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ドSなセカイでも私は平和を望み、そんなセカイで貴方は何を望む?  作者: parasan03
第一章【親亡き復讐者】~Who is betrayal parents~
2/8

1:魔法って何ですか?

夕食中に突然の来訪者が訪れた。

彼が残していったのは元老院からの召集の知らせだった。


__________

第一章【親亡き復讐者】

~Who is betrayal parents~

旧帝国太陽暦17,895年 アレル帝国暦295年 文の月

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 薄暗い部屋のなか、長机に一人は誕生日席でもう一人は対面で座る二人の人影があった。辺りを照らすのは小さな蝋燭(ろうそく)だけで顔までは分からない。


「議長さま、〔金色の塔(きんしょくのとう)〕の《トール家》次女、オリヴィア殿の報告でどうしても気になることが」

「私も気になっておったところだ。もし彼女の言っていた事が本当ならちょっとばかし忙しくなるぞ」

「左様でございます」

「よし彼女を明日ここに召喚せよ、私の名義でいい」

「すぐに使いを出します」

「待て、オリヴィアのその父、ルイス氏も招いてもらえぬか?」

「問題ありませんが何故ですか?」

「彼は昔から勘が鋭い、必ず役に立つ」


 アレル城内部に設けられた大陸全土の実質的統治組織『元老院』。

 そのトップの『オードリー・ブラウン』議長は先刻の調査報告で何か気になる点があったようだ。そのため調査を担当していたオリヴィアと父親のルイスに助言を乞うため、ここに呼び出すらしい。

 そして後にアレル帝国史史上最恐(しじょうさいきょう)の事件に発展していくのであった……




─アレル帝国 北西帝都内 《トール家》─


 疲れが溜まっており、夕食のあと1時間もするとベッドで眠りこけてしまったオリヴィア。

 その分朝早く起きることが出来たらしく、本来昨日の夜に予定していた《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)》の手入れを早朝5時頃からすることにした。

 切った相手の血はすぐに井戸水で洗い流したが、脂身などはそれだけでは消えない。鞘から太刀を傷つけないように一息で静かに抜く、そして紙で汚れを拭き取る。

 本来ならもう一本の小太刀も手入れをしなければいけないのだがオリヴィアの力不足で抜くことは一度もなく、ゾンビを全て第一の太刀(ファーストソード)に任せてしまった。

 新しい剣と向き合う重要な時間、特に実戦後の手入れはとても大事だ。剣の声を聞き性格を知り心を通わす、そうすればいつか剣が持ち主に答えてくれる。非科学的だがオリヴィアの剣の素材には以外と共通する部分がある。


「痛ッ! あーあー指切っちゃったよ……」


 気を緩めると思わぬ事故に繋がる今のオリヴィアのように。

 紙で刀身を拭いている際に刃で右手の親指の腹を切ってしまい傷口から小さい血の玉が浮かび上がっている。

 一度太刀を机に置き右手を前につき出す。


Nodethhite(ノーデスハイト)recover (リカバー)latt (レット)hand (ハンド)Olivia (オリヴィア)!」


 すると彼女の右手が淡い光に包まれ次第に光量が減っていき、ついにはなくなった。光が集まっていた右手には傷口は跡形もなく消え、血ですらもまるでなかったかのように消えていた。

 流暢な声で唱えたこの言葉、これが【魔法】だ。

 魔法の行使にはどの流派も『五法句(ごほうく)』の詠唱が特定の場合を除いて必要になる。余談になるが、その特定の場合とは主に、大規模な魔法は五法句ではなく儀式を経て行使できる。

 今唱えたのは初等学校の基礎の基礎『治癒魔法』。必要単語を除けば最小魔法と言えよう。

 行使には『五法句(ごほうく)』が必要といったがこれには公式が存在する。


起動句(きどうく)

      ↓

方法句(ほうほうく)[使用目的]

      ↓

素句(そく) [素の名称]

      ↓

対象句(たいしょうく)[対象の名称又は部位]

      ↓ 

術者句(じゅつしゃく)[術者の名前]


 この順で発声すれば大抵は成功する。

 最初の『ノーデスハイト』が起動句になる。魔法を行使するにはこの起動句がなければ発動しない、よってこれが必要単語の内の一つ。

 次に『リカバリー』これは【ナタ大陸】でちょいちょい昔(1000年ほど)に使われていた言語で、意味は『回復 治癒』を意味し魔法の使用目的を明らかにする句だ。

 そして『レット』これは素句にあたる。そもそも素句とは(さかのぼ)ること300年以上も前、一人の男性が【魔術】を発見したことから始まる。

 その頃は今のように庶民すらも学べる学問ではなく発見者と発見者の弟子しか学べなかった。【魔術】とはこの頃に発見者が大成したもので、後に弟子たちが『魔法学』として一般向けに再編したという歴史がある。

 再編した時に新しく追加された要素『五大素(ごだいそ)』。

 五大素(ごだいそ)は[土 水 火 光 闇]の五つの(エレメス)から成る。

 五法句(ごほうく)は五つの(エレメス)の古代語を使い魔法を行使する。オリヴィアの『治癒魔法』には光──『latt(レット)』を用いた。光素には一般的に治癒や照明、高難易度なもので対『異界の残党』にも有効だ。

 五法句の解説に戻る。

 素句を唱えたあとには効果を及ぼす範囲を決定する対象句を詠唱する。

 最後に術者句、これは手紙やメールの署名みたいなものでどこの誰が魔法を行使したか証明するための句だ。


「次から気を付けないとまた切っちゃう」


 オリヴィアは剣の手入れを再開した。紙で汚れを拭き取ったあと打ち粉を刀身にポンポン軽く打ち、さっきの紙とは別の紙で打ち粉を拭う。この動作を三回行うと脂身のくもりがなくなる。

 次に錆び対策で刀剣油を脱脂綿を使って刀身に塗る。これで手入れは終わりだ。


「昨日はお疲れ様です。──さぁーてぇーと! ご飯食べ……にしては早いか」


 さて、どうしたものか考えていた。

 ひとまず彼女の内なる欲求に耳を傾けることにした。

(お腹空いたけどそれは準備ができてからで──ちょっと御手洗い行きたくなってきた)

 そんなわけでトイレに行くことにしたらしい。

 まず寝巻きから部屋着に着替える。青色の無地のショートパンツ黒色のキャミソールの上から灰色の前開き半袖パーカーを羽織るといったコーディネートにした。

 最近になって気温が上がっているせいか少し汗ばんでいるぽいのでシャワーにも寄る必要もあるらしい。

 自室と廊下を隔てるドアを開けその静けさで家の人はまだ起きてないことを察した。起こさないように忍び足で二階南東方向の廊下の端をを目指す。

 

「流石に五時頃ね、文の月でも少し肌寒いわね」


 やがて廊下の端にたどり着いた。ドアを物音立てずに開け目的を達成するべく中に入った。──後トイレから出てきて朝のシャワーのため一階の大浴場へ向かった。


(待てよ……今日は鍛練の日だったわ、それなら風呂は後回しにしたほうが効率的ね)


 オリヴィアの思い出した予定により急遽(きゅうきょ)一階の中庭へむかうことのした。その道すがら自室に寄り、数分前手入れをした《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)》を持ち出した。




─《トール家》 中庭─


 そこまで広くない長方形の中庭に足を踏み入れ中央の噴水を目指し歩く。石畳の道がカーブしながら時には別の道へ別れたりと入り組んでいる道を正しく選択する。

 中央の噴水は《アレル城》のものと比べるとぱっとしないがそれでもオリヴィアはここがお気に入りの場所だ。

 だから今日の鍛練は普段の武道場ではないのもこれが理由の一つらしい。長い髪が邪魔になるため半袖パーカーのポケットからヘアゴムを一つ取り出しポニーテールにまとめる。

 《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)》を鞘から引き抜き水平に構える。そして口を開き。


Nodethadam(ノーデスアダム)Separation(サプレイション) famus(ファムス) mkuyras(マキュラス)metal(メッテル)Meotum (メオトウム)Olivia(オリヴィア)!」


 水平に構えた《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)》がつばから刃先へそしてきっさきにかけて幾何学模様の露草色つゆくさいろの帯が二本、二重螺旋を描きながら左に移動する。帯が太刀全体を覆うと太刀を中心に収束し始める。

 ──キンッ──太刀から甲高い金属音が響く。

 オリヴィアは音がしたと同時に、手に懸かる重さが和らぐのを感じた。それを合図に素早く太刀を石畳の隙間に剣先を入れ込む。

 垂直に突き刺さった太刀の柄を()()()()()()()抜いた。するともう一本刻印が彫られたオリーブ色の不思議な色合いを見せる40センチメートル程の小太刀が太刀の中から現れた。そう、これが第二の小太刀(セカンドソード)だ。

 今唱えたのはオリヴィア専用の五法句と言っても過言ではない五法句。

 効果は《二刀一重の太刀》を第一の太刀(ファーストソード)第二の小太刀(セカンドソード)に分離するためのものだ。

 この五法句には幾つか違いがある。

 まず一つ目、起動句が『Nodethhite(ノーデスハイト)』から『Nodethadam(ノーデスアダム)』に変化していること。その訳は諸説あるが最有力と位置付けられているのが発見者の名前に由来するという説。

 二つ目に素句の『metal(メッテル)』だこれは五大素には含まれていない六つ目の(エレメス)『金属』。他にも人体の深部『生』と『死』に関わる(エレメス)も発見されている。それらは新しい括りで『新三素(しんさんそ)』と呼ばれ研究の対象によく使われる。ちなみに古代語ではなく現代の言葉で詠唱するのが基本。

 三つ目は対象句が『金属名』になっていること。研究が進めば解ることだが、起動句か素句のどちらか、もしくは両方を発声することで対象句を『金属名』に派生させると現段階では考えられている。

 今も石畳の道に突き立っている第一の太刀(ファーストソード)はまるで鞘の鯉口(こいくち)のような……いや、実際は鯉口と役割は同じで小太刀の鞘の役割を果たしながら剣としても活躍できる。

 オリヴィアは《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)》の鞘に結んであるアタッチメントの紐をほどき、今なお天に口を開き続ける鯉口に納刀する。

 差し込んだこのアタッチメントは持ち手は剣の柄でそこから伸びるのは先ほど抜刀した小太刀が真ん中で折れているというような奇妙な形状だった。

 そしてオリヴィアは次の段階に移行を始めた。


「第一段階は成功と……次は第一の太刀(ファーストソード)の再構築。ふぅー」

Nodethadam(ノーデスアダム)Bond(ボンド) famus(ファムス) mkuyras(マキュラス)metal(メッテル)Meotum(メオトウム)Olivia(オリヴィア)


 先の五法句とは真逆の効果をもたらす五法句。『Separation(サプレイション)』は分離だが、この方法句『bond(ボンド)』は結合を意味する。何故、結合なのかは今から解説しよう。

 アタッチメントは素材は小太刀と全く同じだ。しかし使い道はちょっと違いが出てくる。

 第一の太刀(ファーストソード)第二の小太刀(セカンドソード)を抜刀してしまうと柄がなくなってしまい剣としての用途が果たせず木偶の坊と化す。そのために新しい柄の役割を果たすアタッチメントを挿し込むことで再利用できる。

 そもそもこの『分離』と『結合』は全ての金属で行使可能ではない。

 そう《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)》に使われている『ファムス』と『マキュラス』の二つ金属の組み合わせと五法句でようやく剣の真価を発揮できる。

 ではこの四つの要素がなければいけないのかは二つの金属が絡んでくる。

 こいつは別名『メオトウム』という名を持っている。名前の由来は、帝都から大きく離れ晴れた日の雲にすら届く霊峰の山頂。そこに『夫婦石(めおといし)』なる寄り添い合う岩があり僅かながら採れる金属が『ファムス』と『マキュラス』だった。

 そしてこの金属の性質がかなり珍しい。

 夫婦石から採れた際、二つの金属はまるで夫婦のようにぴったりとくっついていた。そこで五法句で分離と結合を考案、詠唱したら偶然にも分離したり、結合した。


「成功……ね。ここまではいつも通り」


 完成した第一の太刀(ファーストソード)を順手で石畳の道から引き抜き構える。

 ここから先は誰も見たこのない《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)の真価の姿。


Hardening(ハーデニング)weapon(ウェポン)!」


 五法句とは別の魔法【固有魔法】こと能力、今のは《トール家》のみ使える【硬度制御】の五法句のようなもの。

 能力は五法句と比べて必要単語が圧倒的に少ない。【硬度制御】を例にすると『Hardening(ハーデニング)』は方法句で意味は『硬化』、『weapon(ウェポン)』は『武器』。おおよそ対象句にあたる。

 能力を行使した直後、第一の太刀(ファーストソード)が漆黒の光を纏いやがて小さな光点に変化した。これが【硬度制御】が無事成功した証だ。

 前回チャレンジしたときは少し動かすだけで硬化が解除されてしまい、黒点も消滅した。せめて一振りは持ってほしい。

 左手に持つ第一の太刀(ファーストソード)を始めはゆっくりと上に動かす。精神を限界まで集中する。

 硬化させる対象を細部まで意識することで効果を得られるのだが動いているものを()()想像するのは容易いことではない。

 少しでも気を緩めれば能力が解除されてしまう。


「もう……少し……ッ!」


 太刀は素振りを普段するときに持ち上げる高さに達し、朝陽を受けて刀身が燦々(さんさん)と輝いている。

 たとえ太刀と小太刀が結合してようとも片手で微動だにせず持ち上げることは彼女には可能だ、しかし太刀の半分程の質量が減っているのにも関わらず太刀は小刻みに振るえている。それほど慣れない物に能力を行使しながら保持するのは難しい。


「ふぅ──」


 鍛練中に何度目かの一息を静かに入れる。


「ハッ!」


 いざ一閃垂直に振り下ろす──が、その軌道の半ば黒点が霧散するのを不本意ながら彼女は見逃さなかった。


「駄目ね……」


 落ち込むオリヴィア。

 【硬度制御】の鍛練をかれこれ一年近く続けているが、一向に上達する気配がない。

 初めは木刀で練習していたが、つい四ヶ月前、18の誕生日に両親から《二刀一重の太刀(にとうひとえのたち)》が贈られたのだ。

 それからは剣の硬化に加えて『分離』と『結合』の五法句の練習をしている。

 休むべく噴水の近くに設置してある木製のベンチに座る。

 憂鬱に染まっているなか、誰かから声をかけられたしかも真上から。


「見ていました、惜しかったですね」


 あり得ない方向から声をかけられ心の底から驚き、腰かけていたベンチから飛び上がる。

 上を向き声の主を確かめようとする──そもそも()()()()ことが出来るのはこの世界で一人ぐらいなのだから薄々分かっている。

 案の定オリヴィアの頭上に浮遊していたのは大精霊ジンだった、流石大精霊大抵のことなら何でもできる。


「おはようございます。ジン様」

「おはようオリヴィア。ホント君ぐらいだよ、アレクシス以外に僕のことを多少なりとも気軽に呼んでくれるのは」

「御自分の身分をお考えくださいって言っておきます。畏れ多くて私達以外に無理ですよ」

「アハハ君たちと同じくらい気軽に話しかけてもらってもいいのになー。まぁ僕はもう馴れたけどね」

「そうですか」

「でも、君の大好きなお姉ちゃんはどうだろう? まだ二十歳なのに普通の人のように過ごさせてもらえないのは……以外と寂しい気持ちになるよ。これ持論なんだけどね」

「それは……」

「昨日、風呂でアレクシスが話していたよね?」

「聞こえていたんですか」

「あの距離ならはっきり聞こえるよ、それを承知で僕を脱衣場の外に待たせたのだろうね。後から僕に頼れるように……なんて計画的ななんだ……契約した相手が見込み以上だったよ。いや、全く驚いた」


 オリヴィアは改めて気がついた。あれは、あの告白はアレクシスの本当の気持ちだったのだ……と。そして少し顔がうつむいた。

(やっぱ分かんないよお姉さま)


「君とアレクシスが過ごした時間と同等の時間を共有した僕、ついでに一応『大精霊』でもある僕からのお願い。環境が、周りが、そして僕のせいで普通の生活を送れなくなった彼女に本来与えられるべきだった愛情を、他の誰でもない君が注いでくれ──頼む……」


 畳み掛けるようにジンが頼んできた。

 それは全ての名声と財産をなげうってまでも叶えたい願いのようだ。


「分かりました──とは言えないです。それでも! 私はお姉さまが苦しんでいるなら助けたい!」

「うん。それでいい。頼んだよ」


 そう言っていつの間にか目の前に降り立ったジンは右手を青いマントの中から出してオリヴィアの金髪の髪を軽く撫でる。

 何故だろうか泣きかけていた気持ちが笑顔に近づく。

 その時ふと疑問に思ったことが浮かんだ。別にはばかられるものでもないと判断し、早速問う。


「そういえばどうしてジン様は私の上に?」

「そうだったアレクシスに君を探してきてと言われたんだった。じゃあ用は済んだし彼女にはここにいると伝えてくるよ」


 恐らく行きと同じく飛んで帰ろうとしたところに待ったをかけた。


「あのーこれから私シャワー行くのでー」

「伝えとくよ」


 瞬きをした瞬間に姿を消したジンは、既にアレクシスの部屋に入ったとオリヴィアは推測していた。

 このあとは特筆しなくてはいけない程のイベントはなく、予定通りに事を進めた。

 手短に朝のシャワーを済ませ、自室に戻り昨日の元老院に直接報告したのとは別の紙媒体での報告書の作成に取り掛かった。

 小一時間作業を続けていると置き時計が午前7時のアラームを鳴らした。

 この家は朝食は午前7時頃、お昼は仕事中なので各自でとる。夕食はまばらだが7~9時の間がほとんどだ。つまり召し使いの者が「もうすぐ朝食ですよ」と律儀にもお知らせにくる筈だ。報告書作成を区切りのつく場所で止めて準備を始めた──そのとき、運悪くお呼びがかかってしまった。


「オリヴィア様、ご朝食のご用意ができました」


 本日二度目の着替えを行う。あの服装では親から怒られるやもしれない、第六感じみた根拠に基づいた試算だ。

 最終的には夏らしくトップスに白のシャツ、下には青のスカーチョの構成で決着が着いた。実は彼女のお気に入りの組み合わせだったりする。

 目座すは一階の食堂、昨夜と同じ場所だ。




─《トール家》 食堂─


「なんだお姉さ……お姉ちゃんだけ」

「なんだとは何よ、私じゃあ不満?」


 ドアを開けそこには大精霊ジンと談笑を楽しむアレクシスしか居なかった。まさか机の中に隠れでもしなければ両親はまだ来ていない。

 ジンは姉妹の間の空気を察したのか、誰にも気付かれずに消えていた。


「いいえそんなこと無いですよ、おはようございます」

「おはようリヴィア。ジンから聞いたわ硬化の練習、どうだった?」

「うーん全くもって成功する気配がありません!」

「そんなこと言ったら本当にそうなっちゃうよ?」


 アレクシスからの注意の矢が飛んできた。

 確かにそういった(ことわざ)は幾つか存在する。一念岩をも通すとか、火事場の馬鹿力や、意志の強さは魔法の強さだったりと。


「ねーお父さんたちくるまで『あっちむいてほい』やろうよ」

「えっ?」


 このときのオリヴィアいわく、「おーとうとう頭イッたか」と6対4の本気と冗談で考えていた。


「いやーだって暇じゃん?」

「はい、暇です」

「ね?(結論)」

「…………え?(疑問)」

「もう一度説明するよ」

「はい」

「暇じゃん?今」

「うん」

「だから『あっちむいてほい』やろう。ね?」

「ん?」


 数秒の空白の時間が経ち


「お姉さま……お悩みがあればご相談ください……私、わたしいつでも待ってますから!」

「えっ!? ちょっ……リ、リヴィアちゃん? なんか勘違いしてない!? えっ? え────!?」


 泣きかけのオリヴィアの元にそろりと近寄った。

 アレクシスは耳元でささやいた。


「あのー? あたしはただ『あっちむいてほい』がやりたかっただけなんだけどー? べ、別に頭を打ったとかしてないからね? 安心して」

「だとしても怖です! 急に突拍子もなく『あっちむいてほい』って! 怖いよ!」


 こうもオリヴィアが驚くのも今朝ジンから聞いた話が今も強く脳内に残っているからだ。ストレスのあまり狂行に走り、仕舞いには幼稚……とは言えなくもない遊びをしだそうするのを関連付けないのはむしろ難しいことだ。


「本当にやるの? やりたいの?」

「三番勝負よ、リヴィア」

「はぁー。ですがやるとしたらこちらも本気を出させていただきます!」


 同時に席を立ち向かい合った。

 オリヴィアは空色の瞳を、アレクシスは琥珀色の瞳をバチバチと睨みあっていた。部屋の室温が急激に低下するように感じた。高位の五法句に(バッケン)(エレメス)で温度を下げる効果を持つものは確かにある。

 ふたりは五法句は詠唱してない。

 要は彼女達が周りの人間がもし居たとすると「寒い」と感じさせる程の闘志をほとばしっていることになる。

 アレクシスのやる気もさることながらどうやらオリヴィアも大概だった。


『最初はグー!』


 掛け声が重なり部屋を響かす。


『じゃんけん!』


 ヒートアップする敢闘精神(かんとうせいしん)


『ポン────!』




─同時刻 《トール家》 ルイスの自室─


 ルイスはオリヴィアより少々遅れて召し使いから呼ばれ、食堂に向かおうとしている。彼の自室に召し使いが来るが遅かったのは忘れていたといった不覚の事態ではない。昨日遅くまで思案に(ふけ)ていたのを知っていたのが理由だ。

 それもオリヴィアの『ヤルト村の実地調査』の報告だった。やはり元老院議長『オードリー・ブラウン』の読みは正しかったようだ。

 部屋を出て食堂を目指す。これから家族との楽しみの時間として大切にしている朝食だ。一旦仕事のことは忘れようとひそかに誓う。

 最初の曲がり角で少し予想していなかった人と顔を会わせた。


「おはようアンナ、まだ行ってなかったのか?」

「折角なので貴方を待ってましたとでも言っておきましょうか?」

「フフッいや、必要ない」


 朝から愛のある冗談を言い合えるので夫婦仲が円満のように見てとれる。事実その通りだ。

 

「さぁ行こう」


 アンナを加えてて再度食堂に向かって歩き出す。

 いざ食堂のドアを前にしてふたりはふと不思議に思った。

(なんだが騒がしい)

 と、正体を確かめるべくドアを引いた。


『じゃんけん! ポンッ!』

「あっちむいてほい!」

「よっしゃーーー!」

「うわあぁぁぁーーーー! 妹に負けるなんて!」


 頭の中に大量の疑問符を量産していたのはルイス。対称にこの状況を推測の域を出ないが理解し微笑ましく思うのはアンナ。最初に口を開いたのはルイスだった。


「な、何やっているんだお前たち?」

『あっちむいてほい』

「それは分かる。で? 何故?」

『暇だから』

「それで?」

『いや、暇だから』


 異様にハモっているのは置いておこう。

 ルイスは理解に苦しんだ。

 それは、事前に様々なパターンを考えておいたアンナも同じだった。

 そして両親はある結論にたどり着いた。「特別な事情があるのだろう」と……

 事の発端であったアレクシスを除いて知るすべはもうない。こうして謎の『あっちむいてほい』事件は幕を閉じた。

 それからというもの、終始、風変わりな気まずさを残して朝食は進んだ。

 全員が食べ終え、召し使いが片付けを始めた頃のことだ。オリヴィアの方向に顔を向けたルイスはこう話した。


「オリヴィア、9時前までに準備をしておけ、早めに登城する」

「準備……準備、あぁ質疑のね。分かりました」


 一瞬何の事か解らず多少狼狽してしまうも、どうにか受け答えすることができた。

 朝食後、オリヴィアは早めに準備を整え、報告書の作成に着手した。

 その過程でどんな質問が来ようともきっちり返してみせる自信がつくほどに鮮明に昨日の記憶が蘇った。




─《アレル城》 元老院会議室─


 登城するや、すぐさまに迎えの使者がルイス、オリヴィア親子の元に駆け寄ってきた。予定より約1時間早くこの会議室に来た次第だ。それにより『《ヤルト村》の実地調査』の(くだん)は繰り上げて30分程早く始まった。

 にしても多忙な議長様が突然の予定変更に対応出来たのは珍しいことだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「急にお呼び立てして申し訳ない。それでも来てくれた、礼を言う」

「こちらこそ、ならば昨日のうちにこちらから伺ってもよかったのですがハハ」


 彼女は初めて目にした元老院議長はスタイルもよく大人の女性としての魅力があった、それも肌の色は黒褐色なのがもしかしたら加味されているのかもしれない。

 有名な話だが『オードリー・ブラウン』は幼い頃遠方の村の子だった。それから学問に多くの時間を費やし遂にはこうして議長を務めるほどの功を立てた平民宰相だと。

 議長が彼らの為の労いの言葉をかける。対してルイスはジョークを交えたあくまでも()()()()なのたが、オリヴィアは果たして見抜けたのだろうか?


「それではオリヴィア殿が限界を迎えるであろう? そうだろう?」


 本人は全く予期していなく発言は本題に入ってからだと思っていた。


「えーそ、そうかも知れませんね……ハハ」


 たどたどしい解答には予想がついていたのかルイスは興味を示さなかった。


「まぁいいでしょう。早速ですが本題に入らせて頂きます。こちらが呼びましたが何せ予定が詰まっていて……」

「承知しております。『《ヤルト村》の実地調査』でしたね」


 議長の「まぁいいでしょう」の意味はオリヴィアには理解できなかった。「何故そのような事を仰るのだろう?」と疑問がつきまとう。

 オリヴィアは自分に話が振られないかぎり発言はしないと決め込んでいた。18の少女には妥当だ。


「えぇその通りです。ではオリヴィア殿、確認したいことがあります。私は貴女に一揆の鎮圧として向かってもらった。しかしそこには大量の『ゾンビ』がいた──合っておるか?」


 問いは実に基本確認のものだ。


「その通りです」


 ボロを出さないように短く答える。


「『ゾンビ』ときたか……となると〔大術者級〕──否、〔賢人級〕にも迫る術者の仕業だろう」

「わらわは聞いたことがないぞ、新三素しんさんそ『死』をその練度で操るものがおるとは……善良な心の持ち主だったら魔法大学の教授にしてやったのに」

「教授がどうたらの話はともかく、あまり元老院の目が行き届いてない地域ならおかしな話ではありません。可能性は十分にあります」


 元老院は大陸全土を統治しているといえ至るところに都市が存在しその都市ごとに自治体も存在する。故に情報が全て集約しているわけではない。


「この超高位術者を私以外にもほとんどの議員が危惧しておった。国王もどうやってその情報を手に入れたのかは存じ上げないが、『早急に対処せよ』と非公式だが知らせがあった」

「非公式ですが無視は当然できませんな。それで私達に何をお任せになるのですか?」

「話が早くて助かる。我々元老院は帝国の脅威になるであろう超高位術者、仮称『正体不明(アンノウン)』を拘束し司法に委ねる。ただやむを得ない場合は殺害を命じる。それをオリヴィア殿に任せたい」


 大役を任されてしまったオリヴィアは嬉しさのあまり特に何も考えもせず、返事一つで快く承諾した。


「話は以上だ。もちろんこの任務は君一人ではない、どうせなら《トール家》と四龍鍛(しりゅうたん)ご自慢の『人類の擁護者』も同行させるといい」


 お姉さまと一緒に行けるならこれ以上に嬉しいことはなかった。

 しかし、今の言葉にはなんだかお姉さまを物のように扱っている気がした。

 それは普段のオリヴィアなら見過ごせない事態だ、しかし今、この場で文句を言うのははばかられる。


「正式な任命はまた後日追って連絡する」


 ブラウン、ルイス、オリヴィアが立ち上がり退出しようとするがルイスが遮った。


「すまないオリヴィア、もう少し話したいことがあった。先に帰ってくれ」

「でしたら私も同席します」

「いや、私的な内容だ。分かってくれ」

「はい……では失礼します」


 扉が締まり下の階に向かう足音が消えるのを研ぎ澄ました五感でルイスは感じ取った。


「娘にはまだ言えないのか?」


 ブラウンがルイスに聞く。


「混乱させたくないからな。それは同じだろう?オードリー先輩」

「こうして素をさらけ出して話すのは久しぶりだなルイス」


 彼らは昔、学生時代には先輩後輩の関係だった。卒業後ルイスは〔金色の塔(きんしょくのとう)〕に正式入団し、再会するのはかれこれ数年後のことだった。


「わらわの知る限り『ゾンビ』は生成に人間の死体を使う。考えられるかぎりは墓に埋葬しているご遺体を使うだろう……かなりバチ当たりだがやつらはきっと気にしていないだろうな」

「しかし、あの地方は埋葬の習慣はない、火葬が基本だ……つまり」

『何者かが()()を持ってきた』

「だろう?」

「私もそう思う」


 これはアレクシスの力が必要だとルイスは再認識した。

 そのあと久しぶりの再開に思い出話を糧にして喋り尽くした。

活動報告で記載した通り、今月はずっとこの作品を投稿します。

誤字脱字等ございましたら遠慮せずご報告ください、それに加えてブックマーク、コメントも受け付けております。

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