大敗➁
もどかしい。駅を降りたら声をかけよう。よしそうしよう。なんて声をかけようか。
一言だけ言わせて。好きです。とかか?
自分が思いついた台詞に脈絡がなさすぎて笑う。そりゃあそこに至るまでの過程を綺麗に話せたらいいんだろうけど理由なんて言い出したら言葉が湯水のように溢れかえって会話が前に進みそうにない。そしてその言葉に自分の本心を隠すのだろう。目に見えている。何回もやってきた。だからこそもうやりたくない。僕が僕にできる精一杯の抵抗は本心をさらけ出すこと。それが全てだ。思考が終着点を見つけたところで電車は止まった。
扉が勢いよく開く。僕は意を決して右足を踏み出した。右足さえでれば左足なんて簡単についてくる。右、左、右。そして彼女を視界に捉えた。よし話しかけ…。あれ。なんでだ。彼女が目に入った途端足が全く動かなくなった。そうか。彼女は天使ではなくメデューサの末裔かなにかか。問題解決。じゃねぇよ。例えそうであっても目があってないのでその説は立証できそうにない。どれだけ思考を巡らせたところで僕の足は動かない。何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ。さっきみたいにほら。と右足に命令する。ピクッと反応しただけ。足は地面とキスしたまま離れない。そんなに地面が恋しいのか。僕も彼女とキスしたいよ…。じゃなくてだ。
そうこうしているうちに彼女はみるみる遠ざかる。追いかけようとしても足は地面に夢中になったまま。僕はその背を見つめることしかできない。
足が動かなかったんだから仕方ないよ。また次もあるさ。と無力な言葉が僕を優しく包む。そんなものに優しくされたくない。本心をさらすという行為は己に巣食う臆病という感情に妨害されたのだった。