〈子羊の千客万来〉 相変わらず
「なあ、女の子の機嫌をよくするにはどうしたらいいと思う」
「お、やっと前向きになったのか」
アベルは気楽に乗ってくれるが、エルマは眉をひそめた。
「どうせ、レスターさんに言われて仕方なくなんだろう」
「どうしてわかるんだ?」
「何年の付き合いだと思ってるんだよ。それに、本当に機嫌をとりたいなら、喜ばせるって表現を使うものだ」
「じゃあ、どうしたら喜ぶんですか」
ここは素直に言い直しておく。
「ぶっちゃけ、褒めるか贈り物だろ」
アベルが、ズバッと身も蓋もない正解を出した。
「女って現金な生き物ってことだよな」
苦虫を潰したようなヨシュアに、男だって似たり寄ったりだとエルマはたしなめた。
「その気があるなら、帰るまでにお土産でも買ってみれば」
他に案も浮かばず、アベルの提案をレスターに話したら、何も言わずに人気の雑貨店に案内してくれた。
アベルは盛んに装飾品を勧めるが、ヨシュアは、そんな関係じゃないと却下する。
第一、お姫様が雑貨店の装飾品くらいでご機嫌になる気がしない。
そこでエルマに意見を聞いてみれば、それくらい自分で考えろと突っぱねられてしまった。
うんうん唸ってうろうろした挙げ句、ヨシュアはぬいぐるみを購入することにした。
なんとなくカミに似ているのが決め手だった。
ついでに、現実のカミもこれくらい可愛ければいいのにと余計な感想を持ってしまう。
「年下だからって、ぬいぐるみとかなくない? もっと色気のある物にしろよ」
と、包んでもらっている間もアベルはうるさく不満を訴えてきた。
隣のエルマは、いいんじゃないと後押ししてくれたので、ヨシュアはよしとしておいた。
その後、予定していた酒造を見学し、味見のアルコールも手伝って、一行はほろ酔い心地で楽しく城に戻ってきた。
ところが、城内に一歩踏み入れると、ヨシュアは重大な懸念があったと気付いて具合が悪くなる。
プレゼントを選ぶより、それをどう渡すかの方が遥かに難題だったのだ。
シモンに頼めば簡単に済む話だが、それではレスターもティアラも納得してくれないだろうとは、うっすら理解している。
かと言って、自分から会いたいと言い出すのは違和感がありすぎて、できる気がしなかった。
「んー」
思わず声に出して呻いた直後、困る必要がなくなってしまった。
「おい、ヨシュア。あれって、もしかして、お前の婚約者のお姫様か」
勝手にふてくされて引き込もっていたはずのティアラが、なぜだか出迎えるように立っていた。
「ラッキーな奴だな。すっげえ可愛いじゃん」
アベルが肩を揺すって冷やかした。
ヨシュアにとっては、呼び出す手間が省けて都合がいいはずなのに、切り出しに迷って緊張してしまう。
ティアラの方は、ちらりとヨシュアに視線を向けただけで、一緒に並ぶアベルとエルマにばかり注目していた。
客人がそんなに珍しいのかと思ってみれば、最終的にはエルマだけをじっと見つめている。
「ほら、紹介してくれよ」
決してヨシュアの意思ではないが、アベルに催促されて、エルマの要望を叶える機会が訪れた。
「こちら、シンドリーのスメラギ商会から来たベルナルト・アベルとオズウェル・エルマです。そして、あちらがファウスト王の妹姫、ティアラ様です」
ヨシュアのぼかした紹介を受けて、先に動いたのはティアラだ。
「はじめまして、ティアラと申します。昨夜は夕食を欠席して申し訳ありませんでした。どうぞ、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
丁寧にお姫様らしく挨拶をするものの、その間も、ずっとエルマを頑見している。
「あの、何か気に障るところでもありますでしょうか」
いたたまれなくなったエルマが、自ら切り出した。
「ええ、とても気になります」
お姫様の特権なのか、ティアラは悪気なく肯定する。
「本当に、あなたはヨシュア様の親友なのですか」
これにはヨシュアが気分を害した。
「本当に決まってるだろ! どうして、くだらない疑われ方をされなきゃならないんだ」
怒られて、ようやくティアラはヨシュアを見据えた。
「だって、女の子なのでしょう」
「な……どうして知ってるんだ」
オズウェル・エルマは、ここにいる誰よりも髪が短く、背が高くて凹凸の少ない体型だ。
初めて会ったはずのティアラに指摘されて、ヨシュアは大いに動揺した。
けれど、当のエルマは微笑んで頷き肯定した。
「隠しているわけではありませんが、不愉快にさせてしまったのなら申し訳ありません」
許しを請うように跪いたエルマに、ティアラは怒るどころか顔を赤らめ、そうではないと言い訳をする。
それでヨシュアは、不意に懐かしいシンドリーの学校生活を思い出した。
共学だったので、女子に必要以上に冷たく当たるヨシュアは、常に何かしらの揉め事を起こしていた。
そんな時、いつも取りなしてくれていたのが幼馴染みのアベルとエルマだ。
温和なエルマは、苦情を訴える女の子を優しく慰めては本人の意思とは無関係に片っ端から虜にしていた。
アベルの場合は、ひたすら過剰に褒めまくり、ヨシュアの冷淡な態度の後では、これまた次々と夢中にさせていたが、こちらは本人が意図しての結果だ。
「ティアラ様。宜しければ、二人でお話しませんか」
昔のいざこざに浸っていたヨシュアは、ちょっとした隙の展開に驚いた。
「エルマ、何言っているんだ!?」
慌てて止めに入るが、時すでに遅しだった。
「ええ、ぜひとも」
ティアラは見たこともない喜びっぷりだ。
「と、いうわけだから、そっちはそっちで楽しんでて」
なんて言い置いて、エルマ達はるんるんと仲よく腕を絡めていなくなった。
残されたヨシュアは信じられない気持ちでいっぱいなのに、のんきなアベルは指で窓を作って「絵になるなあ」と片目で覗きながら気にもかけていない。
「やっぱり、女は気まぐれすぎる」
ヨシュアはため息をつきながらぼやき、心底憂鬱になっていた。