6.妊娠・出産。そして、離婚へ
旦那様との結婚から半年後。
私の妊娠が判明しました。
それを旦那様に報告して以来、旦那様が此方にいらっしゃる事は無くなりました。
私はそれに安堵しました。旦那様の暴力で子が流れては、大変ですもの。
そんなある日の事でした。
「え? ミアがお茶会を主催?」
私は、侍女の報告に耳を疑いました。
「はい。旦那様のご友人の奥様方に招待状を送ったそうです」
下級貴族が、貴族を招待してお茶会? 聞いた事がありません。
それに、ミアが、クリスプ伯爵の真の妻だと認めているのは、旦那様と本人、そして、従わざるを得ない使用人達だけです。
既婚の愛人が夫の家で、同じ貴族(または同じ下級貴族)を招待して開くお茶会ならば解りますが。
「それで、何時なの?」
「予定では昨日でしたが、皆様お断りされたようで……」
当然の結果でしたのね。
いっその事、王国貴族全家に送ってみれば良かったのではないでしょうか?
中には、ミアを認めている方がいらっしゃるかも知れませんし。
旦那様のご友人が減っていない事を祈ります。
旦那様と結婚して、一年になりました。
お腹の子は順調に育ち、間もなく産み月を迎えます。
さて、ミアが、今度は晩餐会を開こうとしたそうです。
旦那様が選んだ相手に、招待状を送ったとか。
ええ。勿論、何方も参加しなかったそうです。
恐らく、旦那様と仲良くしてくださる方を増やそうとしたのだと思いますが……。
ミアを女主人としては、逆効果だったのではないでしょうか?
旦那様は、皆様がミアを真の妻として認めていると思い込んでいるように思えます。
気が触れているという噂は、事実だったのでしょうか?
どちらにせよ、二人の仲は良好という事です。良かったですわ。
私の妊娠の所為で二人の仲が悪くなっては、良い気がしませんものね。
翌月。
私は、無事に元気な男の子を産みました。
数日後に、お父様や妹のシャーロットが子供を見に来てくれました。
「それで、あの男は来たの?」
「そう言えば、いらっしゃっていませんわね」
いらっしゃらないのが常の状態ですので、来ない事に疑問を抱きませんでした。
「名前はどうするの?」
「旦那様から手紙の返事は? 書いていないかしら?」
シャーロットに尋ねられた私は、侍女に確認しました。
「それが……。三ヶ月後に本邸に連れて来るようにとしか、記されておりません」
侍女が困ったように答えます。
「届け出はどうするつもりなのかしら?」
名前が決まらなければ、出生届は出せません。
私が決めても良いのでしょうか?
私は、お父様達と相談して『オスカー』と名付けて出生届を出しました。
「チャーリーをミアに渡せ」
「はい?」
チャーリーとは何でしょう?
私は首を傾げます。
あれから三ヶ月後。
私は、オスカーを連れて本邸を訪れ、旦那様とミアの元へ案内されました。
そこで、開口一番そんな事を言われたのですが……。
「嫌だわ。子供の名前も知らないの? その子がね、チャーリーなのよ」
「この子は、オスカーですけれど」
「勝手に名前を付けるんじゃない! その子はミアの子だ!」
不思議な言葉が聞こえました。
私の聞き間違いでなければ、旦那様は、本当におかしくなっています。
「この子は私が産んだ子です」
「ああ。そうだな。実の母親はお前だ。だが、『チャーリー』と言う名でミアの子として出生届を出している。公的な母親はミアだ」
「思い出しました! その事ならば、お父様から聞いております。念の為に、受理しない様根回しをしておいたら、本当に届け出たので驚いたと」
旦那様とミアの企みは、お父様の想定内だったのです。対策も取っていたお父様は、凄いですわ。
「何だと?! ふざけるな!」
「酷いわ! 正式な妻は貴方に譲って上げたんだから、代わりに『後継ぎの母』を譲ってくれたって良いじゃない!」
「それが、人にものを頼む態度でしょうか? 私は、貴女が譲ってくれたのではないと思います。旦那様が貴女を後回しにしただけでは?」
私は旦那様が空けておいた場所に、旦那様の同意を得て収まっただけの筈です。
「あんたなんかに、何が解るのよ!」
私は『頭が足りない』ので、変わった考えのミアを理解する事は出来ません。
それに、理解する必要は無いと思います。
だって、私はミアのご両親でも旦那様でもありませんものね。
「そんな事より、この子は、『後継ぎの母』になる為の道具ではありません。道具が欲しいのであれば、後でお人形をプレゼントしてあげますわ」
私がそう言うと、ミアは益々怒りました。
「煩い煩い! 馬鹿にして! あんたなんて『頭が足りない』クセに! 良いわよ! 要らないわよ! どうせ、その子も『頭が足りない』んだろうし!」
そうなのでしょうか? だとしたら、この子に申し訳無いです。
「そうだな。……ソフィア。お前の子として届けられているのならば、そいつは廃嫡する」
「廃嫡?!」
私は旦那様の言葉に、驚愕しました。
オスカーはまだ生まれたばかりで、素行も能力も知能も判りません。
それに、旦那様には他に子がありません。今更、御親戚に継がせたいのでしょうか? 散々ミアの心を傷付けて? ああ! そうでした。旦那様は、相手を傷付けて喜ぶ特殊な趣味の方でした。
「フン。そいつは俺の子供じゃない。お前が浮気して産んだ子だ」
「え……?」
私が浮気? 何を言っているのでしょう?
「そうよ! 浮気しそうだものね! こんな女!」
「奥様。もう付き合う必要はありません。帰りましょう」
侍女が強張った顔で、私に帰るよう促します。
「名前が似ているし、オリバーの子供なんじゃないか!」
扉へ向かう私の背に、旦那様がそんな言葉を投げ付けました。
「オリバー? 何方?」
「ラッセル伯爵ですわ」
忘れてしまっている私に、侍女が教えてくれます。
「旦那様。ラッセル伯爵はご友人でしょう? 名前の響きが似ていると言うだけで疑うなんて酷いですわ」
私は振り返って、旦那様を窘めました。
「フン。あんな奴、友人じゃない。俺よりグレー公爵を取りやがって!」
「そうよ! 私にもつれないし!」
ラッセル伯爵が、旦那様よりお父様を取った? 本当でしょうか? どんな理由で?
「お前とも離婚だ! もっとまともな女と再婚する!」
「え? まともな方と結婚出来ると思っていましたの?!」
旦那様は、何度私を驚かせるのでしょう?
「何だと?!」
「旦那様に娘を嫁がせたい方も・旦那様に嫁ぎたい方も、もう居ないと思いますわ。悪い噂が沢山ありますもの。まともな方は、悪い噂の無い殿方と結婚出来ますから、尚更です」
そう言えば、旦那様の御親戚の縁談は、大丈夫でしょうか?
旦那様の所為で結婚出来なくなっていたら、可哀想です。
「馬鹿な!」
「あんたがグレー公爵に頼んで出鱈目を言い触らしたんでしょう!? 最低よ! あんた達も鵜呑みにする奴等も!」
掴みかかろうとしたのか、廊下に出た私達に向かって走って来たミアの鼻先で、扉が勢い良く閉まりました。
ぶつかった音と「ミア!」と名を呼ぶ旦那様の声が聞こえましたが、大丈夫でしょうか?
「さあ。帰りましょう。奥様」
扉を閉めた侍女は、笑顔でそう言いました。