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083[カンパルディーノの戦い]

083

[カンパルディーノの戦い]


 ―――1288年夏。


 ハンガリー王国から、エステルゴム大司教ロドメルが教皇庁を訪れていました。


  「ハンガリー国王ラースロー4世の行動は、

   既に見過ごせる段階ではありません。」


教会会議で議題となっていたのは、

ハンガリー国王ラースロー4世(1262-)と非キリスト教徒のクマン人との関係性でした。

かつてマルヒフェルトの戦い(1278)でローマ(ドイツ)王ルドルフ(1218-)と共にボヘミア国王オタカル2世(123-1278)を破った英雄でもあるラースロー4世。

しかしこのところ、悪い噂をよく耳にするようになっていました。


「うむ、よく来た。直接話を聞きたかった。

 エステルゴム猊下、ラースロー4世の事、詳しく聞こう。」


エステルゴム大司教ロドメルは頷き、語りました。


  「この数年、愛妾アユダのせいで王の生活環境は益々クマン人に緩くなっており、

   10年前の約束は完全に無視されています。

   2年前には正妃であるイザベラ・ダンジュー様を投獄し、

   その収入を愛妾に与えるなどの暴挙に出ました。」


「うむ。それで貴方はラースロー4世王に破門宣告し、

 王は対抗して貴方方一派を排除しようとした。」


  「はい。そして敬虔な大貴族らが怒り、

   今年1月には諸侯達の手によって王を捕らえるという騒ぎとなりました。

   私はこの状況を鎮める為、王と直接交渉し、

   王は、愛妾を捨て再びキリスト教的な生活に戻るという条件を受け入れたので、釈放しました。

   しかし王はその約束をまたも無視し、

   異教徒たるクマン人ばかりを贔屓する政策を行なっているのです。

   重臣らを改宗させているのも殆ど見せかけに過ぎず、

   実状はキリスト教的行為を批判しているも同然!

   アユダの兄ミジェも改宗して王の側近となっていますが、信用できるものではありません。

   その為、大貴族らが勢力を増し、政府は崩壊に向かっています。

   かつてチャーク・ペーテルと対立したケーセギ家が特に巻き返しを図り、

   ヴェネツィアに産まれた王の従弟アンドラーシュを再び擁立して動き出しています。

   その者はアンドラーシュ2世王の庶子に過ぎませんが、

   母親はヴェネツィアの名家モロシーニ家の出。

   母トマシナ・モロシーニは、

   自分の子がアルパード家の血筋に最も近い人物だとしてヴェネツィア各諸侯に援軍を要請しています。」


「うむ、そしてそのハンガリーの内乱に、

 オーストリア大公アルブレヒトが介入してハンガリー王国西部の土地を次々と奪っているという。

 野蛮なアルブレヒトが勝手に自領を増やす為に行なっているのか、

 はたまたルドルフ王がやらせているのか、不透明な部分がある。」


  「ハプスブルク家自体をどうというのは一先ず置いておいて、

   この争いの根源であるラースロー4世を、

   教会が厳しく処罰する事こそ解決の近道となりましょう。

   是非とも、特段の対処をお願いしたく。」


教皇ニコラウス4世は深く頷きました。


 しかし、ラースロー4世を廃そうとする場合には、問題がありました。


    「聖下、ラースロー4世を再度破門するとなると、

     間接的に“ヴェネツィアの”アンドラーシュを支援する事になってしまいます。

     ヴェネツィアをつけ上がらせる事になってしまうのです!

     エステルゴム司教もおそらくヴェネツィアを財源にしたいと考えているだけでしょう。」


「この問題はジェノヴァとヴェネツィアの対立問題とは無関係だ。

 クマン人を擁護しキリスト教を蔑ろにするラースロー4世を見逃すわけにはいかんだろう……。」


数名の枢機卿はこの対応に不満を持っていましたが、

ニコラウス4世は構わず、ラースロー4世に対する十字軍編成も視野に入れるようになりました。


 ――ならば、ラースロー4世でもなく、

   アンドラーシュでもない別の操りやすい人物を選ばなければ―――……


    ―――……‥‥・・・


  ―――……‥‥・・・


  ―――1288年秋。スコットランド王国、王国議会。


 「貴方はこの国がイングランドの物になってしまっても良いというのか!」

 「イングランドの者共の言いなりになれとは言っていない!」

 「フランスとの同盟関係を悪化させる事になるぞ!!」

 「君達はエドワード王とフィリップ4世王、どちらを取るのか!」

 「その問い掛けはおかしい!スコットランドは独立国だ!」


「ならば!!!

 今のこの国に、他国に対抗しうる力があると言うのですか!!」


摂政位にあるジョン・ベイリャルは(1249-)は強い口調で言い放ちました。


 「ベイリャル殿…!先代王の摂政の息子だからといって、

  別に我々は貴方を摂政と認めているわけではないぞ。」


「今、私の事はどうだって良いでしょう!

 今決めなければならないのは、

 マーガレット女王とエドワード2世殿下の結婚を認めるか否かです!」


スコットランド王国の黄金時代を築いたアレグザンダー3世(1241-1286)の崩御後、

スコットランド政府は大きな問題に直面していました。

アレグザンダー3世が死去した時、男性継承者はすでに皆子の無いままに没しており、

アサル家唯一の継承者が、

ノルウェー国王エイリーク2世(1268-)に嫁いだ娘マーガレット(1261-1283)の唯一の娘、

アレグザンダー3世からみると孫娘のマーガレット(1283-)のみだったのです。


「この結婚を受け入れれば、確実にフランスとの関係が悪化してしまう!」

「だからと言って断ればイングランドから攻め込まれる可能性がある。」

「方々はお忘れか?!

 スコットランドとフランスには古くに結ばれた相互支援同盟がある!」

「あの古い同盟は有効なのか?」

「当然である!」

「フランスが助けてくれる事は分かった。

 だが勝つ保証は無く、イングランドに侵略されない保証は全く無い!」

「フランスとイングランド、どちらと友好を続けるべきなのか!」

「イングランドに決まっているだろう!!」

「ネーデルラントの小国がフランスに侵されている!

 フランスに従えばそれらの国と同じ運命を辿る事になるぞ!」

「ならばウェールズや北アイルランドが独立を保てているとでも??」

「それを話し合うのです!

 スコットランド王国は独立国である事を教皇に保証して貰う必要がある!」

「フランスからもイングランドからも支配を受けない独立国であると!」


ロバート・ブルースとジョン・ベイリャルは睨み合い、

対立は深くなっていく一方となっていました―――………


  ・・・‥‥……―――……‥‥・・・


    ―――ローマ教皇庁。


「では、カルロ2世の訴えの通り、

 アンジュー家はシチリア島を放棄し、

 現在維持している半島側のみを王国として認め、

 “ナポリ国王”としての戴冠を許可するという事になります。

 バルセロナ家はシチリア島を維持。

 無論カルロ2世は人質の身であり保釈金と賠償金を払わねばならず、

 王の身代わりとして親族や貴族を人質としてアラゴンに護送し、

 3年のうちに賠償金を支払えなければ、再び王もアラゴンに戻される。

 この決定で、各々方、よろしいですかな。」


教皇ニコラウス4世は皆に問いました。

概ねはこれに賛成するようすで、賛成者は起立しました。


「カエターニ殿は、何か不満なのですか。」


  「いいえ。」


カエターニも立ち上がりました。


  ―――……‥‥・・・


アラゴン王国バルセロナ。


「賠償金はきちんと払わせるのですね。」


国王アルフォンソ3世は条約を確認しました。

賠償金の支払いや、3年のうちに条項の履行が無ければ再びカルロ2世がアラゴンに戻る事を条件に、

カルロ2世は釈放される事になります。

釈放される代わりに、

カルロ2世の息子たち即ちハンガリー王イシュトバーン5世の娘マーリアとの間の子である

カルロ・マルテッロ、ルドヴィコ、ロベルトと、

その他60人の貴族がアラゴンに人質として送られて来ることになります。


「うむ…。分かりました。

 これでカルロ2世をナポリ国王として釈放しましょう。」


1288年10月、アルフォンソ3世はカルロ2世との和平交渉を成立させ、

カルロ2世は正式に仮釈放される事になります。


  ・・・‥‥……―――


     ・・・‥‥……―――


   ―――フランス王国パリ。


   「以上の決定により、

    フランス王国はアラゴン王国に対して多額な賠償金を支払わなければならなくなりました。

    アンジュー家には多くの失策がありました。

    今後のアンジュー家の措置を考える必要があるかと思われます。」


ブルゴーニュ公ロベール2世の報告に、皆々頭を抱えました。


  「反論があります!陛下!

   この決定では、完全にフランスに戦犯があるかのようです!

   シチリア島民を煽って事を重大化したのはプローチダという男!

   その男がアラゴン軍をシチリアに招いたからからこそこの戦争が始まったのです!

   教皇庁内にもこの訴えをする者が多数おります!

   再度協議を行なうべきです!」


フィリップ4世は頷きました。


「その話も教皇庁の人間から受けています。

 ですが、さらにアラゴンとの戦争を継続するには、

 その資金を調達しなければならないのも事実。」


国王フィリップ4世は、アルトワ伯をじっと見てから、宣言しました。


「フランドル伯ギィ・ド・ダンピエールは、

 商人から徴収せねばならない税を国に納めず不正を行ない続けています。

 アルトワ伯には、フランドルの納税に関する監視の強化をお願いします。

 これ以上不正が続く場合には、軍を導入せねばならない事を教え込ませてください。」


   「はい。承知致しました。」


「もし、“仮に”その時が訪れた時には、

 ヴァロワ伯シャルル・ド・ヴァロワ殿、頼みます。」


ヴァロワ伯は姿勢を正し、フィリップ4世の意に敬意を表しました。


    「陛下……、賠償金については如何致すつもりですか!」


「ブルゴーニュ殿。

 だからこそ、王国はフランドルを得ようとしているのです。

 貴方もそのつもりだったのではないですか?」


ブルゴーニュ公ロベール2世は、鼻息を荒くして言い返す事が出来ませんでした。

フランドル伯国の領有はそもそもブルゴーニュ公国の悲願。


    「うぐぐ………」


ブルゴーニュ公は拳を握りしめていました―――。


  ・・・‥‥……―――


     ―――1289年冬、ベルク伯国宮廷某所。


監禁されているケルン大司教ヴェスターブルクは意外な人物と面会する事になりました。


「カルロ2世の“シチリア王位”を認めようと進言したのは、

 お主だと聞いた、カエターニ司教。

 フランスを擁護するお主が、儂になんの用なのだ……。」


カエターニ司教は口元を緩めました。


「警戒しないでください。

 私を敵とは思わないでいただきたい。

 それに、ルクセンブルク家をブラバント家に対抗させる事に賛成したのもこの私です。

 貴方は幾つかの戦争を引き起こした罪を償う必要がありますが、

 私は、貴方の指導者としての才能を認めています。

 どうですか。

 ベルク伯に対する賠償金の支払いなど、

 幾つかの譲歩を約束すれば、貴方を保釈する手助けをしましょう。

 そういう事です。」


「ならば、何故内密に呼び出した。

 お主の本当の狙いは何なのだ?」


カエターニは再び口元を緩め、目を瞑りました。

何も答えるつもりは無いようでした。


ヴェストカペレの戦いでベルク伯国に捕虜になっていたケルン大司教ヴェスターブルクの、

賠償金と保釈金の交渉が始まりました。

1289年5月19日、その金額が決定し、ケルン大司教は支払いの準備を始める事になりました。


    ―――……‥‥・・・


 ―――1289年5月。


「では、“ナポリ王位”ではなく、

 カルロ2世に“シチリア王位”を認める方向で宜しいのでしょうか。」


「カエターニ殿……、しかし、カルロ2世本人は、

 アラゴン王国に対してシチリア島を放棄しても構わぬと言っていた。

 だからこそ、去年、

 アンジュー家にはナポリ国王位を、

 バルセロナ家にはシチリア国王位を認めると言う条約を結んだ。」


「ですが、アンジュー家によるシチリア王国支配は亡きホノリウス4世聖下が切望していた事。

 何より、去年の決定にはローマが反対しているのです。

 このままでは再びローマで反乱が起こるかと思われます。

 また、バルセロナ家はかつて異端者アルビ派を擁護したり、

 今回のアラゴン十字軍など、真信に疑いのある行動も目立ちます。

 ここは、皇帝派(ギベリン)との和解を測る為にも、

 アンジュー家に有利な裁定を行なうのが、今後の為かと存じます。」


  「うむぅぅ……??」

  「ならば同様に、カルロ2世妃マリーアのハンガリー王位請求も許可すると?」

  「あなたがアンジュー家贔屓とは信じ難い。」


「贔屓とは違います。

 利用し易い人物を利用し、収入源を確保しようと言っているのです。

 教皇庁のこれまでのやり方と何が違いますか?」


諸司教らは唸りました。


「再びアンジュー家にシチリア王位を認めるのは、

 アラゴンとの戦争を長引かせるだけではあるまいか。」


「その代わりにヴァロワ伯のアラゴン王位請求に対して賠償金を払わせるのです。」


「調停役のエドワード1世王は納得しているのか?」


「話は出来ております。

 何より、ニコラウス4世聖下がこの妥協案でおおよそ承認しているのです。」


ニコラウス4世はゆっくりと頷きました。


「なら、アラゴン国王アルフォンソ3世殿と、

 名目上シチリア国王ハイメ殿に納得して貰わなければなりませんな……。」


 ―――シチリア王国パレルモ。


バルセロナ家のシチリア国王ハイメとその摂政フェデリーコは愕然としていました。


  「兄上……!なぜ去年の決定を覆してまたこのような事に?!

   アルフォンソ兄上に抗議しましょう!!」


「いや……、兄は何か考えあっての事なのであろう。

 調停にはアングルテール国王に加えてカエターニという司教も絡んでいるとも聞く。」


  「カエターニ……?信用出来ません……!」


「今は兄上の決定に従おう。」


  「兄上っっ!!

   私には納得出来ません!!

   本国にはアンジュー家の近親者が多く捕虜になっているのです!

   いっそのこと、みな断罪してしまえば良いのです!」


「フェデリーコ!!

 滅多な事を言うな!!」


  「奴らは敵の人質!こちらがどうしようと勝手じゃないか!」


「何という事を!!

 そんな事で民の上に立とうとするな!

 私はお前の摂政位を解任してもいいのだぞ!!」


  「っ何だとっ………!」


フェデリーコは苦虫を噛み潰していました。

アルフォンソ3世とアラゴン諸侯、

ハイメ、摂政フェデリーコ、マヨルカ国王ジャウメ2世には、

まだまだ意見の食い違いが生じていました。

アラゴン本国では内乱が勃発していました。


 ・・・‥‥……――――――……‥‥・・・


    ・・・‥‥……―――


 ―――1289年5月、アレッツォ司教座。


アレッツォ司教グリエルモ・ウベルティーニ(1219-)が登壇すると、

そこに集まった兵士達が雄叫びをあげました。


「君達よ、良く集まってくれた!

 知っての通り、昨年教皇庁はアンジュー家によるシチリア島支配を否定したが、

 それを覆して再びカルロ2世の“シチリア王位”を認めた!!

 教皇庁の不可解な決定やアンジュー家の台頭を許す事は出来ぬ!!

 シチリアの悲劇は何故起こったのか思い出すのだ!」


    「これ以上教皇庁の犬にイタリアを冒されてなるものか!!」

    「腐り去った教皇庁をもはや信頼など出来ぬ!!」

    「ケルン大司教の釈放が決まった!!」

    「ハンガリーのケーセギ家がヴェネツィアと組んだ!!

     アンジュー家の敵であるアンドラーシュ殿を支援する動きとなっている!

     ヴェネツィアがハンガリーを支配すれば、我々に大きな力となる!」

    「我々は力を盛り返す事が出来る!!」

    「立ち上がろう!!俺たちはフィレンツェの支配から脱するんだ!」

    「海はジェノヴァとフィレンツェだけのもんじゃねぇ!!」

    「我らの意地を見せつけるのだ!!」


アレッツォは、ボローニャやペルージャといった教皇派(ゲルフ)の代表格の都市の間にありながら常に皇帝派(ギベリン)を主張しており、

フィレンツェが教皇派(ゲルフ)のジェノヴァと結びついてからというもの、

教皇派(ゲルフ)のフィレンツェから圧迫され続けていました。


「我らがアレッツォは独自の自治権を有する独立都市である!!

 フィレンツェの支配下から抜け出し、

 我らの政権を取り戻そうではないか!」


指揮官の一人モンテフォルトロの掛け声に、皆は一斉に雄叫びをあげました。


「アレッツォを建て直そう!!!」

「俺たちにはそれが出来る!!」

「教皇派の都市を打ち負かそう!!!」


この数ヶ月間のアレッツォの動きを、

感知していないフィレンツェではありませんでした。

フィレンツェでも順調に軍備は進められていたのです。


 1289年6月2日、フィレンツェ。


教皇派(ゲルフ)であるフィレンツェは、

ナポリ国王カルロ2世の重臣アメリーゴ・ディ・ナルボーナ(1230-)を総大将としており、

フィレンツェ貴族らによって多くの兵が集められていました。


  「我が軍はナルボーナ総指揮官の指揮下に入る!!

   皆の衆よ!良く聞け!

   これは教皇派(ゲルフ)都市フィレンツェの力を世界に知らしめる総仕上げの戦いとなるであろう!!

   教皇の為に我らは戦うのだ!!!」


  ――ぐぉぉーーー!!!――


有力貴族の中でも有力者であるコルソ・ドナティの宣言に貴族達が大きく叫びました。

しかし中にはそれに疑問を持つ者も多数いました。


  ―――私らが戦うのは、教皇の為では無い。―――

  ―――俺たちは、自分達の自治権を確立して独立すべきなのだ。―――

  ―――教皇や強国に依存せず、

     独立して他国と渡り合える都市を目指すべきなのだ……―――


  「各々方の意見は十分に承知している!

   これは教皇派と皇帝派の戦いでは無い!

   我々フィレンツェが独立する為の戦いである!

   だが、この戦いは必ず勝たなければならない!

   その為には貴族達の軍とも団結しなければならない!

   フィレンツェの貴族と共に闘い、勝利してこそ、

   我らの未来がある事を肝に命じておくのだ!」


小貴族出身のヴィエーリ・デ・チュルキが叫ぶと、

これに従う者たちは一層大きな雄叫びをあげました。


    「フィレンツェの未来の為に!!!」


   ―――うぉぉぉぉ!!!!―――


    「フィレンツェの未来の為に!!!!」


この時、手綱を握る者の中にダンテ・アリギエーリの姿もありました。


教皇派(ゲルフ)軍はフィレンツェ軍を主力に、

シエナやルッカなどの都市の援軍を得て、

歩兵10,000、騎馬兵1,900の軍がフィレンツェに集まっていました。


「皆の衆よ!良く集まってくれた!!」


総大将のアメリーゴの演説が始まりました。


「アレッツォは司教ウベルティーニを総大将としておよそ1万!

 我々と互角の兵数を準備している。

 この戦いはおそらく決戦となるであろう!

 敵は我々と同じ市民軍だ!

 自分を信じ、恐れる事無く戦うのだ!!

 そうすれば勝利は掴めるだろう!!

 いざ!アレッツォへ!!!!」


フィレンツェ軍はアルノ川を上り、アレッツォへ向かいました。

アルノ川と街道を真っ直ぐに南東に進めばアレッツォですが、

アルノ川はアレッツォでファルテローナ山地を北に大きく折れ曲り、

フィレンツェの真東近くを源流とします。

フィレンツェ軍は東にヴァルダレナ峠を越えてアルノ川最上流部へ進み、

ここからアルノ川を下るルートを取りました。


     「フィレンツェ軍の動きが分かりました!!

      下流ではありません!

      上流から来ています!!」


    「よし!!アレッツォ軍はポッピで迎え撃つ!!」


 そして、1289年6月11日。


この日アレッツォ軍は、ポッピの北のカンパルディーノ平原に布陣していました。


   「来たな……!フィレンツェ軍め……!!」


カンパルディーノ平原に、フィレンツェ軍とアレッツォ軍が対峙しました。


   「総大将、私に先に行かせてください!」


「良いだろう!行け!」


   「良し!!我が軍!出撃!!!」


      「ウベルティーニ殿!!私も行きます!!」


「良し!許可する!!進め!!」


アレッツォ軍は、なんの脈絡もなく一隊一隊が別個に突進しました。

フィレンツェ軍の総大将アメリーゴは頭を掻き毟りました。


「くぅっ、やはり戦略など全く無しか!!

 やはり敵を一隊毎に、個別殲滅していく以外に勝つ方法は無い!

 良し!!教えた通り、回り込め!!!」


何の策もないまま突撃するアレッツォの個隊。

連携したフィレンツェ軍は総掛かりでその個隊を確実に一つ一つ潰していきます。

アレッツォ軍の兵士は次々と殺されていきました。


――なんだ?これは。酷い戦いだ……

  敵軍はただ殺されに向かって来ているようではないか……――


フィレンツェ軍の騎兵として参戦しているダンテは、

アレッツォ軍の戦い方に嫌悪していました。


――無能な指揮官の為に皆が道連れにされている……――


指揮官を失ったアレッツォの民兵は逃げ惑い、なんとも滑稽な姿を見せていました。


    「うわぁ敵だ!!」


     「逃げろー!」 「飛び込めー!」


逃げる為に川に飛び込む者が多数いましたが、

そんなに川は深く無いので、ただ動作が鈍るだけで川底に隠れる事も出来ません。

酷い有り様でした。


教皇派(ゲルフ)皇帝派(ギベリン)の最後の戦いとされるカンパルディーノの戦いは、

フィレンツェ側の死者およそ300、アレッツォ側の死者およそ1,700。

アレッツォ側は総大将司教ウベルティーニを含めた殆どが討ち死に、

教皇派フィレンツェの圧勝に終了しました。


   「教皇派(ゲルフ)軍の勝利である!!」

   「教皇万歳!!」

   「この世界を統べるのは教皇である!」

   「それに逆らうとアレッツォのような惨劇となるのだ!」

   「教皇万歳!!!」

   「だがまだ終わりではないぞ!

    ピサも確実に従わせる必要がある!」

   「この勢いで皇帝派都市を完全に支配するのだ!!」


ドナティ家軍が勝利に湧いている傍では、

チュルキ家を支持する市民軍が歓喜の声を上げていました。


「フィレンツェ軍の勝利だ!!」

「良くやってくれた!!」

「我々の勝利だ!」

「我々は皇帝派都市に屈しない力を持つ事が判明された!」

「フィレンツェはこれからも大きくなる!」

「これからも団結して独立した政権を維持しよう!!」


カンパルディーノの戦後すぐ、1289年8月、フィレンツェ軍は、

アレッツォ残党軍とピサ残党軍の最後の砦であるカプローナ城を陥落させました。

ここに皇帝派軍は完全に降伏し、

一連の教皇派(ゲルフ)皇帝派(ギベリン)の戦争は一応の終結をみる事になりました。


ところが、共通の敵である皇帝派(ギベリン)を排した後、

フィレンツェの方針の違いは顕著に現れ、次第に対立するようになっていきました。


有力貴族ドナティ家当主コルソ・ドナティが筆頭となっていました。


   「今後フィレンツェは教皇庁即ち教会と

    貴族社会との関係を強化して都市の発展を目指す!」


封建貴族らが中心となり、教皇と強く結びつこうとしていました。

こちらを、『黒党(ネーリ)』と呼びます。


   ―――他方。


    「無論のこと教皇の首位は認めている。

     しかし教会は普遍的(カトリック)なもので、実生活とは別世界だ。

     フィレンツェは自立するする必要がある!」

    「商業でこの街は発展した!」

    「貴族らに支配されない自由な商売を行える都市に!!」


 ―――こちらが、白党(ビアンコ)

フィレンツェの町は、古くから金融業や運送業等が発達し、イタリア半島の他の自治体よりも遥かに自立が早い都市でした。

富裕市民からなる白党は、

小貴族のヴィエーリ・ディ・チュルキを中心にフィレンツェの自立を目指しました。


‥‥……―僕はいったいどうすれば良いのだろう?!

   ずっとチュルキさん達と共に活動してきたけど、、

   僕の妻はドナティ家の親戚だ……

   別に僕は、好きで彼女と結婚したわけではなく、

   貴族の出であるがゆえに、許嫁として、仕方なく一緒になった……。

   だからと言って、彼女と別れる勇気も無い……

   どうしたら良いのだろう……?!

   答えてくれ、僕の唯一の最愛の人、ベアトリーチェよ……!

   僕をこの苦悩から救って欲しい……!!……‥‥


この時ベアトリーチェは既に数人の子を持つ母となっていました。

ダンテは、初めて彼女と出会った時以来、1度も話す事なく時が過ぎていました。

そして彼は翌年、1290年6月8日、

24歳という若さで病死したという話を耳にするのです。


 ‥‥……―ベアトリーチェが?!

   嘘だ!嘘だ!!

   彼女は死ぬはずがない!!

   何かの間違いだ……!!

   ベアトリーチェは生きている!

   だってそうだろ?!

   ベアトリーチェは今でも、

   あの時と同じままの笑顔を僕に見せてくれるんだ!

   死んだなんて、信じるものか……!!!


ダンテは狂乱しました。


  ――僕の心の中に、彼女は美しい姿のままで生き続ける―――


絶望したダンテ・アリギエーリは、地獄の中にいる想いで文学に耽り、

ベアトリーチェという天国にいる存在に助けを求め続けるようになります。

しかしそんなダンテも世情には抗えず、

小貴族出身という家柄から、白党の党員の中でも要職に就き生きて行く事になるのでした―――……


1289年のカンパルディーノの戦い以後、

フィレンツェの都市内部で、黒党と白党の対立は深くなっていきました。


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