後編
椎名は次の角を曲がるまで振り返らなかった。
その間ただ突っ立っていた俺は、馬鹿みたいだ。
惨めになりそうな思考を頭を振って追い出し、踵を返して歩き出す。
あーあ。
また、友達が減っちゃったなぁ。
俺はもうすっかり癖になっていたのか、思考とは無関係にスマホを取りだして、見慣れたアイコンに触れた。
二人してハマっていた協力プレイが売りのソシャゲだ。
企業のロゴが流れるのをぼんやりと見つめる。
大分遊んだしそろそろ別ゲーやるか、と最近彼女と話していたのを思い出す。
暫く待つとメニュー画面が現れる。
そこでゲーム内メッセージの受信ボックスに未読が一件たまっていることに気付いた。
さては運営からの詫び石かと期待して、そこをタップする。
…………。
差出人は運営ではなかった。
『いままでありがと』
そこに表示された、ずっと遊んできたフレンドからのたった八文字のメッセージを見て。
「しぃぃいいいいいいなぁぁぁあああああああああ!!!」
思わず俺の口から零れた怨嗟の声に、通行人の視線が集中した。
「くっっそぉがぁぁあああああああああ!!」
周囲の視線は気にならなかった。
いつもなら気になるはずのそれがどうでもいいと思えるくらい、頭に来ていた。
「ほんとにさぁ! そういうところだよ! お前は!」
呟いた言葉は、果たして誰に向けた言葉だったか。
「まだその辺にいるよな!? ……あぁ! これ邪魔だな! なんで俺はこんなもん持ってんだ!?」
煩わしく思えて、背負っていた鞄を脇に投げ捨てる。
どうせたいしたものなんて入ってないから。
「敢えて普通のSNSじゃなくゲーム内メッセージで言ってみたりとか! 何でもない意味にも取れるように保険掛けたりだとか! 捻くれてんだよ! 俺が気付かなかったらどうするつもりだったんだよ! 」
いつだって大事なことだけは言葉にしなくて。
趣味のことばかり口が回って。
相手の感情はこれっぽっちも分からなくて。
自分勝手に自己満足して自己陶酔に浸る。
まるでどこかの誰かみたいだ。
「こっちかぁ!!」
今の俺には、彼女に会いに行く以外の選択肢は頭に無かった。
「…………えっ……杉田君?」
「はっ……はっ……」
叫びながら彼女の去っていた方角に走ること数分。
最近禄に運動していなかったのが効いたのか、椎名を見つける頃にはとっくに息が上がっていた。
驚いたようにぽかんとした顔をした彼女の前で、膝に手をつき前屈みでしばし息を整える。
足元のアスファルトを見つめながら、足りない頭に少しでも酸素を送る。
「……俺はッ! 何でか知らんが友達が異常に少ない!」
「だからソシャゲの協力プレイもまともに出来ないないし! アニメも漫画も語る相手がいねぇ!! ボードゲームカードゲームの類いは一人四役とかでずっとやってた!!」
「……………うわぁ」
彼女からすれば突然背後から走ってきて突然叫び出した上に、滅茶苦茶な話の内容に引かれた気がしたけど、残念まだまだ話は終わっていない。
「だから人の気持ちが分かりにくいし、なんなら自分の気持ちすら分からないことも多い。……だけど、確かなこともある」
これだけは椎名に伝えたかった。
「俺は、椎名といる時が楽しいんだ……だから、まだ一緒に居てくれないか?」
こちらをぽかんと見ていた彼女は、少しの沈黙の後に探るように聞いてきた。
「……会長さんとか夏野さんとか秋風さんは?」
「え? なんで今ここであの三人の話?」
「いいから、答えて。どう思ってるの?」
「……? 会長はいい人だし、向日葵と秋風とは友達だ」
「! じゃあ……あの中の、誰かが好きとかじゃないんだ?」
「え? 君何言ってんの?」
彼女達に対して恋愛感情を抱いたことはなかった。
勿論それは向こうも同じだろう。
しかし何故か、椎名はそんな俺を見てほっと息を吐いた。
「そ、そうなんだ。…………絶対あの中の誰かが好きなんだと思ってた」
「え? 何?」
「ううん。何でもない。……でも、そっか。じゃあ私も、まだ諦めなくていいのかな」
「? 何を諦めるんだ?」
「! 聞こえてるの!?」
「そりゃ、一回小声で言われたら、次は気を付けるだろ。……それで、これからも一緒にいてくれないか?」
ほとんど断られると思っていたから、彼女がこくりと頷いたのには驚いた。
「……うん、いいよ」
「…………! いいのか?」
「うん。私も杉田君と一緒にいるの、楽しいし」
「そ、そっか。うし、それじゃ次やるソシャゲ探そうぜ」
「えー、またソシャゲ? そろそろ他のやらない? ガチャ楽しいけど私アレほんとに寿命縮むんだよね」
「ん? 椎名は引けないのが怖いのか?」
「お? なんだとやんのか?」
秒で戻った俺達のいつもの空気が心地良い。
だからだろうか。
メンチを切ろうとして近づいてきた彼女の口元が堪え切れず綻んでいるのが見えて、思わず口から言葉が零れた。
「好きだよ」
目の前で笑っていた椎名はピタリと固まった。
「…………………………へっ?」
「あっ。……んん、椎名、今のは聞かなかったことにして……」
「――いやいやいやいや!! それはむりだって! ていうか、え!? てっきり言葉にはしてくれないのかと思ってたよ!?」
「…………あー」
なんとなく、俺もそうなるんじゃないかと思ってた。
けど、言えた。緊張もあったけど、不思議と清々しい気分だった。
「……この際だし、はっきり言う。椎名奏さん、俺と付き合って下さい」
「え、え、え、待ってむり。なんでそんな急に真面目な顔するの? なんで眼鏡外して前髪上げるの?」
「いや、流石に付き合うなら顔見せるのが礼儀かと思って」
「~~~~ッ!」
やっぱり俺の素顔がきつかったのか、椎名は俺から目を背けて道路脇の電信柱を凝視している。彼女の頬が赤い気がするのは、沈みかけた夕陽のせいなのか。
「……藻部の方が良いって言うんなら、そう言ってくれればいいけど」
出来るだけ感情を出さないようにしながら付け加えると、椎名はパッと慌てたようにこちらを見た。
「! 待ってよ、ちゃんと、私も……言うから」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はその場でエア二刀流による16連撃を繰り出した。
最後まで読んで頂きありがとうございました。