〈識者の忠告〉 お洒落番長
幼馴染み三人組がレナルトの屋敷に到着すると、門をくぐる前に自然と揃って足を止めた。
三人共屋敷を眺め、それぞれが、そわそわと浮き足立っている。
アベルは服の乱れを整えながらぶつぶつつぶやき、エルマは持参した手土産の紙袋をちらちら覗き、ヨシュアは目を閉じて深呼吸を繰り返していた。
やがていくらか落ち着いてくると、お互いに目配せして意志疎通を図った。
「よし、行くぞ」
ヨシュアの気合いで門の内に踏み入れた三人は、決死の覚悟の形相をしていた。
屋敷の玄関口で執事に声をかけたヨシュア達は、とある客間に案内される。
客間に着くと、一旦執事だけが中に入っていった。
次に出てきた時には、中でお待ちだと告げられて、緊張の三人組は部屋に通された。
「まあ、早かったのね。おかえりなさい、と、いらっしゃい」
立ち上がって迎えてくれたのはレナルトの妻であるサマンサだ。
礼儀に厳しい婦人なので三人共かしこまって来たのだが、客間に入った途端に全部吹き飛んだ。
「あの、これは何事ですか?」
唖然としているヨシュアに、もてなされているはずのウェイデルンセン組は、各々があらぬ方向に顔を逸らしていた。
サマンサやティアラだけならまだしも、付き添いのシモンや護衛のリラまでが、どこの王宮のお茶会かと思いたくなる華美な装いで座っているのだ。
そんな異様な光景を訝しみながら、ヨシュアは天敵レイネの姿が見られないことをさりげなく確認して安堵していた。
「ヨシュア。こちらの説明の前に、あなたからの報告があるのではなくて?」
サマンサに忠告されて、慌てて事前に考えてきた口上を述べる。
「本日、無事に試験が終了しました。私の世話だけでなく、客人のもてなしまで引き受けていただき、ありがとうございます。おかげさまで、試験の結果はよい報告ができると思います」
「そう。それは、よかったわ。ヨシュア、よく頑張りましたね」
一見、サマンサは優しげに微笑んでいるが、歩く社交の華とささやかれる傑物なので、これが合格点なのかは学校の試験結果より予測が難しい。
「サマンサさん、本日はお世話になります。こちら、つまらないものですが母から預かってきたお菓子です。お口に合うかわかりませんが、よかったらお召し上がりください」
「どうもありがとう。お母様にも、よくよく伝えておいて頂戴ね。それにしても、また少し背が伸びたのではないかしら。久しぶりにあなたを見たけれど、いつも凛とした立ち姿で素敵だわ」
「はい、ありがとうございます」
無意識に女の子を照れさせるエルマが、今回は、はにかむ側に回っていた。
「アベルもお久し振りね」
「はい、ご無沙汰して申し訳ありません。本日はお世話になります」
今日こそは自分からきっかけをと狙っていたアベルは、掴めなかった焦りを隠して、年上の女性に好かれる甘い笑みを浮かべた。
「あなたは……あまり変わりがなさそうね」
「そう、ですか」
素っ気ない評価に、手厳しいと密かにがっかりしているアベルの反応を見てサマンサは笑った。
「嘘よ、嘘。ずいぶん逞しくなったようだわ。レナルトからも、商会で頼りになっていると聞いているもの」
「それは、どうもありがとうございます」
アベルは今回も敵わないで終わってしまった。
「さあ、挨拶はこれまでにして、楽にして頂戴」
広いソファに席を勧められたところで、無駄に華やかな装いの疑問を取り上げた。
「一体、どういう事情?」
ヨシュアは他の誰でもなく、サービス精神旺盛な主義で、なんでも聞いた以上に答えてくれるシモンに尋ねた。
「誕生会ってどんな雰囲気なのか、お聞きしただけだったんだけど、なぜかこんな事態になっちゃったんだよね」
ウェイデルンセンの城務めでは無難な色合いでまとめているシモンだ。
今着ているのも、主要な色味だけを見れば地味なのだけど、キラキラだのジャラジャラだのがこれでもかと盛り込まれ、無意味にきらびやかな仕様になっている。
「なんだか、落ち着かなくて」
たいていの場面を笑顔で乗りきるシモンが八の字眉毛になるくらいの過剰さだ。
「この部屋だからだと思いますわ。スメラギ本家の大広間では、これくらいでないと逆に目立ってしまいますもの」
サマンサの言葉を「本当に?」と確認してくるシモンに、ヨシュアは残念ながら頷くしかできなかった。
多少の個人差はあれど、シンドリーでは祝い事となれば、ここぞとばかりに着飾る傾向がある。
シンプルなデザインに凝った細工が好まれるウェイデルンセンに馴染んだ後では、どうかと思う派手さ具合だ。
無駄に着飾るのが苦手なヨシュアは、こんなきっかけでウェイデルンセンに戻りたくなってしまった。
「シモン達は、ウェイデルンセンで誕生会用の衣装を用意してきたと聞いてますが」
サマンサの見立てが似合っていたところで、シモンを見ているとどうしても着せられている感が強くて、助け船を出してみる。
「ええ、存じていますよ。ですから、実際の雰囲気を掴んでいただくために、具体例として、私が選んだものをお召しになって頂いているのです」
説明に納得ができても、今日の今でなくてもよかったのにと考えてしまう。
さっきから目がチカチカして仕方がない。
「ご用意していらした品を先ほど拝見させて頂きましたが、ウェイデルンセン独特の繊細で丁寧な作りにため息が洩れてしまったわ。シモン様、お返しではありませんが、よければわたくしのコレクションをご覧になってくださいませんか。流行りに違いがあるのでしょうし、お互いに得るものがあると思うのですが、いかがかしら」
「お気遣いありがとうございます。こちらこそ、相談に載っていただけると助かります」
付き添いがシモンしかいないので、そんな担当までしなければならないらしい。
「では、早速、ご案内致しましょう。ティアラ様は皆さんと語らっていらしてくださいな。リラ様は、わたくし達とご一緒にどうかしら」
「そうですね、お言葉甘えさせていただきたいと思います。職業柄、華やかな装飾品に直に接する機会が少ないので楽しみです」
サマンサは微笑んで受けた。
「ヨシュア、外に出るなら必ず声をかけてね」
濃い紫色の大胆なドレスアップをしていたリラは、そう言い置くと、深く開いた背中を向けてシモンに続いて退出していった。
「あーあ、リラさん行っちゃった。色々話してみたかったのに」
アベルは、名残惜しそうにドアを眺めながら姿勢を崩した。
「遠慮してくれたみたいだね」
エルマが好意的に解釈してる横で、ヨシュアは年齢差の問題で居づらかっただけじゃないかと突き放した見方をしていた。
「なあ、リラさんっていくつなんだ」
アベルに聞かれても、全く興味のないヨシュアにわかるわけがなかった。
「前に、見習いから数えて十年は勤めてるみたいなことを言ってた気がするけど」
「じゃあ、二十代なのは間違いなさそうかな。年上のカッコいいお姉さんって感じでいいよな」
ヨシュアと正反対で女好きなアベルは、手に顎を乗せて、にやにやと笑っている。
冷たいヨシュアの視線もなんのそのだ。
「あの」
おずおずとした呼びかけに幼馴染み三人組が注目すれば、ティアラがそわそわと立ち上がっていた。
「どうしたんだ」
「着替えたいなって思うんだけど、誰に言ったらいいのかわからなくて……」
困りきっているティアラは、シンドリー様式に則った、フリフリでひらひらなピンク地に黒のリボンやレースがてんこ盛りなドレスで着飾られている。
本人が望むなら、ヨシュアは使用人に声をかけてやろうとしたのだが、アベルとエルマに揃って阻止された。
「もったいないって。もう少しそのままでいなよ」
アベルの引き止めに、エルマも賛同して援護する。
「そうだよ。今日は外に出かける予定じゃないんだしさ。僕も、もっと見ていたいな」
「……似合わなくない?」
「全然。とっても可愛いよ」
エルマの天然なたらし力で、ティアラは赤くなって椅子に座り直した。
「叔母さんも好きだよな」
ヨシュアはいつも隙なく上品に着飾っているサマンサを思い返し、そういう点ではレスターと似ているのだと気が付いた。
けれど、片方は外をバリバリと飛び回っているキャリアウーマンで、もう一方は社交界一筋の優雅な華やかさに囲まれた貴婦人だ。
受ける印象は対極的である。
そんなことを考えていたら、アベルとエルマの物言いたげな視線を感じ取った。
「何?」
「ヨシュアからは、ないのかなーと思って」
もったいぶったアベルの言い回しに、いい感じがしない。
「何がだよ」
「可愛く着飾った婚約者に、一言もないのかって意味だよ」
ヨシュアは具体的に指摘されても、どうでもいいと考えていた。
しかし、エルマに細目で忠告をされ、渋々とティアラに目を向けた。
てんこ盛りな衣装なのに、サマンサのセンスで品よくまとめられている。
そんな感想しか出てこない。
これをそのまま口にしようものなら、アベルからぶーぶーと文句をつけられ、エルマからはチクチクする視線が益々厳しくなるのは目に見えている。
「……似合ってなくはない」
「「それだけ?」」
考え抜いた果ての感想に、幼馴染みは声を揃えて呆れるしかなかった。
「充分だろ。社交場でもあるまいし、何を着ていようが、ティアラに変わりはないんだから」
「外面だったら、そつなく褒められるくせに、極端な奴だよな」
「そうだよ。せめて、もう一言くらいないのか」
アベルには簡単に匙を投げられたが、エルマに粘られ、少しは変わったところを見せたいヨシュアは頑張ってみることにした。
「着せ替えられて迷惑じゃなかったか」
サマンサが虫も殺さぬ微笑みで、望まぬ相手をその気にさせてしまうという恐ろしい技を持っているのは、よおく知っていた。
なので、もう一言をひねり出すには、まず、ティアラの気分を確認しなくてはならなかった。
「ううん、ちょっと嬉しかった」
意志がはっきりしているティアラには珍しく、もじもじと指を動かしながら照れていた。
レスターから野生児と言われ、普段も着るものにこだわりがなさそうな印象だったが、ティアラにも、そこらの女の子と同じ感覚を持っているのだと知る。
ならば、ヨシュアに言えることは一つだけだ。
「可愛い服を着せてもらってよかったな」
「「……」」
アベルとエルマは、揃って違うだろうとツッコミたかった。
服を褒めてどうするんだと説教してやりたいところなのに、ヨシュアにしては好意的な意図あっての発言であり、言われたティアラもほくほくと喜んでいるので、今度は黙っているしかなかった。
「婚約者っていうより、まるで兄妹だな」
「うん。弟がいたらなって思ってたけど、最近は妹もありかなって思うんだ」
エルマは呆れて表現したのに、されたヨシュアは照れながら答えた。
ヨシュアの中では婚約者としての責任感でも、友人としての親しい情でもなく、世話焼きの兄貴分としての気持ちがめきめきと育ち始めていた。
「アベル、どう思う?」
「妹としてでも、存在を認めただけ進歩なんじゃないのか」
「……だな。どんな形であれ、あのヨシュアが身近に女の子を認めただけ大進歩か」
こうして、幼馴染みの間では、ティアラは妹分として収まりがついたのだった。
先に、シモンから持参の衣装を見せてもらってるので、刺激されたらしいです。




