〈子羊の千客万来〉 ふくれっ面と幼馴染み
「そういや、このこと、王も知ってるのかな」
余計なお世話かもしれないが、自分の安全確保のためでもあるので、その足でファウストを訪ねることにした。
「ああ、それか。そんなところだろうと思っていた」
報告してみれば、ファウスト王の返答はあっさりしたものだった。
「他に考えられないからな。だが、生き神が治める大国が昔話の神の存在を信じているとは、本気で考えていなかったのも事実だ」
「もしかしたら、皇帝神は詳しい事情は知らないのかもしれません。でなければ、神が守護する山なんて欲しがらないはずです」
「逆かもしれないぞ。自分以外の神が治める領域だからこそ欲しい、とな。たかが人間の皇帝も、神と崇めたてられていれば、そのくらいの思い上がりもするのだろう」
「……王は、山守のカミを信頼しているのですね」
「何を言ってる、当たり前だ。そうでなくては、祀っている意味がない。それに、あの叔母上がティアラを任せているくらいだからな」
そこは、ちょっと違うような気がした。
「一応、こちらでもオーヴェの動向には気をつけておこう。真っ先に狙われているのが、お前のようだからな」
「シモンから聞きましたか」
「ああ。開けてみたが、中身はチョコレートだった。詳しくは検査してみないと判断できないが、とりあえず食したネズミは死んだ」
予想通り、毒入りだったのだ。
「荷物は全てシモンに確認させるが、お前の方でも用心しておくように」
「心配してくれるのですか?」
「もちろんだ。お前に何かあれば、スメラギ家に莫大な慰謝料を請求される契約になっている。うちにそんな余裕はないからな」
「ああ、そうですか……」
一瞬でも、じんとした自分が悔しかった。
* * *
怪しい小包み事件からしばらく、ヨシュアは自分目当ての来客予定を知らされた。
「は? なんでまた」
ファウストから聞かされたヨシュアは、素直に受け入れられなかった。
「お前の実家に、先日の毒入り菓子の件で報告を入れておいた。送り主にミカル殿の名前が使われていたからな。頃合いとして、状況を報告する必要があったからついでだ。その返信が来て、様子を見に家の者を行かせたいと書いてあった」
「余計な、お世話をしてくれましたね」
「余計な世話とはなんだ。取引相手とは契約した後の繋がりが重要なんだぞ」
ヨシュアには言い返す気力すらない。
気鬱で仕方がなかった。
「誰が来るのですか」
「詳細はまだだ。向こうでは二人を予定しているらしいな」
父や兄が自ら乗り込んで来るとは思わないが、唯一会いたいと望む叔父のレナルトも多忙な人なので可能性は限りなく低いと言えた。
そして、家の者と示されても、商会を身内に入れれば対象は幅が広いのだった。
「誰が訪ねて来ようと、上手くやっていると見せておけよ。山守が処理した刺客の件は伏せてあるんだ。特にカミの話は絶対にするな。もし、少しでも不審に思われるようなら、おまえの担当使用人を全員女に変えてやるからな」
王が直々に来たのは、ヨシュアによくよく忠告するためだと悟る。
元々、実家に呼び戻されるような言動をするつもりはなかったのに、どうにも脅し文句がせこかった。
「はぁ、やってられん」
その夜、数日ぶりにティアラが部屋を訪ねてきた。
この密会を誰にも知られたくないらしいティアラは、レスターの有無によって突撃訪問するかを決めるようになっていた。
「どうして教えてくれなかったの」
今日は、やってくるなり、ふくれっ面をしている。
「何がだよ」
「不審物が届いたこと」
「ああ、言ってなかったっけ」
「聞いてない。シモンに、シンドリーからヨシュアを訪ねてお客様が来るって教えられて、初めて知ったんだから」
さすがはシモン。
お馴染みにもサービス精神は旺盛だ。
「どうして教えてくれなかったの」
「どうしても何も、必要なところには報告してある。ティアラには関係ないだろ」
「酷い! 仮にも婚約者なのに」
ティアラは、ふくれっ面を更に膨らませて見せた。
「仮の婚約者なんだからいいだろ。何もなかったんだし、気にするなよ」
「する! 私だって、心配くらいするんだから」
「だから、必要ないって。どうせするなら、カミの飲みすぎでも心配してやれ」
「……あっ、そう。わかった。それじゃあ、私も勝手にする」
「はあ?」
「私をのけ者にしたこと、後悔させてあげるんだから!」
ぷん、と顔を背けると、時間でもないのにいなくなった。
「なんだあ?」
以降、レスターが不在でもティアラは訪ねて来なくなった。
それに伴い、カミからの呼び出し伝言もなくなったヨシュアは平穏な日々を送っていた。
* * *
街に繰り出してお昼にしていたヨシュアは、匙を宙に留めて覗き込んでくるシモンに気付いた。
「ヨシュア、ティアラと喧嘩でもした?」
人前では互いに外面で接しているので、伝わるはずのない状況を指摘されて驚いた。
「どうして、そう思ったわけ」
「だって、ヨシュアの話をしようとしたら耳を塞ぐんだよ。いつもだったら、せがんでくるくらいなのに」
改めて、シモンがティアラの幼馴染みだと思い出したヨシュアだ。
「別に、喧嘩ってわけじゃないよ。契約上の関係だから、これくらいの距離が理想だし」
「えー、それじゃあつまんないよ」
「つまらなくて結構です」
「だとしても、今は仲直りするべきなんじゃない?」
「なんで」
「明日、レスター様がスメラギ家からのお客様をお連れするって報告があったから」
「あ、それがあったか。……別にいいんじゃない」
「どうしてさ。ファウストからも頼まれてるんじゃないの」
「そうだけど、事情くらい説明されて来るはずだから、仲よくお出迎えする必要もないだろ」
「んー。ティアラも大概だけど、ヨシュアもだいぶ甘やかされて育ったんだろうな」
「えー、何それ。俺ほど厳しい環境で育った奴はいないって」
「いいや、絶対に甘やかされてるね。反論したいなら、少しはティアラに優しくしてあげなよ」
「それとこれとは関係ないだろ」
「ある。本気で女嫌いを克服したいなら、身近な人から大事にするべきだ」
「う……まあ、そうかもだけど」
「かもじゃなくて、そうなの」
と、シモンにお説教をされた翌日。
昼過ぎになって、レスターが予告通りに客人を連れてやってきた。
「お前の身内が着いたぞ」
一人で待機していたヨシュアを迎えに来たのはファウストだった。
「王が使いっ走りですか?」
「そんなわけあるか。挨拶をするから、ついでに寄ってやっただけだ。内々の面会だから、大げさにしたくない。済んだら仕事に戻る」
色々と、スメラギ家に気を使ってくれているらしい。
ヨシュアはゆったりと歩く王の後ろに並びながら、些か緊張している自分を自覚していた。
「よ、久しぶり」
「何やってんだよ。挨拶が先だろう」
応接間に入るなり、客人らによって、こんなやりとりが展開された。
「いや、気にしないでいい。ヨシュア、お前から紹介してくれ」
余裕ある笑みをたたえるファウストに、久々に王様らしい姿を見たなと密かに思う。
「最初に発言をしたのがベルナルト・アベル、隣がオズウェル・エルマ。二人とも学生で、私の幼馴染みです」
「ウェイデルンセン王のファウストだ。私はすぐに退出するから、ゆっくりと再会を楽しむといい」
「お気遣いありがとうございます。こちら、ミカル様からお預かりしてきました手紙です」
温和な印象のエルマが、携えてきた封筒を行儀よく手渡していた。
「ミカル殿は、弟がいなくて淋しがっておられるのだろうな」
「表面的にはわかりにくいですが、おそらく」
「そうか。手紙は確かに受け取った。帰りに返事を頼もう」
エルマは了承の意を込めて、綺麗な礼をとった。
「ファウスト王、手土産をいただきましたよ」
離れた椅子に座っていたレスターが話しかけると、妙な緊張が走る。
が、さすがに人前ではつつがなく王と叔母の関係で会話が成り立つもののようだ。
「それはありがたいな。後で確認させてもらおう」
「城の者が珍しがっていたので、皆に分けてはいかかですか」
「それなら、分配は叔母上にお任せしよう」
「では、そのように。私も彼らについて滞在するつもりですから、ご心配なく」
ややこしい事態にならないかと一瞬固まったファウストは、すぐに王の威厳を立て直して退出していった。
「レスターさん。二人に同行してくれて、ありがとうございます」
色々と気まずいヨシュアは、まず、レスターに礼を伝えることした。
「いいえ。彼らに紹介状を渡した縁があったし、通り道のオアシスで待ち合わせただけだ。それに、ヨシュアを殴ると宣言していたから、見学させてもらおうかと思ってな」
「え……」
手紙の文字はアベルのものだった。
ちらりと目を向ければ、アベルはエルマに視線を送っていた。
一連の流れを受けて、エルマはヨシュアの前にやってくる。
ヨシュアよりも少し背が高く、さっきまでと違って、睨むような鋭い眼差しだ。
覚悟を決めて目を瞑ると、間を空けてデコピンが飛んできた。
地味に痛い。
だが、それだけだった。
そろりと目を開けると、エルマは笑っていた。
「元気だったなら、それでいい」
エルマがこぶしを作ってヨシュアに向けてきたので、同じように返して何度かぶつけ合い、お決まりの挨拶にする。
「悪い、なんの連絡もしなくて」
「いいって、事情は聞いているから」
緊張していたわだかまりは、明るい気安さにすっかり溶けてなくなっていた。
「なんだ、もう終わりか。どうせなら、思いっきり殴ってやればいいものを」
「レスターさん……」
「友情に感謝するんだな。私も退出するから、大いに再会を満喫しなさい」
愉快に笑っていなくなると、部屋にはシンドリーの幼馴染み三人だけが残された。




