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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第一部 ワケあり少年、婿に出される
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〈女王の意向〉 望まぬ紹介




「さあ、どうぞ」


レスターが立ち止まり、ドアを開いて手招きをする。


「ここは?」


「私の私室だ。理由は、すぐにわかる」


強制を含んだ笑顔を向けられ、黙って従うしかない少年少女だ。


中に入ると、愛用しているらしい使い込まれた大きめの鞄がいくつかと、膨大な書類が積み上がっていた。

ここでレスターが何をするのかと思えば、鏡の前で、さりげない身だしなみ確認だった。

その後、暖炉の横に立てかけてあった松明を手に取る。

部屋に松明があるだけでも異様なのに、おもむろに火を灯したから謎で仕方ない。


「まさか……」


ティアラの方は、この時点で何かを察したらしく、躊躇いが見られた。


「まだ、対面させてないのだろう。私が直々に紹介してやるんだ、文句はないな」


冷えた視線で言い捨てると、レスターは壁にある隠し扉を開いた。


「これって、秘密の通路ですか」


「ああ、ヨシュアは知っているんだったね。ティアラを助けてくれてありがとう。やたらに怯える必要はないが、ティアラ、お前は念のため、後ろを歩きなさい」


それを前置きにして、レスターは赤々と燃える松明を掲げて暗い道を進んでいった。

おっかなビックリのヨシュアが頑張って付いて行くと、見えない時に想像していたのと風景が違っていた。

てっきり地下や洞窟みたいな場所だと思っていたのに、今いるのは明らかに城外だった。

外壁に沿って通るに困らない一人分の道が均され、外壁に相対するのはそびえる崖で、頭上にせり出してくるような岩や、うっそうとした木々が競って光を遮っている。

天然なのか人造なのかは見極められそうにないが、ヨシュアは、そんなのどちらでもよかった。

それよりも、さっきから肌を刺してくる、いくつもの視線が恐ろしくて堪らなかった。

ちらりと振り返ったレスターは、その様子に気付いていた。


「敵意と色気ある駆け引きに敏感なのは本当らしいな。私も少々鬱陶しい。どれ、追っ払ってやるか」


レスターは立ち止まると、山に向かって声を張り上げた。


「お前達、私の連れを威嚇するつもりか。そんな暇があるなら、あいつに茶でも用意しておくよう伝えておけ。うるさいから、もう散れ」


誰もが圧倒される物言いだった。

おかげで、気味の悪い気配はあっという間に遠ざかった。

ヨシュアはレスターの気質が堂々たる女王なのだと感じた。

そして、それは外れていなかった。


「ヨシュア、ウェイデルンセンには巫女がいるのは知っているね」


再び歩き出したレスターは、おもむろに巫女について語りだす。


「山の神を崇めるウェイデルンセンは、季節の変わり目や冠婚葬祭を巫女が取り仕切る。巫女は山神に通じる存在で、民に代わって祈りや感謝を神に伝えるのが役目だ。とは言っても、若い娘が結婚するまでに礼儀作法を身につける場だと考えてる者が多い。実際、現状はそうなっている。だが、王族の巫女はそれとは違う」


そこで区切ったレスターが振り返った。


「巫女の総取締が役名だが、それが本質ではない」


見つめられるヨシュアには、かちりかちりと嫌な欠片が着々とはまっていく音がした。


「この国の要は、山に囲まれた要塞のような地形ではない。真の護りは山守の存在だ。今では知る者も少ないが、小さく厳しい土地が国として成り立っているのは彼らのおかげだ。王族の巫女は彼らの血を引き、脈々と受け継がれた唯一の繋がり。王は表の顔にすぎない。ウェイデルンセンの真の王は、山守に通じる巫女なんだよ」


ヨシュアは、やはり自分には選択する権利も抵抗する力もないのだと絶望した。

それとも、絶望的に運が悪いと思うべきなのだろうか。

どちらにしても、されるがまま流されるしかない結果は一緒だろう。


洞窟のみたいな通路に入り、突き当たりを右折したところで、覚えのある匂いがしてきた。

そちらへ進むと、水の流れを確信する。

やがて、うっすらと光がもれてくる穴ぐらの前でレスターは足を止めた。


「ぎゃふんと言わせてやる」


かすかにつぶやくと、やけに胸を反らせて中に入っていく。

ため息と共にヨシュアも続こうとして、後ろが何かに引き止められた。

振り向けば、ティアラが服の裾を掴んでいたので、ぞわっとする。

けれど、今度は振り払いはしなかった。

情けないほど眉を下げた上目遣いで、なんとも言えない不安感が溢れていたからだ。


「この先にカミがいるんだろう」


ティアラは小さく頷いた。


「ずっと会わせたがってたんだ。よかったじゃないか」


「でも……」


「もういいよ、覚悟するしかないんだから。せめて、印象が悪くならないよう紹介してくれ」


ヨシュアは服を掴まれたまま歩き出した。

だから、つられて歩くティアラが曇ったままなのに気が付かなかった。


「久しぶりだな。お前からここにやってくるとは、珍しいこともあるもんだ」


中で待ち構えていたカミは、レスターを見るなり声をかけた。


「そっちこそ、私がいない間に、ずいぶんとティアラを甘やかしてくれたみたいじゃないか」


「それは前からだろう。お前は、そんなつまらん忠告をするために、わざわざ来たのか」


「ふん、まさか。私はそんなに暇じゃない。今日は、お前に立場を思い知らせてやるため、訪ねてやったんだ。ヨシュア、おいで」


レスターが呼んだのに、ヨシュアはちっとも応えなかった。


「何してるんだ。こっちへおいで」


それでも、ヨシュアは反応できなかった。

しなかったではなく、出来なかったのだ。


「な……」


ヨシュアの視線は、舞台みたいな岩棚の上、王さながらに優雅にたたずむカミに固定されていた。


「平然を装ってくれるものだと思っていたんだが、見込み違いだったか。しょうがない、先に向こうの紹介をしてやるか。あれが山守のリーダーで、犬っころのカミだ」


雑に紹介されたところで、ヨシュアは自分を取り戻す。


「いやいやいや、犬って言うか……思いっきり狼じゃん!!」


自分は取り戻したが、外面を取り戻すまではいかなかった。


「え、何? まさか、カミって狼のカミとか言う!?」


目の前にいるのは、どこからどう見ても野性味あふれまくりな獣の狼だ。

人の倍以上ある体格で、その上しゃべる。

強固な外面を持つヨシュアも唖然として、どうでもいい名前なんかをあげつらってしまった。


「言っておくが、俺のカミは神様のカミだからな」


どうでもいいと思うヨシュアに反し、当の狼は、こだわって否定してきた。


「狼のカミでいいだろ。少なくとも、私はそのつもりだ」


レスターも、どうでもよさげに口を挟んだ。


「おい、狼のカミって単純すぎるだろう。だいたい、さっきの犬っころって紹介はなんだ!」


「犬だろうが狼だろうが、獣には違いない。どっちでもいいだろう」


「大きく違うだろ! 第一、俺は神様のカミだって言ってるんだ。俺のおかげで平和を保っているんだから、少しは敬ってみろ」


「はあ!? だったら、立場が逆だ。私達のおかげで、のんきな山神暮らしを送っていられるんだ。そこの酒だって、貢いでやる王族がいるから呑めるんだろう。そっちが頭を下げて、感謝すべきだ」


この会話で、小川の水以外に漂う匂いが判明した。

カミが横たわる岩のくぼみに、なみなみと注がれているのが、それだろう。

酒呑みの山犬、もとい狼がいる。

神様だと思えば酒好きも頷けるが、ふさふさの毛並み姿を目の当たりにしては、なんとも複雑な心境だ。


脳内大混乱のヨシュアに構わず、人間(女王巫女)対狼(神様)の様相は白熱していった。

カミはすっかり毛を逆立てて、言い返す言葉に腹の底まで響いてくる唸りが混じって恐怖心を煽る。

口が開く度に尖った牙が鋭く光り、自分に向けられているのでなくても、ぞくりと身の危険を感じた。

なのに、向かうレスターはガンガン言い返して引けをとらないどころか、言い合いにおいては優勢なくらいだ。

実に恐ろしい女性である。


「カミ、やめて。お願いだから」


一触即発の緊迫を破ったのは、体を張ったティアラだった。

迫力の形相で唸るカミの首根っこに抱きついて止めに入ったのだ。


「わかった。他でもない、ティアラが言うのなら引いてやろう」


途端に声音が甘くなり、ティアラに優しく頬ずりをする。


「ところでティアラ、あのちんちくりんは誰だ」


ちんちくりん……認めたくないが、間違いなくヨシュアを指していた。

馬鹿でかい狼様から見れば、人間なんてどれもちんちくりんのはずだ。


「ああ、やかましい獣につられて、危うく本来の目的を忘れるとこだったな。忙しい私が、自ら紹介しにきてやったんだ。たっぷり、己との違いを思い知れ。これがスメラギ・ヨシュア、聞いている通り、ティアラの婚約者だ。いい男だろう」


レスターが見せつけるように姪の婚約者の肩を抱く。

ヨシュアは、ぞわりと鳥肌が立った。

触られておぞましく感じたからではなく、レスターとカミの争いに放り込まれた毬の気分で、危機感によりぞくぞくする。


「ふん、それのどこがいい男なんだ。お前の見る目も曇ったものだな」


「獣の分際で何がわかる。ヨシュアは顔がいいだけじゃなく、繊細な女心を理解する。野暮で鈍いお前とは根本から違うんだ。わかったら、ティアラみたいな子どもに手を出すのはやめろ」


「はっ、ティアラが子ども? お前がそれを言うのか」


「うるさい! 余計なことを言ったら、今すぐ毛皮に加工してやるからな。とにかく、お前はティアラに悪影響だ、その尻尾を離せ!!」


「いいや、離さない。ティアラは俺の子を生んで、家族になるのだからな」


火の粉が飛んでこないか冷や冷やしていたヨシュアは、奇妙な発言に耳を疑った。


「俺の子って……」


妙な想像に走りそうになって、慌てて頭を振る。


「そこの人間、神を侮るなよ。そもそも、ウェイデルンセンの王族は山守の血を引いているんだからな」


「それだよ。私は、それがおかしいと言ってるんだ。神様だろうと、正体は獣じゃないか。人間と添い遂げようだなんて、思い上がりも甚だしい。さっさと諦めろ」


ヨシュアを掴んでいるレスターの手に力が入る。


「諦めるも何も、これはティアラの望みだ。巫女の願いを叶えて何が悪い?」


「はん。どうせティアラが小さい頃に、ずっと一緒に居たいから結婚する! とでも言っていたんだろう。仮にも神が、そんな話を真に受けてどうする」


ずばり言い当てられてもカミはちっとも揺らがなかったが、隣のティアラは小さくなっていた。


「レスター。ティアラは、お前とは違う。この姿の俺を自然に受け入れている。狭量な人間のお前には理解できないだろうがな」


「相変わらず、ティアラは特別なのね」


「ああ、そうだ。お前と違って、可愛げがあるからな。そういうお前は、すっかり誤魔化して生きるのが上手くなったな。そんな格好をして、無知な小僧をたぶらかしてどうする。確か、三十路になったはずだろう。そんなことでは嫁ぎ遅れるぞ」


ヨシュアは、ブチっと切れる音を聞いたような気がした。

見ると、レスターのこめかみにしっかりと青筋が入っている。


「黙れ、ケダモノ!!」


ブンと、持っていた松明を容赦なく投げつけた。

カミは余裕で叩き落とし、下を流れる小川で明かりが消える。


「私の目が届く内は、手を出させないからね。ティアラ、戻るよ」


言い捨てたレスターは、強引にヨシュアの手を引いて歩き出した。

通路に入れば松明のなくなったヨシュアの視界は真っ暗で、時折、金色に光るレスターの瞳だけが、ちらついて見える。

ティアラもそうだったので、狼の血の影響なのだろうか。

足早なリズムのヒールが高らかに響き、ヨシュアを捕まえている手は汗ばみながらも冷えていた。


「あの、レスターさんって、もしかして……」


「ティアラに余計なことを言ったら絞めるよ」


「……」


 ヨシュアは、つくづく、やっかいな関係に巻き込まれたものだと気が重たくなった。

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