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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第一部 ワケあり少年、婿に出される
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〈女王の意向〉 難は続くよ、どこまでも




「いい、いらない! 絶対に会わない!!」


「どうして? 助かったって言ってたじゃない」


「それとこれとは話が別だ」


この頃のヨシュアは、こんな不毛なやりとりに頭を悩ませていた。


「カミは会ってもいいって言ってくれたのに」


「ティアラ。それ以上、近付いたら話もしないからな」


今度の災難の種は、婚約者(仮)であるティアラだった。

女嫌いの恐怖で錯乱状態になった悲惨なヨシュアを目の当たりにしたにも関わらず、兄王・ファウストの手配で半隔離されたこの部屋に秘密の通路を使って忍んでくるお姫様。

来なかったのは、暗殺されかけて走り回った後の一夜くらいだ。


「わかってる。ここからは動かない」


嫌だと言えば、こうして無理強いはしてこないティアラだが、姿を見せない特別な護衛であるカミを紹介することだけは、なかなか諦めてくれない。

今だって、ふくれっ面で次の誘い文句を探している。

そんなやり取りが、もう四・五日も続いていた。


「今日はおしまい」


「もう? じゃあ、また明日」


ティアラは手を振って、あっさり帰って行った。

しつこいくせに、妙なところで潔いのよい少女だ。


「はあ、めんどい」


ヨシュアはごろりと毛布に埋もれた。

ティアラの毎夜の面会に、ヨシュアはいくつか約束をさせていた。

その一つが、面会はニ十分だけという決まりだ。

半端な区切りなのは、ヨシュアの五分とティアラの一時間との激しい攻防合戦の結果だ。

そして、今のところ、毎回律儀に守られている。


初日に黙って入ってくるなと言えば、許可が出るまで待っているのがティアラだ。

当然、ヨシュアは許可を出すつもりなどなかった。

ところが、それだといつまでも壁の向こうから話しかけてくるのだ。

しかも、ティアラしか通れない通路を使っているので簡単に追い返すことができない上に、いつまでいるのかもわからない。

人の気配に神経をすり減らすヨシュアには堪ったものではなく、仕方なく折れてやるしかなかった。

代わりに、やってくる時間帯と制限時間を条件付けさせた。

色々考えた結果、それが一番ましだったから。


「あれだけファウストが配慮したって、これだもんな。俺にこまごまと制約をつけるより、あいつに鈴でもつける方が、よっぽど効果があるだろうに」


妹至上主義なウェイデルンセンの若き王は普段は優秀な為政者の顔をしていながら、妹姫のティアラが関わると途端に度が外れた心配症になる。

極端すぎて、どちらの顔とも距離をおきたい人物だ。

幸いにも王様業は忙しいらしく、中年貴族の油ギッシュと得体の知れない神官を一緒に見送ってからは一度も顔も合わせていないので、そちらに関しては仮りそめながら心穏やかにしていられた。


「まあ、いいや。あのお子様も、その内飽きるだろう」


ヨシュアの中では、ティアラは女でも婚約者でもなく、子どもとして認定することにしておいた。

そうしておけば、仕方なくとは言え、暗がりで長い間繋がっていた熱い手の感触を気持ち悪いと思わなくて済みそうだったから。



   * * *



「おはよう、今日もしっかり眠れたみたいだね」


笑顔が標準装備のシモンが、ヨシュアに朝食を持ってきた。


「もう大丈夫だから、そんなに心配しないでいいよ」


本当は夜中に何度か目を覚ますのだけど、それはスメラギ家にいる時からの習い性なので言わないでいる。


「だったら、次の心配は何にしようかな」


「だから、心配なんかしなくていいって」


シモンは笑い、ヨシュアも笑顔を返した。

裏事情ありありの婚約のため、ヨシュアは縁もゆかりもない異国に、誰の助けも当てにしないと覚悟をしてやってきている。

それほどまでに家を出たかったから。

なのに、これまで培ってきた、全てを上手くやり過ごせるはずの外面は一癖も二癖もある人物が相手では全然歯が立たず、情けない無力さで狼狽えるばかりだった。

そんな中、心を配って側にいてくれているシモンの存在に気付いた時、ヨシュアの意固地な力みがすこんと抜けていた。


「今日はどうする?」


「そうだな、この前言ってた加工場を見てみたいな」


「じゃあ、連絡を入れておくよ。ついでに、名水の飲み場も案内しようか」


あれからヨシュアは、ティアラと接触しないのなら好きにしていろとファウスト王に言われていた。

最初は引き込もっている予定だったが、家を出てまで大人しくしているのもバ馬鹿らしくなって、シモンにウェイデルンセンを案内してもらっている。

他国の一般市民に顔が知られているわけでもないので、のびのびと気楽な観光を満喫中だ。


「そういえば、シモンはカミって知ってる?」


「それって、山守のカミ様のこと?」


「お姫様は特別な護衛だって言ってたけど」


「だったら、そうだよ。俺は会ったことないけど、存在自体、城の中でも知る人ぞ知るって感じだからね。伝説的な逸話を聞くくらいで、実際に会ってるのはファウストとティアラと、もう一人くらいだと思う」


「そうなんだ」


あの一連の騒動で、いくつもの疑問といくつもの秘密を仄めかされたヨシュアだが、身の安全のために一切関与しないと決めていた。

謎の一つであるカミとは、会うべきではないという本能の警告に忠実に従っている。


「もしかして、ティアラが何か言ってきた?」


「え、いや、そういうわけじゃあ……」


ヨシュアは返事を濁した。

心許したシモンでも、夜中にティアラと部屋で会っているのは秘密にしている。

シモンに悪気はなくても、狭い心を開いた相手にはおもてなし誠心が旺盛な性質だ。

あっという間に、ファウスト王に筒抜けになってしまうことだろう。

仲よくできるものならやってみろと鼻で笑ったファウストだが、これを知れば、すぐに怒鳴り込んでくるに違いない。


「その気があるなら、デートの日程を組むよ。城下町見学の名目にすれば簡単だしね。もちろん、ファウストには内緒で」


「そんな気遣いは無用だよ。それより、シモンは俺が女嫌いだって理解してくれてるんだよね」


「そりゃまあ……あんな場面を見せられたらね。驚きすぎて何もできなかった。ごめんな」


「いや、それは別にいいんだけど。だったら、どうしてティアラを推してくるのかと思って」


「そこか。もちろん、嫌がらせじゃないよ。ただ、本当のところは、ヨシュアだって克服したいんでしょ」


「どうして、それを?」


ある人は笑い、ある人は同情をする。

実情を知るまともな身内は、貴族の家庭でありながらも接触の機会を減らしてやりたいと考えるほど重度な女嫌いのヨシュアだ。

それを悪い、どうにかしろと注意するのは、これまで幼馴染みくらいしかいなかった。


「それくらい普通にわかるよ。それに、慣らすにはティアラは向いてると思うんだ」


「まだ、子どもだから?」


「ふーん、ヨシュアには子どもに見えてるんだ。まあ、子どもっぽいところもあるし、実際、年下だけど。そうじゃなくて、ティアラには癒しの力があるからだよ。普段のティアラは誰からも好かれて、相手を緊張させることがないから」


「ついでに妙な輩も惹きつけるようじゃ、世話がやけるだけだと思うけど」


「確かに、そういう弊害もあるけどさ。ヨシュアの方こそ、ティアラの容姿に少しも惑わされない辺り、問題は根深そうだよね」


「追々、頑張ります」


「んー、外だと普通に見えるから、誰にも気付かれないっていうのも問題なのかも。もう少し、接し方の加減とかできないの?」


「外面がなかったら、今頃は布団の中で震えてるしかなくなってるよ」


シモンは一緒に町を歩くようになって知ったのだが、外にいる時のヨシュアは女性相手でも優しく対応できるのだ。

もちろん、外面仕様だからであり、接触だって可能な限りさりげなく全力で避けているのだが、なまじ爽やかな少年を完璧に演じてみせるものだから、かえって女性に好意を抱かせるという悪循環が生じていた。


「ゆっくり克服するしかなさそうだね。ヨシュアは朝食にしてて。その間に加工場に連絡しておくから」


「了解」


この一時間後。

ヨシュアとシモンは合流するが、予定していた見学は中止になってしまった。

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