〈子羊の千客万来〉 男子なお茶会
* * *
「えっと、いいのかな」
客間にお茶の用意を調えた後、すぐに下がるつもりだったシモンは引き止められて戸惑っていた。
「むしろ、いてください。でないと、本当の様子がわかんないじゃないですか」
アベルが、ぜひにと席を勧める隣で、ヨシュアはむっすりしている。
「いいよ、いてくれて。シモンには紹介しようと思ってたから。まあ、一人足りない状況だけど」
エルマの進言通り、こちらも楽しく過ごしてやろうじゃないかと決めたヨシュア達だが、取り残された二人では味気ないのでシモンを誘うことにしたのだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
というわけで、男三人のお茶会が始まった。
「シモンさん、ヨシュアは問題を起こさないでやれてますか」
「いきなりなんだよ。俺が問題児みたいじゃないか」
「実際に、問題児だったろ。俺達がどれだけ取りなしてやったと思ってるんだ。ちょっと離れた間に忘れたのか」
「昔の話だろ」
「家を出る数日前にも、レイネと揉めてたよな」
「ぐっ……」
完全にやり込めたところで、改めて、アベルはシモンに質問をし直した。
「大丈夫、ヨシュアはよくやってるよ。一人で頑張りすぎなのが心配なくらいかな」
何を言われるかと、そわそわしていたのに、優しい評価だったのでヨシュアは照れてしまった。
「へえ」
おまけに、アベルがじろじろ見てくるものだから、増して顔が熱くなってくる。
「でも、こいつが女嫌いなのは変わらずなんでしょう?」
「んー、たぶん」
これにはシモンも歯切れが悪かった。
「やっぱりな。とりあえず問題を起こしてないってことは、外面全開で過ごしてるんだろ」
簡単に言い当ててしまったので、幼馴染みは伊達ではないのだと思うシモンだ。
「悪いとは言わないけど、お姫様ともそれじゃあ、夫婦なんてやってけないぞ」
「だから、もう俺に、その気はないんだって。ティアラが男嫌いなら違っただろうけど、そうじゃないなら無理だって、はっきりしたんだから」
「え? ヨシュア、もしかして婚約解消するつもりなの!?」
初耳だったシモンは、腰を浮かせて驚いた。
ヨシュアには反応が予想ついていたので、あえて、今まで黙っていたのだ。
「そうなんですよ、シモンさん。こいつ、レスターさんにくっついて、オアシスに移ろうかとまで考えているんですよ」
アベルが余計な告げ口をしてくれる。
「ちょっと、それは駄目だよ。え、ティアラも知ってる話なの?」
「……知ってない」
答えて初めて、自分の何がいけないのかを理解した。
勝手に決められた婚約話でも、そのまま進めるかはヨシュアに権利があるように、ティアラにだって考える余地や言い分があるはずなのだ。
「そっか。うん、少し悪かったかも」
「ようやく反省するってことを覚えたか」
「なんだよ、アベル。その言い方はないだろ」
「いいや、あるね。ヨシュアは、相手が女だってだけで冷たすぎなんだよ。端から見てたら、時々、俺でも引くくらいの言動してんだからな」
さすがに幼馴染みは辛辣だった。
「俺だって、なんとかしたいんだ」
「へえ。そう言ってるのは何度も聞いてるけど、いつだって、どうにかしたことなんてないよな」
目を細めて見下されても、ヨシュアには反論できる材料がなかった。
「よぉし。本当に反省してるなら、今すぐお姫様の所に行って、お土産を渡してこい!」
「今ぁ!?」
「そうだ。しかも、一人で」
「な、そんな!」
「そんなあ? んなこと言ってるから、いつまでたっても克服できないんだよ。いいから、突撃してこい!!」
好き勝手に命令するアベルは、可愛らしく包装されたぬいぐるみをヨシュアに持たせると、勢いよく部屋から追い出してしまった。
しかも、内側からしっかり鍵をかけて。
幼馴染みのやり取りにしても、遠慮がなさすぎて、シモンは目が点になった。
「いいんですよ、あれくらいで。じゃないと、動けない奴なんだから」
苦笑するアベルは、肩を竦めて椅子に座った。
その動きが、やけに様になっていて、シモンは見とれてしまった。
「ヨシュアも綺麗な動作をするけど、集まる所には集まるものだね」
妙な感心をされたアベルは、瞬いて動きを止める。
「ごめん、変なことを言ったね」
「いえ」
簡単に流したものの、アベルは少し考えて口を開いた。
「俺とエルマが、ヨシュアと友人になったのは単純に気が合ったからだけど、長く付き合えているのは、見た目もあるんだと思います」
察しのいいシモンも、これには首を捻った。
「ヨシュアは王族じゃないけど、いいとこの坊っちゃんで、たいていの人が羨むものを最初から持っていた。だから、ちやほやされる分、妬まれる機会も多かったみたいです。そんな中、夜這い事件が起こりました。聞いてますよね」
「うん。本人からじゃないけど、王から情報をもらってるよ」
「その後の方は?」
「ある程度は」
「そうですか。実際、かなり酷かったですよ」
アベルは天井を見上げて、あれこれを思い出す。
「さっきはヨシュアに、ああ言ったけど、親に言われて近付く女の子も多かったから、必要以上の警戒も仕方なかったのは俺達が一番わかってるんです。何度か誘拐されかけたところに居合わせたこともあります」
アベルは黙ってお茶を飲み干したシモンと目を合わせた。
「俺達はあいつを守るために学び、体を鍛えました」
一瞬の真剣な眼差しは、すぐに笑顔にとって変わる。
「おかげで俺達、成績はヨシュアより上位なんです」
「だから、安心して頼れるんだろうね」
シモンが理解を示すと、アベルは頷いた。
「卑屈な要素を色濃く持っている人間を、ヨシュアは信頼しません。そういう人は、ヨシュアに対して腹心を持って接してくるのを経験で知っているからです」
シモンは一つの疑問に納得がいった。
十三歳で王になったファウスト並みに隙のない顔を持っているヨシュアが不思議だった。
彼もまた、それを必要とする環境にあったのだ。
「このままじゃ、ヨシュアは駄目になるってわかってました。だから、突然いなくなったのは腹が立ったけど、他国に行ったと聞いて考えたんです。何か変わるきっかけになるんじゃないかって。それに、婚約者がお姫様だって知って、期待もしました」
「そうか。ヨシュアより身分が高いから、腹心の心配がいらないんだね」
「はい。それに、とっても可愛い。これ以上ない相手です」
シモンは軽く目を伏せた。
「上手くいって欲しいな」
ティアラの幼馴染みとしてだけでなく、ヨシュアの世話係としても心から思う。
アベルと目が会えば、どちらからともなく微笑み合った。
そんなほっこりした空気を、外から遠慮がちにドアを叩く音に遮られて止められた。
誰だろうとシモンが立ち上がると、一言だけ聞こえてきた。
「入れて」
弱々しい声音にシモンとアベルは顔を見合わせたが、ヨシュアには違いないので鍵を開けてみる。
迎え入れてもらったヨシュアは、なぜか陰鬱な様子で、渡すはずの包みを未だに手にして佇んでいた。
「なんだ、一人じゃ行けなかったのか。根性ないな。しゃーない、付き合ってやるから行くぞ」
なんだかんだと甘くしてしまうアベルだ。
ところが、ヨシュアは上目遣いで睨み返した。
「行った」
「ん?」
「会いに行った。行ったけど、エルマに追い出された」
「へ、エルマに? お前、何してきたんだよ」
「知るもんか! どうして、久しぶりに会った幼馴染みに追い返されなきゃいけないんだよ。こっちこそ教えてほしいね!!」
ヨシュアは怒りに任せて乱暴に椅子に座り、冷めきったお茶を一気に飲み干す。
それから、丁寧にカップを遠くに追いやると、ぐてっとテーブルに突っ伏した。
アベルが思わず笑えば、恨みがましい視線を送りつけてられて、ちょっとだけ可哀想な気持ちが湧いてきた。
「悪い」
謝罪の意味を込めてお菓子を口に運んでやると、突っ伏したまま素直に食べる。
「アベルって凄かったんだな」
もごもごしながらつぶやくヨシュアは、飲み込んでから理由を続けた。
「女の子に、いくら拒否られても口説きに行ってただろ。バカみたいだって今でも思うけど、めげない強さは凄いって思った」
そんなことを褒められて、ヨシュアが怒っているのではなく、凹んでいるのだと気が付いた。
「俺には無理、絶対無理。意味わかんないし……」
ヨシュアは心底落ち込んでいて、その深刻さが、かえって笑いを誘ってくれる。
ここで怒らせるのは可哀想すぎるので、シモンとアベルはこっそりと視線だけで分かち合っておいた。