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絵本っぽい短編

醜い王女と美しい獣

作者: 閑古鳥

どうして、こんな顔に生まれたのでしょう?

醜い王女は答えの出ない問いを、何度も何度も繰り返し続けます。

父も母も姉も兄も弟も妹も、王族に相応しい美しい顔をしているのに、なぜ自分は醜いのでしょう。

首を傾げても、答えを返してくれる人は誰もいません。

そもそも醜い王女の話を聞いてくれる人など、母様以外に誰も居ないのです。

その母様ももう死んでしまったので、醜い王女の話はもう誰も聞いてくれないのです。

母様は死ぬ前に言いました。

「可愛い可愛い私の子。あなたの心を見てくれる人がきっと居るはずだから。だからそれまで頑張りなさい」

頑張るとは何をすればいいのでしょう?

私にできることなどあるのでしょうか?

髪の手入れをしようにも、侍女は笑ってこう言うのです。

「醜い醜い王女様。そんな荒れた毛なんて、手入れをしてもどうにもなりません」

顔の手入れをしようにも、侍女は笑ってこう言うのです。

「醜い醜い王女様。そんな不細工な顔なんか、手入れをしても見れるものにはなりません」

顔に化粧を頼んでも、侍女は笑ってこう言うのです。

「醜い醜い王女様。こんな顔じゃあ化粧をしても、醜さを隠すことなんかできません」

綺麗なドレスを頼んでも、侍女は笑ってこう言うのです。

「醜い醜い王女様。あなたが綺麗なドレスを着たら、ドレスが可哀想で仕方ありません」

何をするにも笑われて、結局何もできやしないのです。

ではどうすればいいのでしょう?

醜い王女は考えます。

そうだ、侍女に頼んでもダメならば、自分で揃えればいいのです。

醜い王女はこっそり部屋から抜け出して、城のお庭に出て行きました。

醜い王女を気にかける人など居なかったので、それはとても簡単な事でした。

城のお庭は広大で、どこに行けば外に出られるのかわかりません。

城から離れるように、どんどんどんどん進んでいくと、そこはもうすっかり森の様相を成していました。

周囲には木と草と生き物達ばかり。

醜い王女は少し疲れた様子で、木の根に座り込みます。

醜い王女は城から出たことがありません。

幼く体力もない醜い王女にとって、森を歩くことはとても大変な作業でした。

それでも外へ行くために立ち上がり、また歩きだします。

そうして、醜い王女にとって長い長い時間歩き続けると、光の差す小さな小さな広場に辿り着きました。

そこには銀灰色の毛を風に靡かせて、静かに寝ている獣が居たのです。

それは狼に似て、しかしそれよりもっと大きく美しい獣でした。

今まで見たこともない美しい光景に、醜い王女は息を飲みました。

数分だったのか数秒だったのか、それとも何時間も経っていたのか、その美しい光景に醜い王女は見惚れて居ました。

その静寂を打ち破ったのは、美しい獣の目覚める音でした。

くわりと大きく息をして、数度瞬きをした美しい獣は、醜い王女に気がつくとこう話しかけてきたのです。

「おや、幼い子がこんな所でどうしたんだい?」

獣が言葉を話した事に少し驚いたのですが、醜い王女はものを知らなかったので、そういう事もあるのだろうと勝手に納得したのです。

そうして自分が話しかけられた事に気づいて、きょとりと目を見開いたまま醜い王女は答えます。

「わたしはとってもみにくいから、それをどうにかしたかったの。だからおそとにいきたかったのよ」

ゆるりと頭を上げて、美しい獣は応えます。

「可愛い可愛い幼い子。どうして自分を醜いと言うのだい?」

その言い方は、亡くなった母を思い出すような優しいものでした。

王女は自分が醜いと言われなかった事に驚きましたが、獣の感覚は人とも違うのかもしれないと少し哀しくなりました。

だって私を可愛いと思うのなら、この美しい獣は自分が美しいのだとわからないかもしれないからです。

こんなに美しい獣なのに、それを自分が知らないのかもしれないと思うと、それはとても哀しい事だと思うのです。

けれど、今はこの美しい獣の質問に答えなければいけません。

なのでいつも言われている事を、この美しい獣に言いました。

「だってみんなわたしをみにくいというのよ。どうにもならないみにくいおうじょだっていうの」

母様は、私にとってあなたはとても可愛い子だけれど、周りからはどうしても醜いと言われてしまうのねと、時々寂しそうに言っていました。

今まで自分を可愛いと言ってくれたのは母様だけなので、醜い王女は自分を醜いとしか思っていないのです。

その言葉を聞くと美しい獣はするりと頬へ顔を寄せて、醜い王女へ触れました。

「可愛い可愛い幼い子。ではその顔を変えたいと望むかい?私なら顔も姿も変えられる。可愛い可愛い幼い子よ。今までの姿を捨てて生まれ変わってみるかい?」

美しい獣は、穏やかにゆっくりと語りかけてきます。

醜い王女はその問いに、ことりと首を傾げました。

確かに自分は醜いけれど、母様が可愛いと言ってくれた姿を変えることなど、考えた事もなかったのです。

母様より少し暗い色をした髪も、肉の付かない細い体も、怒ったようにも見える釣り上がった瞳も、醜いけれど嫌いではないのです。

だって母様はこの姿を可愛いと言ってくれたのだから、嫌いになるはずが無いのです。

だから醜い王女はこう答えました。

「わたしはとってもみにくいけれど、このすがたはかえたくないわ。ただすこうしだけかみをつやつやにしたり、おけしょうをしたり、ぼろぼろじゃないふくをきたかったの」

その答えを聞くと美しい獣は軽く目を細めてから、醜い王女の頬に鼻を付けてキスをしました。

「可愛い可愛い幼い子。望みはそんな小さな事でいいのかい?」

「わたしにとってはおおきなことよ。だってどれもてにいれられないの」

だって醜い王女はそれを求めて、ここまで来たのです。

それが他の人にとってちっぽけな事でも、醜い王女にとっては、とてもとても大事な事なのです。

「それなら私が与えよう。髪の手入れも、化粧も、ドレスも望むだけ。」

「そんなにたくさんもらっていいの?」

「いいとも。ただ、またここに来た時に、話をしてくれるかい?」

醜い王女はこくりと頷きました。

どうせお城に居ても何もさせてもらえないので、美しい獣と話しに来る方がいいと思ったのです。

大主おおあるじ様。お呼びですか?」

不意に、小さなリスが美しい獣に話しかけてきました。

「呼んだよ。この幼い子に少しだけ幸いをあげようと思ってね。君達の集めた油を分けてもらえないかい?」

「大主様の言うことであれば喜んで」

そうして何度か生き物達が、美しい獣を訪ねて来ました。

その度に、美しい獣は醜い王女の望んだ物を頼むのです。

醜い王女はただただそれを見ていました。

自分を馬鹿にしない生き物達も、大主様と呼ばれて慕われている美しい獣も、見ていてとても面白かったのです。

暫くすると、たくさんの物が美しい獣の元に集まってきました。

「さあ、幼い子。これが君へ渡せる幸いだ」

そのたくさんの物を差し出して、美しい獣は笑いました。

醜い王女はお礼を言って、それを少しだけ持って帰りました。

少しずつ少しずつ、醜い王女の姿は変わりました。

髪には艶が出てきました。

薄く化粧をするようになりました。

新しく美しいドレスを着るようになりました。

城の人はそれがどこから来た物か、誰もわかりませんでした。

盗まれた物でも無いし、売られていた物でもないし、誰かが渡した訳でもない。

けれど確かに、醜い王女はどこかからそれを手に入れて、身に着けていたのです。

そうして醜い王女は変わろうとしましたが、城の人達の態度は変わりませんでした。

城の人達には馬鹿にされて、美しい獣と生き物達とは親しくする生活を続ける内に、何年もの時が経っていました。

醜い王女はもう幼い子ではありません。

自分で城の外に出られる力もつきました。

生き物達に生きる術を教えてもらいました。

なので醜い王女は決めました。

この牢獄のような城から出て行こうと。

けれど心残りなのは美しい獣の事です。

美しい獣にもう会えなくなるのは、とても哀しくて寂しかったのです。

でも寂しくても哀しくても、城の中に醜い王女の居場所は無かったのです。

最後の日。

醜い王女は城から出て行く前に、美しい獣へ会いに行きました。

美しい獣は最初に会った時と変わらずに、そこに居ました。

「大主様。私はここを出て行くわ」

「そうか。愛し子にこの場所は勿体なかった。ここから出て行くと言うのなら、それも良いだろう。」

美しい獣は初めて会った時の様に、醜い王女の頬へと軽く触れました。

「でもね、大主様に会えなくなるのは寂しくて哀しくて、それだけが辛いの」

ぽつりと零した言葉と共に、ぽつりと涙も零れました。

「ならば私も着いて行こうか?」

くすりと笑うように美しい獣は言いました。

きょとりと目を見開いて、醜い王女は驚きます。

「どうして?」

「可愛い可愛い愛し子よ。私もそれが寂しいからだ。愛し子に会えないのは哀しいからだ」

ぺろりと涙を舐め取りながら、美しい獣は言いました。

「じゃあ一緒に来てくれる?」

醜い王女は美しい獣に尋ねました。

「もちろん。愛し子が望むなら」

「ありがとう。大主様」

醜い王女の笑顔は、美しい獣にとってとても大切で愛しい物でした。

こうして醜い王女と美しい獣は旅立ちました。

美しい獣にとってはとても短い時間。

醜い王女にとってはとても長い時間。

それだけの時間を一緒に過ごしました。

笑ったり泣いたり怒ったり拗ねたり。

楽しくて辛くて哀しくて幸せで。

ご飯を食べて歩いて走って喧嘩して。

仲直りして一緒に過ごして寄り添いあって。

たくさんの表情とたくさんの思い出を、美しい獣は手に入れました。

それは美しい獣にとって、小さく儚くすぐに消えてしまいそうなくらいに短い時間の記憶だったけれど、確かに宝物でした。

美しい獣が森の中にある小さな広場に戻ってきた時には、もう醜い王女は一緒に居ませんでした。

ただ醜い王女と過ごした思い出だけを持って、美しい獣は帰って来ました。

美しい獣は、再び生き物達と長い長い時を過ごしていきます。

その中でも確かに彼女との思い出は、消えずに残り続けていたのです。


非公式企画の「褒めて伸ばそう【感想企画】」が企画終了しましたので、提出していた作品を少し修正してアップロードしています。話を見た事がある場合はその企画で提出していたものだと思いますので既視感があってもご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterの方から来た辰井です。 王女に欲張らせないあたりが上品でいいですね。展開も思ってもみなかった展開で、確かに城で見返されるよりは、城を出る方がいいよねと思いました。 読ませてく…
2020/05/16 21:15 退会済み
管理
[良い点] 童話のマッチ売りの少女の結末 もしくは、戦場で喉の乾きを訴える瀕死の兵に降り注ぐ雨粒のような幸 姫は、人生においてよき理解者を得て人生を謳歌した つまりハッピーエンド ただし外から見れ…
[一言] 物語に吸い込まれていって、自分もそこにいる動物の1つの視点で見ているようでした。
2019/09/23 01:48 退会済み
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