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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第一部 ワケあり少年、婿に出される

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〈子羊の千客万来〉 報告




   * * *



「あー、気持ちいー」


ほどよい風になびかれて、どこにも緊張の見られないヨシュアが立っているのは客船の甲板だった。

もちろん、行きに使った急流ではなく、主流での安定した船旅だ。

船内で寝泊まりするので、急流と半日も変わらない日程でウェイデルンセンに到着する。


「これで、アベルもいたら最高なのにな」


同じ気持ちのエルマは苦笑した。

オアシスでのばっちり事件のせいで、一行は後始末のため、ばらばらに行動することになったのだ。


レスターはオアシスに残り、運営の見直し作業に入るというので現地で別れた。

悪徳酒問屋はスメラギ商会の頭であるロルフに裁いてもらうためにシンドリーへ連行しなければならず、同時にウェイデルンセンにも報告する必要があったので、アベルがシンドリー行きの護送の方を引き受けてくれていた。

リラは護衛が任務なので、当然、ウェイデルンセン組として行動している。

但し、近くにいないのは、対象となるヨシュアが一向に軟化しないからだ。


ボミートで下船すると、そこから馬で城に戻る。

薄暗くなった頃に見慣れた真白い城が見えてくると、ヨシュアは帰ってきたのだと安堵する気持ちになっていた。

あれだけ他に居場所がない、仕方がないからだと自分に他人にも言い聞かせていたはずなのに。


「先に連絡はしてあるけど、どう判断するかは王の御心次第。しっかりね、エルマ」


「はい。リラさん、ありがとうございます」


ヨシュアと距離を置いていたリラは、いつの間にやらエルマと仲よくなっていた。


「天然たらしめ」


幼馴染みとして面白くないヨシュアは、嫌みをつぶやいておく。


「ヨシュアには言われたくないね」


エルマは痛くも痒くもない様子で言い返した。

これがアベルだったら、誉め言葉として受け取って喜んでいるところだろう。

どちらにしても、長い付き合いの二人には嫌みなど通じない。


ヨシュアは頭を切り替え、王にどう報告するべきかを思案し始めてみた。

すると、玄関ホールのところでシモンを見つけた。

隣にはティアラも並んでいる。


いつもの和やかな笑顔の中に、ほっとしている気配を忍ばせたシモンは、手を振って出迎えてくれた。

遅れて気付いたティアラは、弾けたように一直線に飛び出してくる。

エルマと感動の再会を果たすのだろう。

綺麗なものが好きなアベルなら、絵になると喜びそうな場面だ。


なんて、ヨシュアが他人事に考えていると、ティアラの視線が自分に固定されていて驚いた。

察した途端に硬直して、そのまま体が後ろに下がりたがる。

体当たりされる!

と、恐怖を感じる勢いのティアラだったが、実際には腕を伸ばしてもぎりぎりで届かない範囲で立ち止まってくれた。

そして、大きな瞳に、じっと凝視される。


「あっと……ただいま」


他にないのかとエルマから無言の重圧を感じるが、ティアラは 「おかえりなさい」 と返してくれた。


「怪我はしてないの?」


「全然、大丈夫」


打ち身による青タンや小さな擦り傷なんかは怪我の内に勘定しない方針だ。


「それなら、よかった」


ティアラは触れられないもどかしい距離を保ったまま、組み握った自分の両手にほっとした気持ちを吐き出していた。


「本当によかった」


ティアラは顔を上げると、改めてヨシュアと嬉しそうに目を合わせた。


ヨシュアは手放しにほころばせたティアラの笑顔を目の当たりにして、それほど心配されていたのが自分なのだと思い至るなり、内心、かなりの動揺をしてしまった。

さらに追い討ちで、脇からエルマに突つかれる。


「ここは、抱擁して礼を告げるところだろう」


ヨシュアには無茶振りすぎる要求だった。

それでも、歩み寄る必要性は自覚しているので、かなり頑張ってぎこちなく右手を差し出した。

この通り無事だという証明と、心配してくれてありがとうの感謝を込めて。


しばらく出された手を見つめるだけのティアラは、次いで、指先で確かめるように突ついてみると、最後には両手で包んで握りしめた。

ヨシュアは、むずむずしてたまらなかったが、柔く暖かい手をこちらから払うことはしなかった。


そんな、歩み寄りの見られた出迎えを受けた直後に、ヨシュア達には本番の歓迎が待ち構えていた。


「ご苦労様、大変だったようだな」


ファウストは、個人的な用向きで使っている応接間に一行を迎え入れた。

怒っているの呆れているのかは、王様仕様なので判断できそうにない。


「簡単な報告はレスターから聞いているが、直接説明をしてもらいたい。オズウェル・エルマ殿、お願いできますね」


「はい」


王は続けて、リラにも付き添うように言いつけたが、なぜかヨシュアの名前は出てこなかった。


「あの、ファウスト王。私はどうしたら……」


「お前には、ティアラと一緒に山守への報告を任せる」


山守?

と、考えたのは一瞬で、すぐにカミに呼び出されたのだと理解してげんなりした。



   * * *



「よく無事で戻ってきたな」


意外にも、口の悪いカミは、まっとうな労いの言葉をかけてくれた。

けれど、それを素直に受け取るべきかは別問題だ。

大きな口を閉じ、唸りもせずに見つめられれば、獣から感情を読み取るのは難しい。


「この度は、レスターさんを巻き込んで申し訳ありませんでした」


多少迷った末、ヨシュアは進んで焦点になる部分を切り出す作に出た。

先手必勝、正直に認めるが勝ち作戦だ。

まともに威嚇されたくないので、深く頭を下げて視界から外しておく。

ところが、いつまで経ってもうんとも寸とも響いてこない。

顔を上げれば、カミは剥製みたいに姿勢が変わっていなかった。


「お前みたいなちんちくりんの、どこら辺が、いい男に見えるんだろうな」


それはヨシュアの方が聞きたかった。

一体、レスターはどんな報告をしたのだろう。


「レスターを守ったらしいな。礼を言っておこう」


あまりの素直さに、相手がバカでかい狼なのも忘れて、まじまじと見つめてしまった。


「あの、そもそもは、スメラギのいざこざに巻き込んだせいなんですけど」


だからこそ激しい怒りを警戒していたし、先手必勝で自ら謝ったのだ。

なのに、カミは全く唸る様子がない。


「逆恨みされた方を責めてどうする。どうせ、レスターから警戒心なく騒動に近づいたのだろう。あいつは弱いくせに、黙っていられない質だからな」


「……」


種族の問題は置いといて、ティアラの言っていた通り、カミはレスターを想っているのだと沁みて実感した。


「なんだ、なんで黙る?」


まあ、この反応では、カミは自覚なく感情を洩れこぼしているようだが。


「カミに、レスターさんから伝言を預かってきました。すぐに戻るから、ティアラに手を出したら承知しないからね! だ、そうです」


「相変わらずだな。それしか言うことはないのか」


「今度会う時は、もう少し優しい言葉をかけてあげたらどうですか」


目の前の恐ろしいカミのためではなく、お世話になってるレスターのためにちょっとだけお節介をしてみたくなった。


「ふん、余計なお世話だ。だが、面白い奴ではあるな。お前とは長い付き合いになりそうだ」


何を考えたのか、カミは的外れな返答を寄越してくれた。

機嫌がよさそうに聞こえたので黙っておいたが、生憎、ヨシュアにその気は全くなかった。

むしろ、今すぐにでも関わり合いをなかったことにしたいくらいだ。


そうして、カミの根城を後にしたヨシュアは、ついでにティアラを自室に誘うことにした。

いくら婚約者の肩書きがあっても、相手はお姫様なので応接間にするのが筋なのだろうが、誰の目も気にせずに話したかったからだ。

その点、ヨシュアの部屋は離れ小島なので都合がよかった。


案内するのは夜に押し入られている寝室ではなく、併設された小さな庭だ。

素朴ながらも、色鮮やかな花が見頃を迎えている。


「婚約解消の話でしょう」


意外なことに、ティアラの方から本題を切り出してきた。


「シモンから聞いたんだな」


「うん」


「ティアラは、どう考えているんだ」


こんな、基本的な確認をするのに、だいぶ時間がかかったなと思う。

そして、それくらい自分本意で、視野が狭くなっていたのだとヨシュアは自覚し始めていた。


「……怒らないで聞いてね」


黙って頷きながら、怒らせるような話のかと覚悟する。

ともかく、ティアラの言い分を聞く心づもりはあった。


「私が婚約の話を聞いた時、回りくどいことをするんだなって思ったのが正直な気持ち。でも、あのおじさんと結婚は嫌だったし、カミと自由に会ってもいいって許しがついてたから受け入れたの。ファウストも、形だけだって何回も念を押してたから」


ここまでは、ヨシュアも大方把握している。


「だからって、私が婚約者に全く興味がなかったってわけじゃなくて……叔母様には、おままごとだって言われたし、実感なんて少しもなかったけど、すごく楽しみにしてた。ファウストにはエヴァンがいて、叔母様にはカミがついてる。それが羨ましくて、私のためだけに来てくれる誰かがいるんだって思ったら、会う前からドキドキしてたの」


少し前のヨシュアなら、確実に怒りまくっていた言い分だ。

けど、今は、過剰に反論しないで受け入れられた。


「俺みたいのが来たから、がっかりしただろ」


ティアラは首を横に振った。


「ヨシュアが来てくれてよかった。だから、婚約は解消していいよ」


「お前は本当にそれでいいのか」


「だって、ヨシュアは嫌でしょ」


「まあな。けど、やたらに拒絶するつもりもない。ティアラが望むような関係にはなってやれないけど、俺はもう少しなら、このままでもいいかと思ってるんだ」


ティアラは、びっくりして信じられなかった。


「困っていたら力になる。友達になってくれるんだろう」


ヨシュアが笑いかけると、ティアラは珍しすぎる状況に目を見張った。


「そうだ、渡そうと思ってた物があるんだ」


ヨシュアは棚から少しよれた包みを持ってきて差し出した。

まだ自分の見たものが信じられないティアラが戸惑いながらも開いてみると、ふんわりと柔らかいぬいぐるみが出てきた。


「ヨシュアが選んでくれたの?」


「カミに似てるだろ」


わかりやすい反応がなかったので外したかとヨシュアは心配になるが、ティアラは、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて顔を上げた。


「とっても嬉しい。ヨシュア、ありがとう」


無邪気に喜んでいる姿を見て、ヨシュアは初めてティアラを可愛いと思えたのだった。

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