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189[オーストリア公]

189

[オーストリア公]


 北イタリア・ピサ共和国。


   「皇帝陛下……。」


珍しく偵察隊の中でも上位の人物が直接皇帝に報告にやって来ました。

その事自体も、そして彼の表情から見ても、何か重要な事が起こった事が分かりました。


   「去る、1330年1月13日、共同皇帝フリードリヒ美王様、崩御。」


神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世(1282-)は顔を顰めました。


「やはり………。

 美王が、ついに死んだのか……。」


   「はい。

    その為、ボヘミア軍の動きを警戒しなければなりません。

    バイエルンに侵攻すると言う噂も流布されており、

    下バイエルンが動く可能性もあります。」


「むむむ……。

 そう言う事になるか……。

 予想していた事だが、、これは急がねばならんな………。」


気難しい顔をして目を瞑りました―――……


    それよりも数日前―――………


  ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 1330年1月13日、

オーストリア公国ニーダーエスターライヒ州、グーテンシュタイン城。


共同皇帝であるオーストリア公フリードリヒ3世美王(1289-1330)は、

その城内で密かに息を引き取りました。


思えば、4年ほど前からオーストリア公国は不幸の連続でした。


 ハプスブルク家は、1322年のミュールドルフの戦いで敗戦したのち、

当主であるオーストリア公フリードリヒ3世がバイエルン公国に捕虜となってしまいます。

しかし弟シュタイアーマルク公レオポルトらの必死の和平政策にてヴィッテルスバッハ家との和睦が決定し、

上バイエルン公ルートヴィヒ4世の恩情で1325年に保釈されます。

この時に、

ルートヴィヒ4世がローマ皇帝及びイタリア王として、イタリアを、

フリードリヒ3世がローマ王として、ドイツを治める事が決められました。

ルートヴィヒ4世がイタリア政策を実施している間、

留守をフリードリヒ3世美王が預かる事となったのです。


 ところが保釈から間も無くの事でした。

1326年に、戦争に明け暮れていたシュタイアーマルク公レオポルト(1290-1326)が突然の死去、

次いで翌1327年には、下の弟ハインリヒ(1299-1327)が死去してしまいます。

さらに妃のエリザーベト・フォン・アラゴン(1305-)までもが重病に冒されてしまうのです。

レオポルトには男性継承者がおらず、ハインリヒにも子がありませんでした。

フリードリヒ3世美王はかなりのショックを受け、心労が重なり続けます。


「弟達に大変な苦労を強いてしまった……

 この結果が、これだ………

 妻も目を覚さぬままだし………、これから私は、どうすれば、、」


鬱となってしまったフリードリヒ3世は政務は覚束ない状態となり、

おおよそオーストリア公国は別の弟達

アルブレヒト2世賢公(1298-)とオットー陽気(Fröhliche)公(1301-)の二人に任せるようになっていきました。


 アルブレヒト2世賢公はその渾名の通り政治的な才能がありました。

ヴィッテルスバッハ家との和平が維持出来ているのも、

彼と、そしてその妃ヨハンナ・フォン・プフィルトもまた秀才であった為でした。

妃の実家プフィルト伯家はフランス貴族スカルポン家の出ではあるものの、さほど大きな家ではありません。

ハプスブルク家には兄弟が多かった為、当時年少であったアルブレヒト2世には、

それほど家格の高さを考えずに縁談を進める事が許されていました。

アルブレヒトがちょうど良い年齢に達し、縁談を考えるようになった頃、

西部戦線を担当していたシュタイアーマルク公レオポルトが、

継承男子のいないプフィルト伯爵、つまり彼女の父親が亡くなった事を聞きつけました。

「プフィルト伯領はバーゼルに近く、プザンソンなどを経由してフランス王国とを繋ぐ要衝だ。

 これを機に、ハプスブルク家がその地を接収してしまえないだろうか。」

レオポルトがこの縁談を提案し、

プフィルト伯の女性継承者であるヨハンナとアルブレヒト2世の結婚を纏めました。

あくまで、プフィルト伯領を統治する為の政策に過ぎませんでした。

 その当時こそ年少であったものの、

年長のフリードリヒ3世美王やレオポルトが多忙でウィーンを離れる事も多かったので、

次第にアルブレヒト2世の地位が高くなっていきました。

アルブレヒト2世と共に、妃ヨハンナもその秀才ぶりを遺憾なく発揮し、

宮廷内でも一目置かれる存在となっていきました。

夫婦共に聡明で政治手腕にも長けていた為、領民には慕われており、

賢公だとか、平和公とまで呼ばれるようにもなっていました。


 そんなアルブレヒト2世とは違い、

ミュールドルフの戦いの時まで未婚だった末弟のオットー(1301-)は、戦後交渉の結果、

1325年に下バイエルン公シュテファンの残した娘と結婚することになりました。

もちろん下バイエルン公家はルートヴィヒ4世と同じくヴィッテルスバッハ家である名門です。

「下バイエルン公国を完全に手懐けるには、ハプスブルク家と縁談を結ぶのも良き手だ。」

ルートヴィヒ4世が、下バイエルン公国とハプスブルク家を併せて安全に支配する目的で結んだ縁談でした。

「ヴィッテルスバッハ家と婚姻政策を??」

初めは否定的であったオットーでしたが、アルブレヒトにも説得されると納得しました、

「これで、下バイエルンとの繋がりが出来た事になる。

 そう言う事でこれを受け入れよう。」


 そんな状況で、1326年と1327年に、

レオポルトが娘二人しか残さずに死去し、下の弟ハインリヒも子を残さず死去してしまいます。

党首であるフリードリヒ3世美王の鬱病も酷くなってしまい、

その妃エリザーベトも瀕死の状態となってしまいます。

美王にも娘が二人しかいませんでした。

さらに、アルブレヒト2世賢公とヨハンナの間にも子が生まれていませんでした。

夫婦仲が悪かった事も無いとは思いますが、3年経っても子が生まれていなかったのです。


ここでオーストリア公国を背負って立つのが、アルブレヒト2世賢公でした。


 「兄は病に臥せてしまった。オットーよ。

  これからは我々が兄に変わって

  ルートヴィヒ4世皇帝の帝国支配を補佐しなければならない。

  何か分からない事があれば我々に直ぐに相談してくれよ。」


アルブレヒト2世賢公は、“我々”と称して隣に座る妃ヨハンナを示しました。


 「ああ。そうだな。

  “我々”がフリードリヒ兄を補佐しなければならない。

  だが、兄上。

  ルートヴィヒ4世の補佐をすると言うのは、間違えでは無いか?

  我々は別にヴィッテルスバッハ家に臣従したわけでは無い。

  フリードリヒ兄は共同皇帝だろう?」


オットーの言う我々は無論、兄の賢公と自分の事でした。


 「私達オーストリア公爵は二人の皇帝の家臣だ。

  ルートヴィヒ4世皇帝に対しても、同様に敬わなければならない。

  今はそうしていた方が国民の為になる、

  その事はオットーも承知していただろう?」


 「甘んじていては駄目ですぞ、兄上。」


 「勿論だ。分かっている。」


そしてアルブレヒト賢公はヨハンナと頷き合いました。

二人には既に政治的な様々な案があったように思えました。


 1327年6月、鬱の酷いフリードリヒ3世美王は遺産について遺言を書き残しました。

その内容は非常に簡潔でした。

公国内のあらゆる修道院に対して給付金が規定されるなど、寄付に関する内容が殆どでした。


  ――後継ぎはどうするつもりだ??――

  ――相続問題はどう考えているのだろう??――


様々な憶測が飛び交いましたが、既に賢公の政治が浸透していた事もあり、

政治的な事に関しては殆どをアルブレヒ2世賢公に委ねているものと捉えられました。


  ――でも兄弟が均等に統治するんじゃなかったのか?――

  ――いやいや、

    もう賢公様とヨハンナ様が十分指導してくださっている。

    それで問題無いのだろう。――

  ――お二人に比べてオットー様は大して頭も良く無いらしいからなぁ。――

  ――賢公様と比べちゃ可哀想だよ。――

  ――尤もなことだ。

    オットー様はもう公国支配を諦めている様子だとか。――

  ――賢公様が居れば公国もドイツも安泰だからな。――

  ――オットー様としては政治のことなんて気にしなくて良いから気楽なもんさ。――

  ――長兄が重い病だと言うのに全て兄任せか。――

  ――歴戦の勇士レオポルト様への恩も何も考えずに陽気なもんだな。――


賢公とヨハンナの人気が急上昇するにつれて、

オットーは政治世界から遠ざけられてしまうようになります。

オットーはこの年、1327年に第一子を誕生させたのち、直ぐに二人目の妊娠も発覚します。


「男子が生まれた……!兄弟の中で、初めての男子だぞ。

 女子は何人か生まれているが、男子が優先となるはすだ。

 つまり、うちの子が次期当主になるんだ……!」


オットーには、既に野心が芽生えていました。


 この時期、ドイツ諸国では、

ヴィッテルスバッハ家とハプスブルク家の和睦によって一応の安定を取り戻していました。

アルブレヒト2世賢公の和平路線の政策が功を奏していたのです。

また、オットー陽気公とヴィッテルスバッハ家が婚姻で結ばれている事も非常に有利に働いていました。

この両家が固く結ばれていたお陰で、

敵対するボヘミア王国のルクセンブルク家が攻撃に転じて来る事は無かったのです。


 こうした状況だったからこそ、

ルートヴィヒ4世はイタリア政策に専念する事が出来たのです。


 ローマ王としてドイツを治めるべきフリードリヒ3世美王でしたが、

1328年からはほぼウィーン周辺の寺社を巡るのみに留まりました。

そして、グーテンシュタイン城を最後の居城と決めると、

政務は殆ど弟達に任せきりとなり、

1330年1月、そこで密かに障害を閉じる事になるのです。


  ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 フリードリヒ3世美王が崩御した事によって皇帝と皇帝の盟約が解除され、

ルートヴィヒ4世は晴れて単独の皇帝となりました。


   「これまでもオーストリア公国の政治の中心はアルブレヒト2世賢公でした。

    ヴィッテルスバッハ家との同盟関係が破綻しなかったのも、

    賢公による政治の賜物……。」


ルートヴィヒ4世は頷きました。

渋い表情のまま、神聖ローマ帝国の地図を見つめました。


「しかしそれも、フリードリヒ3世美王の代理人としてだからこそ、

 アルブレヒト2世賢公もオットー陽気公も従っていたのだ。

 だが、その大黒柱が失われたとなると………。」


ルートヴィヒ4世は深い溜息を吐きました。


「賢公と陽気公が、不仲かも知れないと以前言っていたな?」


偵察主は頷きました。


   「特に、二人目の男子が産まれてからは優越感を覚えていると。」


「ふむ……。

 オーストリア公国内に混乱がある可能性がある……。

 その隙を狙って、ヨハンがバイエルンを狙うかも知れぬ。

 よし。直ぐにピサを起とう。

 ルクセンブルク家が動くとなれば、帝国の諸国がどう動くのかも心配だ。」


   「は!早速手配を!」


ルートヴィヒ4世は直ぐに北イタリアから帰国する事を決めました。


 直ぐにピサを出発し、アルプス山脈へと向かいます。

1月下旬と言えば当然真冬。

そんな時期のアルプス越えはかなりの難儀となります。

ハプスブルク家によるゴッタルド峠の開発が進んでいる状態でしたが、

やはり危険な事には変わりありません。


ところが向かった先で、思いがけない事が起こりました。

行く先には援軍が待ち構えていたのです。

敵ではありません。食糧や荷駄を運ぶ人員がいたのです。


  「皇帝陛下。

   我が軍はケルンテン公殿の命により参上いたしましたチロル伯軍です。

   我が主人は、皇帝軍が急遽アルプス越えすると聞き及び、

   十分な越山の準備が出来ていないだろうと考えました。

   そこで我々は様々な資材をお運びするよう仰せ遣ってやって参りました。

   是非我々をご活用ください。」


「おお!これはこれは!ケルンテン公殿が?」


ルートヴィヒ4世は初めこそ訝しんだものの、

丁重な態度から他意は無いと判断し、受け入れる事にしました。


「これはありがたい。

 食糧も足りなければ越山の道具を持つ者も少なかったのだ。

 とても助かるぞ。いずれ礼をしなければならんな。」


チロル伯国は、ゲルツ家のケルンテン公ハインリヒ6世(1265-)の所領です。

チロル伯国はハプスブルク家が有するゴッタルド峠よりも東側の峠道を所有していました。

本来ゲルツ伯領とチロル伯領を有したゲルツ家は、

ハプスブルク家の皇帝ルドルフ(1218-1291)と

プシェミスル家のオタカル2世(1230-1278)の戦争の際にハプスブルク家に味方した事で、

オーストリア南東部のケルンテン公国をも領有していました。

ゲルツ家はボヘミア王位をルクセンブルク家と争って敗退した家であり、

ルクセンブルク家とは仇敵の関係にありました。

上バイエルン公であるルートヴィヒ4世が支配する

下バイエルン公家やライン宮中伯家との婚姻政策も進んでおり、

ゲルツ家の領土をヴィッテルスバッハ家に統合する下積みが順調に進んでいたのです。

そのような局面にあったので、

ルートヴィヒ4世もチロル軍の行為を好意と受け止めたのです。


「無論、何か見返りを要求してくるに違いないが、

 今はそうも言っていられぬ。

 今は利用出来るものは利用させて貰おう。」


こうしてルートヴィヒ4世軍は、

チロル軍の援護のお陰で想定していたよりも早く越山が出来たのでした。


「しかしアルプス越えが大変である事には変わらぬ。

 冬でも安全に行き交う事が出来るように、

 道はもっときちんと整備しなければならないな。

 ドイツとイタリアを阻むアルプス山脈の街道整備は急務だろう。」


   「チロル経由ももちろんですが、

    近道でもあるゴッタルド峠の整備を進めたいところです。

    やはり近道であるが故に利用者も多く、そして事故も多発しています。

    帝国がきちんと整備して管理すれば収入にも繋がります。」


「うむ。尤もな事だ。

 ゴッタルド峠が使えなくなってしまえば、

 主要な道はチロルが管理する事になってしまう。

 チロルはまだ皇帝管理下に無いからな………。」


ルートヴィヒ4世は複雑な顔をしていました。

やはり、ケルンテン公の行動に疑念が生まれていました。


   「チロルに、何か気になる事でも?」


「ううむ……。いや……。

 思い過ごしならば良いのだが……。」


ルートヴィヒ4世は難なくアルプスを越え、

2月には既にバイエルンに帰国していました。


 ―――ミュンヒェン。


   「皇帝陛下、ご無事のご帰還!」

   「皇帝陛下!万歳!」

   「神聖ローマ帝国の統一がついに実現!!」


「うむ。」


マリエン広場に集まった派手な出迎えへの挨拶もそこそこに、

ルートヴィヒ4世は留守を預けていた家老に状況を尋ねました。


「どうなのだ?」


  「ご安心ください。

   ボヘミア王国は未だにポーランド王国との戦いに釘付けとなっていて動けません。

   チロルからも何ら怪しい事は無いと報告が来ています。」


「そうか。」


頷いたルートヴィヒ4世でしたが、表情は堅いままでした。

現在ヴィッテルスバッハ家とボヘミア王国のルクセンブルク家は敵対関係であるも、

好敵手同士であったヴィッテルスバッハ家とハプスブルク家の同盟締結が功を奏しており、

ルクセンブルク家はこの皇帝二人に手を出す事が出来ないでいたのです。

その為、ボヘミア王国の目は北に向けられていました。


  「ボヘミア国王ヨハンは昨年もシフィドニツァ公国に対し臣従を迫り、威嚇攻撃を行なっています。

   チュートン騎士団に対しては援軍を要請しており、

   ヴィエルコポルスカに軍を集めているようです。

   シフィドニツァに対し攻勢に出るものと見られています。」


「シレジア攻めを継続するつもりか……?

 てっきりバイエルンに攻めて来るものと思っていた。

 プラハに戻る動きも見せていたと言うし、

 そういった噂もされていたしな……。

 だが、ボヘミア軍は動かぬのか?

 シフィドニツァを優先するのか?

 何故だ……?解らぬ……。

 だが、ボヘミア軍がこちらに注目していないのなら、それは好都合……

 オーストリア公国の内情を片付ける事に専念した方が良いか。」


しかしどうも戦好きのヨハンにしては、

軍の動きがパッとしないように思えてなりませんでした。


  ―――……‥‥・・・


    ―――……‥‥・・・


ルートヴィヒ4世がまだアルプス越えの最中にある時―――。


   ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 ポーランド南西部ヴロツワフ。


 1330年1月、ボヘミア王国軍は、

まさにクラクフ公、シフィドニツァ公らによるポーランド連合軍との戦いの真っ只中にありました。


ヴィッテルスバッハ家とハプスブルク家が強固に同盟を組んでいる状況では、

ルクセンブルク家はバイエルン公国に対して大規模な行動を起こす事が出来ませんでした。

ボヘミア国王ヨハン・フォン・ルクセンブルク(1296-)は、

これもまた好機と見て、ポーランド王国への支配地域拡大を目論んでいたのです。

ボヘミア国王ヨハンは既に1327年にはヴロツワフを獲得してシロンクス公国群の殆どを服属させる事に成功し、

またこの数年は、ポーランド北岸の港湾都市マリエンブルクを中心とする

チュートン騎士団と連携した事で、

ドブジンを陥落させ、さらに東へと目を向ける事が出来ていました。

ところが、遠征中の背後に当たるシフィドニツァ公国のボルコ2世(1312-)が動き出していました。

ボルコ2世の母クネグンダがポーランド王たるクラクフ公ヴワディスワフ(1260-)の娘であった為でした。

さらに、ボルコ2世の妹コンスタンツィアの夫であるグウォグフ公プシェムコ2世(1301-)もこれに同調し、

ポーランド王と同盟して、ボヘミア王国と対立するようになっていました。

さらにシフィドニツァ公国は、

敵の敵であるルートヴィヒ4世に対してもコンタクトを取る動きもあったようでした。

シレジアの多くの諸国が既に降伏しているとは言っても、

クラクフ公国を盟主としてシフィドニツァ公国とグウォグフ公国が反抗を始めるとなると、

外国人であるルクセンブルク伯家のボヘミア国王に従い続けるかどうかは甚だ疑問が残ります。


そんな状況のボヘミア国王軍の下にも、フリードリヒ3世美王の死の報が届きました。


「オーストリア公殿が、死んだ??」


ボヘミア国王ヨハン・フォン・ルクセンブルクはニヤリと笑いました。


「ふふふ、これでオーストリアが動くぞ……!

 そして下バイエルンも共に動き出すはずだ……。

 面白くなって来たぞ。

 くぅっ、、ここでもたもたしてはいられない!

 下バイエルンがどう動くか、様子を探ってまいれ!」


ヨハンは下バイエルン、オーストリア、チロルなどなど各所に向けて間者を放ち情報をかき集めようとしました。

次々と檄を飛ばすヨハンを見て、秘書のギョーム・ド・マショーは焦りました。


  「陛下、、まさか、イタリア遠征をお考えでは??」


「ふふふ。よく分かったな!マショー猊下!

 そうだ!

 これを機に仕掛けが動く。

 オーストリア公国が動けば、

 必ずルートヴィヒ4世が様子を見に帰ってくる。

 その隙を狙って北イタリアを手中に治めるのよ!」


ヨハンは不適な笑みを浮かべ意気揚々と答えました。


  「しかし、、チュートン騎士団はどうするのです?

   この数年でチュートン騎士団とは協力体制を敷いてポーランドの切り崩しを行なってきました。

   現在チュートン騎士団はヴィエルコポルスカに駐屯しています。

   挟撃するつもりでそこに留めているのです。

   もし陛下がここを動けば、その策は破綻してしまいます。」


「小競り合いでもさせておけば良い。

 広く展開して北側に注意を逸らしている間に動きたい。

 シフィドニツァとグウォグフの連携が巧く出来ていないのだから、

 連中が対処出来るはずはあるまい。」


  「それで、もしチュートン騎士団が都市を奪ったら、

   向こうの手柄になってしまいますよ。

   作戦をボヘミア王国主導で行なうからこそ、上の立場でいられるのです。」


「ええい、くどいな。

 そうされぬよう手配しておけば良いだろう。

 マショー猊下ならば良き案が思い付くだろう??

 南下の作戦はもう何年も前から練って来ていたのだ。

 この機を逃す手は無いのだ!」


ヨハンの頭の中は、もうイタリアに向けられていました。

既にイタリアをどのように攻めていくかを考えており、

ポーランド攻めの途中である事は二の次となってしまいます。

こうなると、いくらギョーム・ド・マショーが緻密な戦略を練っていようとも

その声に耳を傾けようとはしなくなってしまいます。

マショーは仕方なく、負けない戦い方を考えねばならなくなるのです。


 ヴィエルコポルスカのチュートン騎士団に作戦が伝えられました。


  「ふむ……。またルクセンブルク殿は身勝手な作戦を……。」

  「切り取り次第と言うならば動かぬでも無いが。」

  「手柄を横取りされては堪らんからな。」


散々文句を言いながらも、

チュートン騎士団はポーランドへの支配を独自に拡げる為に動きました。

その活動のお陰で、一応はポーランド王の連合軍の動きを封じる事に成功した形となります。

それが確認できると、ボヘミア国王ヨハンは頷きました。


「よし。プラハに戻ろう。

 資金と食料を調達、そうだな、兵も補充しなければならない。」


こうしてボヘミア王国軍の本隊はポーランドの戦場から離脱、

数年ぶりにプラハに戻る事になったのです。


  ―――ボヘミア王国プラハ。


ボヘミア国王ヨハン軍がプラハ城に戻って来ました。


「戻ったぞ!

 兵站の準備は出来ているな!?」


ボヘミア王国の貴族らは、突然の国王の帰国に動揺しました。


  「なんだと?!!陛下が戻った???」

  「何故に突然???」

  「報せでは、使えなくなった兵を帰国させて、

   新たに兵をポーランド戦線に送り込むと言う話だった。」

  「それなのに何故国王の精鋭部隊がここに居るのです!!」


彼らの表情には苛立ちが募っていました。


「敵を欺くためよ!許せ。

 軍は集まったな?

 実はこれから向かうのは北ではない。南だ!」


  「南?!」

  「どう言う事ですか。国王!」


「アルプスを越えて、北イタリアを攻めるのだよ。

 南海を支配する事で海上貿易も叶うのだ!」


  「アルプス越え??そのような支度など出来ていない……!」

  「国王。突然そのような事を言われても困ります。

   まだ半数も準備が出来ておりません。」

  「ポーランド攻めならば楽に追加補充できようが、

   アルプスを越えてとなるとそれは難しい。」


ヨハンは舌打ちしました。


「だから言った分を全て用意せよと言っただろう。」


  「この真冬に直ぐに集めよと言うには無理があります。」

  「人手が足らんのです!!」


「食糧は十分にあるだろう?

 君達が大量に食糧を保管している事を知らぬと思うなよ!」


  「そ、それは……。」

  「いつ起こるとも分からない飢饉の為に残しておく必要があるのです。」


「その蓄えを国民に配ったりした事があったか?

 無いだろう?

 貴族がたらふく食う為の食糧なら、

 今戦地に向かう兵士達の為に分け与えようとは思わんのか!」


  「勝手な解釈はやめていただきたい。」

  「こちらも窮屈な思いで国民から税を徴収しているのです。」

  「食糧は今集められた兵の数に見合う分は用意出来ますが、

   これ以上となると、国民が反乱を起こす事になりましょう。」

  「これが今のこの国には限界です。

   以前から申し上げている通り、

   貴方の祖国ルクセンブルク伯国とこのボヘミア王国では土地の質がまるで違うのです。」

  「ネーデルラント、フランス、ドイツ、イタリアの合間にあって

   交通の便が良いルクセンブルク伯国と、

   ただただ山に囲まれたこの国とでは人の行き交う数もまるで違う。」


「山に囲まれているのはルクセンブルク伯国も同じだ。」


  「この国は海や街道までの距離が桁違いです。」

  「戦に出向くばかりでは無く、少しはこの国に留まり、

   きちんとこの国の土地の事を考えてもらわねば困ります。」


「ロノフ殿はまたそのような事を……

 だからこそ、イタリアを支配し活路を見出そうとしているのではないか。」


  「土地が増えれば良いというものではありません!」

  「今の国民の負担を考えてくださいと申しているのです。」

  「このようにまた税の徴収にしか首都に戻らぬようであれば、

   再び反乱が起こるやも知れませんぞ。」

  「ロジェンベルク殿の仰る通り!

   国王に対する批判の声にきちんと耳を傾けていただきたい!」

  「マショー猊下も同様の考えなのですか?」

  「猊下がこのような王の振る舞いを見過ごす訳はあるまい。」

  「マショー猊下と話をさせてくれ。

   きちんと財政の事を相談させて貰いたい。」


「ぐぬぬぬ。。」


マショーはこの時、既にプラハを素通りして南へと向かっていました。

信頼されているマショーはこの時この場には居なかったのです。


「お主らは好き勝手に言いおって……。」


  「勝手なのは国王の方でしょう!」


「うぬぅ……。」


ヨハンは歯を食い縛りました。

ボヘミア貴族は、実は外国人の国王を心底敬っているわけではありませんでした。

軍人気質で戦争ばかりしているヨハンを快く思っていないのは当然でした。

数年前にも国王ヨハンの態度に貴族が訴訟を起こし、ヨハンが謝罪すると言う事がありました。

ヨハン自身も政略については得意では無い事を自認しており、

マショー抜きでこれ以上自我を通すこと躊躇いました。


「君達の尽力に感謝しよう。

 この人数では些か不安だが、このまま進軍しよう。

 少ない方が当然機動力もあるのだからな。」


仕方なく、十分な兵力を集められないままイタリア遠征に向かう事になってしまったのでした。


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