6:最強と偽強
ハラキリーが呼び出したのはジンと同じ大精霊『イフリート』だった。
さらにはハラキリーが『イフリート』の契約者だと言う。
大精霊対大精霊の喧嘩が始まる──
─《ヤルト村》入村門─
「お姉さま。なに……あれ……?」
オリヴィアは自分の不安さを包み隠さずにアレクシスに聞いた。
入村門から見て、若干右寄りのT字路。もといオリヴィアがアレクシスに連れられ、命がらがら壊走してきた場所。
さらに言えば、ジンがまさに今、黒合羽の男と格闘している場所だ。
「分からない……五法句で造られた……の?」
家屋の影に隠れ全体像は見えない。ただ、そこから突出している炎を纏った牛頭は視認できてしまう。
時は過ぎ、7時頃。陽は地平線の向こう側へ、空を埋め尽くすのは星と星の光を反射した惑星が織り成す夜空。
キャンプで見る炎が美しいように、今、夜空を背景に《ヤルト村》を焼くアレは果たしてどうだろうか?
「怖いよ……お姉ちゃん……」
「──大丈夫、大丈夫よ」
抱擁するにはあまりにも頼りないものだった。
けれども、オリヴィアにはエマの不安を取り除くほどの心の強さはない。
「──はっ! リヴィア、まずい……アイツに村と証拠が焼かれるッ!」
「もういいじゃん! 焼かれても……ねぇ、それよりも逃げよう?」
もうこれ以上……どん底を見たくない……だったら、この場から立ち去りたい……
「何言ってんの! 私達はその為に地獄を見ながらここまで来たんでしょ!」
もう帰りたいのという一心だった。
表面的な傷を消せても疲労度は回復しない、度重なる心の負荷で肉体面と精神面の両方でオリヴィアはズタズタだった。
「いやだ……私…………もう……」
彼女自身分かっている。自分が支離滅裂なことを口走っていることに。
それでも正せない、正してしまえば再び惨劇を目に映すのが予想出来るから心の深い部分がそうさせる。
「私一人で行ってくるから。来てジ──ッ!? そうだ……今アイツを抑えているのはジンなんだ!」
アレクシスがジンを呼ぼうとしてあることに気が付く、というか推測する。
突如、現れた炎を纏うアイツがあの場所に留まっているのは、全てをジンが引き受けているから。
ジンは確かに無敵に近い、だが彼にも限界があるのも事実。
「──リヴィア。せめて子供たちを見てて」
「いや──行かないで!」
「オリヴィア!!」
肩が震え、怖じ気付き、得体の知れない恐怖に囚われる。
「ごめん、言い忘れてたけど……任務中はいつもの優しいお姉ちゃんじゃないの。事実上私は貴女の上司、だからねオリヴィア──《ヤルト村》の民家を『過五法句の探索』を使い、犯人の手がかりを捜索。及び犯人の証拠が一つでも得られた場合はすぐに撤収──これが貴女の仕事よ」
自分の首を絞めてやりたかった。情けない──とも思った。
これじゃあさっきと何も変わらない。空き地の調査を任せてしまったときだって結局お荷物だった。
「オリヴィア。任務から外れてよし、また自力での帰還も許可する──」
この一言がオリヴィアの精神を冷ややかに鋭く突き刺した。
三度々涙が流れる。今度は溜まりに溜まった感情が漏れだした涙ではない、一過性の感傷でありながら、酷く、大きな悲しい涙だった。
─《ヤルト村》 民家─
「あの妹、私を恨むんだろうな……」
家々の隙間を縫うように走る。黒合羽の謎の男に見付からないように。
アレクシスにとってリヴィアに浴びせた言葉は、いつしか伝えるべきものだった。
しかし、今かける言葉でもなかった。余計にリヴィアを追い詰めてしまった。
「ここね」
オリヴィアの泊まっていた宿は事前に調べていた。というかルイスから半分無理やり、もう半分はコネの上手な使い方で聞き出した。
オリヴィアから聞いた話、調査の2日目に事件は起きた。裏を返せばオリヴィアは狙われたとも言えよう。故に手がかりは宿周辺に残っている可能性が高い。
「もう少しこのセカイはあの妹に優しくなれないのかなーサディスティックもいいところよ──」
独り言をぼやく。
宿近辺の民家を適当に見繕い、侵入する。管理する人が居ないのだからもはや不法ではない──はず。最悪、承認が後を追う形で不問にすればいい。
リビングと思わしき部屋に入る。特に荒らされた形跡はない。
そしてこの捜索の要、『過五法句の探索』を使う。
「Nodethhite・past investigation・morket・this room・Alexis」
部屋の壁に文字が焼かれる。『No magic』と趣のある字体で。
「部屋自体には五法句の詠唱痕跡はない……」
『過五法句の探索』は別の五法句の対象句を同じく対象句に指定し、その五法句を看破する五法句。
対象句と実力次第では生身の人に対して使うことで相手の術者句──真名を知ることが出来る。
そして、私は家の異変を察知する。
「にしても匂いがきついわね……」
匂いの元凶はこの部屋じゃないが、甘ったるい腐乱臭が鼻につく。熟練の騎士ならば、別の部屋で起きた事件に感づくだろう。
率直に言うと今すぐ家から飛び出したかった。
でも、オリヴィアにキツイことを言った手前、みすみす帰るわけにはいかない。
意を振り絞り、隣の部屋に向かう。腐乱臭がさらに強くなる、どうやら発生源はここらしい。
「何かあるとしたらここ……」
室内に敵が居ない保証は何処にもない、慣れないアゾット剣を右手に用意する。
覚悟を決め、扉を蹴破ろうとする。が──
「ん?」
微妙に開き、それ以上は全体重をかけても微動だにしない。
どうやら何か重いものが扉の通り道を阻んでいるようだ。
「通れるかなー?」
解決策は至極単純。この隙間を通り抜けるだけ。状況をできるだけ荒らさないという、捜索の基本中の基本もわきまえている。
不幸中の幸いで、特につっかえることなく通り抜けた。それは装飾品と体型的な意味でだ。
「ちっ……通れた」
起伏のない胸を撫で下ろしながら舌打ちし、通り抜けたことに若干苛立つ。
もし、オリヴィアだったらアレクシスのように成功しない。どこかしら引っ掛かってしまう。つまり、アレクシスは妹に胸囲で負けている……貧しいとも巷では言うらしい。
「うわ……なにこれ酷い……」
しかし、どうでもいい思考は、この部屋に残されていた光景の前に霧散した。
「拷問……?」
実際にその表現は正しかった。
扉を阻んでいた正体は、椅子に縛られた兄弟とその母親らしき女性の3人。全員が既に息絶えていた。
部屋の天井まで血飛沫が付着していた。ただの殺人事件でも天井に届くことはそうそうない、一体ここで何が起こったのか──
「流石夏ね……どうりで腐敗が早いわけだ」
ご遺体の状態は、一部白骨化、腐敗は酷く顔に至っては原型を留めていない。
床に注目してみる。
至るところに爪が散乱していた。
「爪って床に落ちてるものだっけ?」
茶化してみたが拷問の一種であると分かっている。それよりもこの家族は何故拷問されたのか?
ありがちな理由で、重要な情報を握っていた──
「ないわね」
こんな一般村人に一家惨殺されるほどの重要情報を知っているわけがない。
今の一言でハッとさせられる。
「一家……待って、父親は何処?」
おかしい、父親が居ない。
「リヴィアがゾンビと遭遇したのは朝方、しかも休日──!」
絶対とは言えないが、父親が消えているのは何かしらの理由がある。それも、この事件に関わりのある理由だ。
この推察に至り、より注意深くあるものを探す。
「──あった」
それは母親と子供を対面に一つだけ置かれていた比較的血が付着してない椅子。
「Nodethhite・past investigation・morket・this chair・Alexis」
再度、『過五法句の探索』を使い、もしかしたら詠唱されたかもしれない五法句を看破しようとする。
先と同じく背もたれに『Nodethadam・hold a strong grudge,start revenging・death・chair and man・Brian』と文字が焼かれる。
「ブライアン……これが黒合羽の名前ね……」
恐らくこの事件の首謀者はあの黒合羽。
となれば今の五法句の最後の句、術者句の『ブライアン』こそ黒合羽の名前の可能性が高い。
焼き書かれた五法句を一字一句完璧に書き移してから早々と退出する。
「確証がいる。まだ足りない」
確かに、犯人は『ブライアン』だと分かった。それでも、とある可能性を潰せていない。
だからアレクシスはさらなる地獄へ向かう。
結果から言うと他の家も似たり寄ったりだった。
犠牲になった家族の構成が違うだけ、どの家も拷問の痕跡があったのも変わらなかった。
「どういうこと……?」
アレクシスは全ての家で『過五法句の探索』を詠唱した。五法句はもちろん同じだった。術者句を除いて。
「最初は『ブライアン』。次は『マイケル』、『ジェイソン』にもう……訳わかんない!」
アレクシスと元老院、それに魔法聯名の共通見解では、〔賢人級〕の術者を中心に半径数百メートル内の死体をゾンビに仕立てる五法句であると断言。よって犯人は単独犯である。というものだった。
補足すると、アレクシスは『過五法句の探索』で判明した五法句を知らない。また魔法聯名が公表する五法句は一通りは覚えているつもりだ。ただし、全て使えるとは言ってない。
「でも手掛かりが掴めたから良しとしましょう」
結局、謎は解けたが付加的な謎と疑惑を呼んでしまった。
─《ヤルト村》 T字路─
時は遡り、イフリートがハラキリーに呼び出された頃。
「待てハラキリー。その大精霊と何処で契約した!」
歩を止める──そんなことはするはずもなく、背を向けながら答える。
「企業秘密だ」
そう吐き捨て、入村門へこの戦いから身を退いた。
これを契機に大精霊と大精霊が激突するアレル帝国史初の規模の喧嘩が始まった。
実は、両者の多少の因縁が絡んでいるせいか、喧嘩と謂ったが彼らの戦力、物量、技術の総力戦ともなれば喧嘩を越えて『戦争』。と、表現しても齟齬はない。
「ヴゥヴォォォォォ──!」
鼓膜が破れんばかりの咆哮を轟かせるイフリート。太陽のフレアの縮小版がイフリートから誕生し、無造作に木造の家を焼く。それは自らの闘志を体現しているように見えた。
そのとき、イフリートの上体が倍に膨れ上がった。膨れ上がったそれはやがて右腕に転移し、掌から業火となって外界へ吹き出た。
イフリートの右手に握られる炎は周囲の酸素を浪費しながら形を変えていく。イフリートの背丈ほどの大剣へ──
対比して、ジンは何時ものごとく情緒に変化はない。
無能の剣では太刀打ちなんぞできない。せっかく創造したオリジナルを消し、新たな剣を2本創造する。
無論、無詠唱だ。
その剣の持つ名は《モラルタ》と《ベガルタ》。こちらも同じくジンのオリジナルだ。
性能では《モラルタ》が圧倒的に優秀で、その一撃で鎧ごと両断するという切れ味を持っている。《ベガルタ》は《モラルタ》より劣るが、獣との戦いにおいてのみ、本来の性能を取り戻す。
「久しぶりだな」
ジンが問うも返答は唸り声。
ごく普通の人から見たら動きがかすむほどの速度で、両者は行動を開始する。
両手に構えた大剣をジンに向け垂直に振り下ろす。
避けきれず、《モラルタ》と《ベガルタ》をクロスに重ねて受け止める。剣と剣の拮抗は起きず、ジンは剣を傾けて大剣をいなす。
だが、イフリートの反応も相当のものだった。いなされたのにも関わらず、大剣を左回転してジンの背中を捉える。
「間に合えッ……」
この時、ジンには実体化を解除してやり過ごすという選択肢が浮かんだが、それを捨てざるを得なかった。
何故なら、即座に実体を消せるのは衣服を含む本体のみ。《モラルタ》と《ベガルタ》は幾つかのプロセスを経て本体同様に扱える。
が、幾つかのプロセスは厄介なことに一秒以下の運動機能を停止を余儀なくされる。それは現在進行形で後ろから迫る刃から逃げる場合、上半身と下半身に分離されることを意味する。
追う巨大な刃。民家から廃材に降格されたゴミも大剣を止めることは出来なかった。もはや引火する始末。
「──賭けだ」
両刀に水の素装剣術を行使する。
火には水を、単純、故に絶対の法則。
大剣がイフリート自身の足に到達しかけ、急制動する。つまり最も無防備な状態に近い。
これ見よがしに燃え盛る大剣を盛大に蹴飛ばし、牛頭まで飛ぶ。
「頼む!」
ジンが神に等しいような気がする、それでも頼むのは──《ベガルタ》の対獣効果が発揮されること。
「…………ボアァァァァ──!!」
誰もが初耳であろう叫喚をあげる。──しかし致命傷には届かない。
「ダメか──ッ!」
大昔、巨獣殺しの依頼を当時の契約者と受けた。歴代の契約者と比べればかなりアクティブな人だった。
如何せん生命力がバカ高い獣だったから一週間の長期戦に及んだ。人目がないことを口実に、当時の技術を無視して最高火力をぶちこんでもフツーに立ってた。若干よろめいていた気もする。
あーだこーだ四苦八苦していた中、やつの寝床に2本の錆び付いた剣があった。
もう直感の域だった。
錆びを落として元の輝きを取り戻した剣、《モラルタ》と《ベガルタ》。これこそ固まった戦況に一石を投じるはずだと悟った。
巨獣の最期は呆気なかった。たった数擊でその命を散らした。
だからこそ《ベガルタ》は対獣の突出した何かしらのアドバンテージがある。
現実はイフリートには効果は得られなかったが。
「頭の次は心臓──」
心臓も似たような高さにあり、さっきの戦法がイフリートに許されるはずがない。
さっきならだ。
「警告だ。契約者の元へ帰れ」
イフリートを思ってのことより、良心への露払いだった。いまの警鐘は──
カモフラージュを兼ねて光を使って閃光をたく。コンマ5秒で《モラルタ》と《ベガルタ》に実体化解除の処理を施す。残りのコンマ5秒でイフリートの背後に実体化し、もし背骨が存在した場合を考慮して角度、向きを調整して心臓に突き刺す。
感触がない──まるで空を相手にしている。僅かな手応えも感じられない。
確実に炎を切り裂いて刺さっている。まさに、えもいわれぬ感覚。矛盾から生じる不可解なもの。
「なんだこいつは……」
正体に見当をつけようにも類似するものがない。最初の発見者、【魔術】の発見者さんも似たような境遇だったかもしれない。
整理すると、頭部への斬擊は有効。ただし集中狙いは不可能に近い。心臓への直接攻撃は無効。イフリートに損害は認められない。
間もなく剣擊は再開される。
あの巨体からは想像もつかない速度で炎の大剣を振り回してくる。しかもどの流派、型にも合致しない、幼い子供が振るう棒そのものだ。
いわばランダムに襲う災害だ。
「クッ──」
躱す、ひたすら躱す。反撃へ一転する機会すら与えない完全無欠のイフリートの猛攻。″攻撃こそ最大の防御なり″とはこのことらしい。
垂直に振り下ろす攻撃がようやくきた。
クロスで受け止めるのは先と同一。
「ここからだ」
左右ではなく前、イフリートの股下に逃げ込む。《モラルタ》と《ベガルタ》を滑らせイフリートの視界外へ、コンマ5秒以上の隙を作る。
『炎纏の腕』を応用して水を纏わせてイフリートの左膝を水平に切り落とす。
「ヴゥォォォ──!!」
威嚇にも悲鳴にも聞き取れる咆哮はきっと悲鳴だろう。何故なら左足を欠損させたのだから。
ここでジンは確証を得た。
一般的に火の反属性である水を直に纏わせた剣ならば通用すると。ついでに熟練の術者なら可能ということも付け加えておく。
左足を失ったことで体勢が大きく崩れる。腰と背中を通り、弱点候補の心臓へ、直行コースが形成された。その道を駆け、《モラルタ》で炎の肉を裂く。
新たなる激痛で危機回避の本能が働き、イフリートが暴れ馬のように背中に張り付くジンを地に落とそうとする。
が、心臓まで到達した剣は容易には外れない。それでも振り落とそうとする。
「検証は十分だ──」
何か満足そうに《モラルタ》を引き抜き、背中から撤退する。
空中で脱力し、実体化を解除してイフリートから離れた場所に再度実体化する。
「種あかしのサービスだ、『雨降りの牢獄』。受けとれ」
「Nodethhite・be a prison,a lot of rain・vatten・radius five meters・Zin」
晴天の夜空にどす黒い雲がジンとイフリートの頭上だけに急に覆い被さる。
黒のキャンバスでも違いが分かるほどの漆黒。
これはジンによって人為的に引き起こされた雨雲。そして雲はその輪郭を環状に変化させ、雨のカーテンを造り出す。
ジンが発案した作戦とは、イフリートを雨の牢獄に閉じ込め無力化すること。初め、ジンですらイフリートの体が何で構成されているのか判別がつかなかった。
しかし、水の素装剣術ではない水を纏わせた剣ならば攻撃はイフリートに通る。この事から属性的な弱点よりも更に明確、弱点の代表格での直接攻撃こそ唯一かもしれない方法だとジンは結論付けた。
ちなみに、サービスは水の魔法『雨降りの牢獄』と、あえて五法句を高速詠唱を使わずに、普遍的な速度で詠唱することで五法句を知ることの2つの意味だ。
ジンはイフリートの後学の為にわざわざサービスしてやったが、ハラキリーに手加減したのと同種の感情が原因。例えるなら、師匠が弟子に稽古をつけるのが一番近い。
この戦場の音は雨音に支配された。
その道最中、ジンはよき喧嘩相手だったイフリートに向けて大声で言った。
「イフリート! 実体化を解除し、お前の契約者の所へ帰れ!」
悔しいのか、雨の檻を破ろうと大剣を乱雑に振り回す──だが剣が檻に触れると同時に、物凄い水蒸気を発生させながら剣先が消滅する。
「無駄なあがきを……一体何がお前をその風貌、性格にした!」
その口からは何も語らず、吠えるのみ。
このときジンは珍しく哀しげな表情を浮かべていた。
「また会おう──」
─《ヤルト村》 入村門─
イフリートを『雨降りの牢獄』にぶちこんだ後、これもまた珍しく自らの足で帰った。おそらくそこに特別な意図は無い。
「──ジン」
誰かがジンを気遣った声色で呼ぶ。
「アレクシス……いつの間に」
「前からここに居たわよ。まさか……貴方が気付かなかったの?」
「馬鹿な──いや、うんそうだ。気付かなかった」
今の世界で最も大切だと断言できる契約者、アレクシスをジンは至近距離でもその存在を察知出来なかった。
それほどまでにイフリートとの戦闘は堪えたのか──それとも特別な感情を抱いたのか。
「大丈夫? なんかいつもと違うわよ?」
「僕のことはいい、ところでリヴィアは?」
はぐらかし、質問を質問で繋ぐ。またリヴィアのことは本心でもあった。
「そうなの。いつの間にかあの兄妹と一緒に暢気にも寝ていたのよ」
「まて──」
「Nodethhite・past investigation・morket・Olivia・Zin」
突然『過五法句の探索』を使う。
「ど、どうしたの? いきなり?」
アレクシスもジンの行動に付いていけずにいた。
「リヴィア……あの黒合羽の男に眠らされているぞ……多分、その兄妹も」
「嘘ッ!? でも何で……」
「そこまでは流石にわからない」
「命に別状は?」
「ない」
即答だった。
「よかったぁー。悪いけど起こさずにこの妹を不羇に乗せてくれる?」
アレクシスも安堵する。そのついでに一つ頼みごとも任せる。
「わかった──でも誰が騎手になるんだい?」
「不羇だったら独りでについてくるわ。問題ないわよ」
「僕が代わりでもいいが──」
「ダメ。貴方は寝てなさい。心配なのも分かるわ、でもそれ以外に私はジンが心配なの」
お姉さんらしい仕草付きでここまで念押しされても抵抗するジンではない。
「仕方ない──お言葉に甘えさせて戴こう」
─アレル帝国 北西帝都〔金色の塔〕地下─
夜の帰り道、睡眠の駄賃のつもりか、ジンが光で生み出した光源によって一行は無事帰還した。
そして日付が変わり一時間した頃。
アレクシスは〔金色の塔〕、その地下で報告という名の事情聴取を受けていた。
「アレクシスさん、まぁまずは成果を聞きましょうか」
石壁がそのまま剥き出しになった部屋には、窓どころか換気扇は無く、年中湿気が高くカビの温床と化していた。
光は唯一、市販の蝋燭のみ。さらには質問をした女性の他六名の顔はアレクシスにからは見えないように、巧妙に設置されている。
こんな薄暗くじめじめした部屋に場違いな人が七名いた。それがアレクシスに質問する人達のことであった。
「我々が呼称している〔賢人級〕『正体不明』は確保、及び抹殺は失敗しました」
アレクシスには分かる。
今質問したのは元老院議長、『オードリー・ブラウン』だと。
「最初から期待しておらん。他には」
次も分かった。〔紫色の塔〕団長の片割れ、《ヴァール家》『オースティン・ヘブル・ヴァール』。
そしてアレクシスは答えた。
「『正体不明』と接触しました」
ざわめきが起こる。
アレクシスからは見えないが、表情は「喜」であることに違いない。
別に確かめたい訳でもないが、ここで照明が発生したとしても彼らの顔を拝むことは出来ない。アレクシスが見ているのは鏡のように光をねじ曲げられてできたアレクシス自身だから。
質問する席には七名いる。他に一人、この仕掛けを作り出している【固有魔法】【光学操作】の『ハンター・セブル・ヴェル』。
「ですが、犯人は彼ではありません」
「彼? つまり男──まて、『ありません』とは一体どういう事だ!」
オースティン団長が詰問する。
「複数犯の可能性があります」
「根拠は?」
議長がオースティンと対照的に優しく問う。
だからと言ってアレクシスの評価が上がるわけでもない。
「ゾンビ化の原因と思われる五法句を発見。しかし、術者句は十パターンありました。尚、この五法句は初見のものでした」
「拝見したよ。確かに魔法聯盟の辞典には載っていないものだった」
初めて発言するこの男性。アレクシスの記憶が正しければ魔法聯盟職員、さらに大学の教授。名前までは思い出せない。
「──アレクシス殿」
声を聞き、無意識のうちに戦いた。
間違えるはずがない。今のはアレル帝国現国王、『ディラン・アレル』。
国王はそのまま質問を続けた。
「君は『過五法句の探索』で突き止めたのだろう。わしの見解ではその『正体不明』は〔賢人級〕と判断されるだけの実力を有していた──なら君、もしくは連れの大精霊がやつの名を知ったのではないか?」
アレクシスは対峙はしたが、『正体不明』が詠唱した五法句に『過五法句の探索』を使っていない。
ジンなら必ず知っている。オリヴィアが眠っていた原因、あれは『正体不明』によるものだと、『過五法句の探索』を目の前で詠唱して教えてくれたからだ。
しかし、ジンが眠ってから一度も見ていない。他の人には見えない状態でもアレクシスはジンの姿を見ることができる。それでもだ。
これは意図的に隠しているものだとアレクシスは思っていた。
だが、そんなことが言えるはずもなく──
「いえ、今の私には知りません」
「本当か?」
障害物越しでも分かる気迫。
もう引き下がれない。
「──本当です」
「そうか。──ここでわしからの提案じゃ。夜も更けたことだ、明後日、改めて報告会を開く。もちろんオリヴィア殿にもご足労いただいてもらう。異議のあるものは挙手!」
誰も国王に異議を唱える者はいなかった。そして国王はこう付け足した。
「アレクシス殿。明後日までに『正体不明』の名前を思い出してほしい、出来るな?」
「────はい」
強要ではない、だが報告会の参加者と比べ、群を抜く威圧感に押され、たっぷりの時間を使って「はい」とアレクシスは答えた。
遅くなりました!
筆? 指が進まないので……
予告ですが次回はもっと遅くなります!