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世界を渡った草魔族  作者: 沖野 深津
3/3

世界を渡った草魔族 後編

まるで地獄にでも落ちたかのような気持ち悪さを感じていた。寒いし、動けないし、自分の体ではないような、そんな心地。それが、いつしかきれいさっぱり消え去った。暖かく、まさに夢見心地と言った装いに変化した。


一体何があったのだろう。


そんなタイミングで、葉汰は意識が覚醒するのを自覚した。



「…………」

うっすらと目を開ける。

「……あれ?」

予想していたところでは、見慣れた天井が視界に入ってくるはずだった。しかし、目を開けた先に見えたのは、見たこともないような壮大な星空。


「……は?」


思わず目線だけであたりを確認する。星空の下にも、別の星が瞬いているかのよう。何故だか辺りに蛍のような光が飛び交い、淡く周囲を照らしていた。一体何がどうなってこんな神秘的なところに……? そう頭を混乱させ始めていた葉汰の元に、上から声が降りかかってきた。


『……ヨウタ様』


ここ最近聞き慣れた声質だ。葉汰は声がした方を見上げる。見上げた先にあったのは、何故だかこちらを見下ろすシルビアの顔だった。

「え、あれ……。シルビア?」

見たことのない構図に、葉汰は疑問を持つ。シルビアから見上げられることは多々あれど、これだけ覗き込むように見下ろされるのは初めてだ。むしろ、シルビア以外でもない。

それこそ見たことがあるのは、アニメの中で主人公がヒロインに膝枕されているようなシーンくらいで――


「……って!?」

そこまで考えたところで、葉汰は思わず声を漏らす。『ような』ではなく、この状況はまんまそれなのではないかと気が付いたからだ。背中から伝わるのは、地面の硬い感触なのは間違いない。だが、そこから先……頭に当たる感触は、とても柔らかい。葉汰の体温よりは低いが、地面とは異なるひんやりとした温度が感じられる。

『……どうされました?』

頭上から降ってくるシルビアの声は、とても穏やかだ。何かつきものが落ちたような雰囲気すら感じる。

一方で落ち着きをなくすのが葉汰である。


「あ、えっと。し、シルビアさん……? こ、これは一体どういう状況かな?」

『ご迷惑でしたか?』

「い、いやまぁ超嬉しいけど……」

『では、このままで』

「…………」

膝枕している側のシルビアにそう言われてしまうと、葉汰としては二の句を告げられなくなる。いまいち状況がつかめないが、貴重な体験をさせてもらえるなら、甘んじて受けようと思う葉汰だった。


意識してしまうと、若干頬が熱くなる。見下ろしてくるシルビアの顔が気恥ずかしくて見られない。葉汰はそっと視線をそらして、明後日の方向を見始めた。だが、葉汰が視線をそらしても、シルビアは葉汰を見下ろし続けた。その表情からは、嬉しさがにじみ出ている。一体何が彼女をそんな表情にさせるのか……、理由は分からない。けれどこの状況で葉汰が考えたことは、非常にラブコメチックだなという堂に入った二次元信者的なものであった。


何も語らない二人の間を、風が吹き抜ける。真夏の夜のはずなのに、うだるような暑さは一切なく、風が非常に心地よい。その風に当てられたおかげか、徐々に葉汰も冷静さを取り戻すことができた。落ち着いてきたところで、状況の把握に努めようと試みる。


「……ちょっと聞いてもいいかな?」

『どうされました?』

「ここはどこで、なんで俺たちこんなところにいるのかなって。寝起きだからかもしれないけど……なんか、全然思い出せなくってさ」

『………………そう、なんですか』

葉汰の言葉に、シルビアは少し驚きを見せた。先ほどとは毛色の違う視線で葉汰を見つめてきた。しかしすぐに小さく頭を振って、元の表情へと戻った。


『……思い出せないのも無理はないと思います。その……。異世界を渡る扉が発動したことは、覚えていらっしゃいますか?』

「あー……。確か、呪文唱えたら光に包まれて、それで――」


『その影響だと思います、記憶がないというのは』


いつも丁寧なシルビアが、珍しく葉汰の言葉にかぶせて発言してきた。疑問に思ってシルビアを見上げると、彼女はばつの悪そうな表情を浮かべていた。

『す、すいません。……えっと。あまり無理に思い出そうとしないほうがいいですよ。初めて使う魔法が、かなり難しい分類に入る魔法だったのですから、体への負担がすごく大きかったのだと思います。無理に思い出そうとしたら、痛みが伴うかもしれません。なのでその……ごめんなさい、言葉をかぶせるようなことをしてしまって』

「い、いや。そういうことならいいって。むしろ感謝してもいいくらいだって」

謙虚にも申し訳なさそうな態度を示すシルビア。だが、先立って注意を促してくれたというのなら、葉汰としては礼を言いたいくらいである。魔法について一切知らない葉汰にとっては、シルビアの言葉がすべてであった。


「そういうことなら、あんま考えないようにするよ。…………と、それはそれとして。ここって、異世界?」

思い出すことを諦めた葉汰は、今度はあたりを忙しなく見まわし始めた。その様子にほっと安堵の息を漏らしたシルビアは苦笑いで答えた。

『そうですね。ヨウタ様の世界とは異なる世界で、ここは私の故郷です。……襲撃を受けて、今は何もありませんけど……』

「……え、あ。ご、ごめん……」

『いえ、大丈夫です。ヨウタ様が謝る必要はありません』


シルビアの故郷の話は、以前に聞く機会があった。

森林の中にこぢんまりとした集落を作り、さまざまな動植物とともに生活していたということだった。緑豊かな土地であると聞いていたが……。幻想的な光に照らされている周囲には、しかし一切そのような印象を与える要素はなかった。

焦げた大地に、炭化している木々……何もかもが焼け死んだ世界が、そこには広がっている。この景色を見て、シルビアは何を思うのだろうか。


そしてシルビアは、この先どうするのだろうか。


「……あのさ、シルビア。君は――」




『粗方周囲の浄化は終わったぞ、草葉の娘よ。これで時がたてばまた緑が――』




と、不意に第三者の声が辺りに響いた。

慌てて葉汰はシルビアの膝枕から上半身を上げ、声のした方を眺め見た。


『……。時が悪かったか』

声の主は、黒づくめの青年であった。一体どこから現れたのか、全く分からない彼に、葉汰は警戒の姿勢を見せる。それは、膝枕という恥ずかしい現場を見たのか否かという、問い詰めるような視線も含まれていた。

それに対し青年は、優雅に腕を組んで実に自信ありげに見返してきた。


なんだ、もうやめるのか。私にかまわず寝ているがいい。

……そう言いそうな雰囲気を醸し出している。

完全に見られていたようだった。


『すいません、ご苦労をおかけいたしました』

『……そう思うならその不服そうな顔を改めないか? 表情と言動が一致していないぞ。……まぁよいが』

やれやれと両腕を横へ広げる青年。そのまま葉汰達のほうへ近づいてくる。

どうやらシルビアと知己のようだが、一体彼は何者なのだろうか。葉汰の疑問はその表情から察することが出来たのか、青年は聞かぬ間に自身のことを語った。


『君と言葉を交わすのは初めてか。実は私も、そこの彼女同様あちらの世界の花壇に身を潜ませていたものでな。あの時は擬態をしていたので、表へ出ることはなかったが……魔力水を提供してくれたことを、君に礼を言おうと思っていたのだ。感謝する』

「は、はぁ……」

青年の口調は、ひどく仰々しいものであった。見た目的にはさほど年は離れていないように見えるのに、その口調と落ち着き具合から、かなりの年上に思えてしまう。


「ま、まさかシルビアのほかにも、あそこに異世界出身者がいるとは思いませんでした……。あなたも魔族なんですか?」

『ああ。人間である君となんら変わらないように見えるかもしれんが、れっきとした魔族だ。まあ、魔族にも様々な種族がいるということだな』

シルビアの時は、彼女の魔力を共有することで言葉が理解できるようになったが、彼の場合は最初から言葉が分かった。だが彼女同様、変換して聞き取れることが出来ているようだ。口の動きが言葉と連動していない。


『ところで、具合はもういいのか?』

「……具合?」

『あぁ、あれだけの負傷をしていたのだ。少しは――』


『周りの様子は、どうでしたか?』


再びシルビアが強引に言葉をかぶせる。被せられた青年は彼女のほうを確認すると、そこには有無を言わせない雰囲気があった。その様子に、広げていた口を閉じる。

葉汰は葉汰で、普段見たことのないシルビアの強引さに、一抹の不安がよぎる。一体自分が気を失っている間に、何があったのだろうと。


葉汰の心中が穏やかでない中、青年は気を取り直すように一度息を吐く。

『……率直に言うと、何もなかった。どこもかしこも、死んだ木々と大地ばかりさ。動くものの気配は、一片たりともない。緑豊かで、様々な動植物が共存する、自然の楽園と呼ばれた草魔族の集落があったとは、とても思えぬほどにな』

『……そう、ですか』

シルビアの顔に悲しみが宿る。心の片隅では、生き残っている部分もあるのではないかと、望みを持っていたのかもしれない。

どれほどの規模の集落があったのか、葉汰は知らない。だが、森が一個丸々焦土と化すなど、相当なことだろうと思う。どこか災厄を免れた地域だってあるのではないかと、葉汰だって思っていた。それが全くないなどと……。


「……シルビアは、この後どうする?」


おもむろに、葉汰は隣に座るシルビアに問いかける。当のシルビアは、消しきれない悲しみの表情を浮かべつつも、平静を装うとしていることがうかがえた。非常に痛々しい。

『どうする、とは一体どういうことですか?』

「いや……。その、住む場所がなくなったっていうからさ。どうするのかなと思って。……酷なことを言うようだけど」

『…………ヨウタ様は、どうするおつもりですか?』

「俺? 俺は……」


言われて葉汰は考える。自分はどうするだろうか。

改めて考えると、今いるのは夢にまで見た異世界だ。アニメやラノベに育てられたといっても過言ではない葉汰の精神は、非常に浮足立っている。異世界転生もののテンプレートである、最強とも呼べる能力が備わっているのではないかとか、ギルドなんかに所属して冒険者とかになったりとか、可愛い女の子のハーレムが築けるのではないかとか……そんなことが脳裏をよぎる。

最後のは絶対無理だろうなと、思いついた瞬間没になったが。


けれどこの瞬間でも、辺りを散策したいという思いがあるくらいだ。

「こっちの世界を見て回るってのも、すごい興味あるんだけど……。でもやっぱり、元の世界に帰りたいかな……?」

だがやはり、それは難しいことではないかと思う。


異世界に行くということは、元の世界を手放すということに等しい。別にあちらの世界が好きかと言われると、そういうわけでもない。ただ中途半端に年を食っているせいか、どうしてもいらないものが脳裏をよぎってしまう。すべてを捨てる覚悟がお前にはあるかと、理性が辛辣な問いかけをしてくる。


すべてがごっそり変わってしまうぞ。

家族とも、友人とも、同僚たちとも、会えなくなってしまう。文化や風習、常識だって異なる。

その価値観の相違に、お前は適用できるのかと。


結局、葉汰はヘタレだ。そこまでの覚悟を以って異世界へ……という選択肢は選べなかった。



「……そういえば。そもそも元の世界に帰れるのか……?」

ふと、何気ない疑問が口元から漏れる。異世界へ渡るには、膨大な魔力が必要であるということを、聞いた気がする。勿論、葉汰にその魔力は捻出できない。しかもこっちに渡るときに、経緯は知らないが記憶が消えるなどという障害が起きている。前提として、こちらの世界の住人であるシルビアや青年の助力を得られなければ、帰ることはできない。


『向こうへ戻る時は、私が協力しよう。せめてもの礼だ』

「あ、ありがとうございます」

危惧していたことが、あっさりと解決する。これで葉汰は、言えば帰ることのできる状態になった。


「……と、いうことで。俺は元の世界に戻ろうと思う」


改めて、葉汰はシルビアの質問へと回答する。そう口にした彼の心情は、あまり晴れ晴れしたものではなかった。

何せ夢の異世界だ。憧れの異世界だ。俺ツエーできるかもしれない異世界だ。……だが、そこは思い切って割り切る。重要なのはそこではない。


一番の懸念材料は、シルビアと離れることになるのでは、ということだった。


葉汰にとって、シルビアは非常に好ましい人物だ。

今でこそ幼い姿をとっているため、妹のような扱いが出来ているが、実際の成長した姿とやらで接することとなったら、即刻落ちることは目に見えている。今までの人生であったことのない、可憐で、純粋で、可愛らしい女の子だ。たとえ種族が違おうとも、好ましいという印象は変わらない。出来れば一緒にいたいなという思いもある。


しかしその種族が違うということが、一番のクリティカルな事柄だ。


彼女は魔族であり、魔力がないと生きていかれない。そして、葉汰の世界には魔力がほとんどない。葉汰の世界は、魔族にとって住めない土地に等しい。そんなところに、彼女も来たいとは思わないだろう。

だから、帰るという選択肢を取ったら、シルビアとはお別れ。

さらば俺のエンジェル。魔族だけど。


そう葉汰は勝手に思っていた。



『それならば、私もついていきます』



だが、シルビアの回答は葉汰が思っていたものではなかった。


「つ、ついてくるって……向こうの世界に?」

『はい』

思わず聞き返してしまう。しかし彼女の返答はとてもしっかりしたものだ。


「魔力の供給がないけど……」

『ヨウタ様のご友人が魔力水を持っていた、という事例もあります。全くないというわけでもないでしょう』

「住む場所だって……」

『私達草魔族は、植物に擬態できます。土の土地さえあれば、そこが住居になります』

「こ、戸籍とかそういう……」

『コセキというものが何か存じ上げませんが、いざとなれば魔法を使ってでもどうにかします』

「…………」


シルビアの是が非でもついてくるぞという堅い意志が伝わってくる。堅い意志すぎて、言葉を失う葉汰。当然、その選択肢は嬉しい。また一緒にいられるのなら、これ以上のことはない。


しかし、彼女からそこはかとなく危険なものを感じるのだが……。気のせいだろうか?



『…………ちょっといいか』

と、そこで青年が葉汰に声をかけてくる。少し面を貸せと言わんばかりに、手招きをしていた。

その場にシルビアを残し、少し離れたところまで移動した青年の元まで足を運ぶ。


「ど、どうしました……?」

この青年とは、今回が初対面だ。得体のしれない空気をまとっていることもあり、どう接したらいいのかわからない。まさか呼ばれるとは思わなかった葉汰は、恐る恐ると言った様子で青年の顔色をうかがう。

『そう堅くならなくてよい。別に取って食うことなぞしないからな』

「は、はぁ……」

近寄ってみるとわかるのだが、青年の上背はかなり高い。なのに細身なので、貧弱そうな印象を受ける。だが顔は非常に整っているし、変換されているとはいえ声もとても耳通りがいい。その点は文句なしのイケメンと言えよう。葉汰とは完全にグレードが違うカッコ良さだ。

憎らしい。


『少し君に忠告をしておこうと思ってな』

「忠告……ですか?」

『ああ。彼女……シルビアのことだ』


一体青年は何を言うつもりなのだろうか。

実はシルビアとこの青年は義理の親子であり、娘に手を出したら殺すとか、そういう話でもされるのだろうか――と、偏屈な妄想が葉汰のなかで浮上する。だが勿論、青年が話す内容はそんなものではなかった。

『シルビアに限ったことではないが……。君に草魔族の女性の特徴を話しておこうと思う』

「……特徴?」


妄想もそこそこに、葉汰は青年の話に耳を傾ける。

何か思い当たりでもあるのか、その後青年が話す内容は、重みのあるものだった。



『草魔族の女性の特徴……。端的に言えば、『執念深い』だ』


「………………え?」


『比較的草魔族は、狙った獲物は逃がさないといった性質を持つ。男性は狩りの時にこれがいかんなく発揮されるが、女性の場合はその限りではない。子孫を残すためにそうなったのかは知らぬが、気に入った男性を執念深く追ってくる』


「え、ちょ――」


『かくいう私も、嫁が草魔族でな。最初は人間界に紛れて生活しているときに見かけた奴隷だったのだがな。興味本位で手元に囲ったら、このありさまだ。……別に悪いというわけではないのだが、これがなかなかに執念深くてな。寿命が私と違うぞと脅したら、今や記録すら探すのが手間な、古代の禁呪を引っ張り出してきおった。そして、他の女性になびこうものなら、殺されても不思議ではない』


「根っからのヤンデレ気質かよ……」


まさかシルビアがそのような危険人物になるとは思えない。思えないが、鬼気迫ると何をやらかすか分からないといった点では……なんとなくわかるかもしれない。

つい先ほども有無を言わさずついてくる発言を受けたばかりだ。


「……ん? ということは。ということは、その……あの、シルビアさんは……」

草魔族は執念深い。気に入った相手を執念深く追いかけるということだ。そしてシルビアはその草魔族。加えて、是が非でも葉汰についていきますといった発言。



それってつまり――。



『なんだ、気が付いていなかったのか。……喜べ、彼女は君が大層お気に入りのようだ』

酷く心のこもっていない青年の言葉。それに葉汰はどのような反応を示せばいいのかわからなかった。


勿論、とてもうれしい。心の片隅で、もしかしたらもしかしたりするんじゃないかと、常々思っていた次第だ。誰がどう見ても完全無欠の美少女が、自分を好いてくれている……それは、葉汰の人生の中で最大レベルの幸福だろう。


だが、それにしたって曲者過ぎだ。

何故よりにもよってヤンデレ属性なんてとんでもないオプションがつくんだよ……と、率直な感想を抱く葉汰だった。


葉汰の脳裏に浮かぶのは、エプロン姿のシルビアの姿。

薄緑色の可愛らしいエプロンを付けた嫁。

だが右手に包丁、目は瞳孔が開ききっている。


曰く『帰り一緒に歩いていたあの女は誰ですか?』。



『……まあ、結局御すれば良妻だ。執着する分、とんでもなく気が利く女性たちだ。うまく御すことが出来れば、これ以上ない相棒となろう。御すことが出来れば』

「……大事なことだから三回言いましたってか……?」

忠告している本人が全く御することが出来ていないんじゃないかと、ここまで言われれば思ってしまう。でなければ、しかめっ面など浮かべないだろう。


だが、青年の言うことも正しいのだろうと葉汰は思う。ヤンデレは即ち、愛が人以上に重い人種だと……まぁ言えなくはない。だがそれは、悪い意味だけではないのではないか。その思いをうまく制御できれば、自分のことを誰よりも見てくれる良妻になってくれるのではないかと……話を聞いた葉汰は思い始めていた。


青年の動揺が、悪い具合に葉汰に伝搬しているようだった。



『……ともかく、私からの忠告は以上だ。君に幸福があることを願うよ』

「……それ、フラグっていうんですよ……」

青年に大きな死亡フラグを建てられた葉汰は、何とも言えない表情のままシルビアの元へと戻る。当のシルビアは、気になるのかそわそわしているようだったが、大人しく待っていた。


『何をお話ししていらっしゃったのですか?』

葉汰が戻ると、すぐさまシルビアが口を開いた。改めて彼女を見ても、とても可愛らしいと思う。

しかし、根っからのヤンデレ気質らしい。

「あー……。まぁ、向こうの世界に帰るにあたって……ていう話かな?」

『……?』

「いや、基本こっちの話だから大丈夫」


キョトンとした表情を浮かべるシルビアに、葉汰は軽く手を振って何でもないという風を装った。取り敢えず今は考えないようにしよう。葉汰は問題を先延ばしにすることに決めた。惚れたはれた含めて、今の彼では経験がなさ過ぎて対処ができない。少し落ち着いた後に、そのなけなしの知識を使って考えるだけ考えてみようと、心の片隅で決意を固めた。


取り敢えず今は、思った以上に青年から聞いた話が重荷になって仕方がない。







「……こんな感じでいい?」

『はい、十分です。ありがとうございます』


青年からの爆弾発言を聞いた後のこと。

扉発動の準備をしてくると言って青年がその場を後にした。彼を見送った葉汰とシルビアは、その間何をしようかという話になった。

よくわからないが、シルビアが異様なくらい葉汰の体調を気にした。けれど、別段何も不都合を感じていないと葉汰が主張し続けると、まじまじと観察した後ではあるが、納得したようだった。

その後二人が何をし始めたかというと。


草魔族たちの墓づくりだった。



『本当は、みなさんのものを作ってあげたいのですが……』

悲しそうにつぶやくシルビアの前に立っているのは、三脚のように建てられた三本の焼けた木のオブジェ。その真下に木のプレートが置かれ、そこには葉汰が書いた日本語が彫られている。


【同胞よ安らかにお眠りください】


シルビアがそう書いてほしいと彼にお願いしたものであった。



関係のないどころか、敵の人間である自分がそんなこと書いていいのかと、葉汰は思う。しかし、シルビアはそれでも懇願を止めなかった。葉汰が故郷を見に来てくれたという記録を残したかったこと、そして同胞たちの死を悼んでくれた人間だからこそ、書いてほしいということだった。


葉汰はシルビアの横顔を眺める。そこには、普段笑みが中心の彼女にはあまり見られない、重苦しい表情が浮かんでいる。


「………………」


辛い選択であろうと思う。楽しそうに語っていた彼女からは、故郷への愛が非常によく伝わってきた。

しかし、葉汰とともに地球に行くということは、これだけボロボロになってしまったとはいえ、故郷を捨てるということに他ならない。扉発動の準備がどれほどかかるか分からないが、思い出を回顧する時間すらない。


「……あのさ。否定するわけじゃないけど……。本当にこっちの世界に残らなくても、いいの……?」


だからこそ、そう聞きたくなった。

確かに、故郷を燃やされて天涯孤独の身になってしまった。だが、ここは彼女たちの世界だ。各地を巡れば同胞たちだって存在するだろうし、この場所だっていつかは復興できる。

地元愛にあふれた彼女だ。心の底では、思い出の場所を取り戻したいと思っているかもしれない。


葉汰がそう口にすると、シルビアはさっと振り向いてきた。その顔には、相変わらず晴れない表情が張り付いている。だが先ほどとは少し違い、悲しそうな雰囲気が漂っていた。


『…………ヨウタ様は。私が付いていくことを、迷惑だと思っておいでですか……?』

「そ、そんなことはないけどさ。ただシルビアが、故郷どころか元いた世界から離れるのは、辛いかなって思って……」

『……全く辛くないと言えば、噓になります。けれど今は……。今は、ヨウタ様に否定されるのが恐ろしい……。故郷も身寄りもない卑しい存在の私ですが、どうか……どうかご迷惑でなければ、お傍にいさせてください』


『どうか……』と懇願しながら、シルビアは祈るように地に膝を付けた。シルビアの心の中でその思いがどれほど大きいのか分からない。けれどその行動は、葉汰にとっては御大層以外の何ものでもなかった。意味もなく焦ってしまう。

「ちょっ、そこまでしなくても、シルビアがいいのなら俺は全然大丈夫だから!? だ、だから取り敢えずそれはやめよう?」

葉汰がそういうと、シルビアは『ありがとうございます』と口にしながら、祈るような姿勢を止めた。それを見届け、安堵の息をもらす葉汰だった。



「でも。向こうの世界に行くってなると、魔力の補給の方法を探さないとだよね。何かやれそうな方法とか目途が立ちそう?」

改めて葉汰は腕を組む。何か案を出してあげたいと思いはするが、この件に関して彼はさっぱり協力できない。

問われたシルビアも、あまり芳しい案は思い浮かばないよう。思案気に頭を傾けるが、その表情は晴れない。


『……正直、今のところ策は浮かんでいません。こちらの世界にいる今のうちに、ありったけの魔力を吸収して、向こうでそれを少しずつ消化していこうと思っています。まだ魔力水が残っているというお話ですし、季節が一回りする程度は持つと思います』

「……一年の間に、なんとかして策を考えないといけないのか。うーん」

がしがしと葉汰は無造作に頭をかく。


「やっぱりそうなると。一番望みがありそうなのは、魔力水を持ってきたあいつに話を聞くことか」

『ご友人から頂いたと言っていましたね』

「あぁ。まあそいつも、よくわからん会社からのまわしものを売ってたんだろうけど」


一度その友人から社名を聞いた記憶はあった。だが、一度も聞いたことがなかったうえに、よくわからない文面であった気がする。その時は心底興味がなかったので聞き流していたのだが、まさかこんなところで後悔する羽目になるとは思わなかった。


『ご連絡はつきますか?』

「向こうに戻れば、すぐできるよ。帰ったら一回聞いてみよう」

『ありがとうございます。すみません、ご迷惑をおかけして……』

深々とシルビアが頭を下げる。相変わらずきれいなお辞儀をするなと、見ていた葉汰は感心してしまう。


『……?』


まじまじと見ていると、頭を上げたシルビアと目が合う。あれだけ熱烈なプロポーズまがいの発言を聞いてしまった手前、若干彼女と目を合わすことが気恥ずかしくなった葉汰。わたわたと両手を振ってなんでもないそぶりを見せた。


「い、いやそんな全然全然。そ、それにしても扉の準備遅いなっ」

咄嗟にいい言葉が浮かばなかった葉汰は、強引に話題を変えることにした。何処に扉があるのか、どのようなものなのか。それを知らない葉汰は、取り敢えず青年が消えていった方角をなんとなく眺める。


『それなりに時間が経過しましたので、準備が整っていてもおかしくはないですね。見に行ってみますか?』

「そうしようか。……もうここはいい?」

『……はい。お別れは済ませましたので、大丈夫です』

「そっか。それじゃあ、行こうか」

そう言って葉汰は足を踏み出したが、行く先が分からない。戸惑う葉汰に気が付いたシルビアは、『こちらです』とすぐさま先導してくれた。そのさりげない気遣いは非常に好感が持てるのだが……と考えずにはいられない葉汰だった。







『……話は終わったか?』


途中シルビアの魔力補給を見届けたのち、彼女に先導され行きついた先は、瓦礫が散乱する少し広めの空間だった。その空間の中央にぽつんと扉だけが立っている。シルビアの話通り、確かに荘厳という言葉がしっくりくる、意匠を凝らした扉だ。それが周りに何もない空間にたっているのだから、ひどく滑稽だった。

その扉の横で、青年は瓦礫に腰掛けていた。どうやら待っていたらしい。


『すみません。お待たせしていたようですね』

『故郷や同胞たちとの別れだ。時間はかかると思っていたさ』

ぺこりとお辞儀をするシルビアに、青年は肩をすぼめるとそう言いながら立ち上がった。


『さて。発動の用意はできている。準備が出来ているのなら、扉の前に立つがいい』


コンコンと、青年は横に佇む扉を軽く小突く。青年の指示に、一度お互い視線を交わした葉汰とシルビアは、二人して頷くとゆっくりと扉の前に歩を進めた。扉を目前にとらえると、辺りが光に包まれ始める。


「……あなたは、こちらの世界に残るんですか?」

ふと、動きを見せない青年に対して、葉汰は何気なく口を開いた。青年はその問いに肩をすぼめる。

『確かに、向こうの世界をもうしばらく散策したいという願いもある。……だが、そろそろ一度顔を見せないと、憤るやつがいるのでな』

「そ、そうですか……。なんというか、頑張ってください……」

『……直に君も他人事じゃなくなるだろうさ』

「うわぁ……」


そう言われては、葉汰としては頭を抱えるしかない。青年の嫁のようなことが、シルビアに起きないことを祈るのみだ。

当のシルビアを見下ろすと、こちらを不思議そうに眺めるのみ。キョトンとした顔は文句なしに可愛い彼女。そのまま純粋なままの君でいてと、心から願う葉汰であった。



『それでは、起動するぞ』



青年がそう言うと、葉汰達の足元に大きな魔方陣のようなものが形成された。この状態で呪文を唱えれば、異世界へ飛ぶ魔法が発動するのだろうか。眼下に広がるいかにもな光景に、葉汰の心が高鳴る。


『……今まで、あらゆることにご協力いただいて、とても感謝しております。本当に、ありがとうございました』

葉汰の横では、シルビアが青年に向けて深く頭を下げた。青年は小さく笑みを浮かべると、軽く手を振る。

『なに、私も貴重な経験をすることが出来た。一方的に感謝されるようなものではない。こちらからも礼を言おう』


『……あの。最後に貴方様のお名前を聞かせていただけませんか?』

『……名前、か』


シルビアの言葉に、青年は一度視線を逸らした。

だが次の瞬間には、その精悍な顔に不敵な笑みを浮かべ始めた。



『そうだな、名乗っておこう。……私の真名は、アラストキシス・エメルサだ』



『えっ、それは――』

『さらばだ』

青年の名乗りあげに、シルビアが何か言いたそうに口を開いた。だが、彼はお構いなしに魔方陣へと手をかざし、詠唱する。



『デルオーツアル セイオエーツ イセイテ』



その言葉が発せられた直後、足元の魔方陣が一気に輝きを増した。驚きを隠しえない様子のシルビアと、突然の光に思わず目元を腕で覆ってしまった葉汰は、その光に一瞬にして包まれる。

魔方陣から吹き上げた光の柱はやがて球形へと変化し、何もない扉の向こう側へと消えていった。




『…………やれやれ』


暴力的ともいえる光量の光が扉へと吸い込まれると、辺りは静けさを取り戻した。魔方陣すら消え失せて、元の凄惨な風景が広がるのみ。そこにただ一人佇んでいる青年は、その瓦礫の山が広がる景色を見回しながら、ため息をついた。


『あいつが丹精込めて作りあげた祠だぞ? 私が手掛けたこの魔法扉は別にいいものの、これだけ派手に壊された祠の残骸を見れば、なんと言われることか……』



アラストキシス・エメルサ。



行方不明とされていた魔族の王はそう独り言ちて、途方に暮れたように開けた空を見上げた。







「……戻って、来たのか」

モノクロの世界を流されて、不意に地に足が付いた感触がしたと思ったら、見慣れた景色が視界に飛び込んできた。普段立たない位置からの風景だったが、そこがすぐバイト先の店舗裏……あの鉄製の扉の目の前であることを察する。辺りは薄暗く、近くに聞こえる音もほとんどない。おそらく深夜あたりではないかと思う。


『そのようですね』


独り言と思って発した言葉に、返しがきた。おもむろに首を横に向けると、眼下に無残にもつぶされた葉の生えた頭が見える。

この世非ざる者である魔族の少女シルビア。

彼女もまた、葉汰とともにこちらの世界にやってきたのだった。


「どうシルビア、容体は?」

葉汰は、隣にいるシルビアに声をかける。すぐにどうにかなるとは思っていない。だが魔力がなければ死んでしまうと言われれば、それでも気になってしまう。

問われたシルビアは、何でもないといった様子で小さくうなずいた。

『ありったけの魔力を吸い込んできましたし、今は全然大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます』

「そっか。まあ、やばくなったら言ってくれな。帰れば一応魔力水の在庫はあるから」

『はい』


彼女の素直な返事に和んだ後、葉汰はズボンのポケットからスマホを取り出した。現在時刻を確認するためだ。しかし彼は、サイドボタンを押して画面を表示させた途端、顔をしかめる。

「……うわ、全然あってないじゃん。再起動しよ」

スマホの主張する時刻だと、現在は夕方といったところだった。見当違いも甚だしい。異世界に行っていたせいか、同期が出来なくなっているのだろうと思う。

現在時刻を正すためにスマホの電源を落とした葉汰は、再起動の待ち時間に直近のことを考える。


「取り敢えず、一旦家に帰らないとだな。なんか知らないけど、服もボロボロになってるし、あんま人目に付きたくないし」

『…………ヨウタ様のご自宅、ですか?』

「あぁ。まあ、下宿だけど……」


確か自転車は置いて行ったままだよなとか、そういえばバッグ地面に置きっぱなしだったなと考えた葉汰は、慌てて辺りを見回した。幸いにしてバッグはすぐに見つかり、これまた幸運なことに、貴重品類が紛失している様子もなかった。魔力水がなくなっていることに気が付いたが、おそらくシルビアが使ったのだろうと目星を付ける。あんなもの、財布とか以上に好き好んで持っていく輩が、この世界にいるとは到底考えられない。


「やれやれ、無事でよかったわまじで……。さて、それじゃ帰るか――」


そう口にしたところで、葉汰はシルビアからの強い視線を感じる気がした。振り返ってみると、案の定食い入るように見つめてくる彼女と目が合う。

その視線から感じるのは、懇願か。


「…………シルビアは、この後どうする?」

絶対ついてきたがるんだろうなぁと何となく予想はついてしまったが、取り敢えず彼女にそう問いかけてみる。当のシルビアは、その問いを待っていた……かどうかは分からない。だが葉汰の発言の直後、流れるような動作で自身の胸元で手を組み、祈るように頭を下げた。


『……ご迷惑かもしれませんが。できれば、ヨウタ様のお傍にいさせていただけませんか?』


しおらしい態度から繰り出される上目遣い。これを彼女はわざとではなく、素でやっているのだから恐ろしい。異性経験レベル1の葉汰を即殺するには、十分すぎるほどの一撃だった。


「……もう、これホント卑怯まじ卑怯」

『? ヨウタ様?』

「……いや、なんでもない」

思わず口元に漏れた恨み言は、幸い言葉としてシルビアには伝わらなかったようだ。


葉汰は気を取り直すように大きく息を吐くと、帰り道の方角を肩越しに指さす。


「いいよ。一緒に帰ろうか」

『! ありがとうございますっ』


ぱっとシルビアの顔に惹かれるような笑みが浮かんだ。本当に敵わないなぁと、葉汰は肩をすぼめる。


しかしシルビアが我が家に来るとなると、色々と不都合になる部分があるなと、葉汰は内心焦りを覚えていた。彼の頭に浮かんだのは、人を招くことを一切考えてなかった部屋の散らかり具合と、十八禁ゲームが複数枚並んでいる棚。気心知れた男を招くなら、多少なりとも汚かろうがエロゲーが視界に入ってこようが、どうとでもなる。

しかし今回は女の子である。異性を部屋に招くなどという一大イベントは、葉汰の一生の中で一度もなかった。どうせ来ることなんてないだろうと高を括っていたのが、今回災いとなった形だ。


「と、取り敢えず向かおうか。ちょっと自転車取ってくるよ。ここで待ってて」

どうするよ……と対策を練りながら、葉汰は自転車を回収する。

「……もう適当に捨てられるものはゴミ箱に突っ込んで。エロゲーは……ビニールに包んでクローゼットにでも隠しとくか」

その場しのぎでも対策を考えた葉汰は、自転車を引き連れてシルビアの元へと戻る。初めて目撃する形となったのか、葉汰が押してきた自転車を見て、シルビアは興味深そうにしていた。




「……それじゃあ、帰ろうか」

自転車に興味を示したシルビアにあれことと説明をして幾何。シルビアの横に並び、葉汰は片腕をシルビアへ差し出した。

「まぁ、色々と難しいことは多いかもしれないけどさ。これからよろしくな、シルビア」


差し出された手と葉汰の顔を交互に見比べるシルビア。

やがて彼女は恥ずかしそうにしながらも、満面の笑みを浮かべて手を重ねた。



『はいっ。これから末永く、よろしくお願いしますね。ヨウタ様!』



とある年の夏。深夜の街の片隅。

しがない大学生の森崎葉汰と、草魔族のシルビアの道が、一つに束ねられた。


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