本当に何も見えていなかった自分が心底情けなくなった。


「んで、返事はどうしたんだ」


アベルに聞かれて、更に憂鬱になる。


「返事は受け取らないって言われた」


「どういう意味だ?」


「嫌がらせだって」


「うーわー、さっすがレイネ」


ちょっとだけ、ヨシュアが可哀想になったアベルだ。

けれど、何よりの薬になるだろうとも思ってしまう。


「レイネはすごいな」


グラスを片手に、長椅子に腰かけたエルマがぽつりとこぼしていた。


「んー……よし! ヨシュア、エルマをダンスに誘え」


このアベルの提案には、ヨシュアよりもエルマが驚いた。


「何言ってるんだよ。女性パートなんて踊れないって」


「男がリードするんだから、身を任せれば、どうにでもなるだろ。ヨシュアだって、二人で話したいこともあるだろうし」


「話をするのに、わざわざ踊る必要はないだろ」


精神的にぐったりお疲れなヨシュアも、今は踊る気分になど到底なれない。


「あのな、せっかく着飾っている女の子を、こんな隅に引っ込ませておくのは失礼だと思わないのか」


女の子に関して色々と考えさせられたばかりのヨシュアは、そういう意味ではアベルの意見が正しいのだろうと素直に受け入れた。


「わかった」


きっぱり返事をすると、ヨシュアはエルマに合わせて片膝をついて手を差し出す。


「オズウェル・エルマ嬢、よろしければ一緒に踊っていただけませんか」


「ちょっと、ヨシュア!?」


「エルマ、諦めろ。男に恥をかかせるなよ」


アベルはニヤっと意地悪く笑うと、自分は、本日大活躍のレイネを誘ってみるかとつぶやいていなくなった。

後に残されたエルマは、引っ込めさせるわけにはいかない手を仕方なしに取ったのだった。

すると、あれだけ女嫌いだと宣言しているヨシュアにスマートに踊りの輪まで連れていかれる。

そして、するりと腰に手を当てられ、片手を掴まれ、あっという間に、いつでも踊り出せる体勢に整っていた。


「ねえ、本当に踊るの?」


「そんなに嫌なのか」


不思議そうなヨシュアに、エルマだけが意識をしているみたいで悔しくなる。


「違う。足を踏んだって知らないからな」


「そうならないようリードする」


余裕で答えながら、ヨシュアは自然な運びで躍りの輪に加わった。


しばらくは慣れないパートに神経を尖らせていたエルマだったが、元来運動神経も要領もよく、何より、女の子と踊っている姿を見せたことのないヨシュアが上手に導くものだから、すぐに楽に動けていた。


「ダンスなんて、いつ覚えたんだ」


「好きで覚えたわけじゃない。時々、サマンサ叔母さんに強制召集されてたんだ」


「なるほど。なら、これくらい踊れて当たり前か」


「当たり前って言うなよ。大変だったんだからな」


父も兄も異常に器用な人なのでヨシュアは中々評価をされにくいが、何事も高水準を目指す努力家なのだ。

しかし、いくら頑張って身につけても、楽々こなしてしまう父や兄の前では空しい努力だった。


「悪い」


損な性分を充分に知っているエルマは苦笑して謝った。


「あのさ、エルマ」


「ん?」


「エルマは男装したこと、後悔してないか」


「もしかして、自分のせいじゃないかって責任感じてる?」


「……うん」


ヨシュアは躍りの運びと違って、ずいぶんと歯切れ悪く認めた。


「そんなことないよ。まあ、始めた頃は、こんなに長く続けるつもりじゃなかったけど。でも、髪も服も男装だと動きやすいし、可愛い女の子に好かれるのも嫌いじゃないからね」


軽く返すと、ヨシュアの方が口をつぐんでしまった。


「今更、ヨシュアが気にする必要はないんだよ。普段はああでも、こうして着飾ればアベルでも女の子扱いしてくれるってわかったし」


それに、どんな格好だろうとヨシュアの態度に変わりがないのも確認できたから、と考えたのは黙っておいた。


「エルマがいいなら、構わないんだけどさ」


「だろ」


いつもの口調でエルマは同意してみせた。


そうして、心から軽やかにステップを踏み出したエルマは、ヨシュアが初めて見とれた女の子が自分だとは知らずにダンスを楽しみ始めていた。



   * * *



「どうして、私を誘ったわけ?」


一方、レイネを誘ったアベルは、可憐な見た目に反して相変わらずの厳しい言葉を投げつけられていた。


「だって、俺だけ一人とか淋しいだろ」


「年頃の女の子なんて、ごろごろいるじゃない」


「全部、ヨシュア目当てだろ。へたに声かけて、商会関係者のご令嬢さんだったりしても困るからな」


妙なところで気を使うアベルに、レイネはもっとも無難な選択が自分だったのだと察した。


「いいけど、あんまり仲よさそうに見せないでよ」


「なんだ。失恋したばかりのくせに、もう次のあてがあるのか」


「誰が失恋したって? あんなの、私が振ってやったようなものなんだから」


「うん、そうだな。レイネはいい選択をしたと思うぞ」


アベルは友達甲斐のないことを平気で言ってのけた。


「でしょ。次はもう少し大人で、基本姿勢が優しい人にするの。だからって、なよっとしてるわけじゃなくてね」


「いきなり具体的だな。マジで、特定の相手を見つけたのか?」


レイネはちらりと微笑んで、意味ありげな視線を一つの丸テーブルに向けた。

追って見れば、ミカルとリーデルリディアがティアラと話している。


「まさかの兄貴狙い?」


「ばっかじゃないの。もっと左よ」


つま先で脛を蹴られて半分涙目で言われた通りに従えば、リラとシモンが控えていた。


「……まさか」


「シモンさんって素敵な人よね。落ち着きがあって、思いやりがあって、頭の回転もいいから話していると楽しいの」


「いや、待て。確かに、お前の条件に当てはまってるけど」


「知ってるわ。あの子はお姫様で、シモンさんは王様の側近なんでしょう。いいじゃない、遠距離恋愛。ときめくわ。ヨシュアのバカを想い続けてきた苦労に比べたら、距離なんてちっとも問題じゃないもの」


頬を染めて盛り上がっているレイネに、アベルは肝心なシモンの気持ちはどうなんだと、根本的な指摘ができないまま夜は更けていった。



   * * *



帰宅する最後の客人を見送り、会場の片付けや宿泊する人達への細かい指示を終えたセレスティアは、落ち着いたのが日付が変わる直前の時刻であっても眠るつもりはなかった。

大事な主役のヨシュアを巻き込んだ騒動の説明を、夫のロルフにしっかりとしてもらわなければ、安眠など到底無理というものだ。


セレスティアは、ロルフの書斎を強気でノックした。

どうぞとの声に、断固として追求を緩めないのだと示すため、きつく見えるよう顔をしかめて中に入った。

ところが、待ち構えていた人物を見た途端、全てがだいなしになってしまった。


「ヨシュア。どうして、ここに……」


幼い頃にぎくしゃくしたままになっている次男坊が、ロルフ特注の大きな椅子にどっかりと座っていた。


「親父と取引したんだ」


ヨシュアの発言は、意外にも商魂たくましいスメラギ家の一員に相応しかった。


「母さんを宥める条件で、二人きりで話す場所を提供してほしいって」


セレスティアは目を丸くして驚いた。

すぐ側にいても視線を合わせる機会のなかった息子が、自分から話したいと言ってくれているのだ。


「わかったわ、重要な話があるのね」


姿勢を正して真剣な眼差しの母親に、ヨシュアは慌てて否定した。


「そんなにすごい用じゃないんだ。ちょっと、預かってきたものがあって……」


俯いてもぞもぞと膝の上から取り出したのは、見覚えのある紙袋だった。


「オアシスのレスターさんかしら」


「うん。珍しい薬草が入ったから、どうぞって」


セレスティアの担当する敏感肌向けの化粧品顧客は定期的な面会が必須で、以前、仕事中だと自覚しながらも、ついヨシュアの様子を尋ねてしまったことがあった。

だから、気を使わせたのかもしれない。

レスターに感謝しながら、机越しに息子に触れないよう慎重に、そうっと袋を受け取った。


「ありがとう、ヨシュア」


「それと、これも」


ヨシュアは視線を合わせないままで、もう一つの小さな包みを見せた。


「これもレスターさんが?」


「……これは俺から」


「え?」


「俺が選んだんだ。気に入ってくれるかは、わかんないけど」


居心地の悪そうなヨシュアと差し出された緑色の包みを見比べてから、セレスティアは中を開いて確認する。

中から、ころんと一輪の白い花を模したブローチが転がり出てきた。


「これを、ヨシュアが?」


不器用な次男坊は無言で頷いた。


本当ならレスターの頼まれものも、自分の贈り物も、伝言の形で誰かに託す予定だった。

けれど、レイネの衝撃の告白を受け、直に向き合わないと伝わらないものもあるのだと思い直していた。


「何を話したらいいのか困るし、女性全般が苦手なのは変わってないけど、母さんが嫌いなわけじゃないから」


ほんのりと赤らみながら、ヨシュアは懸命に気持ちを伝えた。


「ヨシュア、私も何を話していいのかわからないけど、あなたのことをずっと愛していたわ」


精一杯の息子の気持ちを突っぱねられるとは予測していなかったが、これほどしっかり受け入れられるとも想像していなかった。


「ねえ、ヨシュア。大人になったあなたには失礼だと思うけど、最初で最後でいいから、抱きしめさせてくれないかしら。もちろん、嫌なら断ってくれていいから」


それは、セレスティアがずっと前から、ヨシュアが怖がって泣いていたあの時から、してあげたかったことだった。


「え、あ……」


ヨシュアは全身が固まって、気が動転していた。

それでも、セレスティアの気持ちを無下にはしたくない親想いの心根ともうずっと昔に心地よかった、あの安心感をもう一度も味わってみたい幼い子ども心が反応した。


「うん、いいよ」


と答えさせたのは、九歳の甘ったれだったヨシュアなのかもしれない。


立ち上がって、向き合って、ヨシュアは自分よりも小柄に変わった母親にしっかりと抱きしめられた。

多少の嫌悪感は我慢しようと覚悟していたのに、そんな気持ちは少しも湧いてこなかった。

懐かしい匂いと、守られている安心感。

それしか感じられなかった。


こうして、最悪な気分で始まったヨシュアの十八歳の誕生日は、最高の心地よさの中で幕を閉じた。


……のだと信じたかったが、災難を引き寄せる性質が、こうも丸く収まる結末を許してくれるわけがなかった。




ちょっと、振り幅の大きいページになりました。


あと、カタカナ語は減らしてるんですが、ダンスを踊りに訳すと雰囲気だいなしになるので諦めました。

みんなで集まる踊りだと、どうしても櫓を回ってるイメージしか浮かんでこない(´-ω-`)

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