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2.結婚当日。披露宴にて

 そして、結婚当日。

 教会での式を終え、披露宴会場に移動すると、白いドレスを着た女性が居ました。

 顔を覚えていませんが、あの女性は褐色の肌ですので、多分ミアでしょう。

 この国では花嫁衣装が白なので、列席者は白いドレスを着ないのがマナーです。

 ですので、マナー違反のミアに白い視線が集まっていました。

 因みに、白いドレスは、花嫁衣装に限らず結婚適齢期の人用です。適齢期を過ぎてからの結婚では、違う色になります。

「なんと、非常識な」

「何ですの、あの方?」

「クリスプ伯爵の愛人でしょう?」

「まあ。このような方を愛人にしているなんて、クリスプ伯爵は趣味が悪くていらっしゃるのね」

 そんな陰口が聞こえました。

 ヘンリー様とミアは、そんな雰囲気に気付いていないかのように二人の世界に入っています。

「綺麗だよ、ミア。君と結婚出来ない事が本当に残念だ」

「私もよ。ヘンリー」

 暫く甘い空気を放っていた二人でしたが、今は、私とヘンリー様の結婚披露宴を始めなければなりません。

 何時までもこのままでは、皆様が困ってしまいます。

 ですので、私は二人に近付き、ヘンリー様に話しかけました。

「ヘンリー様。そろそろ皆様にご挨拶いたしませんと」

 すると、ミアが表情を替え、キッと私を睨み付けました。

「ヘンリーを気安く名前で呼ばないで! お飾りの妻のくせに!」

 ざわめきが大きくなります。

「何ですの、あの女? たかが愛人の分際で」

「ドーラン男爵家は、まともに教育も出来ないのか」

 そんな声が聞こえます。

 私は、妹と父が険しい表情で近付いてくるのに気付きました。

「貴女は書類上の妻でしょうけれど、ヘンリーの真の妻は私なのよ!」

「では、どうして、クリスプ伯爵家に相応しい花嫁衣装を着て来なかったのです? そんなシンプルなドレスでは、伯爵家の妻となる方の花嫁衣装には見えませんわ」

 私は心底不思議に思ったので、そう言いました。

 すると、何故か辺りは静まり返りました。

 もしかして、披露宴で愛人に花嫁衣装を着て良いと言うのは、変なのでしょうか?

「ソフィアお姉様。お姉様の事ですから、嫌味ではなく本心で仰っているのでしょうけれど……。ドーラン男爵家に、そんな財力はありませんわ」

 妹のシャーロットが、脱力したような様子でそう教えてくれました。

「あら。でも、それなら、旦那様が、私のものより見事な花嫁衣装を用意して上げて、当然ではなくて? 旦那様は、ミアをとても愛していらっしゃるのですもの」

「金がかかっていれば良いと言うものではない! こういうシンプルなドレスが、ミアの美しさを引き立ててくれるんだ!」

 旦那様は、良い布を使っていないドレスの方がミアの美しさは引き立つと言いました。

 そういうものなのでしょうか? それとも、もしや、旦那様は吝嗇(りんしょく)家なのでしょうか?

「わ、私が豪華なドレスを着たら、貴女が霞むから、遠慮して上げたのよ!」

 私がミアの気遣いに気付かなかった所為で、ミアが涙目になってしまいました。

「正妻に遠慮する気持ちがある人が、披露宴に出る訳ありませんわよね」

「『真の妻』だなんて宣っておいて、何が遠慮なのかしら?」

 そんな皆様の率直な感想が聞こえます。

「御免なさない。私、ミアに遠慮するという気持ちがあるなんて、思ってもいませんでしたの」

 これまでの言動で決め付けるなんて、失礼でしたわね。

「花嫁衣装が着たかったでしょうに、ごめんなさい。旦那様が直ぐにドーラン男爵家に婿入りしなかったばかりに。私、なるべく早く後継ぎを産んで、旦那様をクリスプ伯爵家から解放して差し上げますわね!」

 旦那様も、後継ぎが成人したら直ぐに家督を譲ってドーラン男爵家に婿入りするつもりでいる事でしょう。

「何を言っているんだ!?」

 旦那様が怒ってしまいました。

 もしかして、婿入りはサプライズにするつもりだったのでしょうか?

「何で、あんたがそんな事を謝罪するのよ! 馬鹿にするのも好い加減にして!」

 ミアは、何故か、泣きながら走り去りました。

 それを、旦那様が慌てて追って行きます。

 披露宴は、如何すれば良いのでしょう?


 少し考えて、私は、クリスプ伯爵の妻として旦那様の非礼を皆様に謝罪し、新郎不在で披露宴を行いました。

 皆様からは、慰めと激励のお言葉を頂きました。

 列席者の中には夫の友人であるラッセル伯爵も居り、友人として旦那様の事を謝罪してくださいました。


「それにしても、ミアは、どうして怒って泣いて逃げて行ったのかしら? まるで、敗者の様だわ」

 私は、シャーロットに先程の疑問を語ってみました。

「まるでじゃなくて、まごう事無き敗者なのよ。お姉様」

「どうして? ミアは、旦那様に愛されているから勝ちみたいに言っていたわ」

「でも、ミアは妻にはなれないわ。それが負けだと判っているのよ」

「じゃあ、ミアは強がっていたのね。可哀想に。旦那様は家督を御親戚に譲って、ドーラン男爵家に婿入りして上げれば良かったのに。『クリスプ伯爵』は、一族の男性なら誰でも出来るけれど、ミアを幸せに出来るのは、旦那様だけなのだから」

「……そうね。お姉様に嫌味のつもりがないのが、不思議だわ」

 嫌味? どの辺りが嫌味みたいなのかしら?

 私は旦那様に嫌味を言うほど嫌っていないのだもの。嫌味を言わないのは当然よね?

 そこで、お父様が口を開きました。

「クリスプ伯爵があれほど非常識だったとは……。この結婚は失敗だったな。今直ぐ離婚させたいが、教会は認めないだろう」

 教会は離婚を禁止していませんが、教会が認める理由でなければなりません。

 例を上げますと、実は夫が同性愛者だったとか・実は血の繋がった兄妹(姉弟)だったとか・成人してから一年以上『白い結婚』だとかです。

 因みに、わざわざ『成人してから』とあるのは、王侯貴族は零歳から結婚が出来るからなのです。

「お父様はお怒りになっているようですが、私は失敗だとは思っていません。だって、旦那様がミアを寵愛している事は、結婚前から解っていた事ですもの。ですから、披露宴で、ミアと結婚式の真似事をするのではないかと思っておりましたの。少し違いましたけれど、非常識な事は想定内ですわ」

 私は、『頭が足りない』と言われておりまして、自分でもそうだと思いますけれど、足りないだけで、無い訳ではないのです。これぐらいの想定は出来るのですわ。

「そんな想定を……。だが、あの男の事だ。白い結婚になるだろう。一年後には離婚する事になる」

「いいえ。ミアを傷付けてまで結婚したのです。それで白い結婚では、旦那様がただミアを傷付けたかっただけになります。後継ぎを作らないなんて、あり得ません」

 この国では、愛人が産んだ子には基本的に継承権はありません。

 例外として、妻が一度以上出産しており(『白い結婚』ではないと言う証明の為)、息子が存命ではなく(或いは、廃嫡されて)、妻が愛人の息子を十五年以上養育した場合に限り、後継ぎに出来ます。ですので、愛人が養育していないと他人に判り易いよう、愛人を一緒の家に住まわせる事は出来ません。当然、通わせる事も出来ません。

 そう言えば、二人のお付き合いは十年以上なのに、どうして、子供が居ないのでしょう?

 まさか、ミアは、まだ清い体なのでしょうか?




 披露宴が終わり、私はクリスプ伯爵家の屋敷に入りました。

 間もなく夕食の時間ですが、旦那様はまだお帰りになりません。

 披露宴があったので、今夜は軽い物らしいです。

「もしかして、旦那様かミア、或いは、両方が、馬車に轢かれてしまったのかしら? だから、帰って来ないのかしら?」

 私はその可能性に気付いて、心配になって侍女にそう言いました。

「落ち着いてください。奥様。きっと、愛人に与えた家で仲睦まじくしているだけでしょう」

「でも、連絡が無いなんておかしいわ。料理人が困るじゃない」

 食堂に向かいながら話していると、何時の間に現れたのか執事が話しかけて来ました。

「申しありません。奥様。旦那様からは既にご連絡がありました。暫く、愛人の家にいらっしゃるそうです」

「そうなの。ご無事ならば、良かったわ」

 私は安心して、夕食を楽しめました。



 私が何時も就寝する時間になりましたが、旦那様は当然の様に戻りません。

 暫くとは、数時間ではなく数日だったようです。

 私は、居間から寝室へと向かいます。

 途中で、家令と会いました。

「奥様。何方へ?」

「休みます」

「旦那様をお待ちにならないのですか?」

 驚かれてしまいました。

「何故、愛していない方を待って起きている必要があるの?」

「……結婚初夜ですし」

「旦那様は、真の妻だと言うミアと結婚したつもりみたいなの」

 家令は、旦那様がミアをどれだけ愛しているか知らなかったように驚いていました。

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