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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第二部 ワケあり少年、実家に帰る
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〈魔王の微笑み・貴公子の寵愛〉 悪の象徴




「誘拐の……邪魔をされた?」


誘拐に失敗しただの返り討ちにされただのと言われれば、いくらでも心当たりがあって断定できるものではなかったが、ヨシュアが邪魔をしたというのなら一つしか思い当たらなかった。


「そいつはどこにいる」


今度は、はっきりと雰囲気が変わったヨシュアに、押していたお兄ちゃんの方が無意識に距離を取った。


「な、なんだ」


「お前の相手は後でしてやるから、さっき言っていた男がどこにいるのか教えろ」


「探す必要はない。私はここにいる」


戸惑うお兄ちゃんが答える前に、暗がりから一人の男が名乗り出た。


「久しぶりだな、お誕生日おめでとう」


「ふざけるな!!」


「おっと、失礼。成人おめでとう、と、祝うべきだったかな」


臨戦態勢に入ったヨシュアに、男は真っ向から社交的に応じた。


「ヨシュア、目上の親戚にそんな顔をするものではないだろう」


目上と言っても、兄のミカルよりは年下な青年が威厳たっぷりな物言いをしてくる。


「親戚なんて枠でくくれるほどスメラギとの縁はない。第一、あんな事件を起こしておいてよくもぬけぬけと。デューク、今更どの面下げてやって来たんだ」


睨みつけるヨシュアに、デュークと呼ばれた男は余裕の笑みを浮かべていた。


このデュークという男は、レナルトの妻であるサマンサの親戚筋出身の青年だ。

とは言え、サマンサの実家とさえ縁が薄く、なんとか辿れば繋がっていたという程度の自称でしかない。


「どの面と言われても、この顔しか持っていないのだけどね」


形のよい顎を撫でながら、デュークは口の片端だけを上げてとぼけて返した。

しかし、この男の本心は手段を選ばない野心を秘めている。

それが発覚したのが三年前、シンドリー王妃が身ごもり、貴族達の牽制がひとまず落ち着いた頃のことだ。


当時は、まだ同じ校舎に通っていたレナルトの一人娘、レイネが学校帰りに誘拐されかけた。

未遂で終わったのは、たまたまでしかない。

事件当日、ヨシュアは天敵のレイネを避けて寄り道をし、その通りにこそレイネがいて、運悪く鉢合わせた正にその時、犯行が実行されていたという偶然の巡り合わせに他ならなかった。


すでに何度も自分が仕掛けられる側として鍛えられていたヨシュアは、とっさに反応して助けに動いた。

おかげで事なきを得たが、間もなく首謀者がデュークだと判明したのだ。

詳しく調べると、レナルトの資産に目をつけたデュークが、レイネを攫って自分の意のままになるように洗脳しようと計画していた全貌が明らかとなった。

あまりの身勝手さに、レナルトの屋敷やスメラギ本家はもちろん、スメラギの商会関係の敷地でさえも全面出入り禁止にされた男なのだ。


「デューク、何が目的だ」


「なあに、成人記念に大人の厳しさを教えてやろうと思って訪ねただけだ。しかし、お前はつくづく悪い子どもだったようだな。説教仲間を集めていたら、ずいぶんと簡単に集まってくれたよ」


白々しい物言いに、余計な一言が乗っけられる。


「これではロルフさんも大変だ」


それは、ヨシュアを最大限に逆撫でした。

もちろん、デュークは承知の上で放っていた。


「リラさん、ティアラを頼みます」


ヨシュアはそれだけを呟いて、体を前のめりに傾げてデュークに突っ込んでいった。

直後にキンと高く響いた金属音は、鞘から抜かれたヨシュアの刃がデュークのものと交差したせいだ。

金属音は一つでは終わらず、次から次へと音程を微妙に変えて鳴り続ける。


「ティアラ様。これって、全部敵だと思っていいんですか」


ヨシュアの呟きに応えるように、するりと現れたリラは、隠し持っていたナイフを太ももから取り出していた。


「シモン、少しは当てにしてるからね」


後ろにいたシモンは、リラの期待に自信なさげに眉を下げた。


「武器になるものでも見つかればいいけど」


従者として来ているシモンに、今そこまでの用意はない。


「なら、あの棒とかいいんじゃない?」


リラは、近くに突っ立っている大きな青年を指差した。


「いけるかな……」


武官でないシモンは最低限の護身術しか身につけていないし、ヨシュアの世話についてからは、とんと遠ざかっていた。


「姿勢が悪いから、見た目だけで体幹はなってないでしよ。いける、いける」


気軽にシモンをけしかけて、リラはティアラを下がらせた。


「この状況じゃあ、やるしかないか」


戦力になる決意をしたシモンには、ヨシュアとデュークの争いを囲むように、暗がりからいくつもの人影が現れ見えていた。

中には、当然のように人質となりうるティアラに目をつけている動きも見受けられる。


「じゃあ、まずは得物を確保してくるので、ここは頼みます」


ティアラに借り物の小物で飾られた上着を任せると、シモンは狙う青年を鋭く見据えた。


「任せなさい。どういう展開になっても、長く堪える必要はないと思うから頑張ってよ」


リラは、やはり軽い調子でシモンを送り出していた。



   * * *



ヨシュアは囲まれている範囲が狭まっているのを誰よりも早く察していながら、デュークに対する手は少しも緩める気がなかった。

ヨシュア自身は過去にデュークと親しんでもいなければ、直接何かを仕掛けられたわけでもない。

ましてや、狙われていたレイネは天敵であり、思い入れなどあるものでもなかった。

けれど、利益追求のためなら、自分だけに都合のいい非道な手段を選ぶ姿勢が許せないのだ。


それまで、ヨシュアにとって敵は二通りしかなかった。

黒い男か派手な女だ。

男は覆面で、女は厚化粧で、どちらも顔を隠しているのが特徴だ。

それを悪い意味で打ち破ってくれたのが、素顔を晒した悪党デュークだった。

ヨシュアが自分でも意識していないくらい密かに、非道で許せない連中の代表格として奥底に巣くっていた。


「はは、また一段と強くなったようだな」


デュークは口ほどの余裕はなく、両手で剣を握ってなんとか凌いでいるだけの状態だ。

押しているヨシュアは少しも手加減をせず、線が細い体重のなさをくるくると回転しながら威力を増して矢継ぎ早に仕掛けている。

周囲の剣呑な見物人達に、八方から一斉にかかってこられる前に決着をつけたかったのだ。

しかし、デュークは必死で渾身の一撃をくれた後で大きく距離をとり、両手で剣の柄と峰を握って体の前に出して、待ったをかけた。


「なんのつもりだ?」


「残念ながら、僕では相手にならないようだ。ここらで引かせてもらおう」


あろうことか、肩で息をするデュークは堂々と敗北宣言をした。

もちろん、それで決着とするわけではなかった。


「それに、せっかく来てくれた客人達の出番をなくすわけにはいかないからな」


こうやって簡単に気持ちを切り替えて、効率性を重視して利益を優先させる辺りもヨシュアの癪に障った。

だからと言って、すでに状況はデューク一人に集中していられるものではなくなっていた。

視界に入るだけでも、ざっと十人は数えられる。

貴重な味方のリラとシモンは、ティアラの側を離れるわけにいかないので当てにできない。

ヨシュアが選べるのは逃げの一手で、警備員に助っ人を頼んでくるしか道はない。


「ヨシュア? あなた、何をしてるの」


仕掛けられる前に手薄な方位を探りながら逃げ込む先を考えていると、荒っぽい喧騒に似つかわしくない声に呼びかけられた。


「お前は絶対に近付くな」


切羽詰まった鋭い声音に、回廊から呼びかけたレイネは立ち止まっているしかなかった。

それでも、一番うろたえて立ち尽くしたのは誰でもない、忠告した側のヨシュアだった。

ヨシュアは、サマンサがレイネと共に連れていた少女に目を奪われていた。

橙色のスカートに茶系のフリルとレースを重ねた可愛らしいドレスに身を包んだ、黄金色の髪の乙女だ。


「ヨシュア、危ない!!」


その聞き慣れた注意で我に返ると、反射で三人の攻撃を相手にする。

一人は体を捩って上手く避けながら、もう一人を刀で防いだ。

手に余ったもう一人はどうしようもなかったが、結果としてヨシュアは無傷だった。


「こんな状況で呆けてるって、どんだけ驚いているんだよ」


「……来るのが遅いんだよ、アベル」


「はは、悪い悪い」


手に余った分を引き受けたアベルが笑って返した。


「ヨシュア、気合いを入れ直せよ。って、カッコつけたいところだけど、俺の大活躍を見せるのは今度になりそうだな」


腰を落として警戒体勢のアベルは、視線だけ屋敷に向けていた。


「思ったより派手にやっているな」


ヨシュアは反射で顔をしかめた。

スメラギ家当主のロルフと後継者のミカルが緩い風になびかれて登場したせいだ。

腹立つことに、たった二人がやって来ただけで、威風堂々を体現する圧力で一瞬にして空気を変えてしまう。


「親子が仲よくお揃いですか。お久し振りですね、ロルフさん」


未だに呼吸の整わないデュークは、それでも余裕ぶって、自ら挨拶の言葉を口にした。


「どの面下げてだな」


「生憎と、この面しか持ち合わせてはいませんが、息子さんにも同じ台詞を言われましたよ」


「だろうな。しかし、開けてやった穴は通りやすかったようだな。予想以上の大入りだ」


ヨシュアも、わざと警備に隙を作っているのは知っていた。

シンドリーに帰ってきたばかりの身でミカルに見せられた計画書の段階で、しっかりした穴があったからだ。


それにしたって、デュークが多少の数で押し入ったくらいでは、今日のためにスメラギが割いている警備員は圧倒的だったので心配はしていなかった。

けれど、デュークの方も一筋縄ではいかない策略家だった。


「こちらも承知の上ですから、お気遣いなく。悪意を持って危害を加えようとしたのですから、どうぞ遠慮なく捕らえてください」


なんと、自分から非を認めて捕まえろと言ってのけた。


「ああ、念のためにお教えしておきますが、ここにいる全員が賓客、もしくは護衛・付き添いとして正規に通されています。それだけは踏まえておいた方が宜しいかと思いますよ。もっとも、主催者であるロルフさんなら、当然、ご承知でしょうけど」


今回の宴を仕切っていたミカルは渋面を作るが、ロルフは座興を見るのと変わらない顔つきでいた。


「ならば、それなりの貸しを作れるな。但し、お前だけは、それで済むとは思うなよ」


「ええ、覚悟の上です」


一部で悪魔以上にどきついと恐れられるロルフに、デュークの態度は負けていなかった。


「たいそうな危険を冒してでも、彼には報復をしておきたかったものですから」


デュークはヨシュアを凄んで笑った。

ヨシュアは溢れんばかりに湧き上がる怒りで目が眩みそうだ。


「ですが、今日はこのくらいにしておきましょう。ただで捕まるつもりはありませんので」


くすりと笑い、おどけて見せたかと思えば、デュークは躊躇う事なく仲間を置き去りにして、一人騒動から逃げ出した。


「ミカル」


ロルフに言われるまでもなく、真っ先にミカルは後を追いかけていた。

ヨシュアもすぐに追いかけようと試みるが、次々と襲ってくる雑魚達に足止めをされてしまう。

おまけに、すれ違ったミカルに肩を叩かれ、残るように指示までされてしまった。


「くっそ!」


ロルフが連れてきた警備員も動きだし、圧倒的に優位になったにも関わらず、ヨシュアは息苦しくてならなかった。




編集作業中に間違って画面を閉じちゃうと、気力をがっつり持ってかれます……orz


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