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水上保安庁(龍焔の機械神002)  作者: いちにちごう
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第六話 02

「ものすごく早く着いてしまいました……」


 明け方の四時半に第三東京海堡を出発して、朝日にも見送られながら東京湾を横断して神無川の陸地が見えてきた時、時計を確認するとまだ七時前だった。龍雅は二時間ほどで東京湾を渡りきったのだが、やはり陸上より海の上の方が早く進められる様子。


 とりあえず目の前に近づいてきた砂浜に上陸し、一旦エンジンを停止させる。


 龍雅は車外に下りると、海岸から沿岸道路に上がって住宅街の方に向かった、そこで家の塀に取り付けられた住所の刻印された鉄板を発見し、車内から持ってきていた地図を取り出して現在地を確認する。


「学校までけっこうありますね」


 教えられた学校の住所から距離を測ると、目的地まではまだそれなりに距離が残っていた。自分の今現在の地上走行スキルを考えると、あんなにも早朝に出てきたのは正解だったようだ。慣れない場所へ向かうのだから、迷子になる可能性もあるのだし。


 現在位置を確認した龍雅は再び戦車に戻り、エンジンを再始動させる。そうして車外を走っている時に見つけておいた、沿岸道路へ上がるためのスロープを目指す。沿岸道路と海岸に高低差がある場合、作業車両の乗り入れのためにスロープが予め造成されている。大型重機の走行も可能なように頑丈に造られているのが殆どなので、戦車が進んでも壊れることはない。


 龍雅はそこから戦車ごと沿岸道路に上ると、町中へと車体を進ませる。こんな朝早い時間に住宅街を戦車がキュラキュラと走行音を響かせながら走るのも申し訳ないが仕方ない。


「あ、神社」


 そうやって人が歩くほどのゆっくりとしたスピードで30分ほど戦車を進ませていると、あと少しで高校のある住所に到着するというところで、通りの左に一つの神社を見つけた。


 なんとなく一時停止(人が歩くほどのスピードなので戦車のような重量級車両でも止まるのは楽である)をして、車体側面視界用の直視バイザーで見てみると、全体的には風化の傷みは免れないものの、それでも手入れの良く行き届いているのが分かる神社だった。


「綺麗な場所ですね……」


 境内に植えられた木々から落ちる木漏れ日に包まれた森厳な雰囲気に、龍雅が思わずため息を漏らす。


 今度機会があったらお参りに来ようかなと龍雅がなんとなく思っていると


『うぉおぅっ戦車!? しかも水陸両用型!?』


 車体の外から女の子の驚く声が聞こえた。戦車が一般的に町中を走っている世の中とはいえ、やはり目の前に履帯の音を轟かせて鋼鉄の物体が現れたら普通は驚く。


 龍雅が直視バイザーで確認すると、上半身が白で下半身が赤の和装に身を包んだ女の子が竹箒を持って立っているのが見えた。


(巫女さんだ)


 朝の掃除に出てきたこの神社の巫女を驚かせてしまったらしい。


 龍雅は天井にあるハッチを開くと顔を出した。


「うぉおぅ、おんなのこ!?」


 戦車から顔を出したポニーテイルを見て、巫女姿の女の子が更に驚く。戦車の中から自分と同じような女の子が顔を出したら、驚きを重ねるしかない。


「ど、どうも、おはようございます」

「ど、どうも、こちらこそおはようございます……って、なんで女の子が戦車に?」

「説明すると長くなるのですが」

「うん、だいじょうぶ、私掃除しながら聞くから、言って言って」


 巫女姿の女の子はそういうと、神社の外の道路の掃除を始めた。


「わたし、水上保安庁の早期入隊特別枠で義務教育終了直後に入った者なんで、規定で大検の取得と月に何度かの提携校への登校が定められていて、今日がその登校日なんです」

「長くないじゃん。それでだいたい分かったよ。だから水陸両用型戦車なんだね」


 掃除の手を一旦止めて、巫女の女の子が納得のいった顔をした。


「高校ってこの近くのあそこ?」

「そうです」

「それ、私も今から行く所だよ」

「あなたもですか」

「うん。私も新一年生」


 どうやらこの巫女の女の子も龍雅がこれから向かう高校の生徒らしい。しかも同じく一年生であるという。


「私はミカルナ。だいたい他人ヒトはミカって呼んでる」

「わたしはリュウガです」


 同じ学校で同じ学年の者がこんなところで会ったのも何かの縁だと、巫女の女の子が自然な流れで自己紹介したので、龍雅もその流れのまま自分の名前を伝えた。


 しかし


「……」

「……」


 いざ口にしてみると、二人ともその自己紹介に例えようもない妙な違和感を改めて感じる。


「なんでお互いいきなり下の名前で自己紹介してるんだろうね?」

「ですよね」


 二人ともそれは多分名字ではないなと思いながらも、なぜか受け入れてしまっているのを不思議に思う。


「でもなんか名字で呼び合うのはしっくり来ないってのは、なんだろうね、初対面なのに」

「なんででしょうね」


 二人して首をかしげる。二人ともここでは自分の名前の方を告げるべきと判断したらしい。


「なんか遠い昔の古い友人に再会したって感じなのかな。じゃあ初対面じゃないのか、お互い忘れてただけで」

「そんな感じですね」

「小学校とか一緒だったんだっけ?」

「もっと昔のような気がします」

「じゃあ幼稚園か保育園?」

「なんかそれよりもずっと前のような」

「となると、生まれた病院が同じで、産後も同じ部屋とかそうなっちゃうね」

「なんかそれよりも更に前のような気がしますけど、その辺りでめといた方がいいような気もします」

「そうだね」


 お互いそれで納得できるような気がしたのでそのようにすることにした。しかし生まれた病院が同じで同じ部屋とは言っても、本人たちが覚えていないのではないのだろうか。


「それにしてもリュウガは戦車に乗ったまま行くんだね」

「そうですよ訓練の内なんで。ミカももう登校しますか?」


 しかしそんな疑問はもう既にどうでも良いのか、お互い旧知の間柄のようにしゃべり始めた。


「うん、最後に外の掃除をしようと思って出てきただけだから、これ終わったらあとは制服に着替えるだけ」

「じゃあせっかくなんで乗ってきます?」

「あはは、まさかこんな朝っぱらから戦車でナンパされるとは思わなかったよ」




「なんかすっごい遅いね。歩いたほうが早くない?」

「ごめんなさいまだ不慣れなもので」

「というかなかなか恥ずかしいんですけど」


 高校へと続く道路を、龍雅が操縦する戦車が低速なまま走っていた。ミカは操縦手席の反対の、左側の車体上面の平たいスペースに腰掛けてる。さすがに民間人を緊急時でもない限り中に乗せる訳にもいかないので野ざらしな、女子高生版タンクデサントである。


 町中で民生用の戦車は走っていて、それが車外に人を載せている場合もあるので、珍しい光景でもないのだが、まぁ目立っていた。出勤途中の会社員や、同じように高校に向かう生徒からの視線も絶えない。


「まさか水陸両用戦車だからって地上だと遅いとか?」

「そういうわけじゃないんですけどね」


 龍雅は波の入らない地上走行中なので乗降用ハッチは開けたままにして、そこからミカと会話をしている。


 水保が装備する本車は水陸両用型の車両なので、小型な舟艇のような形状をしているが、車体前後に装備されているフロートを取り外せば普通の戦車のような形状になることもできる。


 しかし外すのは自動で出来るが再装着には手間がかかる(クレーンが必要である)ので、上陸後に追撃戦などで身軽にならなければ追いつけないような緊急事態でもない限り外さない。


 しかしそんな地上ではデッドウェイトを取り付けていたとしても、遅すぎである。


「……わたしの方から誘っておいてなんですけど、やっぱり歩いていきます?」

「まぁいいよもうすぐ着くし。せっかくの機会だからこのまま乗せてってもらうわ。毒食わば皿までってね」

「……ごめんなさい」


 二車線道路の片側一射線をほぼ占有してしまっている状態なのだが、まだ朝の早い時間だからか渋滞などは起きていない。

 そんな風にキュラキュラと戦車を進めると、ようやく高校の正門が見えてきた。そして正門の脇になにやら大きな白色の看板が立てられているのを龍雅は発見した。


「今日入学式でしたっけ?」


 龍雅が目視バイザーから目をこらして良く見ると、その看板には「第十六回入学式」と書いてあるのが見えた。創立十五年で第十六回ということは、自分たちの入学式典ということである。


「そうだよ」


 車上のミカはそれにあっさりと答える。新入生だったら普通は知っている。


「入学式からいきなり戦車で登校なんてすごいなぁって思ったんだけど……って私もそうなんだけど」

「わたし、中学の卒業式の翌日に水保に入ったんで、なんだか日付の感覚がわかんなくなってたみたいで」


 龍雅は入隊後は、ずっと訓練と保養日の繰り返しだったので、自分が高校に行くことすら忘れていた程である。しかもそれを教えたムムも、高等学校の式典日程表までは分からなかったようで、本日は普通の授業日だと思っていた様子。


「私たちが中学生でもなけりゃ高校生でもない微妙な休みの時期に、リュウガはもう働いてたんだ、すごいね」

「いや……それほどでも」

「でも、戦車の運転は全然上達してないんだね」

「……ごめんなさい」


 本日会ったばかりだというのに、ミカから容赦のないツッコミが入る。お互いまったく覚えていないのだが、旧知の間柄なのは間違いないのだろう。いったいいつ頃の付き合いなのかは思い出せないのだが。


「とりあえず戦車を駐車場に停めないと。学校の駐車場ってどこなんでしょうね」

「普通はそういうのって裏門なんじゃないの?」

「なるほど。じゃあわたしはこのまま外を回って裏の門を探してみますので」

「うんわかった。じゃあ先に行ってるね」


 ミカはそういうと戦車の上からひょいっと飛び降りた。


「またあとで!」


 そう告げてミカは走る戦車を追い越して校門の中へと入っていった。やっぱり野ざらしにされたままの低速運転でかなり恥ずかしかった様子。


 龍雅は戦車を再始動させてそこを通り過ぎるように走らせたが、直視バイザーから中を見ると多くの生徒が固まって集まっている場所があった。多分新入生用のクラス別け表が立てられてるに違いない。龍雅はわたしも急がないとと思い、戦車を進ませる。


 学校の敷地を外壁沿いに移動していくと、裏門らしきものが見えてきたので龍雅は戦車を入れた。そこにはちょうど守衛らしき人が立っていて戦車専用の指定スペースを教えてくれた。本日は水保から本日始めて登校する早期入隊生が来ることは学校側は分かっているので(水保の方から登校日日程表が送られてくる)予め案内のために待っていてくれたらしい。


 龍雅は駐車スペースへ水陸両用戦車を停車させると外へ出て、ロングブーツを脱いで予め持ってきたローファーに履き替えると、ブーツを車内に入れてハッチを閉めた。


 そうして準備を完了させた龍雅は校舎の脇を抜けて校庭へと出た。多くの生徒がひしめき合っている一角へと自分も走る。

 中学時代は同級生だったのか再会を喜び合っている者たちなどがワイワイと騒いでいる中を抜けていくと、やはりその先には新入生の名前が表記されたクラス別け表が立てられていた。


「えーと?」

「私たち同じクラスだよ」


 上から下まで舐めるように表を見ている龍雅の隣りに、一足先に確認していたミカが並んだ。


「そうなんですか?」


 龍雅が見ていくと、自分の名前を下の方に発見した。自分の名字は村雨でむ行なので下の方にあるのは当然なのだが、ついつい上の方から探してしまうのは仕方ない。その少し上の方にミカの名もあった。


「とりあえず一年間よろしくね」

「はい、こちらこそ」


 二人が改めて挨拶をしていると、スーツ姿の男性がやってきて散らばっている生徒たちを集め始めた。


「これから入学式を始めますので体育館の方に移ってください」


 多分一年生の主任教諭か何かだろうその男性の指示を聞いて、生徒たちが移動を始める。


「さぁて、私たち以外にはどんなたちがいるのかな、うちのクラスは」


 動き始めた生徒の波に混ざりながらミカが言う。


「まぁわたしは、月に何度かしか来れないですけど」

「ああ、そうだったね。残念だね」

「わたしの本分は水上保安庁の保安員なんでしかたないですね」


 二人はそんな風に言葉を交わしながら、生徒の波に飲まれるようにして入学式の行われる体育館へと向かった。




 ―― ◇ ◇ ◇ ――




「ただいま戻りました」


 授業を終え(といっても入学式とホームルームしか無かったが)第参東京海堡に帰還した龍雅が、格納庫に通学に使った戦車を入れると、隣には一番隊の一号車が停車してあった。ムムは詰所の中にいるのかと事務所に顔を出すとデスクで作業中だったので帰還の挨拶をした。


「おかえりリュウガ。どうだった学校の方は? 授業とか分かった?」


 書類の整理をしていたムムは一旦それを止めて顔を上げると龍雅に本日の首尾を訊いた。


「今日、入学式でした」

「え? そうだっけ?」


 ムムもやっぱり高等学校の授業スケジュールに関しては、深くは認識していなかったらしい。彼女の場合は部下の登校スケジュールはほぼ本庁に丸投げといったところなのだろう。


「まぁ良いじゃん高校生の第一日目にあるイベントなんだから、記念すべき日も経験できて」


 しかしムムも、授業が受けられなくてもったいないとは思わずに、貴重な経験ができたと考えるポジティブ思考だった。


「友達はできた?」

「友達といいますか、古い友人には再会できました」

「へー、そんな出会いが。なになに、いつごろの友達だった子?」

「お互い生まれた病院が同室で一緒だったくらいの子です」

「なんじゃそら?」


 龍雅にしてもミカルナにしてももっと前からの付き合いだったような感覚があるのだが、それを他人に説明しても理解してもらいないとは思うので、やはりそのような説明になった。


「まぁいいか。じゃあリュウガも帰ってきたことだし。夕ご飯でも食べに行くか。今日はリュウガの入学祝いってことで、ちょっと洒落たレストランでも行こう。もちろんわたしのおごりだよ」

「ありがとうございますー。じゃあ制服に着替えてきますね」

「いやいやそのままで良いよリュウガ隊員」

「え? わたしこれ着たままですか?」

「セーラー服姿の女の子を連れまわす機会なんて滅多にないからね、先輩のわがままを今日は聞きなさい」

「……はい」

「というわけで今夜は長身女子高生と夕食デート! なかなかない機会だぜ」

「……ムムさんはいったいわたしに何を求めてるんですか?」

ここで一旦終わりです。

自分が気が向いた時にのんびり書けるようなものをということでこんな感じです。短編連作形式で進むと思います。

多分この作品の一番の謎は「これが002なのか?」ということだと思いますが、003である犬飼さんと鬼越女史が出会う直前(ゴールデンウィーク位?)まで書いて、とりあえず一巻分の分量にしたいと思っています。

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