019[リチャード獅子心王]
019
[リチャード獅子心王]
―――アングルテール国王リシャールがサラディンとの休戦に決着を付けたのは1192年9月。
フランス軍がシリアから撤退したのはその一年も前、
1191年9月の事でした。
「あの……、陛下、よろしいでしょうか?
アッコンで具合が悪かったと言っていましたが、
その後、調子はいかがですか?」
フィリップ2世は振り返り、間の抜けた返事が返ってきました。
「ん?まさか。真に受けていたのか?」
「え?まさか、仮病だったのですか!?
何故です?」
「まあ気分が優れなかったのは本当だけどね。
リシャールとは喧嘩中だったからね。」
「そ、そんな…?!」
ブルゴーニュ公の息子ウード3世(1166-)は呆れたようにため息を吐き厳しい口調で言い返しました。
「陛下……!戯れはお辞めください。
もしアングルテール軍がエルサレムを落としていたら、
栄光はリシャールだけのものになってしまう!」
「栄光か…。
いや、そうはなるまい。
十字軍に没頭し過ぎて自分の国を奪われたのなら、
汚名の方が輝く事になるだろうな。」
「自分の国を??と言いますと……??」
「彼には、まだ私に靡いている弟がいる事を忘れちゃいけない。
欠地王子ジャンだ。
リシャール不在のうちに、ジャンを決起させる手筈となっている。」
「では、ブルターニュのアルテュール様は?
リシャール王は以前ブルターニュ公アルテュール様を後継者に指名していました。」
「しかしアルテュールはまだ5歳。
アルテュールが長ずる前に、リシャールはそれを覆す可能性が十分にある。
だから、リシャールに反抗的であるジャンを先に王位を奪わせて置くのさ。
バレたとしても、あくまで中継ぎだと言い張れば良いだろう。
それに、既にドイツにも声をかけている。
十字軍の一件で幸いにして教皇は皇帝と和解している。
教皇も皇帝も、既に手の内なのさ。」
ローマ教皇位は、91年3月にクレメンス3世が亡くなり、ケレスティヌス3世が選出されていました。
ケレスティヌス3世は、前皇帝ホーエンシュタウフェン家のフリードリヒが後継者に指名していたその子ハインリヒ6世の即位を承認、戴冠させました。
フランス国王フィリップ2世が外交で友好を結んでいたのは、この教皇と皇帝。
それに……
「オーストリア公のレオポルト5世をシリアから早めに撤退させたのにも、訳がある。
リシャールがいつ帰路を、
海路を取るか、陸路を取るか分からないからね。
上手く偵察してもらっているんだよ。
オーストリア公は国旗の一件でリシャールとは深い溝が生まれていたからね。」
「そ、そんな事まで考えていたとは……!」
「既にドイツは、欠地王子ジャンの擁立に乗り気だ。
リシャールめ、これを知ったら驚くぞ、ふふふ。」
フィリップ2世は、リシャールの弟ジャンに反旗を翻させ、王位を奪わせるつもりでした。
ウード3世は感心しました。
父ブルゴーニュ公ユーグ3世とは違い、彼はフィリップ2世を傾倒するようになっていました。
1192年8月25日、これまで反抗的な態度を取り続けていたブルゴーニュ公ユーグ3世が50歳で逝去。
これを継ぐウード3世は、フランス国王フィリップ2世に対し忠誠を誓いました。
ブルゴーニュ公領はフランスと帝国の間に横たわる広大な領土。
これによって不安要素を取り去る事が叶ったのでした。
―――……‥‥・・
―――……‥‥・・
一方、1192年9月。
サラディンと休戦条約を結んだリシャールは、急いでウェストミンスターに向かいました。
「おのれフィリップ!勝手な真似を!!
お前の好きにはさせない!!!!急ぎ帆を張れ!!」
しかし不幸な事に、アングルテール軍の艦隊は遭難してしまいます。
リシャールらは已む無く陸路を進む事にします。
ところが、そこかしこに帝国軍が目を光らせていました。
「リシャール陛下、こりゃ、まずいです。
この先の町にもドイツ軍がいます。
陛下だとバレない様にしないといけません―――。」
「誰か、一般兵の鎧をよこせ。
くそっ、なんでこんな惨めな思いをしなければならないんだ‥‥!!」
帝国領内は、こうして変装して、密かに移動する手段しかありませんでした。
しかし、フィリップ2世が手を回したドイツ軍は、優秀でした。
ある森の中………。
「……レオポルト閣下。見つけました。間違い無く、エンゲラントのリヒャルトです。」
「よくやった、で、どこから襲える?」
「地図をごらんください。エンゲラント軍は、今ここにいます。」
「うむ、では、ここだな。」
「ですね、ここで待ち伏せましょう。」
「明け方に奇襲だ。」
「御意。」
明朝、ウィーン郊外。
オーストリア公レオポルト5世は、林に隠れていたリシャールらを急襲。
―――無駄な抵抗はするなよ!―――
―――リシャール殿だな?!―――
―――大人しく投降せよ!!―――
取り囲まれたリシャールは諦めて手を挙げました。
「リシャール殿。再び出会えて光栄だ。」
レオポルト5世がリシャールの前に現れました。
「お前か、オーストリア公。
フィリップの手先に成り下がったか。」
「勘違いされては困る。
新たな王を推戴すべく、不要な者を捕らえるのみだ。
いや、違うな、私には金が必要なのでね。」
応えないリシャールに、もう話す事は無く、
レオポルト5世は、難なくリシャールを捕えました。
年を跨ぎ1193年、リシャールの身柄は、神聖皇帝ハインリヒ6世の手に引き渡され、幽閉されてしまいました―――。
・・‥‥……―――
・・‥‥……――――
〽︎私には多くの友人がいる。しかし、彼らからの贈り物は少ない。
もし身代金が払われず、ずっと囚われの身として冬を越したならば…(…中略)。
もし私の友が囚われていたら、彼がどんなに貧しくとも、私は決して彼を牢に閉じ込めたままにはしないだろう…(略)。
リシャールが歌った詩でした。
しかしただ一人、リシャールを解放する為にいろいろと働いたの者がいました。
それは、母アリエノールでした。
もう70歳近いアリエノールでしたが、
リシャールが十字軍として親政してからは摂政としてアングルテール王国の政治を仕切っていました。
アリエノールは息子を解放する為に、身代金集めに苦心していました。
またアリエノールは、長女マチルダ(1156-89)とハインリヒ獅子公の長男ハインリヒ(1173-,20歳)の結婚を決めました。
「皇帝位を操る為には教皇庁に意見出来る地位が重要よ。
現在のライン宮中伯はホーエンシュタウフェン家のコンラートだけれど、
コンラートはフィリップ2世よりアングルテールを選んだわ。」
ヴェルフ家のハインリヒは、コンラートの娘アグネスと結婚したのです。
アリエノールはこうして教皇庁に近づき、皇帝位にあるホーエンシュタウフェン家に接近する事になります。
この時ハインリヒ獅子公は65歳。
好敵手の皇帝ハインリヒ6世の勢力増加と、自分の死期を感じていた獅子公は隠居を決意し、
翌年の1194年に自身の拠点であるブラウンシュヴァイクに退く事になります。
コンラートが仲介し、ホーエンシュタウフェン家と一応の和解を決しました。
無論、イングランドにはまだ獅子公の子オットーらが亡命しており、
対抗勢力を保有している事になります。
アリエノールがリシャールの解放に奮闘している間、
ブリテン島ではジャンがウェストミンスターを独占していました。
ところが、地方の民はその悪政に苦しんでいました―――
―――……‥‥・・
―――ノッティンガム・シャーウッドの森。
――ジョンの悪政を許すな!!――
――暴君め!――
――イングランドの民がどれだけ重税に苦しんでいるのが分からぬのか!――
――俺たちには俺たちの生活がある!――
――ノルマン人なんぞに郷が支配されてたまるか!!――
――戦うぞ!この弓に賭けて貴族の横暴には屈しない!!!――
・・‥‥……―――
・・‥‥……―――
―――パリ。
「なに?諸侯からの支持が得られていない?」
報告を聞いたフランス国王フィリップ2世は、ゆっくり顔を上げました。
「はい。アイルランド卿ジャン殿は、アンジュー帝国内の貴族からは評判が悪いんです。
甘やかされて育ったとか、好色だとか性癖も悪いとかで。。。」
「……うぅむ、ジャンの性格の問題か。
やはり奴の愚鈍さはバレているんだな……。
リシャールの居ない間にジャンにアングルテールを奪わせるつもりだったのだが……
このままでは悪魔が放たれてしまうぞ……。」
こうしてフィリップ2世が手をこまねいている間にも、
1193年の間、着々と老アリエノールはリシャールの身代金を集めていました。
僅か1年程で彼女は15万マルクもの多額の身代金を整え終わり、ドイツへの支払いが完了してしまいます。
そして1194年2月、ついにリシャールは解放されてしまうのです。
翌月リシャールは、約4年振りにアングテール王国に戻ってきました。
ウェストミンスターではジャンが王位を主張して幅を利かせていましたが、
リシャールが解放されたという報せを知ると、直ぐに掌を返しました。
――リチャード万歳!!!――
――サラディンを屈服させた!!――
――巡礼だけでもさせて貰えるようになったのは、彼のお陰だ!!!――
――誠に獅子の如き強き魂を持った王だ!――
――我らイングランドの民の心を分かってくださる王だ!――
――棚ぼたのジョンになんか国を任せられるか!――
………
このようにウェストミンスターでは、リシャールを聖地攻略の英雄として讃える庶民・諸侯らも多く存在していました。
「ジャンの馬鹿者め!降伏しろ!
アルテュールは既にフランス王に臣従を誓っているというでは無いか!
お前はフランス王に騙されたんだ。
奴は俺を政界から引き摺り下ろせばお前を懐柔出来ると考えている。
利用された事が分からぬか!」
ジャンは、暫く言い返す事が出来ませんでした。
「うぐ………では、兄上。
シチリアで約束したという、
アルテュールを後継者とする件は撤回して頂けますか。」
「撤回しよう。子がなければジャンが後継者だ。」
「その事しかと!」
ジャンは礼をしました。
リシャールはジャンを屈服させて王位を取り戻すと、再び遠征軍を組織しました。
「フィリップめ!
小癪な手を使いやがって!!許さぬそ!
私を讃える者よ集え!フランスへ進軍だ!」
リシャールは庶民からの税金を増やしてを資金を調達しました。
税金を増やされた庶民でしたが、リシャールの為ならとこれに従い、支援しました。
リシャールはアングルテールの軍を纏めると、同年7月にはフランスへ赴き、戦闘を開始しました。
「それにしても、ドイツもドイツだ!!
ホーエンシュタウフェン家め!!フランスと手を組みやがって!!
ドイツ王には、ヴェルフ家のオットーを就けよ!!」
ヴェルフ家のブラウンシュヴァイク公オットー。
獅子公とマチルダの間には長子ハインリヒがいましたが、
ハインリヒは政略でライン宮中伯ハインリヒ5世として政界にありました。
その為領土を伴う俗界の者としてはその弟オットーとヴィルヘルムがアングルテールにありました。
リシャールはヴェルフ家派の人間を支援し、味方に付けました。
ヴェルフ家をアングルテール王国に亡命させた宿敵は、ホーエンシュタウフェン家。
バルバロッサ皇帝フリードリヒを継承した皇帝ハインリヒ6世(1165-,29歳)はフランスの支援もあり、勢い付いていました。
「ハインリヒ獅子公やタンクレーディ亡き今は敵はいないも同然!!」
リシャールの身代金のお陰で多額の軍資金を得たハインリヒ6世は、南イタリアへと侵攻していました。
1194年2月にはシチリア国王タンクレーディが戦死しており、
これを継ぐグリエルモ3世は9歳にならない幼年。
帝国軍はピサやジェノヴァの支援を得てパレルモへの攻撃を開始していました。
ハインリヒ6世はグリエルモ3世から王位を奪い、
1194年12月、ルッジェーロ2世の娘で王位継承権第1位に躍り出た妻コンスタンツァを女王に戴冠させ、
自身も共同統治する事になりました。
こうして神聖帝国はホーエンシュタウフェン家の下でイタリア王位も獲得したのです。
アンジュー帝国内の大陸の諸領主、ノルマンディー、アキテーヌ、アンジュー等の小豪族の何名かは、
既にフィリップ2世によって買収されてしまっていました。
リシャールはそれらを大金を使って買戻さねばなりませんでした。
ノルマンディーに到着したリシャールは圧倒的な強さでフランス軍を破り、アキテーヌでの反乱も鎮めます。
「全く飛んだ事をしてくれたな……!
ジャンの浅知恵のせいで金がいくらあっても足りぬでは無いか!」
「申し訳ありません、監督不行き届きで………」
摂政のペンブルック伯マーシャルが額を地面につけました。
「マーシャルが謝る事ではない。が!
戦争を引き起こした責任はとらせるぞ。
ルーアンはパリと目と鼻の先にも関わらず護りが甘い。
どこか最も良き場所に城を築城せよ!」
「は!それならば地図はここに。
ルーアンより南東30km、セーヌ川が大きく湾曲するレ=ザンドリの手前、
ここならば、セーヌ川を見下ろし、
敵の動きを良く観察出来、直ぐに報せる事も出来ましょう。」
「よし、この場所ならば良いだろう。
この地に城を!直ちに築城せよ!」
リシャールはこの地に築城する事を決め、たった2年で城を完成させます。
ガイヤール城は、1196年に完成しました。
「なんと美しい私の娘よ!
この堅牢な城があれば、フランス軍の活動を止めるのも容易い!」
リシャールは勝利を確信しました。
「それにしても、今回の失地回復で多額の借金を作ってしまった……。
いかにしてこれを埋めていけば良いのか……。」
資金不足のリシャールは、金になるものが見つかればそこへ攻めていき、軍資金を調達する、
という金策の旅に明け暮れるようになりました。
この為なのか、恋愛結婚だったにも関わらず、ベレンガリアとの間には子を成していませんでした―――
・・‥‥……―――
―――パリ。
ところで。
フィリップ2世の妃イザベル・ド・エノー(1170-1190)は、
長男ルイ(1197-)は残せたものの、1190年に20歳という若さで亡くなってしまいました。
その為、1193年にデンマーク王女インゲボルグと結婚しました。
インゲボルグはとても美しい女性でしたが、強気な性格がフィリップ2世とは全く合わず、初夜も共にしていませんでした。
「ああいう女は好きにはなれん。
私には合わないんだよ。
結婚は無かった事にして貰えんかね。」
そんな状態で悶着がありながら3年が過ぎると、
フィリップ2世はすっかり独身のつもりでいました。
「決めた。結婚相手は北イタリアのメラーノ公の娘アニェスだ。」
1196年、フィリップ2世はアニェスを見初め、彼女と結婚してしまいました。
ところが、
「私は離婚なんて認めていないわ!!
これは重婚よ!!
教皇に訴えてやる!!」と、インゲボルグは訴えます。
時の教皇ケレスティヌス3世から忠告を受けましたが、
「待て待て、、今更そんな事を言われても、
私はアニェスと結婚するのだ。」
と、忠告を聞きませんでした。
今の教皇はフランス贔屓でもあるケレスティヌス3世。
教皇の支援のあるお陰でフィリップ2世はこの件について殆ど気にする事がなく、
ウェストミンスターのジャンや帝国の政治に関与出来ており、
リシャールに対しても都合良く事を運ぶ事が出来ていたのでした―――……




