1.婚約。そして、婚約者の恋人との出会い
私の名は、ソフィア・グレー。
この度、私の婚約者が決まりました。
お相手は、今年30歳のクリスプ伯爵。
廃嫡されたかもしれないほど十代の頃からの恋人に夢中で、この国の結婚適齢期を大幅に過ぎた方です。
お父様が彼を選んだ理由は……、もとい、選ばざるを得なかった理由は、私にあります。
私は記憶力が悪く、人の名前と顔すらも覚えるのが苦手です。
その為か、『頭が足りない』と言われておりました。
故に、様々な問題を持つ方達しか、嫁ぎ先の選択肢が無かったのです。
クリスプ伯爵は、その中でまだ30歳と若い方ですし、見た目もよろしい方ですので、私に否やはありません。
結婚式に向けて準備をしていたある日の事。
クリスプ伯爵家を訪れ、彼と面会する機会がありました。
それは、特に問題も無く終わったのですが、帰り際に一人の女性が私の前に立ちはだかりました。
「ヘンリーが愛しているのは私よ! 妻になるからと言って、大きな顔をしないで頂戴!」
褐色の肌を持った女性は、そう私を怒鳴り付けました。
どうやら、この人が、クリスプ伯爵の恋人であるミア・ドーラン男爵令嬢の様です。
「何でしょう、名乗りもしないで」
侍女の呟きに、確かに、クリスプ伯爵と一緒にいる所を見た事も無いのだから本人であるとは限らないわねと思いました。
「クリスプ伯爵に愛されていると言うのが本当なら、一緒にいらしてください。話はそれからです」
「その上から目線は何よ! あんたなんか、私がヘンリーと結婚出来ないから、仕方なく結婚するだけなのに!」
この国には、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五つの爵位しかないのですが、子爵・男爵は下級貴族に分類され、貴族と下級貴族との結婚は、許されていないのです。
それにしても、クリスプ伯爵に愛されると、公爵家より上になれるだなんて知りませんでした。
後で、お父様に聞いてみましょう。
そこへ、騒ぎに気付いた伯爵家の執事が駆け付け、謝罪するとミアを連れて行ってくれました。
彼によると、彼女はミア・ドーラン男爵令嬢本人との事。
彼女は28歳だとお父様から聞いておりましたが、28歳とはとても思えない言動だったと思います。
あんなに怒鳴り散らして。クリスプ伯爵に愛されている自信が無いのでしょうか?
因みに、この国では、20歳を過ぎても独身だと行き遅れと呼ばれます。
「全く、伯爵は、あのような女の何処が良くて交際していらっしゃるのでしょう?」
「私には恋と言うものは解らないけれど、きっと、あの気性がお好みなのだと思うわ」
私は侍女とそのような会話をしながら、馬車で帰宅の途に就きました。