Another Love
口約束は嫌いだ。
それは厳格だった父の影響もあるのかもしれない。私の父はなんでもかんでもルール化したがる人だった。テレビは1日1時間まで。携帯は親がいる前で30分だけ触ってもいい。トイレの蓋は必ずしめる。特に時間が指定されているものなんかはタイマーを押して時間をはかっていることを示さねばならず、どれだけテレビがいい場面でもタイマーが「ピピピピ」と音を立てると問答無用で切られた。そのため私は15分拡大スペシャルのドラマなんかは(余計なことしやがって)と思いながら、CMの間はこまめにテレビを消したりして、なんとか全部見れないものか四苦八苦していた。(結局見れなかった)
そんな環境で育った私には、大学時代に出会った友人、朽木理沙の奔放さが珍しくもあり、憎らしくもあった。朝には「ここのカフェいいねー!今日のお昼は絶対ここで食べよう!」と言っておきながら、昼になれば「うーん、今日うどんの気分」と言いながら食堂へそしらぬ顔して私を引っ張っていき、「今日は私が授業出るから休んでていいよ!」と言っておきながら次の授業の時に私がノートをもらおうとすると「ごめん、急にデートの約束はいったから結局行ってないんだ。」とニコニコしながら言う。まあ自分がしっかりしている分、理沙はこれくらいのほうが、一緒にいるにはバランスが取れていいのかもしれないなんて私は考えていた。
そんなある日、理沙が私に彼氏を紹介したいと言い出した。
「すっごくすっごくい人なの!真紀にもあってほしい!」と言う理沙が真剣過ぎて私は笑ってしまったほどだ。
「別にいいけど、なんでそんな私に会わせたがるの?」
「だって彼のことが好きすぎて、ほんとうに夢じゃないか自信がないの。真紀がはっきり彼を認めてくれたら彼が私の彼だって自信がつく気がするの!」
「なにそれ」
聞きながらふふっと笑ってしまった。そうなのだ、理沙は奔放で気分屋で時に腹が立つこともあるけど、こんな風にものすごくカワイイのだ。だから私は理沙と一緒にいるのだろうし、当然このお願いもOKした。
「ありがとう、ありがとう!今彼にも連絡するね!」といって嬉しそうにラインをする理沙はとびきりかわいかった。
私と理沙と、理沙の彼で会う当日、私と理沙は先にお茶をしていた。その時も理沙は奔放で、やっぱり今日カフェじゃなくてカラオケで会おうだの(カラオケでゆっくり人と話ができるとは私には思えなかった)スカートじゃなくてズボンのほうがいい気がしてきたから今からちょっと服屋に行きたいだの(幸いなことに、財布をのぞくと服を買うだけのお金がなかった)理沙節炸裂!といった感じだった。だから理沙が「やっぱ今日3人で会うのやめる」と言い出した時もさして驚かなかった。
でも彼、もう向かってるんじゃないの、と聞くと、そうだけど、と理沙にしては歯切れの悪い回答だった。きっとまたいつものように思いつきなのだろう。まあまあ、邪魔ならすぐ私も帰るしさ、というと、そうだよね、うーんありがとう、と理沙は邪魔という言葉も否定せずに微笑んだ。おいおい、呼ばれてきたのに邪魔なの?と思ったが、そう考えているうちに理沙の彼が到着した。
「どうも、二木優です。理沙から話は聞いてます。」
「あ、本城真紀です。」
理沙はしばらく私たちの顔を交互に見ていたが、その後ニコニコしながらカラオケに行こう、と言い出した。幸い二木さんも私と同意見なようで、私たちはカラオケではなく、駅前のスターバックスで話をすることになった。
理沙は奔放な子だったが、二木さんといるときは輪をかけて奔放な様子だった。映画に行く約束をしていた日に、理沙の気が変わって急にディズニーに行くことになった話や、付き合って1か月記念日に予約していたレストランを入った瞬間気に入らなくて、急遽デニーズでピザを食べた話なんかを二木さんは楽しそうにした。
「本城さんもごめんね、理沙が迷惑かけてたら。」そういってニコニコ笑う二木さんと理沙は、最高のカップルに思えた。
だからこそ、その日の夜に二木さんからラインが来た時にはびっくりした。理沙のお世話係同盟ですね、といってライン自体は交換していたが、まさか本当にラインすることになるとは思っていなかったのだ。
『本城さん、今日はありがとう。すごく楽しかったです。』
『二木さんですよね?今日はありがとうございました。理沙の新たな一面が知れて私も楽しかったです。』
『それはよかった。話したいことがあるんですが、今度お時間頂けませんか。』
『いいですよ。なら、理沙と時間合わせておきますね。』
『いや、理沙抜きのほうがありがたいんですが。』
はて、これはいったいどういうことだろう。しばらく私は考えていたが、そののち、理沙に振り回されて彼も悩んでいるのだろう、という結論に至った。
『わかりました、私のほうは暇なのでいつでもご連絡ください。』というラインを送ってから私は眠りについた。
二木さんと二度目に会う日はあいにくの雨だった。この前買った長靴はどこだったかなと探していると、玄関で父に呼び止められた。
「今日はどこに行って何時に帰るの。」
「今日は大学で調べものをしてくるので、終わり次第帰れると思う。だから晩御飯までには。」
「わかった、いってらっしゃい」
父にうそをつくのはこれが初めてじゃない。厳格な父は、休日に私が彼氏とデートをしたりましてや旅行に行くことを許してくれるはずがない。だが、彼氏でもない相手と会うのに嘘をつくのは初めてだった。それがなぜなのかわからないまま待ち合わせ場所へ行くと、二木さんはもう来ていた。
「すみません、待ちました?」
「いや、いいよ。じゃあ行こうか」
その後最近話題のヒーロー映画を見て、レストランで食事をし、街をぶらぶらあるいた。控えめに言って、それはデートだった。
「理沙には内緒で、僕と付き合ってほしい」
だからそういわれたときも何も驚かなかったし、私は「はい」と即答していた。
それからの日々は楽しかった。もちろん親友に隠れて親友の彼氏と付き合うのは心苦しかったが、「最近彼の機嫌がすごくいいの、ずっといいの」と嬉しそうにする理沙を見ていると、その罪悪感も少し薄れた。一方で優くん(そのころ私たちはもう優くん、真紀ちゃんと呼び合う仲だった)は私には何でも話してくれた。理沙のわがままにときおり我慢できなくなること、私といるときのほうがよっぽど楽しいこと、そして実は優くんは童貞だったので、こんなことをするのは私がはじめてなこと。
「初めてって彼女とじゃなくていいの」
「理沙、そういうの嫌いそうだろ?それに俺はなんでも真紀ちゃんと一緒にはじめてをつくっていきたい」
そういわれると私は何も言えなくなって、優くんをただ抱きしめることしかできなかった。
不思議なことに、私は優くんに理沙と別れてほしいとは少しも思わなかった。当然二股をかけられるのは、厳格な私からするとポリシーに反するのだが、不思議と嫌ではなかった。
理沙の彼氏を奪うような形になって理沙とこれから友人関係が続けられなくなるのが嫌だったのかもしれないし、優くんのことをひょっとするとものすごく好きなわけではなかったのかもしれない。本当の理由は自分でもわからないが、ただこの状態が、ちょっとのつらいことに目をつぶりさえすれば心地よいことは確かだった。
秋晴れのある日、私は理沙からの電話で目覚めた。
「今日たこ焼きパーティするの!優くんも久しぶりに理沙に会いたがってるし、来てよ!」
そういう理沙はひどく上機嫌で、私はその勢いに負けて行く、と言った。
あれ以来優くんや理沙別々に会うことは頻繁にあったが、一緒に会うのは初めてだった。すこしどきどきしながらドアのチャイムを押すと、「はあーい!」という理沙のテンションの高い声が聞こえてきた。
「理沙、もう飲んでるの」
「だって真紀来るの遅いんだもーん」
「7時に来て、って言ってたじゃない」
「そうだっけ、忘れちゃった」
時計はまだ6時45分。いつもと変わらない理沙の様子にほっとしながら足を踏み入れたら、優くんがいた。
「お久しぶりです、二木さん」
「本城さん、今日お会いできるの楽しみにしてました」
しらじらしい私たちの様子になんの疑いも抱かず、理沙はたこ焼きをどんどん焼いていく。
「これがタコ、これがチョコ、これがいちご」
「え、ちょっとなに入れてるの」
「いろいろ入れたほうが面白いじゃん、ね、ゆーくん」
優くんはうんともいいえともいわずにただにこにこしている。それをちらっとも見ることもせずに理沙はどんどんたこ焼きを焼いていく。
私たちだったら違うな、と思う。私は優くんの伺いを立てずにたこ焼きを焼くことなんてできない。優くんがタコを焼きたいといえばタコを入れてやくし、チョコを入れてみようか、と言えばチョコを入れて焼くだろう。優くんはそんな私か理沙のどっちが好きなんだろうか。初めてそんなことを考えた。だが、そう思った瞬間、口の中が焼けるように熱くなった。
「あふい、あふい!はに、ほへ!?」
「あはは、ほら真紀ボーっとしてるからたこ焼き口のなかにつっこんじゃった」
そういって理沙が馬鹿笑いをする横で、「ほら、理沙そんなことしちゃだめじゃん」と優くんが笑いながら理沙をたしなめている。私は熱さで涙目になりながらそのたこ焼きを必死で飲み込む。私が食べているのはイチゴ味だったが、熱さでおいしいのかどうかわからなかった。