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086[誓約同盟と皇帝アドルフ]

086

[誓約同盟と皇帝アドルフ]


   ―――1291年4月、アッコン。


    「怪我人を運べ!!!」「矢はもう無いのかよ!!」

    「人手が足りん!!」

    「まずい!また鉄球が!!!」


  どごごごっっ!!!!!


    ―――ぐぁぁぁ!!!―――


      ・・・‥‥……食糧が底を尽きた……!!


  ――ヴェネツィアがムスリムの味方をしているとも聞いたぞ?!――

  ――香辛料の貿易の為に、キリスト教徒を殺すというのか!!――


エルサレム王国の実質の首都アッコンは、今危機に瀕していました。


   ・・・‥‥……―――


 カラーウーン(1220-1290)が1279年にバフリー・マムルーク朝のスルタンに即位して早10余年。

バフリー・マムルーク朝を統一した後は、ダマスクスやアレッポの再建を進め、

インド洋や地中海の貿易を推進し、外交政策にも熱心に取り組みました。

カラーウーンはヴェネツィアとも通商条約を結び交易路の整備に尽力しました。

というのも、ヴェネツィアの好敵手であるジェノヴァが黒海にまで手を拡げており、

地中海の覇権がほぼ奪われていた状況で、東地中海にもっと強固な交易路を確保しようと画策していたからでした。


当時、パレスチナ地方でキリスト教徒に残されていたのは既にアッコンのみ。

カラーウーンは1290年、パレスチナ統一の為についにアッコン攻略に乗り出しました。

ところが、カラーウーンはその志半ばで1290年11月10日に逝去してしまいます。


遺言書を残さず亡くなったカラーウーンでしたが、

カイロに残っていた嫡男アシュラフ・ハリール(1262-)が立ち上がりました。


   「俺がスルタンの継承者だ!!

    俺が父の悲願を成し遂げてやる!

    皆の者!俺に従え!!

    キリスト教徒どもの最期の拠点アッコンを必ず制圧してくれる!!!」


アシュラフ・ハリールは国内の反乱を抑えてスルタン位を主張、

数十万に及ぶ大軍を従え、アッコン攻略に乗り出しました。


   「アッコンを包囲しろ!!!

    キリスト教徒の息の根を止めてやる!!」


1291年4月5日、

バフリー・マムルーク朝スルタン・アシュラフ・ハリールによるアッコンの包囲戦が始まりました。

騎兵6万、歩兵16万とも言われており、攻城兵器も100近く用意していました。


  ・・・‥‥……―――ぐぐっ………!!―――


テンプル騎士団総長ギョーム・ド・ボージューは歯を食いしばりました。


「くそっ……!!ハリールの奴め……!

 ついに動き出したか!!アッコンを完全に奪い取るつもりか!!

 各国に救援要請を!!

 このアッコンはシリア・パレスチナ地方の最後の砦だ!!

 絶対に奪われるわけにはいかぬ!!!」


90以上に及ぶ攻城兵器がアッコンの城壁を襲い続けていました。

そしてその攻城兵器には、文字が印されていました。


「見ろ……!トリポリと書いてある……!!」

「あれはダマスクスだ……!」「アンティオキアもある!!」

「俺の故郷が向こうに………!!攻撃出来ない……!!」

「これらの都市は全て自分のものだと主張するのか……!!」


兵士たちは泣きながら敵軍の攻撃に耐えていました。

相手の兵数は20万人を超える。

一方、アッコンの護りは4万程しかおらず、しかも、

その半分は巡礼者であり純粋な戦士ではありません。

アッコンの城壁は少しずつ、騒音を立てて崩れていきました。

包囲が始まって一ヶ月が経過した5月4日、キプロス王の援軍が到着。

キプロス王アンリ2世・ド・リュジニャンは、始めは和平交渉を行ないました。


   「その条件は飲み込めぬ。

    無条件降伏のみがお前達キリスト教徒どもの残された道だ。」


アシュラフ・ハリールは無条件降伏を要求、交渉は難航しました。


その時―――


  ―――ズゴーーン!!―――


  「何事だ!!!」


追い詰められ恐怖にかられていた守備兵の1人が、投石器を発動させてしまったのです。


しかも、その石は交渉場の近くに着弾―――


   「な、なんだ!!!なぜ今この場に攻撃をする!!

    貴様らは俺を交渉の場に導き出しておいてこの場で殺すつもりだったのだな!!

    もう交渉に応じるものか!!

    アッコンは我が手で破壊し尽くしてくれる!!!」


交渉は完全に決裂し、いよいよアシュラフ・ハリールによる総攻撃が開始されました。

城壁は悉く破壊され、多くのキリスト教兵士が命を落としていきました。

激しい攻防戦は数日間絶え間なしに続けられました。

テンプル騎士団総長ギョーム・ド・ボージューは討死、

聖ヨハネ騎士団(ホスピタル騎士団)総長ジャン・ド・ヴィリエは重症を負いました。

次から次へと城壁によじ登ろうとするマムルーク兵、

必死に抵抗して石を投げつける騎士団兵。

梯子が何度もかけ直され、騎士団達はそれを何度も倒そうともがき続けました。

しかし、何倍もの兵数に圧倒されます。

5月18日、ついに城壁は完全に崩れ、マムルーク軍がアッコン市内になだれ込みました。

市内にマムルーク軍が乱入し阿鼻叫喚となりました。


「も、もう終わった……!命運が尽きた……」

「ゴーダン殿……!!こちらへ!!避難所があります!!」


テンプル騎士団の次席であるティボー・ゴーダン(1229-)らは郊外に避難所を見つけ、その場所で最期の抵抗をしました。


   ――敵兵があっちに逃げていった!!――

   ――向こうが敵の拠点かも知れない!!取り囲め!!!――


ゴーダンらテンプル騎士団の生き残りは郊外の修道院に立て篭もりました。

ところがすぐにマムルーク軍はその避難所を突き止め、包囲しました。


 ――テンプル騎士団総長ボージューは死んだ!!

   聖ヨハネ騎士団のヴィリエももう再起不能だ!!!――

 ――アッコンは既に我々が占領した!!!

   悪足掻きは止したまえ!!――

 ――テンプル騎士団が逃げ込んだ場所はあれだ!!攻め込め――っ!!!――


    「ゴーダン殿!キプロス王の遣いです!

     お助けに参りました!こちらへ!!」


   「おおぉ、神のご加護か……!!」


一部のテンプル騎士団員は、キプロス軍によって辛うじて救助されました。


    「シドンならばまだ助かる道はあります!

     どうぞ!お急ぎください!!」


その翌日、

1291年5月28日、マムルーク軍によって、アッコンは陥落しました。

シリア・パレスチナ地方における大都市は、これで全てがムスリムの手に渡ってしまいました。


 その後、ゴーダンらテンプル騎士団員一行は、海岸の町シドンに到着しました。

小さな町はまだいくつかキリスト教徒が住んでおり、その一つがこのシドンでした。

ところが、まもなくその町々にもマムルーク軍が押し入り、次々と制圧されていきました。

ゴーダンらテンプル騎士団は、

海を埋め立てて建造された海城のシドン城に篭って戦いましたが、

7月、結局この城も維持する事が出来ず、退却。

7月14日にはシドンも陥落し、城は破壊されました。

テンプル騎士団は、キプロス島まで逃亡する事になります。

ここに、十字軍国家はシリア方面の全ての土地から滅亡してしまうのでした―――……


      ―――……‥‥・・・


   ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 1291年春。


オーストリア大公アルブレヒトは、ハンガリー王国への侵攻を開始していました。


   「大公様のご命令だ!!

    全ての倉の食糧を全部寄越しな!!」

   「大公様がご出陣なさるのだ。

    これまで以上に食糧や武器が必要になる!

    つべこべ文句言わず働け!!!」


そして、アルブレヒトとその家臣団の高圧的な支配体制は、諸都市から多くの反感を買っいました。


  「殿……、市民からの不満の意見が多数です。

   村には働き手がいなくなり格段に生産性が下がっているのです。

   このままでは民が飢え死にしてしまいます。

   せめて戦時だけでも税を軽くして貰えないでしょうか……。」


 「戦時だからこそ金がかかるのだ!

  大公様の命令は絶対である!」


  「と…、そう言いましても……!」


 「ええい!うるさい!

  これ以上逆らうようなら反逆者として縛り上げるぞ!!!」


  「ひぇぇっ……‥‥」


ウィーン市民と貴族の対立が起きていたり、

ウィーンから遠い西部のヘルヴェティア地方からは確実に忠誠心を失っていました。


 ―――ウーリ州アルトドルフ。


  「このままアルブレヒト殿が王位を継いだらどうなってしまうのか……。」

  「ますます税や罰則が厳しくなるじゃろう……。」

  「なんとか彼の高圧的な政治体制から逃れられないものか…。」

  「ルドルフ王も既に70歳を超す高齢。呆けも始まっていると聞いた。

   いつアルブレヒトの時代となるか分からんぞ……。」

  「ますます酷い世の中になってしまう。」

  「弟のルドルフ2世様が生きておられたら……。」

  「元々兄と共同統治していたのを、

   全て兄アルブレヒトに奪われてしまった可哀想な弟だよ。」

  「亡くなってからそろそろ一年ですか……。」

  「戦で大怪我をしてから嫁アグネス様のいるプラハで暮らしていたそうな。」

  「子供ヨーハンも産まれたばかりだったと言うのに。」

  「なんでも、その子供は殿がウィーンに無理矢理連れて来たとも聞いたぞ。」

  「まったく!!なんと酷い領主なのだろう!!!」

  「やはりそんな領主には従う事は出来ん!」

  「独立出来ないものか、、、。」

  「馬鹿いえ!そんな事を殿に知れたらこの辺り一面火の海になっちまう!」

  「これはウーリだけでなんとか出来る問題じゃない。」

  「シュヴィーツとウンターヴァルデンにも相談してみましょう。」

  「うむ。何か術があるかも知れないからな。」

  「私らが帝国から自由になる為に協力しましょう!」


ヘルヴェティアの諸侯らは頷き合いました。


 ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 ―――1291年初夏。


  ―――アラゴン王国バルセロナ。


アラゴン王国でも、諸侯同士の争いが激しく、そして複雑化していました。


   「タラスコン条約など到底納得出来るものでは無い!!」

   「シチリア島はバルセロナ家の所領だ!!」


 「この条約を受け入れなければ陛下の破門は解かれない!!」


  「調印しなければ戦争はさらに続いていた事になる!!」

  「戦争を継続した張本人は国王だ!!」


   「シチリアからの無条件撤去など、実弟を裏切る行為だ!!!」

   「マヨルカ国王の主張を認めるとは本国民への裏切りだ!!」

   「我々の領土を取り戻すのだ!!」

   「アルフォンソ王を引き摺り出せ!!!」


数々の問題によって諸侯らが対立しており、

バルセロナは、混沌としていました。


「おのれ………」


アルフォンソ3世は強く剣を握りました。


「……諸侯らは、またも私に逆らうのか………!

  勝たなければ………

 私は正しい選択をしたのだ……!」


   「陛下。ここは、一旦退き、譲歩し、

    もう一度、話し合いの場を設けたほうが……。」


「……ダメだ!諸侯の身勝手は許さん……!!

 立ち向かう敵に容赦など要らん!!!」


アルフォンソ3世は剣を高く突き上げました。


「国の決定に逆らう諸侯に天罰を!!!」


1291年6月18日、アルフォンソ3世はその戦いの中で命を落としました。

4ヶ月前のタラスコン条約も、これで再び白紙になってしまう事になります。


 ・・‥‥……―――シチリア王国パレルモ。


シチリア王ハイメの下に、

アルフォンソ3世の急死が伝えられました。


「なんだって??兄が死んだ??」


     「はい……。

      勇敢な戦いをしたという報告を受けています……!」


使者は無念そうに事の次第を伝えました。


「なんと言う事だ……

 兄には後継者はいないのだろう……??」


     「はい。

      陛下はアングルテール王女との婚約が決まっていましたが、

      シチリア戦争がネックになりエドゥアルド王が結婚を先延ばしにしていました。

      結局未婚のままで、嫡子どころか、庶子の一人も居ません…!

      諸侯は、王弟であられる、ハイメ殿の即位を望んでおります!」


「私が望まれているのか……。

 だが……、シチリアを置いて本国に戻るのは……。」


     「アラゴンとシチリアの両王となられませ……!」


「私に、その両方が務まるのか……。」


 ――くっ……、俺がバルセロナに戻れば、

   シチリアは完全にフェデリーコの独断場になってしまう!

   どうしたらいい?!

   フェデリーコにシチリアは渡したくは無い!

   だが、祖国を纏めなければならない……!

     !!

   いや………、待てよ……。

   そうか!!分かった!―――


ハイメは口元を緩めました。


「分かった。

 弟フェデリーコはそのままシチリア島に残し、

 私はアラゴン国王に即位しよう。

 支度を整えるのだ。」


     「はい。急いで船を用意します。」


戦死したアルフォンソ3世の代わりに、

弟のハイメがハイメ2世としてアラゴン国王に即位する事になりました。


「……という事だ。

 俺は本国に戻り、アラゴン国王になる事となる。」


  「兄上……、

   まさか、諸侯の言いなりになるつもりは無いだろうな?!」


「言いなりになるつもりは無い。

 私は父の政策を受け継いできちんと諸侯を束ね、

 故郷の混乱を鎮めるつもりだ。

 シチリアの事はフェデリーコに任せる。

 いいな?!」


  「分かった。シチリアは俺が仕切ってやる!」


こうしてアルフォンソ3世の弟ハイメがアラゴンに戻り、

ハイメ2世としてアラゴン国王に戴冠。

シチリアは残された摂政のフェデリーコが統治する事になりました。


  「ふふふ……!!

   これでシチリアは俺の物となった!!

   俺はシチリア王となった!!!

   諸君よ!俺の命令は絶対となる!分かったな!」


フェデリーコはカルロ2世と王子マルテッロとの戦争を継続しました。


  ・・・‥‥……―――


 ―――フランス王国パリ。


ヴァロワ伯シャルルの報告に、国王フィリップ4世は頷きました。


「ハイメ2世の即位が決まりましたか。」


  「はい。タラスコンの条約は破棄も同然です。

   再びアラゴン王国と敵対する事になります。」


「ハイメ2世王との和平交渉を進めましょう。

 先の条約を更新するのです。」


  「上手く行くでしょうか……。」


「必ず。

 アルフォンソ3世よりもハイメ2世の方が決断力があり野心家です。

 そして、ハイメ2世とフェデリーコの仲は良くありません。

 必ず我々との和平に応じてくれるでしょう。」


  「如何にして交渉を進めましょう?」


「ハイメ2世はフェデリーコにシチリアを奪われたく無いはずです。

 自らの手で統治したいと考えているはず。

 ハイメ2世は自分の騎士団をシチリアに残して来ているでしょう?

 この騎士団を利用出来ます。

 ハイメ2世配下の騎士団は忠実です。

 そして教皇が味方についている今、我々と和平を結ぶ事で、

 彼はその騎士団を、

 教皇名義でフェデリーコに攻撃する事が出来るのです。」


  「なるほど……。

   フェデリーコにとっては、

   自分の隣の騎士団が突然自分に対して牙を向ける事になると……。

   ですが、教皇がシチリア王と認めているのはナポリのカルロ2世です。

   アンジュー家との確執は残ります。」


「教皇庁がカルロ2世をシチリア王と認めたのは、

 カルロ2世が操りやすい人物だと考えているからに他なりません。

 極論を言えば、ハイメ2世もカルロ2世もフランス王国が傀儡にすれば良いだけの事。

 それに、カルロ2世の孫のカルロ・ロベルトのハンガリー王位も認められています。

 シチリアはアラゴン同士で争わせておき、

 アンジュー家には、ハンガリーに集中させたいのです。」


  「ほぉ………」


「身近な土地での戦争は国民の不安と負担に繋がります。

 これを解消する為には、戦争を外に持ち出す事がてっとり早い。

 父や祖父の政治が安定していたのも、

 シャルル・ダンジューが戦争を外に持ち出していたからです。

 同様の事を、アンジュー家に継続させているのです。

 それも、教皇の命令に従うという形で。

 教皇が我々の傀儡である今のうちに事を進めなければなりません。

 なるべく早期の条約締結を。

 アンジュー家とバルセロナ家の縁談も進めたいと思います。

 すぐに新国王ハイメ2世に使臣を送って下さい。」


  「はい。直ちに手配します。」


こうしてフランス王国は再びアラゴン王国との協議に入りました。

但し、ハイメ2世は大々的にはフランス王国と会談をせず、

各諸侯の反応を伺いながら、

個々に、慎重に諸侯との交渉を進めなければなりませんでした。


  ―――……‥‥・・・‥‥……―――


1291年7月15日、プファルツにて、

ローマ(ドイツ)王ルドルフ1世(1218-1291)が崩御。


  ――皇帝陛下が崩御!!!――

  ――ルドルフ様が亡くなられた!!!――

  ――ああ、なんと言うことだ……!!――

  ――アルブレヒトの世が始まってしまう!!!――


国民から慕われていたルドルフが崩御すると、帝国中が嘆きました。


そして、帝国南西部ヘルヴェティア地方は、

後継者のアルブレヒトを警戒しました。


  「領邦(ドイツ)国は混乱している!」

  「これを機に、アルブレヒト殿から独立しましょう!!」

  「我々ヘルヴェティアの州は固く団結し、

   帝国からの攻撃に臆する事なく互いに助け合う事を誓う!!」

  「ここに盟約者が集い、共に結束し平和の為に戦う事を誓う!!!」


1291年8月1日、ウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの三州が誓約同盟を結びました。

この同盟関係の情報は周辺の州にも伝わり、影響していく事になります。


   ・・・‥‥……―――


  ―――ハンガリー国境オーストリア軍陣所。


「ヘルヴェティア地方が独立しただと?!?!」


ウィーンからの報告に、オーストリア大公アルブレヒトは青ざめました。


「おのれ!!!奴らめ!!!

 直ちにウーリとシュヴィーツを攻撃するぞ!!!」


   「そんな?!アンドラーシュの軍を目前としているのに……!」


「ミラノとのゴッタルド峠道を確保している奴らだ……!

 奴らの謀叛を放置は出来ない!!!」


ところがアルブレヒトは、ルドルフ王の死の動揺から諸侯の離反を食い止めるのに難渋しました。


   ――俺たちはハプスブルク家の支配に屈しない!!――

   ――帝国の支配に負けない力を身に付けよう!!――


シュヴィーツ州らの同盟関係はヘルヴェティア各地方に波及し、

反ハプスブルク同盟が結成されていく事になりました。


一方ハンガリー国王アンドラーシュ3世軍は、

この西方の混乱に乗じて攻勢に転じる事になりました。


   「帝国軍の士気は低い!!

    このまま一挙に攻め進めよ!!!!」


東西に敵を抱えたアルブレヒトは対処し切れず。

アンドラーシュ3世はアルブレヒトに対して決定的な勝利を収めました。


1291年8月26日、ヘッセン州ハインブルク、帝国議会。


  「ちっ………。」


アンドラーシュ3世に跪くアルブレヒト。


「戦いは極めてアールパード庶家の優勢となった。

 ハンガリー王位請求に対して、

 ハプスブルク家が出る幕では無い事が証明された。」


アルブレヒトは肩を震わせながらアンドラーシュ3世を睨みつけました。


「オーストリア大公アルブレヒトは、ハンガリー王位請求を放棄せよ。

 和平の条件はそれだけだ。」


  「ならば……、私からも要求がある。」


「一応聞いておこう。」


  「我がオーストリア領とハンガリー領の国境には、

   ケーセギ家が所有するいくつかの城砦が存在する。

   私がハンガリー王位請求権を放棄して和平を結ぶという事であれば、

   それらの城砦は不要と考える。

   従って、国境付近の城砦の解体を和平の条件としたい。」


「ケーセギ家の城を破却せよと申すか……。」


アルブレヒトは頷きました。

アンドラーシュはしばし考え、頷きました。


「分かった。

 要求を受け入れ、ケーセギ・ミクローシュに対して、

 城砦の破却を命じる。

 これで良いな?」


お互い頷きました。

ここに、オーストリア大公アルブレヒトとハンガリー国王アンドラーシュ3世の和約が成立しました。


ところが、教皇庁はヴェネツィアのアンドラーシュ3世をハンガリー国王とは認めていませんでした。


「ハンガリー国王はアンジュー家と決めたではないか!

 アンドラーシュはアールパード家の正嫡とは認めていない!」


そして、両国の交渉に、ケーセギ家は反発していました。


   「我々の大事な国境警備の城を破却しろだと?!

    アンドラーシュ王め!恩を仇で返すつもりなのか!」


     「ならば、ケーセギ家の選ぶ道はただ一つ。

      教会の支援するアンジュー=ハンガリー家との接触を試みる。」


     ―――ケーセギ殿の判断、理解致しました。

         では……。―――


ケーセギ家は、アンジュー家支持派の諸侯と同盟し、

アンドラーシュ3世王に反旗を翻しました。


「宮廷に攻め入るとは卑怯な!!」


教会の後ろ盾のあるケーセギ家はアンドラーシュ3世を捕らえる事に成功。


    「アンドラーシュ国王陛下よ。

     解放され再び元の地位に戻りたくば、

     それなりの金額を要求します。」


ケーセギ家と教会は多額の保釈金を得る事となりました。


「くそっ……、これが大貴族と教会のやり方なのか……!!」


アンドラーシュ3世は歯を食い縛りました。


一方、オーストリア大公アルブレヒトは西方の同盟関係に苦戦していました。


ウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルテンの原初誓約同盟に続いて、

ベルンを中心とした同盟体や、ラウフェンブルク、チューリヒ、ルツェリンによる同盟が成立。

各連合体は連絡を取り合い、自己防衛の為に軍事を強化し、

アルブレヒトに対抗していました。


   「アルブレヒトは我らハプスブルク家宗家の恥である!!!」

   「ハプスブルク家は我々の災いとなる!!」

   「ハプスブルク宗家はこの地から出て行け!!!!」

   「我々は我々自身の平和の為に戦うと誓う!!」


ハプスブルク家の故郷はヘルヴェティア地方であり、この地域にいくつものハプスブルク家系の城砦がありました。

同盟軍はハプスブルク家の締め出しにかかり、

年末まで、ハプスブルク家が所有した城を破壊して回りました。


「おのれ!!

 シュヴィーツらの軍事能力がこれほどまでに高いとは!!

 仕方ない……、

 奴らは後回しにして、今はウィーンでの地盤を固める事に専念しなければ……。」


     ―――……‥‥・・・


   ―――1291年10月、キプロス島。


キプロス王国には、シリア・パレスチナ地方からの難民が集まって来ていました。

テンプル騎士団は先の戦争で総長も団長も死んでしまったので、

新たにティボー・ゴーダンを総長に、

ジャック・ド・モレーを団長に選出しました。


「先の戦いで我々は多くの仲間を失った。

 活動出来る場所も少なくなり、

 いくつかの事業撤退も考えなくてはならない。」

「だが、我々には金貸金融で成功している実績がある。

 ぶどう農園からの収入もかなり大きく、

 軍事撤退は、さほど大きな問題ではない。

 十字軍時代からフランス王国に貸与している金額も相当であり、

 この返納も続いているので、事業維持にはなんの差し支えはない。」

「フランス王国は最大の債務者。

 我々の経営の為にそれは大いに利用できるという事だ。」

「テンプル騎士団は、キプロスから立て直しましょう。」

「兵務事業は撤退せざるを得ないが、

 金融業ではまだ充分に活動が行えるからのう。」

「こちらの事業を強化して経営をやり直そうではないか。」


そもそも騎士団とは、聖地奪還を目的として創設されたものでしたが、

聖地での軍事活動を維持できるように、

修道会(テンプル騎士団)や病院業(ホスピタル騎士団)を営むようになり、

独自の畑や農園開設、為替業などなども行なっていました。

騎士団の中で実際に聖地に赴いているのは団の中で数%のみで、

殆どの団員が、聖地の軍事活動を補う為に別の土地で資産運営を行なっていました。

そのうち、テンプル騎士団は金融業で成功を収めており、

聖地での軍事活動が行えなくなっても、全く危機感を持っていませんでした。


 他方、シリア・パレスチナ地方との貿易路が失われて混乱したのが、

ジェノヴァやヴェネツィアら商人たちでした。

特に大きな問題だった事は、アッコンを拠点に活動していたヴェネツィア商人の香辛料貿易は完全に封鎖されてしまう事になった事でした。

ヴェネツィアがインドや中東と古代から行なっていた貿易路が封鎖された事は、

ヴェネツィアにとって死活問題となりました。

既に黒海への交易路を確保していたジェノヴァは優勢で、

ボスポラス海峡の交易路を独占すべく、ヴェネツィアの船団の完全に封鎖させる軍事力をも持つようになっていました。

敵方であるエジプトと交易を行おうとしていたヴェネツィアへの非難は激しく、

それ故にジェノヴァとヴェネツィアの競争も激しくなっていきます。


 ――90年前の恨みは我が帝国に深く刻み込まれている……――


1204年の第四回十字軍は、

ヴェネツィア商人の暗躍によって東ローマ帝国が滅ぼされた事件でした。

これを根に持っていたギリシア帝国は、この競争においてジェノヴァを支援しました。

ヴェネツィアは新たな交易路を見つけ出さなければならない状況にありました。


      ―――……‥‥・・・


   ―――……‥‥・・・


  ―――教皇庁。


「ところで。」


カエターニ枢機卿が話を切り替えました。


「ハプスブルク家のルドルフ王が没し、

 ローマ王不在の状態となっています。

 各々、オーストリア大公アルブレヒトの強大化を懸念しているようですが、

 何方を王にするのが妥当と考えますか?」


   「妥当というならば、

    フランス王国からはヴァロワ伯シャルルを推薦して来ている他、

    ナポリ国王カルロ2世も候補に上がっています。」


カエターニは鼻息を荒げました。


「カペー家ですか……。」


  「ハプスブルク家の権力拡大を防ぐ為にカペー家に王位を与えるのは、

   全くもって本末転倒では無いですか。」


   「ここは、

    アドルフ・フォン・ナッサウ程度の人物で良いのでは?」


   「ナッサウ家か。

    ヴォーリンゲンの戦いの時に登場した人物だな。」


   「うむ。陰は薄いが、それなりに経済力もある伯国だ。」


ナッサウ伯国はベルク伯国及びマルク伯国の南東に位置し、

ケルン大司教領とマインツ及びフランクフルトの中間に位置する国。

12世紀中頃からナッサウ城を中心に栄えてナッサウ伯家が興り、現在に至ります。

ケルンへの道の重要な地点である為、

先のリンブルフ継承戦争においてはケルン大司教方に属する事となり、

結果的には敗北であったものの、

“ナッサウ伯は教会に従ってくれる”と判断されていた為、

教会側からは重要なポジションに置かれるようになっていました。


「まぁ、その辺で良いでしょうな。」

「ハプスブルク家を押さえられますかね?」

「ナッサウにもヘルヴェティアにも経済力がある。

 なんとかなるでしょう。」

「では選帝侯らに、ナッサウ家を支持するよう動いてもらいましょう。」


諸司教らは頷きました―――……


   ・・・‥‥……―――


     ―――ナッサウ城。


「私が、ローマ王に推薦されたと……?」


ナッサウ伯アドルフ・フォン・ナッサウ(1250-)は書簡を持って震えました。


   「人望のあったルドルフ王とは違い、

    その嫡男オーストリア大公アルブレヒトは、

    全領邦を支配するに全く適した人物ではありません。

    庶民からも慕われ才のあるナッサウ伯殿こそ、

    ローマ王に相応しいと考えております。」


「私が…………」


過去の王の様子をケルン大司教らの傍で見てきたアドルフにとって、

この誘いはまさに悪魔の誘いのようでした。


  ――これを受け入れたとして、、、

    私は、ルドルフ王のように教会の傀儡にならずに、

    自分自身の政治を行なう事が出来るのだろうか……。

    いや、やってみる価値はある………

    教会の傀儡にならず、

    私は真のローマ皇帝となってみせる!――


ナッサウ伯アドルフはローマ王への立候補を意思表示し、

アルブレヒトに対抗する事になりました。


 ハプスブルク家とナッサウ家の対立が始まってまもなく―――


1292年4月4日、教皇ニコラウス4世(1227-1292)が薨去しました。


「早々に教皇選挙(コンクラーヴェ)を開催しなければなりません。」

「適任は?」

「ヴァロワ伯殿やナポリ王殿か。」

「愚かな!これは皇帝選挙では無く教皇選挙の話なのだぞ!」

「カエターニ司教は如何か?」

「解せませんなあ!まだ若過ぎる!他に適任の大司教がいるであろう!」

「教皇も大事ですが皇帝も決めなければ。」

「教皇選挙会議が難航した時は皇帝の助言も必要であったはず。」

「なるべく早めにアドルフをローマ王に就けてしまいましょう。」

「では各々方、それぞれ選帝侯に、

 ナッサウ伯アドルフを推薦するよう圧力をかけましょう。」


 1292年5月5日、帝国自由都市マインツ。


マインツ大司教ゲルハルト・フォン・エップシュタイン、

トリーア大司教ボエモン・フォン・ヴァルスベルク、

ケルン大司教ジークフリート・フォン・ヴェスターブルク、

ライン宮中ルートヴィヒ2世・デア・バイエルン(1229-)、

ザクセン=ヴィッテンベルク公アルブレヒト2世らが参集しました。


マインツ大司教は話を纏めました。


「では、選帝侯の皆様の全員一致によって、

 ローマ王は、ナッサウ家のアドルフ・フォン・ナッサウ殿で決定となります。

 賛成の方は起立願います。」


何も問題なく全員が起立し、ナッサウ伯アドルフのローマ王位が決定しました。

アーヘンでの戴冠式の準備も瞬く間に整い、

1292年7月1日には、アドルフは神聖ローマ皇帝として戴冠を果たしました。


「皇帝アドルフ殿には、

 フランス王国やオーストリア公国の牽制に十分に役立って貰いましょう。」


選帝侯らが下衆に笑い合う一方、

ローマ教皇庁では、何度となく教皇選挙が実施されていました。

しかし、互いに意見は食い違い平行線の一途。

教皇が決まる様子は全くありませんでした。


 ある日、カエターニの屋敷に来訪者がありました。

来訪者が誰か分かると、カエターニは、「ちっ」と嫌そうに舌打ちしました。


  「カエターニ司教猊下。調子はどうじゃ?」


カエターニの元を訪れたのは、

カエターニの支持者で大先輩であるピエトロ・ダ・モローネでした。


「モローネ猊下……!わざわざお越しくださるとは。

 お呼びくださればこちらから出向いたものを……。」


  「選挙で忙しいじゃろうからなぁ。

   様子を伺いに来たのじゃ。

   どのようなのじゃ?」


「はい……、

 私を推薦してくださる方もいますが、

 否定的な人物も多く、なかなか上手くいきません。

 他の候補者についても、反発する勢力が強く、

 話がまとまる気配が無いのです。」


  「各地で戦争が起こっている状態であろう?

   号令出来る人物が居らぬのは問題じゃ……。

   今は何処が戦争を?」


「はい…。

 フランス国王フィリップ4世とオーストリア大公アルブレヒト、

 ナポリ国王カルロ2世とシチリア国王フェデリーコ2世、

 同じくアンジュー家のカルロ・ロベルトとハンガリー国王アンドラーシュ3世、

 グウォグフ公ヘンリク3世とレグニツァ公ヘンリク5世及びボヘミア国王ヴァーツラフ2世、

 その他にも細かい土地同士でも多くの対立が起こっています。」


  「困ったものじゃ……、

   枢機卿の皆が心を合わせなければ、

   聖俗すべてに平穏は戻らない。

   教皇が決まらなければ、民の心も休まらないというのに……。

   カエターニ司教猊下よ、

   儂はお主を信頼しておる。

   何とか良き解決策を見つけ出して欲しい。

   儂に出来る事ならなんでも手伝おう。」


「ありがとうございます。その言葉だけでもありがたいです。」


愛想良く振舞っていたカエターニも、モローネが帰宅すると表情を変えました。


 ――くっ……。老い耄れめ……。

   なるべく、早く教皇を決めなければ……。――


教皇選挙は混迷を極めていました―――……‥‥・・・


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