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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第二部 ワケあり少年、実家に帰る
32/131

〈子羊の反逆〉 夢の中へ




   * * *



人の気配に敏感なヨシュアは常に眠りが浅く、短時間の深い眠りで体を癒すすべを自然に身につけている。

その代償なのか、一晩にいくつもの夢を見るようになっていた。

大半は覚えていないのだが、繰り返し見るものや、色や匂いまではっきりと思い出せる時がある。

そして、今夜の夢は、やけにくっきりと手触りのあるものだった。


ヨシュアがここをシンドリーの海辺なのだと無意識に納得しているのは、ここが夢の中だからこそ。

実物とは多少の違いがあるものの、実家のプライベート港の隅にある浅瀬だと、なんの疑問も持たずに認識していた。


里帰りの道中だからこんな夢を見るのだろうかとぼんやり考えながら、懐かしさにしゃがみ込んで海に手を浸してみる。

波に合わせて手の周りの砂が揺れ動き、何するでもなく眺めていられた。

その内、ふと、辺りが影に覆われて薄暗くなった。

見ようとしなくても俯いている視界の端に足先が入ってくるほど、誰かが近くにやってきたせいだ。

身を捩って顔を上げれば、全く見覚えのない男がヨシュアを見下ろしていた。


誰だろうと、不思議に思う。

健康的な体つきで、はつらつとした青年のようでありながらも、貫禄のある自信をまとっても見える。

精悍な顔つきで、兄みたいなキラキラした華やかさはないが、男女関係なく惹きつけそうな印象だ。

じっくり眺めてみても、やはり覚えがなかった。


危機感は少しも感じない。

それでも、違和感は存在していた。

夢の中では見知らぬ人物だったとしても、たいていは、どんな役割を担っているのか承知しているものだ。

例えば手強い敵であったり、迷宮の案内役であったり、ただの通行人であったり。

なのに、目の前の男がどういう役割で、何をしに現れたのかが不明瞭だった。


「意外と鮮やかな景色を持っているんだな。ちんちくりんの割りには雄大な世界だ」


「……は?」


ヨシュアは思わず立ち上がった。

ヨシュアをちんちくりんと呼ぶ心当たりは一つしかない。


「ま、さか……あんた、カミなのか」


「他に誰がいる」


あっさりと男は認めた。


「なんで、こんな所にいるんだよ!」


「もう忘れたのか? 先日、まじないをしてやっただろう」


「あれか!? 一体、何してくれてんだ!!」


「仕方ないだろ。初めて遠出するティアラに負担をかけるわけにはいかないからな」


なんだ、そのふざけた理由は! と、怒鳴り返したくて堪らなかったが、あまりのことに言い返す言葉が見つからない。


「いやあ、それにしても、年寄りの話は聞いておくものだな。先代に聞きたくもない昔話を繰り返されてうんざりしたもんだが、意外と役に立ったな。これで、俺も退屈しないで済みそうだ」


要するに、ヨシュアは、カミの退屈しのぎに選ばれたという意味だった。


「どうだ、様子は」


「ああ゛? 何が」


神様に対する口調が、気安いどころかぶっきらぼうに成り下がる。


「ティアラとレスターの様子に決まっているだろうが。今日辺り、オアシスに入ったのだろう」


そこまで狙って出てきたのかと思えば、苦情を訴える気力すらなくなった。


「二人とも元気だよ。これで満足か」


「ああ、満足だな」


「ついでに、レスターさんへの伝言でも受付けようか」


ヨシュアは嫌がらせとして提案してやった。

案の定、カミは渋い顔を返してくる。

狼とは違って、人間の姿だと表情がわかりやすいことだけは歓迎できた。


「今夜のこと、あいつには言うなよ」


「なら、二度と現れてくれるな」


「それは無理だな。もう縁ができている。嫌なら、あいつのように自力で締め出すしか方法はないぞ」


「な、勝手な!」


「神とは生来、勝手気ままな存在だろう」


「くっ」


これだから、神様なんかに迂闊に祈ってはいけない! というヨシュアの信念を、改めて強固なものにして胸に刻み直す。


「そんな顔をするな。少なくとも俺がついてる間の身の保証はしてやるし、加護も働く。悪いばかりではないぞ」


偉そうにふんぞり返るカミに、ヨシュアは精一杯、不満げな顔を返した。


「お前がどう思おうと自由だが、神を拒むなど、誰にでもできるものではないからな」


ふっと嫌な嘲笑を残して、不法侵入のカミは、あっという間に姿を消してしまった。

完全に消えたのだと確信してから、ヨシュアは背中からばたりと砂場に倒れた。


「神様って奴はろくなもんじゃない」


意味はなくとも、腹いせに、声に出して心底迷惑がっておいた。



   * * *



翌日。

ヨシュアの目覚めは早かった。

神様のご加護とやらの効果なのか、体はやけに軽い。

なのに、気分は胸焼けがするほど重たかった。


昨夜の悪夢をただの夢だと割り切るのは簡単だ。

しかし、万が一、そうでなかった場合を考えれば、放置しておくわけにもいかないのが厄介だった。


「最悪だ」


実家にいる以上の環境悪化はないと信じて家を出てきたはずなのに、いくら視野が広がったところで、状況そのものは確実に悪くなっている気がしてならない。

それも、全く予想がつかない奇天烈な方向にだ。


二度寝はできそうになかったので、仕切りを挟んで、すやすやと眠っているシモンを起こさないように着替えて、気分転換に部屋を出た。

来客が少なくないレスターの屋敷は、庭でお茶を楽しめるように見栄えよく整えてある。

緑の癒しを求めて、ヨシュアは外に出ていた。


「今日も、いい天気になりそうだな」


早朝の時間帯とは言え、陽が昇り始めていて、辺りは、それなりに明るくなっている。

うるさいくらいの小鳥のさえずりに耳を傾け、沈んだ気持ちを浮上させようとしてみた。


しばらく自然の癒しに身を任せていると、鳥の群とは別に、人の気配を感じ取る。


「レスターさんかな」


昨夜、夕飯を共にしたレスターは、仕事が残っているからと屋敷を出てしまっていた。

昨日は芝居で言ったまでだが、本当に無理矢理にでも休ませる必要がありそうな忙しさだ。

ともかく、屋敷の主の出迎えに門の方へと歩き出した。


「こんな時間まで申し訳ありませんでした」


「いいえ。私の方こそ、大変勉強になりました」


男の声がした。

どうやら、誰かに送ってもらったらしい。

ヨシュアは、とっさに木陰に体を隠して様子を窺った。


「しかし、プリンタ殿には参りましたね」


「ええ。まさか、出待ちされているとは思いませんでした」


盗み聞きをしながら、 油ギッシュの不要な根性には脱帽するしかなかった。

本当に、はた迷惑な根性だけども。


「もし、また困るような事態になったら、遠慮なく声をかけてください。仕事では、まだまだ未熟者ですが、そちらの面では多少戦力になれると思いますから」


聞こえてきたのは、かなり意味ありげな発言だった。


「そうならないよう、これからは事前に対策しておきますよ」


さすがに、レスターは、そつのない返答をしていた。

ヨシュアは、首を伸ばして二人の様子を確認する。

場合によっては、割って入るか、気を利かせて退散するかを選択する必要がありそうだからだ。


草木の隙間から、高いヒールを履いたレスターよりも楽に背の高い男が見えた。

目立った特徴はないが、油ギッシュとは比べるのも失礼なくらい、まともな相手のようだ。

これは、見なかったことにして立ち去った方が賢明かと判断しかけた時、話の流れが少し変わった。


「ウェイデルンセンの観光ですか?」


「はい。ほとんど地元を出る機会がないまま、オアシスの役員についてしまったので、少し勉強しておこうかと」


「名所の紹介くらいはできますが」


「いえ、そうではなくて……できればレスターさんに直接案内してもらいたいのです。いけませんか?」


人当たりがよさそうに見えるのに、なかなかの押しの強さだった。

レスターは、迷惑とまではいかなくても、困っている気配なのは間違いないだろう。

今後の活動を考えれば、昨日に引き続き恩を売っておくのも悪くないと打算して、ヨシュアは割って入るを選択した。


「レスターさん、おかえりなさい」


「ああ、ヨシュアか」


さり気なさを装っていても、ヨシュアには助かったと聞こえていた。


「送っていただいたのですか」


「そうだ。同僚のセオドリク・ウィルフレッドだ」


「はじめまして。ウェイデルンセンでお世話になっている、スメラギ・ヨシュアです」


「はじめまして。スメラギと言うと、シンドリーの商組合と繋がりがあるのかな」


「はい、父が商会の代表を務めています。セオドリクさんもシンドリー出身なのですか」


「私は、ボリバルの出身だよ。実は、最近になって家の事情でオアシスの役職に就いたばかりだから、冷や汗をかきながら各国の商会を覚えているところでね。スメラギ商会はシンドリーでもっとも影響力のあるところだと記憶したばかりだよ」


「そうでしたか」


適当に相づちを打ちながら、ちらりとレスターに視線を送る。


「セオドリク。私は今日、彼に付き合う約束なんだ」


「それなら、少しでも休んでおいた方がいいですよ。では、私はこれで」


ウィルフレッドは会話を終わらせたがっている流れに不快感を示さず、自分は帰ると爽やかに応対してくれた。


「送ってくれてありがとう、気をつけて」


ヨシュアもレスターも、完璧な外面のにこやかさで姿が見えなくなるまで並んで見送った。


「レスターさん。もしかして、小説をくれたのって、あの人ですか」


予想が当たっていようがいまいが、余計な一言だったとヨシュアが察した時には、レスターの鋭い目つきを目の当たりにしていた。


「五歳年下の、ボリバル国議会議員の家系出身の次男だ。機転が利くし、勉強熱心な青年だよ」


聞いてもいないのに、レスターは自ら説明をしてくれる。


「ヨシュア。わかっているだろうが、くれぐれも、アイツには言うなよ」


「……」


「返事は?」


「はい」


底冷えするほど、ひんやりとした声で脅されて、ヨシュアは出ていくんじゃなかったと、真実後悔していた。



   * * *



早朝のやりとりのおかげで、ヨシュアは一人勝手にオアシスをうろつくわけにもいかず、レスターはレスターで引きこもって書類整理に躍起になっているので、屋敷から身動きができなかった。

なので、観光地にいながらにして勉強漬けで過ごすしかないという、つまらない状態で出発まで待機する羽目になっていた。

待望の移動遊園地は、またもやお預けである。


その日の昼食後、ヨシュア達一行はレスターに見送られてシンドリーを目指して先を進めた。

道中、ヨシュアは馬上で気にかかる二つの問題について考えていた。

一つは様子見を続行するつもりなのだが、もう一つはすぐにでも確認しておく必要があった。


半日かけてオアシスの最南端に辿り着き、日が暮れてきた頃に宿に入ると、なんとか今日中にひっそり確認しておきたいヨシュアは、部屋に入る寸前で絶好のタイミングを見つけられた。


「ティアラ、ちょっと話があるんだけどいいか」


「いいよ」


ティアラは不思議そうに了承した。

宿屋の公共広間で、ヨシュアは見える範囲の離れた席で明日からの予定を確認しているシモンとリラを気にしながら声を潜めた。


「あのさ、夢に出てくるカミって、銀髪で古風な重ね着姿だったりする?」


「そうだよ。どうしてヨシュアが知ってるの」


肯定されると、やっぱりかと、がっかり気分にしかならなかった。

でもって、ためらいもなく、夢の一部始終を話して聞かせた。

レスターには黙っているよう言われたが、ティアラの名前は出てこなかった。

第一、こんなとんでもない状況を、律儀に一人で抱え込むつもりのないヨシュアだ。


「これだけは確認しておきたいんだけど、夢に入られたら、頭の中を好き勝手に覗かれたりしないのか」


「それはないと思う。いつも、面白い話はないかって聞いてくるから。でも、私がカミに秘密にしようって思ったことがないからかもだけど」


言われてみれば、昨夜も様子はどうだと聞かれたのを思い出して、杞憂だったと安心した。


「もしかして、ヨシュアは、カミに内緒にしておきたい秘密があるの?」


ティアラの鋭い指摘にドキッとする。

別に、ウィルフレッドの存在をティアラにまで隠す必要はない。

だが、恋愛問題は、時にとんでもない転がり方をするので、余計な情報を与えるのは控えておこうと判断した。


「なあ、俺がカミと夢で会ったって話、聞いてない振りをしてくれないか」


そう言って、微妙に論点をすり替えて意識を逸らす。


「どうして?」


「だって、その方が面白いだろ」


ヨシュアにとっては、単なる意趣返しだ。

しかし、付き合ってもらいやすいよう、ティアラには真意をぼかして頼んでみる。


「わかった、いいよ。その代わりじゃないんだけど、今日は私の夢に呼んでいい?」


「こっちから呼べるのか」


「うん。なんとなくだから、やり方を聞かれても困るけど」


「聞くわけないだろ。むしろ、二度と来て欲しくないくらいなんだから」


「じゃあ、こっちに呼ぶね。カミってば、ウェイデルンセンを出発してから、ちっとも来てくれなかったんだから。私、少しだけレスター叔母様の気持ちがわかった気がする」


「そこと一緒にするなよ」


本気で同じ枠組みとして括られたくなかった。

色々な機微をわかってなさそうなティアラだが、なんにせよ、今夜はカミが出てこないのだと思えば、余計な心配をせずに眠れる気がするヨシュアだった。



   * * *



予定通り、順調にシンドリー国の領地に入って三日目。

一行は城下町の賑わいを尻目に、郊外にある閑静な住宅街に来ていた。

その一角に、目的地であるレナルトの屋敷があるからだ。


城を見慣れた者にはたいした感動もないが、レナルトの屋敷はこの辺りでは上位の広さを誇る。

こだわり抜いた建物や庭園は絵葉書にされるほど評判で、観光客にはちょっとした名所として知られていた。

ヨシュアが見知った門番に声をかけると、久しぶりだと温かく迎えられて中に通される。

馬から下りて手綱を小姓に任せると、深呼吸して感慨深くげに屋敷を眺めた。


「帰ってきたんだな」


叔父のレナルトと話したいことは山のようにある。

弾む気持ちを落ち着けて、いざ、懐かしの屋敷へと足を踏み出した。

そして、思惑通りな事の運びにヨシュアが笑っていられたのは、ここまでだった。

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