〈子羊の千客万来〉 言いたい放題
「はは、久しぶり。どうだ、驚いたか」
三人きりになるなり、アベルがヨシュアの肩を抱いて頭をぐしゃぐしゃに撫で回してきた。
「驚いたけど、来るのが二人だって聞いて、そんな気がしてた」
「なんだ、相変わらず勘がいいな」
「ヨシュアの場合は推察力だろ」
「どっちでもいーよ。こっちは、とんでもなく驚かされたんだからな」
アベルはヨシュアに絡んだまま、どかっとソファーに座る。
「痛いって」
「これくらいで済んで、ありがたいと思え。俺達がどれだけ驚愕したと思ってんだ。なあ、エルマ」
「まあな。あのヨシュアが婚約したってミカル兄から聞いた時、僕は耳を疑った」
「うんうん。まさかの外国で、まさかのお姫様が相手だなんてな。俺はてっきり、ヨシュアは生涯独り身で淋しく過ごすもんだと思ってたんだが、これがどうして、一発大逆転だもんな」
「何が大逆転だ。事情を聞いてきたんだろ。あくまで、偽装婚約なんだよ」
「偽装って言うけど、目的のオーヴェのお貴族様は追い払ったんだろ。これから、どうするつもりだ」
「どうって……実は、レスターさんの下で働けないかと思ってるんだ」
ヨシュアは正直に打ち明けた。
「え、マジで? 変わってないかと思ったけど、ちゃっかり女嫌いを克服したのか」
「そんな簡単に克服できるか。だったら、今頃は、普通の青春を送ってるよ。あの人は、意中の相手(狼神)がいるから平気なだけ」
「なんだ、残念」
「おい、アベル。狙ってたとか言うなよ」
「言うに決まってるだろ。俺の守備範囲は、揺りかごから墓場までだぞ」
「それは、どこの商会の売り文句だよ」
「俺の女性論だ。でも、やっぱ変わったな。どれだけ清廉な人でも、前なら女性ってだけで絶対に避けてただろ」
当人は成り行きだったり、選択肢の少なさ故の流れだとしか考えてない。
ヨシュア自身に変わった自覚は全くなかった。
「じゃあ、シンドリーに帰ってくるつもりはないんだな」
「うん。悪いけど、あの家を出て、何ができるか試してみたいんだ」
「レスターさんって、オアシスの調整役なんだろ」
「みたいだな。最初は単純に外交だって聞いてたんだけど、正確には、そうらしい」
「へえ、スメラギ商会の経験が役に立つかもな」
アベルは反対もせずに、ヨシュアの意向に乗っかった。
「それじゃあ、城を空けることも多いんじゃないのか」
対して、エルマは心配をしている様子だ。
「まあね。レスターさんは半分以上城にいないし、俺としてもウェイデルンセンにはこだわりがないから、オアシスの方が暮らしやすいような気がしてる」
「ヨシュア、違うだろ。僕は、婚約者のお姫様はどうするんだって聞いてるんだ」
「え? ああ、役目は果たしたし、白紙にしようって考えてるけど」
きょとんとしているヨシュアに、エルマは目を細めて非難した。
「結局、ヨシュアは変わってないんだな。いくら勝手に結ばれた契約だとしても、相手を蔑ろにしすぎだ」
小言が面白くないヨシュアが反論を探している内に、もう一人の幼馴染みからも同様の意見が飛んでくる。
「なんだ。ほんとに、しょうがない奴に変わりないのか。レスターさんのとこで働くにしても、婚約を白紙にする必要はないだろ」
「なんだよ、アベルまで。いいだろ、そこはどうでも」
「よくねーよ。俺もエルマも、結婚を祝福するつもりがあるんだ。お姫様に、ヨシュアを、よおく頼みますって言いに来たんだよ。なのに、王様が顔出しといて、肝心の婚約者が出てこないってどういうことだよ。仲よくしてないのか」
「するわけないだろ」
おまけに、只今(向こうからの一方的な)喧嘩中だ。
「お姫様が相手でも駄目か。エルマ、こいつは絶望的だぞ」
「僕は全然、納得できない。帰るまでに、絶対にヨシュアから紹介してもらうからな」
「紹介くらい、王かレスターさんがしてくれるよ」
「きちんと人の話を聞け。僕は、ヨシュアから紹介してもらうって言ったんだ」
ぎろりとエルマに睨まれて、思わずヨシュアは小さくなった。
アベルはチャラくてうるさいが、軽い分だけあっさりしている。
一方、優しくて落ち着きのあるエルマは、反面、頑固で融通が利かないところがあった。
「あー……機会があれば」
なんて、ごまかしてしまうヨシュアだ。
「まあまあ、久々の再会でいがみ合うのはやめようぜ。それより、明日は暇か?」
ぎすぎすした雰囲気が苦手なアベルが気分を変えようと話題を変えてくれた。
こういう時は、アベルの軽さに乗っかるに限る。
「俺は、一日、二人に付き合うつもりでいるけど」
「じゃあ、石の採掘場と酒造見学に付き合えよ」
「商会の仕事?」
「そ。ヨシュアの様子を見に来たのは本当だけど、半分は商会の頼まれ仕事。ミカル兄が、ただで送り出してくれるわけないだろ」
とっても納得してしまう弟だった。
「どんなついでだろうと、来てくれて嬉しいのは変わらないよ。話したいことが色々ありすぎるくらいなんだ」
言葉にしてから、ヨシュアは懐かしい顔ぶれとの再会を心底喜んでいる自分に気が付いていた。
その夜、幼馴染みの三人は、王様一家とレスターの同席で夕食をとった。
シンドリー組の二人が期待していたティアラは、具合が悪いと姿を見せなかった。
アベルとエルマの物言いたげな視線を受けて、ヨシュアは消化に宜しくない気分を味わっていた。
確かにティアラは、しっかりと報復活動を実行してくれたのだった。
* * *
翌日。
アベルとエルマの案内にレスターが付いて、スメラギ商会の取引先を見学して回る。
ヨシュアも誘われてついてきたものの、完全におまけの存在になっていた。
「おや、退屈そうだな」
石の採掘場で現場の担当者に説明を任せたレスターは、突っ立っているヨシュアの隣に並んだ。
「やけに、ぼんやりしてるじゃないか」
「置いていかれた気がして」
「ん?」
「いつも一緒に兄の手伝いをしていたんです。なのに、知らない内に商会の仕事を任せられるようになってるんだなと思って。俺なんて、家を出るだけで精一杯だったのに」
「ヨシュアは、私の仕事を手伝ってくれるのだろう」
「そのつもりです。けど、不安もあります」
ぽろりと本音がこぼれた。
ヨシュアは何かを言われる前に話題転換する。
「レスターさんの仕事って、オアシスの調整役なんですよね」
「大雑把に言えばな」
「だったら、ウェイデルンセンは安泰ですね」
「関係ない。仕切っているのはこの国の人間だが、オアシスの収益は一切入らない仕組みになっている」
「そうなんですか?」
「オアシスの利益は莫大だ。そんなことをしたら、他国が黙ってないよ。収益はオアシスの維持とイベントの開催、他に同盟国の災害援助や学生の奨学金などに当てている」
「なら、レスターさんが、いくら苦労しても、ウェイデルンセンに益がないじゃないですか」
「目に見える物だけが益ではないだろう」
レスターは、にいっと口角を上げた。
「情報と人脈、これに勝る物はないよ」
この瞬間、レスターが父親のロルフと重なった。
どうりで、女性らしい外観のわりに嫌悪感を抱かないでいられるはずである。
女性という前に、頭のキレる恐い人が先にくるから平気なのだ。
「ヨシュアに、その気があるなら、私にはありがたい申し出だが、ティアラはどうするつもりなんだ」
「正直なところ、婚約は解消しようと思ってます」
「それじゃあ、ヨシュアに覚悟がなかったってことだね」
レスターの厳しい視線を避けて、つい、うつ向いてしまう。
「覚悟はありました。王の意向に沿って、仮面夫婦になる覚悟が。ただ、ティアラの存在を含んで想定していなかったのは事実なので、そういう意味では覚悟が足りてなかったのだと思っています」
「今は、ティアラのことも考えてくれているんだね」
「はい。俺には、ままごとに付き合ってあげる余裕はないんです。それなら、まだカミが相手の方がましなはずです。だから、早めに王に相談しようと考えています」
ここまで本音をさらせば、姪を大切に思う叔母なら同意するしかないだろう。
「私がいない間にティアラを怒らせたらしいね。それはどう解決するつもりだ」
質問の意図がヨシュアには読めなかった。
「それが、なんの関係があるんですか」
ヨシュアのあまりの悪気なさに、レスターは眉間を揉んだ。
「訂正する。お前はちっとも考えていない! それじゃあ、カミと同じじゃないか。私をがっかりさせるな。しっかり考えるまで、私の仕事には関わらせないよ」
レスターは怒りに呆れを混ぜて行ってしまった。
「ええー、なぜ……」
目をぱちくりさせるばかりで、こうなった理屈がさっぱり理解できないヨシュアでも、とりあえずティアラの機嫌をどうにかしなければいけないくらいは思い至った。
だが、大の女嫌いに良案など浮かぶはずもなく、両手を上げて幼馴染みに相談することにしてみた。