3.ハネムーン。そして、別宅へ
五日経ちましたが、旦那様は戻りません。
侍女に様子を見に行って貰ったら、二人は不在だったとの事。
あちらで雇われているメイド達も、行方を知らないらしいのです。
ですので、侍女に失踪届を出して来て貰いました。
その翌日。
貴族警察隊の方達が、捜査の為にやって来ました。
貴族警察隊は、貴族が関係する事件のみを捜査する陛下直属の部隊です。
「奥様! 旦那様とミアの失踪届を出したとは、どういう事ですか?!」
それを知った家令達が、酷く驚いて私に尋ねました。
「どうって、旦那様もミアも結婚翌日から行方が知れないのですもの。失踪って、行方不明の事でしょう?」
私、何か間違っているかしら?
「その通りですが……。相談して頂きたかったです」
家令は、懐から封筒を取り出しました。
「先程届きました旦那様からの手紙です。ミアとドーラン男爵領へハネムーン旅行に行くと記されておりました」
家令は、警察の方々にそれを渡しました。
「ハネムーンに行かれたのなら、どうして、彼方のメイドが知らないのかしら?」
「手紙に書かれておりました。奥様に邪魔されたくないから、奥様に教えないようにと。ですから、メイド達も口止めをされていたのでしょう」
既に出発した旦那様達を、私がどうやって邪魔出来るのでしょう?
「ドーラン男爵領と言えば、確か、一昨日遊びに来たシャーロットが、お父様のお友達がその近くに領地をお持ちだと言っていたような……? 記憶違いかも知れませんけれど」
「奥様。記憶違いではありませんわ。旦那様にとてもお世話になっている方達が、道中に領地をお持ちです」
侍女が、正しく教えてくれました。
「奥様……」
家令達の顔色が若干悪いように見えますが、気の所為かしら?
「その方達にお父様がお手紙をお出ししたと、シャーロットが言っていたわね」
「はい。奥様」
どんな内容かは判りませんけれど。
家令達の顔色が、更に悪くなったように見えます。
「今日はお父様に、旦那様とミアが失踪したので見かけたら教えて欲しいと手紙を出すつもりだったのだけれど、必要無くなったわね」
「左様でございますね」
「貴族警察隊の皆様。本日は、私の早とちりでご足労頂き、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ。事件で無くて何よりです。それでは、我々はこれで」
二人共、無事に帰って来ると良いのだけれど。
旅は危険ですものね。
そして、結婚式から一ヶ月後。
旦那様がミアを伴って帰って来ました。二人共、草臥れた様子です。
旦那様は、ミアの肩を抱いてこうおっしゃいました。
「ミアを此処に住まわせるから、君はミアの家だった所に住んでくれ」
「旦那様?!」
その場にいた家令と侍女は、驚きました。
私は、そういう事もあるかもしれないと思っていましたので、余り驚きませんでした。
ミアは、嘲るような笑みを浮かべています。
「好きに改装して宜しいのでしょうか?」
「ああ。構わない。但し、費用は其方で用意してくれ」
「ええ。勿論」
嬉しいです。一度で良いから、内装も庭も全部私の好きに替えてみたかったのです。
「それで宜しいのですか、奥様?!」
侍女にそう尋ねられました。
「ええ。私は、旦那様がミアを寵愛していると解っていて嫁いだのですもの。本邸を追い出される事も想定していたわ」
侍女は私の返答を聞いて、痛ましそうな顔をしました。
「旦那様。……本気なのですか?」
一方、家令が強張った表情で旦那様に尋ねました。
「当然だ」
「そうですか。……では、辞めさせて頂きます」
「何だと?! 何故だ?! 思い留まってくれ!」
旦那様が驚いていらっしゃいます。
「申し訳ありませんが、ただの愛人を正妻の様に扱う家では働きたくありません」
「……そうか。解った。ミアを認めない者など要らん。出て行くが良い」
まあ。家令を手放すなんて、落ち目だと思われないかしら?
「長らくお世話になりました」
家令は、荷物を纏めて出て行きました。
「旦那様。改装が終わるまでは置いて頂けるのでしょうか?」
「駄目よ! さっさと出て行きなさいよ!」
旦那様に尋ねたのに、ミアが答えました。
「全くだ。自分の立場を考えてくれ。図々しい」
侍女の顔が、怒りで強張っています。
私の立場……。公爵であるお父様の娘で・このクリスプ伯爵家の正妻で・お飾りの妻です。
「済みません。ミアが場所を取るから狭いですものね」
「誰が太ってるって言うのよ!」
「この屋敷が狭いだと?! 公爵家の出だからと、クリスプ伯爵家を馬鹿にしているのか!?」
二人を怒らせてしまいました。
『ミアの私物が』と言うつもりが、間違えてしまいましたわ。
「今直ぐ出て行け!」
「荷物は置いて行きなさい!」
「荷物は持たせてください」
私の部屋には、『今度会う時に返してくれれば良いわ』とおっしゃって頂いた借り物もあるのです。
「駄目だ! 此方で処分する!」
「私達を馬鹿にした罰よ!」
侍女達と追い出された私は、別宅にやって来ました。
どう改装するか、見ないと判りませんものね。
道中、侍女達は旦那様とミアに対する不満を口にしていましたけれど、私の頭の中は借り物の事で一杯でした。
そして、お父様に相談しなければと気付いたのです。
お父様ならば、良い解決方法を考えてくださるでしょう。
「旦那様は、どうして、愛するミアに、もっと大きな家を与えなかったのかしら?」
別宅は、想像していたより小さな屋敷でした。
「……本邸に入れるまでの、仮住まいだったからではありませんか?」
「そうかもしれないわね」
別宅の改装の大体の案を考えて、私達は宿を取りました。
そして、お父様に手紙を出しました。