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火事のあった夜

作者: 乃亜 佑恭

これは私が小学3年生の時の話しです。


当時私が住んでいたのは、築30年は優に越えているであろう古い木造の2階建て。

私は茶色いペンキで塗られたその家が大嫌いでした。

白い壁の家が増え始めたその時代に、あまりにもみすぼらしく陰気な雰囲気を漂わせているその家。

そしてそこに住んでいる事を、すごく恥ずかしい事だと思っていました。

幼なじみのきれいな家を羨ましがったり、自分の家の狭さをなじったり、今にして思えばかなり酷い言葉を両親にぶつけていたと思います。

両親と私と妹と祖母が暮らすその家。

夜寝る時は、階段を上がってすぐ横の部屋に私、その隣の部屋に両親と妹、そして1階に祖母が寝ていました。

部屋といっても私の部屋はわずか3畳しかなく、窓際にある入学祝いの学習机と、あとは布団を敷いたら歩く場所は無い、そんな部屋でした。

そして私の部屋の壁をくり抜いたかたちで、そこに仏壇が置かれていました。

これは今でも変わりませんが、私は自分の部屋にあった仏壇を『怖い』などと感じた事は一度もありません。

むしろ好きでした。

一度も会った事のない祖父の写真をジッと見たり、仏壇の上の方がどうなってるのか知りたくて首を突っ込んで覗いてみたりと、私にあったのは好奇心だけでした。

そして朝起きたら仏壇の扉を開けて、夜寝る前に仏壇の扉を閉める、これは私の役目でした。


夏休みに入ったばかりのあの日、両親に「おやすみ」の挨拶をした私と妹はいつも通り2階に上がり、それぞれの布団に入りました。

網戸からの風に煽られて、寝ている私の目の前を行ったり来たりするレースのカーテン、階下から微かに聞こえるテレビの音、蚊取り線香の匂い…

いつしか私は眠りに落ちていました。


けたたましいサイレンの音が響く中、僕の後を執拗に追ってくる黒い服の男。

決して走りはしないものの、その距離は徐々に縮まっていく。

その男はとても小柄だが明らかに大人で、ベレー帽をかぶり、手には刃物のような物を持っている。

男が近づく気配に怯え、泣きべそをかきながら必死で逃げようとしても、足元に広がる真っ赤なペンキのような液体がヌルヌルと滑り、なかなか前に進むことができない。

さらにただでさえ狭い路地の塀が湾曲してうねりながら僕の方に近づき、どんどん逃げ道を塞いでいく。


『うわーー!』と声を上げて僕は目を覚ましました。

そして全身汗だくになった僕の耳には、夢の中で聞いていたそのままの、けたたましいサイレンの音が聞こえていたのです。

布団をはね除けて起き上がり窓の外を見ると、すぐ横の大通りを消防車が何台も通り過ぎて行くのが見えました。

さらにその先に視線を向けると、かなり高い位置にまで炎があがっていました。

「火事だ!」

生まれて初めて見る火事でした。

街灯も少なかった当時、漆黒の闇に火の粉を撒き散らして揺れる真っ赤な炎がただただ恐ろしく、僕は自分の身体が強ばっていくのを感じました。

あまりの恐怖に頭の中が真っ白になりしばらく呆然としていた僕が『もし、あの中に人がいたらどうなるんだろう… 』と、少しだけ思考を取り戻し始めた時、奇妙な音が聞こえました。

ギィィィ ギギイィ

『ん?』

ギッ ギィギィィ ギギィ

それは明らかに階段の軋む音でした。

古い家なので、どんなにそーっと上っても階段は軋む音が鳴るのです。

しばらく耳を澄ましているとまた、ギィィ ギギィィィ と鳴りました。

僕は火事が見える窓から離れると、その反対側の部屋の入口でうつ伏せになり、そっと顔だけを出してすぐ横の階段の下を覗いてみました。


『誰かいる!』


階段に黒い人影が這いつくばっているのがはっきりと見えました。

お互いに逆光で相手の顔は見えていないものの、暗闇の中で目と目が合っているのを感じました。

どちらも全く動かずに、そのまましばらくにらみ合いが続きました。

20秒程たった頃、「火事はそっちじゃないぞ、あっちの窓だぞ」と、僕が火事とは逆側の窓を見ていると勘違いした父が隣の部屋から顔を出して言いました。

「うっ うん… 」

父の言葉をきっかけに僕は階段から目を離し、そして再び道路側の窓に行き、さっきと変わらずに燃え続けている真っ赤な炎を見ました。


カーンカーン カーンカーンという、鎮火を知らせる消防車の鐘の音を布団の中で聞きながら僕は考えました。

そして「あっ!そうか! おばあちゃんが帰ってきてるんだ!!」と思い当たりました。

急に嬉しい気分なった僕は、布団の中を走るように足をバタバタと動かしました。

興奮して何度も寝返りをうちながら布団の中を走り続けている内に、僕はいつの間にか眠っていました。


翌朝目が覚めると僕は真っ先に階段を駆け下りました。

「おばあちゃん! おばあちゃ、、 あれ?? おばあちゃんは?」

台所で朝食の支度をしていた母が答えました。

「まだ帰ってきてないよ。もうしばらく長谷さんちに泊まるみたいだから。」

『えっ!? じゃ… じゃあ… あの影は?』


あの時、もし父に階段の事を話していたらどうなっていたのだろうか…

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