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178[フィリップ6世とルートヴィヒ4世]

178

[フィリップ6世とルートヴィヒ4世]


 1328年春、アヴィニョン教皇庁。


  「聖下。ローマが、忌々しき事態になっているようで……。」


アヴィニョン教皇ヨハネス22世(1244-)はゆっくりと使者を見つめました。


「いろいろと話は聞いておる……

 多くの聖職者が助けを求め、アヴィニョンにやって来ておるからな。」


北イタリアの聖職者の派閥争いは過激的になっており、

ミラノ僭主国など親仏派の多い中にも裏切り者が多数出ていました。

皇帝派都市であるピサからもヴィッテルスバッハ家を嫌っている者がシエナに流れ、

さらには教皇派都市であるフィレンツェにも逃げ込み、

そしてそこからアヴィニョン教皇領にまで逃げ込んで来る始末でした。


  「ガエターノ・オルシーニ枢機卿が、再三、

   ローマに戻る事を訴えて来ておりますが、如何いたしますか?」


「今更危険なローマに戻るつもりは無いと、何度も応えておると言うに。

 まだ彼はアヴィニョンに移るつもりは無いのか。」


司教は首を横に振りました。


  「全くその様子はありません。

   このままアヴィニョンに留まるならば、

   敵対するヴィッテルスバッハ家に寝返ると脅しも言って来ております。」


「おのれ、、儂に逆らうつもりか……。」


  「彼は独自にローマに権威を取り戻そうとしています。

   今やローマはコロンナ家の独断場であり、

   既に、シャラ・コロンナが、

   ヴィッテルスバッハ家への支援を宣言したようです。」


「なんじゃと?!」


司教は或る手紙を教皇に手渡しました。

教皇はその手紙を読むと、みるみるうちに顔を赤らめました。


「おのれ……。

 シャラ・コロンナめ…!!

 儂を侮りおって!!」


教皇は手紙を握り潰しました。


  「如何致しますか。」


「許せぬ!

 これ以上ヴィッテルスバッハ家の王の横暴を放置はせぬ!

 バイエルン公ルートヴィヒ4世は破門に処す!!

 奴によって勝手に叙任されて司教を名乗っている者も全て破門にする!

 神聖ローマ帝国の土地は全て教皇庁預かりとする!!」


1328年4月3日、アヴィニョン教皇庁は、

ドイツ・イタリア王ルートヴィヒ4世らに対して破門を宣告し、

神聖ローマ帝国の没収を宣言しました。


  ・・・‥‥……―――


 ローマでは、ルートヴィヒ4世に付き従う司教が増えて来ていました。

シャラ・コロンナ(1270-)もその一人でした。

かつてフランス国王フィリップ4世の手先として働き、

あのローマ教皇ボニファティウス8世(1235-1303)を憤死させる事件を起こした張本人。

ローマを始め、北イタリアは今や多くの修道院がコロンナ家の支配下となっていました。

その内の大重鎮であるシャラ・コロンナがヴィッテルスバッハ家への支持を明確にした事実は、

アヴィニョン教皇庁のみならず、

コロンナ家と対立するオルシーニ家に衝撃を与えました。


   ・・・‥‥……―――……‥‥・・・


  ――奴がヴィッテルスバッハ家に乗り換えた??――

  ――今ローマを掌握しているのはルートヴィヒ4世だ。

    コロンナ家とルートヴィヒ4世を組ませるわけにはいかぬぞ……!――


枢機卿ジョヴァンニ・ガエターノ・オルシーニ(1285-)が机を殴りつけました。


「くそっ……!!このままローマをコロンナ家に掌握されてたまるか!!」


ガエターノ・オルシーニは、アヴィニョン教皇ヨハネス22世の代理としてローマに赴任していましたが、

コロンナ家の支配力が強くなるとローマから避難しました。


「聖下がローマに戻らぬ限り、ローマの、

 北イタリアの混乱は収まる事はないぞ……!

 聖下は何故ローマに戻らぬのか……!」


ローマからオルシーニ家の権威は失墜していました。

この春、オルシーニは軍を引き連れてローマに進軍するも、

大した効果も無く引き下がるハメになってしまいました。


  ・・・‥‥……―――……‥‥・・・


 コロンナ家がヴィッテルスバッハ家を支持した事は北イタリア中を混乱させていました。

アヴィニョン教皇庁に不満を持つ司教ら一団とフランシスコ会はますます結びつくようになります。

フランシスコ会出身のピエトロ・ライナルドゥッチ(1260-)は既にルートヴィヒ4世の教会改革の中核を担うようになっていました。

もともとフランスに縁のある司教でさえもルートヴィヒ4世に媚びる者が増え始めていました。


  ――先刻の破門宣告をなんとかしなければならぬ。――

  ――アヴィニョンの教皇なんて本物の教皇では無いぞ!――

  ――アヴィニョンの権威を潰す為には、

    勢いのあるヴィッテルスバッハ家を利用するのが得策……――


北イタリア中の聖職者が、ルートヴィヒ4世を利用しようと考えました。


   「アヴィニョンに堕ちた教皇など教皇とは呼べませぬ。」

   「皇帝とは教皇に戴冠されて初めて皇帝を名乗れるのです。」

   「ただの高位司教によって戴冠した貴方様は、

    まだ正式に皇帝とは呼べません。」

   「今のままでは不完全なのです。」

   「正式な教皇による戴冠式を行わなければなりませぬ。」


ルートヴィヒ4世は眉間に皺を寄せ、そしてニヤリと笑いました。


「ふふふ、ならば、早々に教皇を決めなければならぬな……。」


こうして、1328年4月14日、

反アヴィニョン派の司教らが聖ピエトロ大聖堂に集いました。

ここに集まる高位聖職者は、

ルートヴィヒ4世から任命された者ばかりでした。


  「アヴィニョンに坐すヨハネス22世は僭称である!!

   教皇を名乗るとは神の意思を完全に無視した行為である!

   よってアヴィニョン教皇ヨハネス22世、もとい、

   ジャック・ドゥーズに破門を言い渡す!!!」


ルートヴィヒ4世の息のかかったローマの元老院は、

アヴィニョン教皇ヨハネス22世の破門を宣告しました。

そして、ルートヴィヒ4世も宣言しました。


「アヴィニョンの偽りの教皇を信ずる事勿れ!

 我こそが真の皇帝であり、我が認めた存在こそが教皇である!」


皇帝信者の聖職者達はどっと湧き上がりました。


  「ルートヴィヒ4世皇帝陛下が叙任した司教しか認めない!

   従うつもりの無い者は即刻ローマから立ち去るがいい!!」

  「教皇を名乗りながらもローマを不在にするとは最早教皇とは呼べぬ!

  「新たな、正式な教皇を選出しなければなりません!」

  「新たな教皇を選ぶべきだ!!」


4月18日、ルートヴィヒ4世と元老院はヨハネス22世の解任を発表、

新たに教皇選挙(コンクラーヴェ)を開催する事を決定しました。

ルートヴィヒ4世はしばらくローマに滞在し、

自身が神聖ローマ皇帝である意義を触れ回りました。


「早々に新たな教皇を選定せよ!!

 私は教皇による戴冠を目的にローマを訪れている!!

 決まらなければ、私が連れてきた軍も皆ローマに残る事になるぞ!!」


それは、早く教皇を決めなければ、

軍がローマ中を掠奪しなければならないという脅しでもありました。


  「ヴィッテルスバッハ軍の宣言を聞いたか!

   ローマがさらに荒廃していくのを見て見ぬフリをするつもりか!

   早く新たな教皇を決めよ!!」


  「ローマに於ける正しい教皇を選ばならない!

   即刻コンクラーヴェを実施する!!」


フランスとアヴィニョン教皇庁の繋がりを快く思っていない者が多いローマで、

フランシスコ会や反仏的な司教はルートヴィヒ4世と結託して新たな教皇を決める選挙を実施します。

当然ルートヴィヒ4世が事前に工作したものでした。

こうして新たな教皇は、ピエトロ・ライナルドゥッチに決定しました。

教皇名は、ニコラウス5世。


 1328年5月12日、聖ピエトロ大聖堂。

フランシスコ会の重職に就くピエトロ・ライナルドゥッチが、

新たなローマ(対立)教皇ニコラウス5世として戴冠式を実施しました。

史上32番目の対立教皇の誕生でした。

教皇に就任したニコラウス5世は、

拍手喝采をしばらく堪能した後それを静かに制し、発言しました。


  「今ローマには、ヴィッテルスバッハ家のバイエルン公であり、

   ドイツ王、イタリア王であるルートヴィヒ4世が滞在中である。

   朕はその者こそローマの帝国を治めるに相応しい人物と心得る。

   朕は彼を皇帝と認めたい。

   諸君は如何だろうか!」


元老院議員らは皆、賛成の意思表示をしました。


 続いて1328年5月22日、聖霊降臨祭(ペンテコステ)の日、

ローマ教皇ニコラウス5世(1260-)はルートヴィヒ4世を聖ピエトロ大聖堂に招きました。

正当な手順を以って戴冠式を実施しました。


  「ここに、貴方をローマ皇帝と認める。」


ルートヴィヒ4世の皇帝としての戴冠式が改めて行われました。


「これで、私は教会の最上の存在である教皇によって認められた、

 正真正銘の神聖ローマ皇帝である!!!!」


満足のルートヴィヒ4世は両手を拡げ、権力を見せつけました。


  ・・・‥‥……―――……‥‥・・・


「おのれ……!!

 シャラ・コロンナめ!好き勝手にやりやがって……!!」


ガエターノ・オルシーニが怒りをぶつけていました。


「ローマをコロンナ家の勝手にはさせない!

 いずれ奴の野望を挫いてやる……!」


オルシーニ家が執念を抱いている他方で、

庶民にとっては、やはり長らく教皇庁がアヴィニョンにある事が周知されていた事もあり、

新たな教皇の存在には懐疑的となっていました。


 ――なんと言う暴挙じゃ……――

 ――あの王に認められなければ聖職者は続けられんらしい……――

 ――ヴィッテルスバッハ家にいい顔をしておけば、

   フランスへの怨みを晴らせるかも知れ無い。――

 ――所詮外国人だ。今だけ認めてしまえば良い。――

 ――教皇がローマに戻って来たわけじゃ無いのだろう?――

 ――僭称だ!そうに決まっている!――

 ――また帝権を自分勝手に揮っているだけに過ぎんだろう!――

 ――早く軍隊なんぞ連れ帰ってくれ!物騒だ!――


相変わらず皇帝軍は、煙たい目で見続けられていたのでした。


     ―――……‥‥・・・


   ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 1328年5月28日、フランス王国ランス市。


色鮮やか多種多様な旗が靡いており、多くの貴族が集まり賑わっていました。


 その中心地、ランス大聖堂。


 「トリィ大司教猊下。お久しぶりです。」


大司教に挨拶したのは、

ボヘミア国王ヨハンの秘書である、ギョーム・ド・マショーでした。

かつてはランス大聖堂で様々な事を学んだ彼ですが、

今はボヘミア国王に付き従い転戦している身でした。

彼がランス大聖堂に居たころの大司教は、既に6年も前に没していました。

1324年に新たにランス大司教に就任されていたのが、

当時バイユー司教だったギョーム・ド・トリィでした。

マショーはその時に一度ランスに戻り、

モテット『Bone Pastor Guillerme』を贈りました。

これが、マショー作曲として知られる最初の作品です。

大司教ギョーム・ド・トリィは笑顔でマショーを抱擁しました。


   「やあ。マショー猊下。元気そうでなによりじゃ。

    ボヘミア国王ヨハン殿と共に各地を飛び回っているそうじゃのう?」


 「はい。昨年はシレジア地方を攻め込み、

  ポーランド統一も目前となっています。」


   「ヨハン殿の軍才は大したものじゃのう。

    その代わり、ボヘミア王国の知能はマショー殿と言うわけじゃな。」


 「ははは。私だけを頼られても困る事なのですが。」


   「ほほほ。その代わりにカール君……、いや、そうじゃ、

    そう、嫡子ヴェンツェル君は今シャルルと名を変えたんじゃが、

    彼は勉強熱心で、どんどん賢くなっておる。

    彼は将来優秀な指導者となるじゃろうな。」


 「はい。私も、カール様には期待しています。」


   「うむうむ。頼もしい事じゃ。」


このランス大司教ギョーム・ド・トリィが、

新たなフランス国王の戴冠式を取り仕切る役目を請け負います。


ランス大聖堂には、フランス王国各地から領主や使節団が訪れていました。

ボーモン・ル・ロジェ伯ロベール3世ダルトワ(1287-)、

ウ伯ラウール・ド・ブリエンヌ(13??-)、

ブルターニュ公ジャン3世・ド・ドルー(1286-)、

ブルボン公ルイ・ド・クレルモン(1279-)、その子ピエール(1311-)、

ブルゴーニュ公ウード4世(1295-)、

ブラバント公ジャン3世・ド・ブラバント(1300-)、

エノー伯ギョーム・ダヴェーヌ(1286-)、

ブロワ伯ギィ・ド・ブロワ=シャティヨン(1298-)、

パンティエーヴル伯ギィ・ド・パンティエーヴル(1287-)、

それぞれの嫡子であるシャルル・ド・ブロワ(1319-)とジャンヌ・ド・パンティエーヴル(1324-)、

アルトワ伯マオ・ダルトワ(1268-)、

フランドル伯ルイ・ド・クレシー(1304-)、

オーヴェルニュ伯兼ブローニュ伯ギョーム・ドーヴェルニュ(1300-)、

ロレーヌ公フェリー4世(1282-)、

ヴィエノワ伯ギグ8世などなどの領主のほか、

フィリップ・ド・ヴィトリやピエール・ロジェ、ギョーム・ド・マショーら高位聖職者、

ボヘミア国王兼ルクセンブルク伯ヨハンや王子シャルル(カール)などの外国人、

遠方からの来賓も、小領主も含めると非常に多くの人々がランスに勢揃いしていました。

新たなフランス国王への忠誠の証、臣従礼をしに訪れていたのです。


  「アキテーヌ公国からは、そなたらだけか?」


アキテーヌ公爵であるアングルテール国王エドゥアルド3世は来訪しておらず、

王太后イザベルから司教が二人送られたのみでした。


    「私どもはヴァロワ伯殿に申したき議がございまして、

     王太后様より遣われてやって参りました。」


  「申したき議だと?

   王位請求権については既に話したではないか。」


    「いいえ。王太后様は納得しておりませぬゆえ。」

    「この戴冠式についても納得しておりません。」


  「なんだと?!」


アキテーヌ公爵として臣従令を行なう代理人ではなく、

あくまで、フランス王位継承権を訴えるものでした。

無論、殆どの者はエドゥアルド3世を国王にしようとなどは考えていなかったのでした。


  「何を今更ゴタゴタと……」


  「国王は、みなさんがご承知の通り、

   フィリップ4世国王陛下の弟であるヴァロワ伯シャルル様の長子

   ヴァロワ伯フィリップ様である!!」


  「其方らの意見は既に却下された!」

  「つべこべ言わず、

   早くアキテーヌ公爵本人の言葉をお聞かせ願いたい!!」


    「ぐぬぬ……」

    「むむむ………」


アキテーヌの使者達はタジタジで何も言い返す事が出来ませんでした。


 こうして多くの家臣達を目の前にして、

ヴァロワ伯フィリップは、

ランス大司教ギョーム・ド・トリィによって戴冠を受けます。

ここにフランス国王フィリップ6世(1293-)が誕生しました。

フィリップ6世の妃はジャンヌ・ド・ブルゴーニュで、

ブルゴーニュ公ロベール2世の娘ジャンヌ・ド・ブルゴーニュ。

長子8歳のジャンは、王太子へと格上げされました。

カペー家の傍系ではあるも、シャルル4世の死で『カペー朝』は断絶し、

ここに『ヴァロワ朝』が始まる事になります。


また重臣であるロベール3世ダルトワは、

他の重臣達と同じ伯爵位を与えられる事となり、

ボーモン・ル・ロジェ伯と言う肩書を貰いました。

新たな爵位を以って、ロベール3世は新国王フィリップ6世に臣従しました。


式の翌日、国王フィリップ6世は再び家臣達を呼び集めました。


「ここには殆どのフランス王国の家臣がやって来てくれている。

 ここで、皆に協力して頂きたい事がある。

 実は、未だに農民の反乱が絶えていない地域がある。」


北部の諸領主の者達は、国王フィリップ6世が何を言わんとしていたか理解していた為、

そんな彼らの視線は、フランドル伯ルイ・ド・クレシーに集中しました。


  「問題は、再びフランドル領民が反乱を起こしている事です。」


ロジェ伯ロベール3世がめくった資料は、

フランドル伯国からの報告書や意見書の数々でした。


  「ブルッヘ、カッセルなどで被害が拡大しています。

   フランドル伯ルイ・ド・クレシー殿が救援を要請してきています。

   今年3月にフランドル伯殿の母ジャンヌ・ド・ルテルが亡くなったばかりで、

   彼はルテル伯領も継承する事にもなりました。

   こうした事も影響して、フランドル伯領民の貴族嫌いが高まっているんでしょうね。

   フランドル伯領民を煽っているのは、

   ニコラス・ザネキンという人物です。

   彼は既に周辺都市の人心を掴み、さも領主のような振る舞いをしています。

   しかしその財力が異常であったので調べたところ、

   カッセル卿ロベール・カッセルが関与している可能性も浮上しています。

   また、ブルッヘで民兵を束ねているのが、肉屋のヤン・ブレイデルです。

   金拍車の戦いでもまだ記憶している人も多いだろうな。

   同じく当時の主導者の一人コニンクらも通じて、

   ブレイデルが再び兵を集めているという情報もあります。」


ネーデルラントの戦いの経験ある人達はザワザワとし始めました。

フランドル伯ルイ・ド・クレシーはフィリップ6世に言いました。


    「私は国王陛下に忠誠を誓います。

     必ず領民を納得させ、陛下に忠誠を誓わせます。

     どうか、反乱鎮圧に協力してください。」


「うむ。

 フランドル伯国はブローニュ伯国と並んで重要な港を有す国だ。

 彼らに独自の貿易路を開拓されるわけにはいかない。

 海峡の要であるフランドル伯国をしっかりと王国が掌握する事が、

 我々にとっての課題だと考えている。

 先ずは王国の気持ちを一つにする為、フランドルの反乱鎮圧を目標としたい。

 各々に協力を要請する!!!」


フランス王国は、

再び頻発しているネーデルラントの農民反乱討伐に乗り出す決定を下しました。

フィリップ6世は、直ぐに軍事行動をとる事によって、

王位継承問題を有耶無耶にして諸侯の視線を軍事に集中させ、

各国が団結して民衆の反乱を鎮圧する事によって、王権強化を図ったのです。


  ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 エヴルー伯フィリップはその頃、

まだナバラ王国の諸侯と権利の問題で揉めていました。

実は、ナバラ王国に対してアングレーム伯領が渡される事になっても、

ナバラ王国の諸侯らは、

国王はあくまでもジャンヌ2世であり、

その夫であるエヴルー伯フィリップを国王として認めていなかったのです。


「ナバラ女王ジャンヌ2世の夫はこの私なんだ!

 私にだってナバラ国王として即位する権利があるはずだろう?!

 アヴィニョン教皇ヨハネス22世聖下もそれを認めているんだ。

 一緒に戴冠するのが当然じゃ無いか……!」


エヴルー伯フィリップがフランス王国の領土内の交渉を続けている一方で、

ナバラ女王ジャンヌ2世もナバラ貴族の説得の交渉を行なっていました。

結局この問題は、

アヴィニョン教皇ヨハネス22世が8月22日に教皇勅書によって、

夫婦共々ナバラ国王位に即位する事が決定され、

やっと解決する事になります。

こうして教会からの命令によって、

やっとエヴルー伯フィリップはナバラ国王として認められたのです。

ナバラ国王としては、フェリペ3世と呼ばれる事になります。

ところが実は、

まだエヴルー伯はナバラ貴族に受け入れて貰えていませんでした。


「戴冠するのはジャンヌ2世だけだって??

 そんな事あるか!

 私達は夫婦で国王なんだぞ?

 女だけが戴冠して男王に戴冠しないなんて聞いた事ない!」


しかしナバラ諸侯との駆け引きが巧くいかず、

不安定な立場のままアングレームで過ごす事になります。


「くそっ……、なんで教皇から認められたっていうのに、

 領民からは認めてもらえないんだよ………」


ナバラ国王フェリペ3世は、その立場維持に苦悩していました。


「そもそも、オック語も分からない部分もあるのに、

 バスク語なんて全然分からないよ……。

 話者の少ない地域の国王になんて、認められるはずない……。

 特殊な地域だから、余計に彼ら特有の法律も存在する。

 結局、そういった彼らのことを良く理解しなければ、

 彼らに受け入れて貰うなんて事出来ないんだ……。」


フェリペ3世はナバラ王国の土地の事を詳しく勉強する事で、

認めてもらおうと努力したのでした。

この為、フランス国王フィリップ6世が進める事業に参加出来ずにいました。


  ・・・‥‥……―――


   ―――……‥‥・・・‥‥……―――


  フランドル伯国ブルッヘの港は、殺伐とした状況になっていました。


 フランドル伯国を始めにネーデルラント諸国は独自の貿易ルートを持っており、

商業的に発達していた為に裕福な土地となっていました。

それ故に封建的な支配体制を嫌い、独立志向であった為に古くから何度となく反乱を起こしていました。

フランス国王シャルル4世の支配が揺らいだ昨年末よりその活動は盛んになっていました。

シャルル4世崩御後、ヴァロワ伯政権となると、

政府はフランドルの反乱を鎮圧する方針を明らかにします。

フランドル伯ルイ・ド・クレシーがフランス国王に臣従すると、

市民らの動きはさらに過激となっていきました。


   ――貴族を許すな!――

   ――我々は我々の手で自由を勝ち取るんだ!――


ニコラス・ザネキンを中心とした反乱軍の活動が拡大していくと、

これに呼応するように、金拍車の戦いでの英雄ヤン・ブレイデルも動きました。


   ――俺達フラマン人はフランスの支配は受けねぇぞ!――

   ――フランドル伯ルイをやっつけるんだ!!――

   ――金拍車の戦いを思い出すんだ!

     君達の父親は団結してフランス王国軍に勝った事がある!

     あの時の意地は君達にも受け継がれているぞ!――

   ――ニコラス・ザネキンの元に集うのだ!

     我々の自由の為に戦おうぞ!!!――


その軍の様子を見て、ブルッヘ市長ウィレム・デッケンは冷や汗が止まりませんでした。

デッケン市長は今年初め頃に既にニコラス・ザネキンと契約を交わしていました。


 「市長よ!このままの支配体制で良いはずが無いだろう?!

  多額の税金がむし取られる事に不満だったのではないのか!

  領民の為を思うならば我々に協力せよ!!」


 「フランス王権に屈して良い事があったか?

  このままでは我々の産み出した技術も生産力も何もかも国王が奪ってしまう!」

 「我々の権利を守りましょう!」

 「エノー伯妃様が協力してくれるという噂があります!」

 「我々に従えばブリテン島との貿易も拡大するのです!!

 「今やヴェネツィア商船もハンザ都市とも交易を始め豊かになって来ています!」

 「王権など旧体制に囚われず商売が可能です!!」


ザネキンとしては、デッケンがフランドル伯国の富豪であり有権者であるので、

周辺貴族との交渉役として懐柔しておきたかったのです。

フランドル伯ルイ・ド・クレシーがヴァロワ伯政権に臣従している事、

そしてアングルテール国王エドゥアルド3世がフランス国王位を主張している事、

そしてフランドル伯国とエノー伯国が仇敵関係であった事から、

反乱軍は、エノー伯国延いてはアングルテール王国の力を借りてフランドル伯を追放する事が可能だと考えていたのです。


  ――エノー伯国が、、我々に味方してくれると?――


  ――エノー伯妃様が全面的に協力してくれるらしいです!――


  ――市長!このままでは私達の身が危険なのです!――


  ――エノー伯国に守って貰いましょう!――


こうしデッケン市長は、エノー伯国を頼ろうとしました。

ザネキンの言葉に踊らされたデッケンは地位の安泰を約束させて、

ザネキンに協力すると約束しました。


  ・・・‥‥……―――


 エノー伯国モンス。

この都市にはエドゥアルド2世に不満を持って亡命して来ていた貴族がまだ多数暮らしていました。

彼らとウェールズ総督(マーチ)モーティマ男爵らの繋がりはまだ残っていたのです。


エノー伯妃ジャンヌ・ド・ヴァロワは、

ブルッヘからの使節団を連れて夫のギョームに相談にやって来ていました。


「ジャンヌ……、何の用だ……。」


エノー伯ギョームが目を吊り上げました。


 「何の、では無いわ!

  ここに連れて来た者達は、ブルッヘの者達。

  みんなヴァロワ伯の重圧的な政治に不満を持っていて、

  彼らは暴徒達によって町が次々と破壊されているの。

  彼らを助ける為には貴方の力が必要なのよ。」


「暴徒なのはどちらだ?!俺にどうしろと??

 俺はフランス国王家臣エノー伯爵だ。

 先日もフランス国王フィリップ6世王に臣従を誓ったばかりだぞ……。」


 「反乱はフランドル伯ルイ・ド・クレシーに対してよ!

  その状況を覆し、貴方がフランドル伯の領民を納得させれば良いのよ。

  フランドルの領民が貴方を信頼するようになれば良いの!

  みんなフランス王国の王権強化に不満なのよ!

  みんな、アングルテール王国の議会制度に期待しているわ!

  ヴァロワ伯の王権強化は私達ネーデルラント諸国にとって害となるだけ!」


「ジャンヌ……。君はフィリップ6世王の妹だろう?

 なぜそんなに兄を目の敵にするんだよ……」


 「何を言うの?

  私達の娘フィリッパがアングルテール国王エドゥアルド3世の正妃なのよ!

  娘は、将来の王母となるの!

  その事がどんな事なのか分かっていて??

  エドゥアルド3世陛下はフランス王位継承権もあるの。

  つまり私達の孫がフランス王国とアングルテール王国の国王になるのよ?!」


「う、、うむ、、そ、それは、分かっているが……」


 「だったら直ぐにエドゥアルド3世国王陛下に援軍を要請してちょうだい!

  私達でエノー伯国もフランドル伯国も統一するのよ!」


ギョームは散々悩みました。

既に、別の娘がヴィッテルスバッハ家のルートヴィヒ4世に嫁ぎ、

そのルートヴィヒ4世がルクセンブルク家と敵対した時点から、

ヴァロワ伯政権とはいずれ戦わなくてはいけなくなる事はある程度分かっていました。


「うむ、仕方ない……。ジャンヌがそう言うならば……。

 これは、フランス王国に敵対する行為ではなくて、

 フランドル伯国をルイ・ド・クレシーから奪う為の戦いと思えば良いんだな……。」


 「そうよ!」


「ううむむ……。」


エノー伯ギョームは渋々アングルテール国王エドゥアルド3世に援軍を要請しました。


  ―――……‥‥・・・‥‥……―――


 英国議会によってその問題が議題となりました。

王太后イザベルは直ぐにフランドルの反乱鎮圧の為に援軍を送るべきだと主張しました。

しかし多くの者が難色を示していました。

国王エドゥアルド3世が王太后イザベルに尋ねました。


「それはつまり、

 フランドル伯ルイ・ド・クレシーを倒す為に農民の反乱軍に手を貸せ、

 と言う事だな?

 馬鹿な事を申すな。

 フランドル伯国を奪いたいならば、

 己の力で正々堂々と反乱軍と戦い、

 そしてフランス国王にフランドル領主として認めさせれば良いでは無いか。

 フランドル伯を敵に回すこと、

 それ即ちヴァロワ伯政権と敵対する事だ。

 フランス王国と敵対すれば、

 コルベイユ条約に則ってスコットランド王国軍が攻め込んで来る事になる。

 せっかく結んだエディンバラ・ノーザンプトン条約も何の意味も為さ無い事になる。

 そんな愚策を取る事はありえない!」


他の諸侯・議員らも口々に叫びました。


   「そうだ!せっかくスコットランド王国と和解したってのに!」

   「フランス王国とスコットランドとまた敵対するなんて愚策にもほどがある!!」

   「農民の反乱鎮圧は向こうだけに任せればいいでは無いか!」

   「国を巻き込まないでいただきたい!!」


エドゥアルド3世が否定的な意見を述べるので、

ランカスター伯をはじめに多くの者達がそれに同調して王太后の提案を否定しました。

そんな状況に、総督モーティマ男爵も反論出来ずにいました。


「エノー伯ギョームにも良く伝えておいてくれ。

 フランドル伯を敵とせず、反乱軍方に協力する事のないようにせよと!

 どうした!総督(マーチ)よ!

 周りを良く見てみるがいい。

 大多数の貴族が反乱軍への加担に否定している。

 国王が彼らの意見を汲み取り援軍を出さぬと決めた。

 これでこの問題は終わりだ。

 さっさと締めよ!」


 「………、は。承知しました。

  エノー伯殿には、フランス王国軍として、

  反乱軍鎮圧にあたってもらうよう説得します。」


 「ちょっ、、何故………」


王太后イザベルは納得していませんが、

多くの諸侯が、国王エドゥアルド3世の意見に賛成していました。


 「ちっ………」


諸侯らは小声で王太后への不満を漏らしていました。


   ――全く面倒な問題に口を挟みやがって……。――

   ――せっかくフランス王国と巧くいきそうだってのに。――

   ――モーティマもモーティマだ。

     なんであんな王太后と付き合っているんだ。――

   ――そういえば結局、

     臣従令を拒否して交渉役の司教を送っただけみたいだぜ?――

   ――なんと!阿呆な事を……!――

   ――国王陛下にきちんとしてもらわなければきかんなぁ。――


エドゥアルド3世は会議を締めて解散させました。

退出するケント伯やノーフォーク伯らが、

勝ち誇ったように、

そして、見下すかのように見ていたように思えました。


 「くっ………」


   ・・・‥‥……―――……‥‥・・・


 1328年初夏、

エディンバラ・ノーザンプトン条約に基づき、

エドゥアルド3世の下の妹ジョーンがスコットランド王国に嫁ぐ準備が進められていました。

式はそれぞれの王室の重職の者が厳粛に執り行ないました。


 結婚式は1328年7月17日、

英蘇国境の重要都市、アングルテール王国側のベリック城で行なわれます。

主役はスコットランド王子ディヴィッド(1324-)とジョーン・オブ・ザ・タワー(1321-)。

ジョーンはロンドン塔で産まれたのでこの名で呼ばれていました。

僅か4歳と7歳の結婚式は当然形式的なものでしか無く、

それぞれの親であるスコットランド国王ロバート・ブルース(1274-)、

アングルテール王太后イザベル・オブ・フランスの主導のもと行なわれました。


英国側の参列者からは否定的な意見も多く聞かれました。


  ――本当にこの年齢で嫁ぐのか……。――

  ――まったくだ。いつの話だってんだ。――

  ――大陸じゃぁ婚約しても成人するまでは嫁がないのが普通なのに……――

  ――ジョーン様が可哀想でならない。――

  ――王太后様と総督(マーチ)殿は本当に酷い事をなさる……――

  ――人質も同然……。――

  ――スコットランド王位を認めるとは私らの努力がみんな水の泡だ……――


スコットランド王国の王子ディヴィッドの教育係りはモレ伯ランドルフ(1278-)か担っており、

王太子妃ジョーンもモレ伯ランドルフが補佐する事になります。

スコットランド王国の王の最側近である王室執事長(ハイスチュワート)職は、

これまでウォルター・スチュワート(1296-1327)が務めていましたが去年急逝。

その後継者ロバート・ステュアート(1316-)はまだ8歳でした。

母マージョリー・ブルース(1296-1316)も故人であり、大叔父であるマー伯が面倒を見ることになります。

つまり現状、王室の補佐を務める役は、

モレ伯トマス・ランドルフ(1278-)、マー伯ドナルド2世(1293-)で、

軍事面などは引き続きダグラス卿ジェームズ・ダグラス(1298-)とその異母弟アーチボルト・ダグラス(1298-)などが務める事になります。


  「モレ伯殿。」


モレ伯ランドルフを呼び止めたのは、ジェームズ・ダグラスでした。


  「陛下の具合は、そんなに悪いのですか?」


モレ伯は俯きました。

しばらく言葉をまとめてから、口を開きました。


  「いろいろな医師に見せているが、

   とにかく、様々な病を併発していて、

   手の施しようがないらしい。」


  「なんと………。

   もしや、、先の戦いであっさり兵を退いたのも……?」


  「うむ……。

   実はかなり陛下の身体は蝕まれていたのだ。

   今思えば、フランス王国との同盟関係更新も、

   自分の身体の事を考えての事だったかも知れない……。」


  「なんと言う事か……。

   陛下は王国独立の条件にもあったように、

   教皇聖下との約束を守り聖地奪還の兵を挙げたいと考えておられた。

   それは、、実現出来るのでしょうか……。」


  「なんとも言えないな……。

   とにかく今は治療に専念しなければならないだろう。」


  「そ……、そんなに……。

   今後は、どうするのです?」


  「ホイットホーンに良い湯地があるらしい。

   そこにお連れしようと考えている。」


  「そんな遠くまで?大丈夫ですか?」


  「なんとしても連れて行きたいんだ。」


  「モレ伯殿は伴をするのですか?

   ディヴィッド殿下はどうするのです?」


  「それが、、まだ陛下の考えが纏まっていないようだ。」


  「ふむぅ……。陛下の身体が本当に心配です……。

   それに、陛下にもしもの事があれば、

   まだ、ベイリャル派の諸侯の勢力もあります。

   なんとかそれらの対処もしなければならないです……。」


モレ伯はゆっくりと深呼吸しました。


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