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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第一部 ワケあり少年、婿に出される
12/131

〈女王の意向〉 登場




   * * *



「捕まえた! ようやく会えたわね」


ヨシュアとシモンが部屋を出ると、王族専用棟の通路を立ち塞ぐように待ち構えている女性がいた。


「エヴァン様!? こんな所にいらして、どうしたんですか。しかも、リオン様まで一緒なんて」


驚くシモンに無理もなく、女性は生まれて間もない赤ん坊を抱いていた。


「だって、こうでもしないと、あの人が会わせてくれないでしょう」


「そんなに会いたかったのですか。言ってくだされば、私がお連れしましたよ」


「あら、そうなの? だったら、素直に頼めばよかったわね」


話にキリがついたとこで、ヨシュアは説明を求めた。


「こちらの女性はエヴァン様。お連れのお子様がリオン様。生まれて二週間ほどになります」


二週間前だと、ちょうどヨシュアがウェイデルンセンにやってきた頃だ。


「はじめまして、エヴァンと申します。王がご迷惑をかけてごめんなさい。私が初産の間際だったから、何も手伝わせてくれなくて。嫌な目に遭わせたと聞いたわ。また何かあったら、今度は私に言ってちょうだい。しっかり釘を刺してみせますから」


「え、まさか……」


隣のシモンに、更なる解説を求める。


「はい。まさかのお后様です」


世継ぎの問題があるので結婚していてもおかしくないが、突然すぎる驚きな登場だった。


「はじめまして、スメラギ・ヨシュアと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


「あら、あなたが謝らないで。王が、ヨシュアには会わせない! なんて、勝手に宣言していたのだから」


「はあ……」


ファウストの身内に対する独占欲は相当のようだ。


「ふみゃ」


ここで、赤ん坊のリオンが目を覚ました。


「あら、あなたもヨシュアにご挨拶したいのね。でも、ここで我慢してちょうだい。あなたも女の子なのだから」


「ご存知なのですね」


「ごめんなさい、王から聞いているわ。ここも絶対安全だとは言えないけれど、私達は最大限の力であなたを守る用意をしています。少しでも、ヨシュアにとって居心地のよい場所になると嬉しいのだけど」


エヴァンは優しく微笑みながら腕の中の赤ん坊をあやし、赤ん坊は癖のある母親の柔らかい髪にじゃれて遊んでいた。

エヴァンの年頃は、ヨシュアより少し上なくらいだろうか。

嫌悪をもたらす嫌らしさは少しも感じられず、どこか自分の母親を思い出させた。


「あの、よければ抱かせてもらえませんか」


ヨシュアの提案はシモンを驚かせ、エヴァンに笑顔をほころばせた。

やや緊張しているヨシュアがリオンを抱きかかえると、ふわりとミルクの匂いがした。

母親の手から離れても泣く様子もなく、指をくわえてまん丸な瞳でじっと見上げている。


「いい子ですね」


「きっと、ヨシュアに抱っこされて喜んでいるのよ」


少年が拙い仕草で赤ん坊をあやす姿は微笑ましく、誰もがにこやかに通りすぎていった。

そんな中、運悪く、看過できない人物が通りすがってしまう。

エヴァンの夫であり、リオンの父親であるファウスト王だ。

たいていの人がほっこりとなる光景が目に入るなり、いろんな意味で驚きすぎて全神経が逆立ち噴火した。

それでなくても、通りすがる以前から、ヨシュアに対する苛立ちは充分に蓄積していたというのに……。



   * * *



この日、ファウストは前倒しした管理区の道路点検が終わったと報告を受け、久々に穏やかな気持ちで一息ついていた。

それまでが最悪だったので、尚更というものだ。


結婚二年目にして授かった子どもがお腹で目に見えて育っていくその時に、オーヴェのすっとこどっこい貴族が何を血迷ったのか、大事な妹のティアラにちょっかいを出してきた。

おかげで、血の涙を流しながら対抗できる婚約者役を方々探し回り、遠い外国のシンドリーまで自ら出向かわなくてはならないはめに陥ったのだ。

しかも、契約が済んで安堵し、愛妻の陣痛がいざ始まったという最悪のタイミングで憎き婚約者としてヨシュアがやってきてくれた。

ファウストは放っておく気満々だったが、エヴァンから陣痛の合間に「きちんと出迎えるまで、抱かせてあげませんからね!」 と叱られ、仕方なく対面した裏事情がある。

おかげで、戻った時には生まれていて、産声の瞬間を聞き逃してしまったショックは計り知れないものだった。


どれもヨシュアに責任はないが、温かく迎える許容は個人の範囲にない。

最も信頼しているシモンが気に入ったようなので様子をみているが、問われればいつでも気に入らないと答えられる。

そんな不幸の連鎖を思い出したファウストが、ヨシュアをからかってストレス解消しようと思いついたのが朝食の時。

以前、王の態度でつついてやったら、言い返してきた生意気さを思い出したのだ。

余裕綽々で返り討ちにしてやると、いかにも悔しげに顔を赤らめていなくなった。

あの時の顔が見たくなったのだ。

そこで、使用人達にさりげなく評判を聞いてみることにした。

少しでも不評があれば、大げさに盛って苛めてやろうと考えて。


ところがどっこい、誰にどう聞いてもヨシュアの評判は、えらくよかった。

特に、本人が大嫌いだと豪語している女性から、爽やかで礼儀正しい若者だとすこぶる人気が高かった。

古参者の中には、意地悪をしないで、早く正式に結婚させてあげてほしいと訴えられる始末だ。

実に面白くなかった。

なので、ガラッと方向転換をすることにした。

あんな男をからかうより、もっと確実に幸せを感じられる至高の存在に荒んだ心を癒してもらおうと。


「エヴァン、リオン、パパですよー」


と、デレデレの顔をしてエヴァンの部屋に向かったのに、残念ながらどちらの姿もなかった。

散歩に出かけたらしいと聞き、自ら探し歩いていたところで衝撃の光景を目撃してしまったのが事の次第だ。


「おっ前……女が嫌いなんじゃなかったのか!!」


「嫌いですよ」


「なら、どうしてそんなに近い!? 嫌がらせのつもりか!!」


一方的に言い募るファウストに、ヨシュアは盛大なため息を前置きにして答えた。


「母親と子どもは女じゃないから平気です」


女性に迫られただけでパニックになって悲鳴を上げていた口から出たとは思えないほど、さらりと返された。

しかも、ちょっとした問題発言でもある。


「お前は妙な度胸があるな」


「どう意味ですか」


本当に問題なのは、ヨシュアに全く悪気がないところかもしれない。


「もういい。なんでもいいから、リオンを寄こせ」


父親のファウストでさえ、天使な娘をまともに抱いたのは数えるほどしかない。

なのに、初めて会ったはずの男に大人しく抱かれているのが気に食わなかった。

とんだとばっちりなヨシュアは素直に渡したのだが、ファウストの手に移った途端、リオンは火がついたように泣き始めた。


「な、どうして!?」


「意地悪だからですよ」


エヴァンが慌てふためくファウストから遠慮なくリオンを抱き取ると、あっという間に泣きやませてしまった。

再びヨシュアの手に収まっても、やはり気持ちよさそうに指をしゃぶっている。


「くっ、私だって頑張っているのに」


思わず情けない本音がこぼれるほどの衝撃だった。


「ファウスト王、ヨシュアを家族として受け入れてあげてください。遠い異国に一人でやってきているのですよ。歳も近いのですから、兄として相談に乗るくらいのことをしてあげないでどうしますか。リオンにだって伝わるのですからね」


釘を刺すと宣言していた通り、エヴァンは容赦なく夫に説教してみせた。

が、ヨシュアは他に引っかかる事実を聞き逃さなかった。


「ファウスト王は、私と歳が近いのですか?」


てっきり、八つ離れた兄と同じニ十五・六歳だと思っていた。


「ええ、今年でニ十歳になったばかりよ。いつもしっかりした王様なのだけど、私が年上だからか、時々、子どもみたいな駄々をこねるのよ。そんなところも可愛いのだけど」


ヨシュアは、うふふっとさりげなくのろけたエヴァンを眺めてから、娘に泣かれて落ち込んでいるファウストに視線を移す。

エヴァンが無邪気すぎるせいか、ファウストができ上がりすぎてるせいなのかは迷うところだ。


「王として箔が付くから構わないと言っているけど、本当はちょっぴり気にしているのよ。だから、気軽に接してあげてね」


なんて、小声で追伸されても、本人が目の前にいるのだから答えようがない。

しかも、どう転んだところで、ファウストは王様だ。

接し方に年齢は関係なかった。

どうやら、エヴァンは天然な性質らしい。

それでも、何かあれば苦情を訴える先としてヨシュアは心に刻んでおいた。


エヴァンはリオンを抱き取ると、離れていじけているファウストのもとに向かっていった。


「ヨシュアに優しくしてあげてくださいね」


「う……できる範囲でなら」


言わされた感バリバリだったが、今度はリオンも泣かなかった。

少しむずっただけで、欠伸をして父親の腕の中でうとうとしている。


「王様、お時間があるのなら、部屋でお茶にいたしませんか」


「う、うむ」


にこりと夫に微笑むと、エヴァンはヨシュアに向き直った。


「ヨシュア、またリオンを抱いてあげてちょうだいね」


「あ、はい」


こうして、人騒がせな王様一家は仲よく去っていった。

ウェイデルンセンの最高権力者も、家庭では、かかあ天下らしい。

やはり、女には気を付けるに越したことはないのだと、改めて認識を深めるヨシュアだった。


予定外の出来事がありつつも、大きく時間を取られたわけでもないので、ヨシュアとシモンは町に出かけるつもりでいた。

ところが、外に出たところで更なる障害に阻まれてしまった。


「何か騒がしくないか」


最初に気付いたのはヨシュアだった。


「本当だ、西門の辺りだね。ちょっと見てくるよ」


駆け出したシモンに遅れて見に行けば、すっかり人だかりができていた。

女性もいるので頭を突っ込む気にはなれず、一回り離れた場所から見える隙間を探っていたら服の裾を引っ張られる。

何かに引っかかったのかと思ってみれば、なんと、その先にティアラがいた。

認識した途端、ヨシュアはすかさず距離を作る。

服だろうと、触れられれば鳥肌が立ってしょうがない。


「何してんだよ!」


「いいから逃げて」


なぜか、ティアラは小声で差し迫った忠告をしてきた。


「何があるんだ?」


「叔母様が来たの」


ヨシュアは、ティアラの青い顔を初めて見た。

そして、間もなく戻ってきたシモンも同じ顔をしていた。


「ヤバイ、今すぐ隠れて!」


「え?」


なんの冗談かと思ったら、本当にとんぼ返りで部屋に戻された。

おまけに、しばらく出歩かないようにと言い置かれて、ヨシュアは一人にされてしまった。


「なんなんだ」


珍しいことに、サービス誠心旺盛なシモンが一切の説明を省いて離れてしまった。

どうやら、よほどの人物らしい。

叔母様と呼ぶからには女性のはずで、それだけで充分にヨシュアは憂鬱になってしまう。

事情は知らないが、隔離するくらいなら会わせたくないのだろうと予測がつく。

そこに異論はないので、大人しく従っておこう――と、気楽に構えていたヨシュアが、考えているよりもずっと深刻な事態なのではと心配になったのは、隔離されてから三日目のことだった。

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