表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/296

001[ノルマン・コンクエスト]

001

[ノルマン・コンクエスト]


 ―――南仏……ローマ属州期にはアクィタニアと呼ばれた土地…


     アキテーヌ――――――。


その領主アキテーヌ公爵は、北はポワトゥー領首都ポワティエから南はボルドーまで、フランス西南部に国土の2/5程もある広大な面積を所有していました。


  この地では『トルバドゥール』の音楽が盛んになっていました。

これを広めたのが、祖父アキテーヌ公ギョーム9世(1071-)だったそうです。


 これまでの音楽は、聖書の話や神話などが詩の内容で、男女の愛をテーマにした歌はありませんでした。

祖父が愛の詩を歌い出し、そう、主に身分の違う既婚女性への愛、不倫をテーマにした詩を流行らせたのだそう。

祖父の事については、『トルバドゥール評伝(ヴィダ)』にこう書かれています。


“最も上品な人物で、女性を惑わすのにも長けた人物。そして詩の作り方を知り、素晴らしい歌い方を心得ている”―――


ギョーム9世は好色な人だったらしい。

『ヴィダ』とは、当時のトルバドゥール達の詩を集めた詩集で、作者の簡単な伝記も共に記されている写本でした。


 ―――12世紀現在―――。

古代に発達したギリシアの音楽文化―――すでに宗教的なものから逸脱して、劇付随音楽・音楽競技・観衆の存在など、娯楽音楽として発達した文化―――は、既に失われていました。

戦乱(ペロポネソス戦争)の後は記録も無く、娯楽音楽という文化も、記譜法という発明も、全て忘れ去られていました。


 ―――王侯貴族は自らの威厳の為に武器や装飾に金をつぎ込み、方や、町では乞食や疫病者が喚き何かを訴える。

裕福な市民と、そうでない人の落差が激しく、そして人々の喜怒哀楽もまた激しく、自らを主張する事に必死になる。

生きている事が当たり前では無く、死は直ぐ間近に潜む。

だから人々は、いつでも死ねる覚悟を持っていた。

そして人々は、自分自身に与えられた生命を守り、生き抜いていく覚悟を持っていた。

限られた生命に義を持ち、精一杯粋がっていた。

生きる事に懸命になっていた―――。


そんな喧騒の世を、吟遊詩人達が伝えていく。


そして世は、『キリスト教』の普及と共に、唯一の神を信じ、天使を信じ、悪魔を畏れるようになっていた。

悪魔払いが当たり前に行われていた時代、

そして、キリスト教社会において音楽が禁止されていた時代―――


暗黒時代――……‥‥・・


 ―――しかし、世俗の人々は、唄って、踊って、酒も飲んで、音楽を楽しむ心を忘れていません。

こうした様々な人々の鼓動が身近に感じられる世の中だからこそ、

音楽の歴史は、またゼロからのスタートを切っていたのでした―――。


 この頃の音楽といえば、各地方で特有の色をもった舞曲、祭事の歌など、言わば民族音楽ばかりがありふれていました。

紙を持たない庶民は、いや、貴族階級であっても、音楽はその時々にのみ、即興での演奏が当たり前でした。

ジョングルール(楽師)やトルバドゥール(要するにシンガーソングライター、主に宮廷歌人)等の吟遊詩人達は、抒情詩であったり、騎士道だとか、愛をテーマにして良く歌いました。


 楽器は、クラベス、鐘や鉦鼓や鈴の類、シンバル、クロタル(小さい一対のシンバルを片手で演奏できるように曲げた針金の先に取り付けたもの)、タンブリン(『膜鳴楽器』)、

ショーム(シャルマイ)、サルピンクス、ポルタティフ・オルガン、キタラー(ハープ)、リュート、それにレベックという弦楽器も用いられるようになりました。


 レベックとは2弦~4弦で五度調弦、瓢箪型のものが多く、“弓で擦って”音を出す弦楽器です。


 ―――――弦楽器は古くは、古代ギリシャの時代から既に竪琴(キタラー)が存在していました。

神秘的(儀式的・魔術的)な楽器である笛と違い、それはより自然的で抒情的な楽器でした。

 インドではツィターが、アラビアにはカーヌーン、サルタリーなど、共鳴胴を持つものが誕生。

さらに音域と音量を得る為に改良が進むと、ネックを持ち、指で共鳴長を変化させて音高を変える楽器が誕生します。

アラビアのウード、フレットを持つ琵琶、リュート、シタール等など。

これらは爪で弾くか、代わりになる(ピック)を使って弾きます(『發弦楽器』)。


中国では、木片で擦って音を出すこともしました。

中国の二胡は、弓でも弦を擦るようになります(『擦弦楽器』)。

弓での奏法はアラビアに渡ると、リュート属の楽器を弓で弾く「ラバーブ」が誕生します。

このラバーブがイスラム教の伝搬と共に、イベリア半島に渡ります。

イベリア半島から徐々に北へ、アキテーヌ方面へと伝わります。

これが「レベック」。

フレットの無い物と、有る物が存在します。

これらの擦弦楽器は、基本的には座って、縦に抱えて演奏します。


 さらに、この“弦を擦る”部分を、楽器に内蔵されたホイールをハンドルで回す事によって音を出す『オルガニストルム』という楽器も登場しました。

ギターやリュートと同じような胴を持ちますが、ハンドルとホイールが付いている為に特異な形をしています。

ホイールの他に特徴的な部分は、鍵盤が付いている事。

ネック部に鍵盤(キー)が配置してあり、これを押す事で、弦の上に配した木製の(タンジェント)で弦が押さえ付けられ、弦の共鳴長が変わります。

これにより音高を変化させます。

演奏弦は、多くは2弦。

これとは別にドローン弦も備えてあり、独特の持続音が鳴ります。

そして、前述の通り、ハンドルで胴内のホイールを回転させ弦を擦る事によって、発音します。

古い物は大きく、ハンドルを回す人と、キーを押す人の二人で膝の上に乗せて演奏しました。

後に小型化され、一人で演奏できるサイズになります。

開発が進んで音量も出るようになり、タンジェントも下から押さえつけられるようになると、早いパッセージも演奏可能になります。

この楽器は後に『ハーディ・ガ―ディ(英)』と呼ばれるようになります。

フランス語では"vielle a roue"(ヴィエル・ア・ル)と言います。

ギター型、リュート型の他に、この頃は箱型の「シンフォニア」という楽器も登場しました。


 楽器の弾き方を表すタブラチュア譜というものは存在していました。

弦楽器なら、弦の何処を押さえるのか、管楽器なら、穴の何処を押さえるのかを書き表したものです。

これは、それぞれの楽器にのみ対応出来るもので、相対的な音高を表すようになる楽譜とは、概念が全く違うものです。


 トルバドゥールの第一人者ギョーム9世の嫡男ギョーム(後のギョーム10世)自身は、名トルバドゥールであったという記録は残っていません。

ただし、ジョングルール上がりのマルカブリュが、彼の宮殿を出入りするようになっていました。


    〽︎愛なんてものは

     結局はこういうものである事を知っておきなさい


     騎士は娘を愛し欲した

     娘を得る為に、騎士は荒れた山野を人から奪い、

     そして親兄弟とも争い、隣人の争いにも手をだした

     娘を得る為に、娘の親兄弟にも手を出した

     そして苦労して得た娘でさえ

     直ぐに裏切られてしまうものなのだ


     へたに娘を得ようとすれば

     自分のものすら失ってしまう

     用心せよ、娘は愛があるとは限らない

     友人でも無く、敵かもしれない

     結局はこういうものである事を知っておきなさい………


―――……‥‥・・


「……ははは…。それはまるでノルマン家の事を皮肉っているようだな。」


既に初老に達しようとしているギョーム10世は目を細めて言いました。

これに、マルカブリュはゆっくりと首を振り応えました。


   「いいえ。別に。良くある宮廷愛のカンソですが、何か。」


「…そうだな。確かに、君らしい詩、と言ったらそうなのかも知れん。」


   「いつの時代、誰にでも当てはまる詩です。」


「戦争のな。」


   「ふっ。。。捉え方はあんた次第だ。」


「今はマルカブリュと言ったな。またいつでもこの宮に遊びに来なさい。」


   「ありがたく。」


 そう言ってマルカブリュは立ち上がり、手を差し出しました―――…‥‥・・


  ・・‥‥……――――――


・・‥‥……――――


 ―――1120年11月25日、

       ブリテン島沖―――。


  船は、激しい嵐に遭っていました。


    「こ、こりゃマズイ!!」

     「掴まれー!落とされるなっ!」

    「フィッツ船長!お怪我は!?」

  「それより王子じゃ!!なんとしても!」

    「王子―――っ!!お、お掴まり下さい、ぐわぁぁ。」

   「帆にしがみつけぇー!!!」


激しい雨風は容赦無く船を蝕んでいく。

ラグセイルの縦帆を持つ帆走船は、ブリテン島やスカンジナビアの国の貴族を多く乗せていました。

決して小さくは無い船でしたが、この嵐の前にはどうする事も出来ません。

船は左右に大きく揺れ動き、船員達を悪魔の住む海底へと引き摺りこんでいきます。


     「こ、この船は、、もうっ……!!」

    「船長ぉっ!!どうしたら……?!」

   「振るい落とされるなっ!!」

    「殿下は?!!」

      「王子………しっかりして下さい!!」

   「なんとしても王子をお護りするのじゃ!!

    この命に替えてもこの王子達を!!

    陛下には、もう他に男子がいないのだから!!!」・・‥‥……――――


 ―――この船は!!

    この大事な船は魔物に奪われる訳にはいかんのだ!!

    ファレーズ殿から授かった大事な船なのだ!!

    島を勝ち取った船長ギョーム・ド・ファレーズ殿に!!!―――……‥‥・・


 ・・‥‥……――――

    ――――……‥‥・・


  ―――今から54年前の9月、


     その船は、ギョーム・ド・ファレーズを船長に、

     そしてフランス王国封臣ノルマンディー公ギョーム2世(1027-,当時39歳)を指揮官とした旗艦として、

     同海域を航行していました。


        「ノルマンディー公爵、

         そろそろペバンゼイの港です。」


     ギョームは厳かに頷きました。


     「いよいよだな。

      見ていろ、ハロルド・ゴドウィソン・ウェセックスめ!!」


    ―――――


 ・・‥‥……―――かつてブリテン島の南部では、ローマ属州期を経て、アングロ・サクソン人達の『七王国時代(ヘプターキー)』の時代が訪れました。

    そのうちのウェセックス王国が統一を果たすも、

    ノルマン人やデーン人のヴァイキングに悩まされます。

    島を追われたノルマン人は、西フランク王国北部を侵略し、

    これに屈服した西フランク王によってその土地の支配を確実としました。

ノルマンディー公爵として土地の支配を認められたのです。


    一方ブリテン島は、デンマーク王クヌートに始まるデーン朝による支配(1016-1042)が続く事になります。


    デーン人の支配から逃れノルマンディーに亡命していたウェセックス家のエドワード懺悔王は、

    1041年に再上陸を果たし、ウェセックス朝を再興させました。

    ところが懺悔王が1066年に亡くなると、

    エドワードの義兄ハロルド2世・ゴドウィソンが強引に王に即位。

    これに反発する弟のトスティにより継承問題が発生。

    ノルウェー王国とフランス王国がこれに介入しました。

    ノルマンディー公ギョーム2世が上陸し、

    ハロルド2世を追い詰めていきます。

    ギョーム2世は『ヘイスティングスの戦い(1066/10/14)』でハロルド2世に大勝、王位を勝ち取りました(1066/10/25)。

    ここにアングロ・サクソン人の王位は断絶し、

    ノルマン人系の支配が開始される事になります。


    やがてデーン人の拠点であったヨークも鎮め、

    晴れて、フランス国王を宗主としたノルマン人によるブリテン島南部の支配『ノルマン・コンクエスト』の時代が訪れたのでした。


ブリテン島を征服したノルマンディー公ギョーム2世は、その地をアングロ人の国=“アングルテール王国”と名付け、

ノルマンディー公爵家の支配する属国としました。


 アングルテール国王ギョーム(英名:ウィリアム1世)とフランドル伯の娘マチルドとの間には、ロベール(1054-)、ギョーム(1060-)、アンリ(1068-)の3人が生まれました。

通例として、長子には本領の領主として、次男は聖職者となるよう育てるられます。


アングルテール王国といっても、その政治拠点はノルマンディーのルーアンに置かれていました。

つまりあくまで、ノルマンディー公による、アングル人の国の支配に過ぎません。

嫡子ロベールに分配されるのがブリテン島では無く、ノルマンディー公爵領なのがそれを表しています。

ノルマンディー公領を継ぐ事になるロベールは、しばしば父に対して反抗的な態度で、父と、弟達と対立しました。


   「ブリタニアが弟のもの?!

    王国だぞ!

    それを弟になんかやれるか!

    王位は長男である俺のものだ!!」


属国であっても王国は王国。

ロベールは国王になれない事に不服でした。

しかし、反抗する理由は相続問題だけではありません。

ここに至るまでの経緯に複雑な状況が絡んでいました。


 このノルマンディー家の争いの最中、すぐ南に位置するアンジュー伯爵位を継いでいたガティネ家内でも複雑な戦争が起きていました。

アンジュー伯ジョフロワ3世が早くに亡くなり、弟のフルク4世が爵位を継ぎますが、彼は無能だとして叔父の家と争っていたのです。


ノルマンディーと、アンジュー、それにブルターニュ。

北部ガリアに関わらず、フランク王国の土地は“分割して統治”され、王朝が崩壊すればする程、領主達の驕りには拍車がかかります。

隣接する領主達は、10世紀以前より、互いに干渉し合い、そして領内でも複雑な戦争を繰り返している状態でした。

そしてとりわけ、ノルマンディー公家とアンジュー伯家の仲は、最悪でした。


 ―――ノルマン人に土地の領有を赦すな!

    海賊上がり無勢に大陸にのさばるんじゃない!!

    その土地はガティネ家がいただいてやる!!―――……‥‥・・


 ・・‥‥……―――1087年。


アングルテール国王の父ギョーム1世の死後は、ノルマンディー公爵位を継いだロベール2世と、アングルテール王位を継ぐ事になっていた次男のギョーム2世とが、アングルテール王位を巡って争いました。


 ロベール2世とギョーム2世の争いの行方を、最年少の為に領地を相続されていなかったアンリは、冷静に見物していました。


ある時ギョーム2世は、兄ロベール2世と争いながら気が付きました。


   「ちょっと、ロベール兄。

    そういえば、アンリが何を考えているか分からぬぞ。」


「確かに……、、ここまで無言を貫くとは……。」


   「まさかアンリは俺たちの共倒れを狙っているのか?!」


「もしかしたら、俺たちが争っている場合では無いかも知れん!」


水面下で次第に力を付けるようになっていたアンリを警戒した兄達は、争いを中断し、二人でアンリを攻撃するようになります。


 ところが1100年、次男ギョーム2世は狩猟中の事故であっけなく死去。

更に運悪く、この時長男ロベール2世は十字軍に参加中。


    ―――よし。いまこそ……!―――


アンリは口元を緩め、


「ブリテン島の民よ!

 兄達は互いに争い国を疲弊させてしまった!

 そんな兄にこれ以上国を任せる訳にはいかない!」


既にアンリは手広く諸侯に息を吹き掛けていました。

ロベール2世不在の隙に、アンリが王位を奪ってしまったのです(英名ヘンリー1世)。

諸侯は、ロベール2世の事を既に反逆者扱い。

アンリの下に集った軍はロベール2世を攻撃しました。

ついに1106年、ロベール2世は囚われの身となってしまいます。


 ロベール2世が囚われると、ノルマンディー公爵位は空位に。

こうしてアングルテール国王アンリが、ノルマンディー公も兼ねるようにもなりました。


「ついにノルマン家の本領ノルマンディーは私のものだ!

 しかし息子ギョームもまだ幼いし、ブリテン島を治める適任者がいない…。

 ああは言ったものの、兄を廃して即位した事には変わりない。

 まだ私の基盤は緩いのだ。

 きっちりとした裁判制度を定め、貴族階級を明確にするべく憲章制度を組み込もう。」


アンリは政治面でも有能でした。

外交政策も積極的でした。


「兄とは違う。

 ガティネ家の敵であったロベール2世はもう終身牢屋の中だ。」


そしてこの数年のうちに、アンリは、犬猿の仲であるガティネ家との関係も強化していこうとしていました。

彼の政治は順調でした。

2年前の1118年に王妃イーディスは亡くなってしまいましたが、

その時ノルマンディーにいた息子ギョームは15歳。

十分に勉強を積んでいたギョームは世継ぎとしても申し分無し。

この度父をサポートする為に渡英する事が決まりました。

ブリテン島の支配者は、これにてアンリの子孫によるノルマン朝で安泰かと思われていました―――……‥‥・・


―――――ところが―――――


・・‥‥……―――1120年11月25日。


    「駄目だ、沈むっ!!」

   「この船は終わりだぁ、王子っ・・・!!」

  「ギョーム殿下!!気を確かに!!!」

   「あああっ船がぁっ!!も、もちこた‥‥っ!!!」


荒波に揉まれた白い船は、無残に真二つに破壊されて行く。


  「ぁぁ………!!儂の船がっ…!!」

   神よ………、私は、何か罪を……?」


船は、荒れる夜の魔物に飲み込まれていきました――――……‥‥


 1120年11月に起きたホワイト・シップ遭難事故。

ノルマンディーの貴族を多く乗せた船の事故は、生き残った者はただ一人だったと、ノルマンディー公アンリに伝えられました。


 ―――ノルマンディー、ルーアン。


「……息子が…、ギョームが遭難した…?!

 私の後継ぎが…、唯一の後継ぎが死んだというのか……?!」


アンリは家臣達の前でも動揺を隠せませんでした。

アンリには庶子は多くいましたが、正嫡の男子はギョームのみ。

他に継承権を持つのは、ローマ皇帝ハインリヒ5世に嫁いでいた娘のマティルダだけでした―――。


「まさか……、ギョームがこんなに早く死ぬとは……!

 せめて、せめてドイツからマティルダが帰って来れば………っ!」


 ―――ホワイトシップ遭難事故―――。

これは、アングルテール王国の運命を大きく変える事となるのでした―――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ