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水上保安庁(龍焔の機械神002)  作者: いちにちごう
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第五話 人型戦車インデゴウ

「あの、ムムさん」

「なにかな?」

「あそこにいるヘッツァーに手足が付いたようなものはなんですか?」


 本日の哨戒任務を終えて第参東京海堡に戻ってくると、沿岸沿いの広場に自走砲に手足を付けたような物体が立っているのを見つけた龍雅は、操縦席のムムに訊いた。


 なぜ龍雅はヘッツァーと車両種名まで言ったのかと言うと、ヘッツァーと呼ばれる戦車(自走砲)は、車体右側にずれて主砲が搭載されており、今見えた手足の生えた自走砲のようなものも同様に右にずれて搭載砲が据え付けられていたからである。


「ん? ああ、あれはインデゴウよ」


 開かれたままだった操縦席のハッチから顔を出して、龍雅が発見したものを確認したムムはそう教えた。


「いんでごー?」

「古い言葉で勢子と言う意味ね」

「せこ?」

「狩りのときに獲物を追い出したり、射手のいる方向に追い込んだりする役割の人のことね。狩り子なんて言い方もするけども」

「それって本物のヘッツァーと同じ意味ですね」


 ヘッツァーとは元の生産国である独国の言葉では、インデゴウと同じ狩りの勢子(列卒)の意味である。


「お、リュウガはヘッツァーには詳しいみたいだね」

「うちの地元にも一台いたので、それなりには」


 疾風弾重工は民生用戦車(見た目は戦車だが基本的には作業用重機の類いである)としてWW2時代の車両をレプリカ販売しているが、その中にも旧独国陸軍駆逐戦車であるヘッツァーもある。


「そのうち一番隊うちでも搭乗訓練やるんじゃないかな、インデゴウの。リュウガという新隊員も来ましたし」

「……ほんとですか」

「ほんとですよ」


 主要装備である水陸両用戦車ですらまだまともに習熟していないと言うのに、謎の人型戦車に乗っての訓練までやるというのも中々気が重い。


「なんでもやらされるんですね」

「うちら戦車隊自体そのものが、元々の疾風弾重工実験部隊の延長だからね、まぁ仕方ない」

「はぁ」




 と言うわけでムムの予想通り、翌週の訓練日には台車に載せられてその人型戦車が運ばれてきた。


「見れば見るほどヘッツァーですよね」


 一番隊詰所前の広場に佇立するインデゴウを見上げて龍雅が改めて感想を言う。


「だよねー」


 隣りで見上げるムムも、やはり同じ感想であるらしい。


 インデゴウの大まかな形状を説明すると、傾斜装甲型の戦車のような胴体の右側に短砲身型の主砲が取り付けられており、その反対側、ヘッツァーで言えば操縦士用の直視バイザーがある場所に各種センサーを集中させたユニット――頭部が付いている。


 胴体部自体は通常の戦車を前後に半分に切ったような形状で、後ろにはそれほど長くない。これは背面に各種増加装備を取り付けるためである。


 その胴体の両サイドから異様に長い腕が生え、太く短い脚で構成された下半身が支えている。そしてその長い腕はさらに伸縮するのである。


 一見するとゴリラが直立で立ち上がったかのような形状だが、これは胴体に搭載した主砲の発砲を考慮してのものであり、発砲時には胴体と腰を繋ぐ間接を最大限に展開させて、胸部が水平のまま前傾姿勢となり、伸縮させた両腕と脚部での四点支持の体制へと簡易変形を行う。その発砲姿勢は本当にゴリラが歩行する時のような姿勢であり、長い腕も短い脚もこの本来の目的である移動砲台としての運用を考慮してのことである(脚が短いのでその分バランスも取りやすく、人型兵器として開発し易かったという利点も発生している)。


「まぁ戦時急造な部分も、まんまヘッツァーと同じだしね」


 元々のヘッツァーの設計思想は、製造を依頼された自走砲(突撃砲)の生産が自社工場の設備ではできなかったので、自社でも作りえる小型代替車両として考案されたものである。


 主砲が右側によっているというのもそのためであり、狭い車内に砲架と四名の乗員を詰め込むための苦肉の策であった。その無理やりな設計は「右側が弱点(主砲で全く見えない)」という前代未聞のウィークポイントを生み出してしまう。


 しかし小型に作ったおかげで生産費は主力戦車の半額ほどで納まり、非力な装甲や車体バランスの悪さなどもあるが、急造代替品としては成功した車両の一つとして、WW2以後も生産と配備が続けられた地域もある。


 インデゴウはそんな戦時急造の成功例の一つであるヘッツァーを参考にして作られたのは想像に容易い。


「じゃぁ、いっちょ乗ってみるかー」


 ムムがそう言いながら台車の上に上がり、インデゴウの右脚の方から、各部の出っ張りや各所に設けられたフックを掴んで登っていく。もちろんいつもの水保の制服なのでスカートの中から黒いオーバーパンツがちらちらである。龍雅も真似して反対側から登る。インデゴウの操縦席への入り口は胴体上面にあるのでまずはそこまで辿り着かないといけない。


「タラップとか梯子とかで登るんじゃないんですね」


 腰の辺りに辿り着いて、この人型戦車への搭乗が軽くロッククライミング風味になっているのを、さすがに龍雅も指摘した。乗る前に疲れてどうするのだろうと。


「格納庫とかにいる時はそりゃもちろんサイロのキャットウォークとかから乗るけどさ、前線ではそんなの無いしね。これも訓練だよ」


 ムムは小柄な体格である身軽さを生かし、それほど手間がかからずに胴体の上へと登った。龍雅も大柄な体ではあるが見た目に反して身軽なのでムムに遅れることなく頂上に辿り着く。


 インデゴウの胴体最上面には戦車の乗降用ハッチと同じ物が二つ横に並んで付いていて、ムムは右側の方を開けた。そのまま小さい体の利点を生かしてスルっと苦も無く入り込む。


 今回運ばれてきたのは訓練用の機体であるので二人乗りである。胴体部右側の主砲が砲架ごと丸ごと取り外され、教官用操縦席が増設されている。砲が無くなってしまった胸部にはダミーの砲身をつけてあるので見た目にはその違いは分からない。


「リュウガもはやくはやく」


 一足先に増設の方の操縦席に収まったムムが急かす。笑顔なので多分面白がっている。


「……はい」


 龍雅は身軽といってもその手足の長さなので、狭いところは苦手である。愛車になりつつある一番隊装備の水陸両用戦車の乗り込み時ですら、今でも肩や膝やどこかしらぶつけながらである。


 と言うわけでムムの倍以上の時間をかけて、龍雅がようやく席に納まる。


「さって、動かしてみるか」


 自分が入ってきたハッチを閉めながらムムが言い、龍雅も自分が使ったハッチを閉めながら「はい」と答えた。


「今さらなんですけど、ムムさんって人型戦車これの運転……というか操縦できるんですか」


 そういえばこのインデゴウを動かすには、自分は全くの初心者なのだから、自分以外には操縦を熟知した者に同乗してもらわなければならないということに気付いた龍雅は、いつもの水陸両用戦車のようにごく普通に一緒に乗っているムムにその疑問を尋ねた。


「できるよ」


 戦車小隊一番隊隊長は部下の最大の疑問にさらっと答えた。多分ここでも「黙っておいた方が面白そうだから」なのだろうと龍雅も思う。


「……ムムさんって、戦車隊の隊長ですし浮き水使いの資格も持ってるし人型戦車も動かせるし、ものすごい才女ですよね」

「はっはっはっ、もっと褒めてくれたまえ!」

「……でもみなさんに素直に褒めてもらえないのはなんでなんでしょうね」

「はっはっはっ、それは逆説的褒め言葉かいお嬢様フロイライン?」

「……とりあえずこの操縦桿はなんに使うんでしょうか」

「はっはっはっ、スルースキルが上がってきたねリュウガ隊員、泣くゾ♪」


 と言うわけで、とりあえずまずはムムから操縦装置のレクチャーを受ける。


 龍雅も始めての人型戦車への搭乗であるが、変な挙動を起こしても隣のムムがすぐさま操縦を代わってくれるのでその点は安心である。


 このインデゴウと名付けられた人型戦車。


 水上保安庁創設の発端ともなっている、15年前の鉄車帝国のこの国への侵攻。


 その際は幸か不幸か、全く同時期にチャリオットスコードロンという謎の組織が現れ迎撃してくれていたのだが、それはこの国固有の防衛組織では鉄車帝国が繰り出す尖兵――特に鉄車怪人と呼ばれる戦闘兵器があまりにも強すぎて、手に余る相手であったからである。


 しかし、やはりいつまでもチャリオットスコードロンにその鉄車怪人の殲滅を頼っていてはこの国の威信に関わるということで、鉄車怪人という超兵器にも遅れを取らない新兵器の製造が決定された。それはそのままこの国有数の重工業組織である疾風弾重工へと依頼されることになる。


 都市部を迅速に移動し、戦車砲クラスの対物砲を搭載し、いざとなったら鉄車怪人との白兵戦をこなせるものを、なるべく小型で極力短期間で開発製造すべし――という無茶苦茶過ぎる要求水準に従った結果、インデゴウこれが完成したらしい。


 だが完成直後に、鉄車帝国は最後の決戦を挑んだチャリオットスコードロンにより滅亡してしまったので、この新兵器は殆ど出番が無いままこの国全土を巻き込んだ戦乱は終局してしまったのである。


 そして行き先を失ってしまったこの人型戦車は、新設でまだ装備車両の数が揃っていなかった水上保安庁の装備機の一つとしてとりあえず配備される(面倒くさいものを押し付けたとも言う)


 その後はとりあえず水保戦車隊に配備され、終戦後に現れた簡易型鉄車怪人(鉄車帝国一般兵が変身して誕生する)や、水の魔物の駆逐戦に投入されたりもしたが、基本的には海上や沿岸部を走り回らなければならない水上保安庁の任務では非常に扱いにくく、現状では第参東京海堡本島の拠点防御兵器という運用に収まっている。


 基本的には陸戦兵器なので陸上自衛隊や陸上保安庁に納入すれば良いのではとも言われているが、両組織とも「いらん」という回答を示しているらしい。こんな複雑怪奇な戦闘機械を配備運用する手間があるのなら、元々装備している通常の戦車や人間の白兵部隊をもっと充実させる方が良いに決まっている。


「……やっぱり戦車と比べると難しいですね」


 ムムからの人通りのレクチャーを終えた龍雅が、そう感想を漏らした。人型戦車というだけあって通常の戦車の似ている部分はあるが、やはり腕もあれば脚もあるので覚えなければならないことは多い。


 そして通常戦車との最大の相違点は一人乗りであることだろう。


 戦車はいつの時代の物でも最低二人で乗っていて、その複数の搭乗員でお互いを連携しあって鋼鉄の箱を動かしている。しかしこの人型戦車は、普通はひとり乗りで頼れるものは自分ひとりだ。


「そうだねぇ。水保の工兵部隊にも双腕型パワーショベルとか置いてあるけど、これは更に脚がついているようなもんだしねぇ」

「……これの訓練が終わったら次はその双腕型パワーショベル操縦訓練だー、とか言わないですよね」

「ヒ・ミ・ツ☆」


 ウフンとしなを作ってウインクするムム。瞑った片目から星が飛び出したのが見えた。ムムがやると可愛いので、それが逆に悔しい。


「よし、ではまずは私が動かして台車から降ろすんで、それを見て感覚を掴んで」


 おふざけモードから真面目な戦車隊隊長へと戻ったムムが指示を出す。まずは一歩降りるという難しい動作は自分がやるのでそれを見ていろと。


「はい」


 龍雅も操縦桿やフットペダルに手足を置いて感覚を掴むようにする。この訓練用の機体には操縦切り替えが付いており「正操縦席」「教官席」「正操縦席教官席同時」の三種類から選べる。正操縦席教官席同時は緊急時用で、教官が右腕、操縦士が左腕などと機体を分割して動かすことも可能だが、二人が同時に右腕を動かすとどちらを優先して良いのか機体が分からなくなり機能不全を起こす。今は教官席側にボタンが入っているので龍雅が操作機器を動かしても機体は動かない。


「では、発進!」

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