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最終話:新米作家の旅立ち

 ようやく完結しました。第一話を投稿した時から終わり方だけは考えていたので作者としては満足です。


 是非、この話を読んで思った事を素直に教えていただけたら嬉しいです。

「全く進まないよこれ」


 本日は華の日曜日。一日自分の部屋に籠って小説を一作書き上げるつもりで居た私は弱音をあげた。


 ストーリー自体は何個か思いついてはいた。しかし、どうしてもそれらのストーリーに対して納得がいかなかった。


 「どこかしら見覚えのあるストーリーになるのが腹立たしい」


 勉強机の椅子に仰け反るように背もたれかかり、天井を見上げながら私は物思いにふける事にした。

 

 どんなに自分で工夫してストーリーを考えたつもりでも後から見直すと『あれ? これってアレのパクりになってない?』となってしまうのだ。以前見たアニメ、小説のストーリーや設定、キャラクター等の影響をモロに受けている。


 今考えている物語だってそうだ。童話の世界を旅する話。主人公のイメージはとあるゲームに出てくる『ひねくれ童話作家』に酷似している。他にも複数の候補が有ったが、時間を空けてから見直すと自分が好きだったキャラクターにそっくりだと思ってしまう。


 私が好きなキャラクターには大体共通点が有った。『心に闇を抱えた善人』、一言でいうならこれに尽きる。わざわざ闇を抱えさせる事もないだろうに。だが、私が好きになるキャラクターはいつも後ろ暗い過去を体験していたり、性格が捻れていたり、心が荒んでいる。なんとも、自分の性格の悪さが滲み出ているようだ。とはいえ、何故そういったキャラクターしか好きになれないのか理由は分かっていた。


闇を抱えて居ない人に対して人間らしさを感じない。


これは物語の主人公等に対して感じる事が多い。底抜けにポジティブだったり、人の言う事や人物の人柄を容易く信じたり、自分には一切のメリットが無いのに多大な犠牲を払って人を助けたり。まるで良い心しか持っていないように振る舞っているキャラクターを見ていると、ロボットが動いているように感じてしまうのだ。


確かに、自己犠牲は尊い事なのかもしれない。他人の為に自分を犠牲にする等そうそう出来る事ではないだろう。少なくとも私はしない、出来ない。


だが、そういった行動を見ると自分の命や人生なんか価値が無い。そう言わんばかりに感じてしまい、厄介事に飛び込むキャラクターを見ると人間味を全く感じなかった。その点で行くと悪者キャラの方がよほど人間味がある。


自分の欲望、望み、利益や得。自分に有益である事に対して全力を注ぐ姿には人間味を感じる。まぁ、あまり突飛な奇行に走られても反応に困るのだがまだ説得力は有るだろう。


その結果、量産されるあまりに陰鬱なストーリーの数々。見ていて憂鬱になりそうな暗い物語。


最近、『アンデルセン童話集』の中に『ある母親の物語』という作品に対して


『なんでこんなストーリーを考えるんだ。この人相当性格歪んでるよ』


等と感じていたのだが、なんて事は無い。私も同じ穴の狢だった。


ぐだくだと文句を漏らしたが、言いたい事はたったの二つだ。


『先に誰かの発表した作品の影響を受けて模造品ばかり作ってしまう。』と『自分の好みや考え方によって考える物語のジャンルに偏りが生まれる』という事だ。


 創作する上で一番立ち塞がる問題こそ『既存作品との被り』だろう。私と趣味を同じくする人が居るなら今一度自分の作品を見直してもらいたい。その作品、自分のオリジナルと胸を張って言えるだろうか?


 自分の好きなアニメやゲーム、小説のストーリーを上からなぞっていないか。物語に登場する人物の行動や台詞は他に誰かがやっていないだろうか。


 そうは言っても、別に私も全てを否定するつもりはない。日本人は模倣を重ねて成長した人種だ。他の国や他の人が発表したものを取り込み、クオリティーを上げて突き返すのが日本人の国民性だと私は思っている。


 ただ、ほとんど完全なパクり。いや、リスペクト精神はクオリティーの向上には繋がらない。日本のお隣の大陸にある国を見ていてため息が出るのは私だけではないだろう。どこかは名言しないが、察して欲しい。


 歴史の中で繊細かつ華麗な美術品や建築を数多く産み出した大国の成れの果てがパクりの嵐とは、皮肉にしても笑えないものである。本気を出せば誰もが魅力される物を作る力はあるはずなのに、楽な道に甘んじた結果があの体たらくである。私たちも、模倣の気楽さに甘んじ続けたらあぁ成りかねないのだ。


 そして、地味に悩まされるのが『同じような話しか作れない。思い付かない』事だろう。


 私自身、物語はハッピーエンドで終わる話は好きだし、そうありたいと思っている。しかし、実際に自分で物語を紡いでみるとハッピーエンドというにはあまりに多い、積み上げられる死体の山である。人がどんどん死んでゆく。物語がファンタジーだったりバトル物だったりするとあまりに簡単に人が死んでしまう。見ろ、人がゴミのようだ。そんな自虐ネタを言いたくなってしまう。


恐らく、人の死によってしか人を感動させる術を持たないのだろう。人の死ぬ姿は悲しみを感じさせる最たる出来事だろう。人を泣かせようと思ったら物語で人を死なせてしまう事に心当たりはないだろうか? 自分で言うのもなんだが、それは想像力の乏しい作家がかかる病のようなものなのかもしれない。


人の死によってでしか人の心を動かせないのは二流や三流のする事だろう。本当に上手い物語は登場する人の考え方や生きざま。それらによって人の心を揺さぶるものだと私は思う。


 理想ばかり高くて自分でも辟易とするが、そうでないと良い物語など作れないだろう。特に、感受性を育むお年頃の子どもに読ませる童話等は特に難しいと思う。


 人の死を描かずに人の心を動かすのは容易ではないだろう。どうすれば良いのか今の私は答えを持たない。


 だが、一つだけ心掛けている事はある。それが『作品で伝えたい事を明確にする』事である。


 物語を書く時にどうやってストーリーを考えるか。正しいやり方など私は知らないが、多くの人は『自分の描きたい場面を想像してストーリーを繋げる』事をしていないだろうか。実際、私はそれに近いやり方をしている。


 自分の描きたい場面を描くのはこの趣味をしていて一番気持ちの良い瞬間だろう。そのため筆はすんなり進むのではないだろうか。自分のやりたい事を存分に出来る瞬間だ。楽しいし、筆が早く進むから物語の進みも良くなり物語が間に見えて出来上がって行く様を体験するのは嬉しい事だ。だが、そのやり方にも問題はある。


 上記のやり方をやっていない人は読み飛ばしてもらって構わない。どうせ私の一人強がりが延々と続いているだけだ。もし、上記のやり方と同じ手法を取っている人が居るなら流し読みくらいはしても良いかもしれない。まぁ、私などが考えている事だ。大半の人が既に思っている事や気を付けている事かもしれないが、他人の考えは役立つ事も希にある。


 団子は好きだろうか? いきなり突拍子も無い事を言うが、とりあえず付き合ってほしい。


 団子とは言ったが、私が想像して欲しいのは漫画等に出てくる三色団子だ。赤、白、緑色の丸い団子が一本の串に刺さっている物である。一先ずソレを想像して欲しい。


 貴方が想像した『描きたい場面』が団子の部分だ。物語を作るべく、日夜ネタを想像し、団子をこねているかもしれない。


 だが、このままではただの団子だ。皿と箸が無くてはまともに手に取ってはもらえない。気楽に手に取って貰うには串が必要なのだ。


 それではその串が何かと言うと、それが『作品で伝えたい事を明確にする』時に自分が考えた『テーマ』だ。


 大体の作品は漫画であろうと小説であろうとこの『テーマ』がある物だと私は思っているし、ネットで検索して貰えればいくらでも書いているだろう。場面から描きたい物を想像する手法だと、描きたい場面にばかり目が行ってしまいこの『テーマ』が抜け落ちる事が往々にしてある。


 勿論、『テーマ』が無くても面白い物語はある。王道ストーリーを元にすれば『テーマ』など無くても最低限の面白い作品は出来上がるだろう。王道とはそういう物だ。


 だが、それでは少し前に話したどこかの大国のようになってしまう。我々日本人の凄い所は手にした物のクオリティーを上げて突き返す所だ。誰もが好む王道に自分の描きたい『テーマ』が加わって初めて本当に面白い作品は生まれる。私はそう思う。


 俗に言う、『作風』というものだろう。人には人の作品の雰囲気があるものだ。古本屋で適当に本を手に取り読んでいたら


『あ、これもしかしてあの作家さん?』


と思い、作者を確認してみたら案の定自分の好きな作家だったという経験はないだろうか?


 私としてはそれこそ作家にとって重要な事だと思う。


 どう頑張っても個性や思考の癖は出てしまう物だ。ならばそれを強味にすれば良い。簡単に言っているが、それは簡単な事ではないだろう。


 数多くの作品を作り上げ、練り上げた自身の技術によって生まれる事だ。


 ならば私が今取るべき行動は一つだ。


 私は本棚から作品に使えそうな資料を数冊引っ張り出して机の上に並べた。とにかく書いて書いて書きまくるのみである。


 結論を言えば、『被り』についても『テーマ』についても結局は自身の引き出しの数が少ない事が原因だ。自分の見識が狭いから、自分に自分にりの一本の芯が無いからオリジナルの物語を紡げない。強味にする個性が見いだせない。


 それを解決するにはどうすれば良いか。その解決策は『沢山の出来事を体験して見識を広め、沢山調べて知識を深める』事に他ならない。


 幸いにも人生経験は暗黒面については経験豊富だ。ひねくれた性格も個性に昇華してやろう。薄暗いダークな世界観だって個性の一つだ。いっそ開き直る方が楽で良い。


 やるべき事は決まった。後は何を書きたいかテーマを絞って必要な情報は調べて書くだけだ。


さて、どんな物語を書こうか。……そうだ、今回の趣味探しの末に小説を書こうとするまでの過程をそのまま小説に出来ないだろうか? 


 一先ず、数をこなさないと上達しない。数をこなすにしても書きたいテーマを考えてから一つ一つの情報を調べるだけでも数日とは言わない時間がかかる。それなら、自分の内面を書けば良い。自分という人間の情報は自分しか持ってない。自分が感じた事を書けば、自分に対しての情報は全て真実なのだ。ストーリーに説得力も出しやすいだろう。


 そう考えたら筆が気軽に動きだした。


 よしよし、趣味を探し始めた主人公『私』の物語。人物描写は内面のみに留めて外見はノータッチで行こう。これは私の一人強がりの考えがメインであって外見は関係ない。テーマはそうだなぁ、『人生の癒しの大切さ』とか、『趣味の楽しさ』を描く方向で行こう。……タイトルはどうしようか?


 私は筆を止めてタイトルを考え始めた。しかし、案外簡単にタイトルが頭に沸き上がり再び筆を進める。ニヤリと笑みを浮かべながら私はタイトルを呟いた。



「『とりあえず小説を書こう』」

 この物語はここで終わりではありません。終わりでもあり、始まりでもあるからですね。


 是非とも第一話から二週目に入って下さい。(笑


 今回はノリで書いた話なのでプロットも作らず書いてみました。やはり、色々と荒い箇所が改めて読むと見受けられますね。


 次は話を練って練って作り上げたいと思いますので、是非次回作も一目見てみて下さい。


 こんな作品を読んでくれた方々に最大限の感謝を。

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