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第4話 小坊主天海、信長のもとへ!

この話は、実際の歴史とは、多少異なる部分もありますが、大まかな流れはほぼ史実に沿っております。

また、基本的に歴史モノは、人名、地名など、読み方や書き方の難しい漢字が、数多く出てくるため、ふりがなをふってあることが多いです。


小坊主天海は、考えた末、やはり信長のもとへ、向かうことにした。


時は、1550年。桶狭間の戦いまで、あと10年…。


その頃、西の毛利家では、毛利元就とは、積年の確執をいだいていたという、

腹心でもあった、井上一族を、毛利元就の命により、一族郎党ことごとく滅ぼし、


「逆賊、井上元兼以下、井上一族をことごとく滅ぼすのだ!」


ズガッ!ザシュッ!


井上一族を率いていた、元兼(もとかね)は自害に追いやられたという事件が起きていた。


「くっ…。この井上元兼も、もはやこれまでか…。」


ズガッ!ブシャッ!


これを機に、中国地方では、毛利元就が勢力拡大に乗り出していた。




再び尾張。小坊主天海を出迎えようと、信長をはじめ、重臣たちや、その他の家臣一同が、集まっていた。

重臣たちの顔ぶれは、佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、といったところ。あとは、家臣一同、集められていた。


「小坊主天海にございます!」

「うむ。よくぞ来てくれたな。」


信長も大歓迎の様子。しかし、その信長に対する風当たりはまだ強く、いまだ尾張の国も統一していない状況だった。


「あの大うつけの信長に、織田家の当主がつとまるはずもない。」

「弟の、信行様を、織田家の当主として祭り上げようとする動きもあるという噂だ。」


小坊主天海は、自分と同じく、修行中の身にある他の小坊主たちとともに、過ごすことになったが、正直な話、そこではなかなかなじめなかった。


そこで信長は、

「天海、お前には特別に1つ部屋を与える。

お前1人だけの部屋だ。自由に、好きなように、部屋を使うがよい。」

天海は信長から、特別に個室を与えられた。

自分1人だけのスペースを与えられた天海は、さすがにこの時ばかりは、舞い上がった。

「やったあ!自分1人だけの部屋を与えられた!

これで誰にも邪魔されることなく、自分だけの時間を過ごせるぞ!」


この時代に転生してくる前、高山一郎として生きていた時から、引きこもりがちで、いつも1人でいることが多かった。


いや、1人でいても、別に寂しくはなかった。

むしろ人間関係がわずらわしかった。

関わりを持ちたくないような人間とも、関わりを持たなければならないのが、わずらわしかった。

実は高山一郎は、社会人になって、会社員になってから、転生してきたのだが、仕事中にも関わらず、くだらない雑談ばかりして、自分たちだけ、バカ笑いをしている女どものことを、なぜかこっちの時代に来てからなのに、ふと、思い出していた。

俺はてめえらの雑談を聞かされるために、会社に来ているわけじゃないんだ!

と、内心思っていた。


しかし、こっちの時代においては、お勤めはサラリーマンではなく、

戦国大名の家来としてのお勤めだ。

いつ戦において、討ち死にするかもわからない。

いや、いつ討ち死にしてもおかしくない。

だから、万が一そうならないためにも、処世術や、スキルを身につけることを、考えなければならない。


さて、小坊主天海は、本職は寺の坊さんなので、剣術の腕前では、到底、大名たちや、武将たちには、文字どおり、太刀打ちはできない。

そのかわり、寺の僧は、頭を使うようなスキルを身につける必要があるという。

実は、前世の高山一郎の時から、運動は苦手で、どちらかというと、頭を使う方が得意だった。

だから、頭のいい天海という僧に、転生したというのは、結果的によかったのではないか、と思った次第。


そうこうしているうちにも、情勢は日々、動いていた。

「どうじゃ、天海よ。この部屋での暮らしは?

わしはもうまもなく、本家が支配している清洲城を、手中におさめる。

そうなれば、そちにも、この部屋よりももっと良い部屋を、与えてやれるぞ。」

実際に清洲城を手中におさめ、尾張統一、天下統一への足掛かりを築くまでには、ずいぶんと時間がかかったものだが、

1555年、信長は、本家の織田信友(おだ・のぶとも)を攻めていた。


本家の織田信友(おだ・のぶとも)は、管領の斯波義統(しば・よしむね)と結託し、信長に対抗しようとしていた。

「あの信長に、この清洲城は渡さんぞ。」

「この管領、斯波義統(しば・よしむね)も、信友殿とともに戦いまするぞ。」

斯波氏は細川氏、畠山氏とともに、三管領として権勢を振るっていた時期もあったが、

この頃には三管領の中でも特に力が衰え、現在ではこの斯波義統(しば・よしむね)を残すのみとなっていた。


もともと、織田家はこの斯波氏の守護代の家だったのだが、

信長の父、信秀の時代から、その斯波氏をしのぐほどの強固な力をつけてきていた。

信秀の死後は、清洲城の本家と、いくつかの分家に分かれ、互いに争っていた状況だった。

信長は、そんな尾張を統一するため、戦いに挑んだのだった。


この年は、多くの戦国大名にとっての、ターニングポイントだったと、小坊主天海は、後に天海大僧正になってから、振り返っている。

第1回の川中島の戦いが始まったのもこの年、また、中国地方では大内氏が、陶晴賢(すえ・はるかた)に取ってかわられ、さらにその陶晴賢(すえ・はるかた)に取ってかわったのが、当時59歳になっていた、毛利元就(もうり・もとなり)だったという。




そんな中、清洲城では、斯波義統(しば・よしむね)が、仲間割れによって、織田信友に殺害されてしまうのだった。


ズバッ!バシュッ!


「うげえあっ!」


ドシャッ…!


「この無能めが。斯波の時代など、とっくに終わっておるわ!」


斯波義統(しば・よしむね)の死によって、結果的には、信友が守護の義統を殺害した、そのとむらい合戦として、義統の嫡子の義銀(よしかね)を祭り上げ、信友を征伐するという、結果的にこれが、戦いの大義名分になったのだった。


「よし!信友を滅ぼし、清洲城を手に入れる!出陣じゃ!」



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