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王妃ヘルミの目的

玉座に腰を下ろすあどけない面差しの殿方が、怖いお顔をなさって私におっしゃいます。

「お前が余の妻になるのか」

 御年十三歳、アンディス・メア・ラスパル国王陛下。

 堂に入ったお姿はさすがと思わせるものがあるのですけれど、そのとても厳しい表情は、お目付け役に見張られながら勉強する、弟の嫌々顔にそっくりです。

「何がおかしい?」

 思い出し笑いについ吹き出した私を(とが)められ、陛下は眉間にさらに皺を寄せられました。あらあら、だめですよ。かわいいお顔が台無しです。つい進言しそうになった私を、お目付け役のリリーがきゅっと睨みます。彼女の機嫌を損ねることは、あまりよろしくありません。私は陛下にゆったり微笑んで、謝罪に首を振りました。

「申し訳ございません陛下。何もおかしいことなどございませんわ」

そして胸に手を当てて自己紹介を。

「ヘルミと申します。よろしくお願いいたしますね?」



私の祖国リュトレイアは、青い海に面した大地に白い建物が立ち並ぶ小国で、似たような規模の国であるラスパルとは友好関係にありました。即位したばかりの少年王の正妃となるべく、輿入れしたのが私、ヘルミ・ラト・リュトレイア。リュトレイア王家の長女であります。

政略結婚、といえば物々しいのですけれど、そんな大層なものではありません。私の父とラスパル前国王様は、大国カッサヴァへの留学時代からの親友で、今回のことも、お遊び半分のささいな賭けが発端だったとか。敵国に嫁がなければならない姫君も世の中多々いらっしゃる中で、私は非常に気楽な身分といえるでしょう。



宛てがわれた部屋に戻った後、リリーがぷりぷりと怒りだしました。

「もーあんなところで噴き出されるから、何かと思ったじゃないですか!」

 祖国からの唯一の同伴者。私の侍女、リリー・セイル。そのかんばせは美しく、すましていれば姫君よりも姫君らしい彼女。けれどもきゅっと袖まくりをし、ペチコートが見えることおかまいなしに、どかどか部屋を動き回るその様は、勇猛果敢な獅子のようです。

 実際、下手な騎士よりも武に優れ、有能な魔法使いでもある彼女の勇ましさときたら! 祖国全土の殿方が恐れをなすほどなのです。彼女の両親は娘の嫁ぎ先がないと嘆き悲しみ、国外ならばと一縷(いちる)の望みを抱いていたようですが、先ほども私の扱いが雑だと叫んで騎士を箒で叩き出していたところをみると、あぁ、ご両親の夢が叶う日はとても遠そうですわ。

「だって、弟にそっくりだったのだもの。窮屈そうなご様子が」

「確かにアンディス国王陛下はヘルミ様の弟君と同じお年です。でもあんなに盛大に吹き出すだなんて!」

「大丈夫。素直に謝ったもの」

「謝って物事が全部上手くいくと思ったら大間違いです! 初対面の時が重要なのに! 絶対ヘルミ様への第一印象は激悪ですよ!」

「じゃぁ騎士を箒で叩き出すのはいいの?」

「王妃に無礼を働いた騎士だからいいんです!」

「よくない」

 突然低温な声が割り込んで、私とリリーは顔を見合わせました。扉が勢いよく開かれて、どやどやどやと人の足音。

お付の方をたくさんお連れになって、国王陛下が入室なさいました。

「ちょ、なんで誰も取り次がないっふぐっ……!」

「陛下、わざわざこのようなところにお越しいただかなくとも、お呼びとあれば私から参りましたのに」

 私は滑りのよいリリーの口を背後から塞いで、彼女の頭ごと陛下に頭を垂れました。ふご、ふご、という豚そっくりの鳴き声でリリーが抗議していましたが、とりあえずは無視です。

眉をひそめられた陛下が、私たちをじっくり検分なさいます。

「……もっと腰を低く保て」

私は「はい」と頷いてその場に屈み、負けじと陛下の観察を試みました。

 まだまだ伸び盛りのかの方は、柔らかそうな赤毛と緑色の瞳をお持ちでいらっしゃいます。綺麗に整われたお顔立ち。将来はとても凛々しい殿方になられるでしょう。

ただ成長途中の細いお身体に、豪奢な衣装は重たそうでした。

「背が高い」

「はい」

 私の身長は陛下よりも頭ひとつ半分高いのです。ひょろりとしたのっぽ。私は男性と比べてもそう低くはありません。

「それに、美しくもないな」

 私の顎の下でリリーが真っ赤になりましたが、私は微笑んで頷きました。

「はい」

リュトレイア王家に見られる、私の金の髪と青の瞳。肌は白いのですが頬にはそばかすが散り、顔立ちも平凡です。このような形でなければ、好き好んで私を妻に迎えたがる方もいないでしょう。

「そして余より年上だ」

「はい」

 私は陛下よりも七つも年上です。いきおくれなのです。それを否定するつもりもありません。

「……部屋で何か不足しているものは?」

 私は考えながら部屋を見回しました。まだ荷物が散らばっておりまして、それが大変見苦しく、陛下に申し訳ない気がいたします。けれど突然お出ましになった陛下が悪いのです。

「陛下にお出しするお茶菓子ぐらいでしょうか」

「そんなものは女官に言いつけろ」

 陛下は呆れたお顔をされて口元を引き結ばれ、今度はリリーをぎろりと睨まれました。

「騎士の職務を邪魔すると貴様を解雇する。大人しくしておれ。よいな」

 そしてばさりとマントを翻されて、退室なさってしまいます。お付きの方たちも後をぞろぞろ追って行きます。巣穴に戻る、蟻の行列のようです。

 その殿(しんがり)を務める騎士は先ほどリリーが追いやった者です。

彼はリリーをにやりと嘲い、扉を勢いよく閉じました。



 陛下の花嫁は私だけではありません。

 ラスパルには後宮という独特の制度がありまして、此度は私以外にも複数の女性が輿入れしております。陛下との顔合わせを終えた翌々日には合同結婚式が盛大に行われ、私は美姫ばかりが並ぶ席の先頭に立たなければなりませんでした。

私は自分の顔が大好きですので、周囲があれこれ口さがなく言ったところで気にすることはありません。ただ平凡極まりない顔だと私が当て擦られる度に、リリーがとても悲しい顔をするので欠席したかったのです。

ですがこの式、父がリュトレイアからの国賓として招かれています。ですから娘である私が不在というわけにも参りません。

私は未熟な果物を食べたときのように、渋い顔をせざるをえませんでした。裏で控えるリリーが他の侍女たちと、喧嘩になっていやしないかと心配でならなかったのです。陛下がぽつぽつ話しかけてくださったようなのですが、それどころではありませんでした。

陛下は私に割り当てられた〈北の宮〉に、ちっともお顔をお出しにならなくなりました。



 私に割り当てられた〈北の宮〉。その中庭に、リリーの声が高らかに響き渡りました。

「何のんびり構えていらっしゃるんですかっ!」

 彼女は散歩を楽しむ私に付いて歩き、陛下に手紙でも書けとせっつきます。

「お手紙なんて書かなくても、今夜も会食でお会いするのよ」

「会食だの晩餐会だのっていう、正妃をお披露目する会のときしかお会いしてないんですよ! ヘルミ様にはもっとゆっくり国王陛下とお話しする時間が必要です! お妾さんなんかに負けないでくださいよ!」

「うん。無理ね」

 そもそも争ってもおりません。

「無理言わないでくださいよぉおおおおおぉ」

 泣き崩れるリリーに私はくるりと向き直り、その肩をぎゅっと掴みました。

「え、え、え、なんですか……? どうされましたかヘルミ様」

ずずいと顔を寄せた私に、リリーは困惑した様子です。

「あのね、リリー。よく考えて?」

 私は真剣に説きました。

「陛下はお疲れでいらっしゃるのですもの。一番癒される場所を選ぶ権利が陛下にはあるのよ」

「……それって、ヘルミ様のところじゃ落ち着くことができないってことですか……?」

「いくら王様でも、私が年上なのですもの。無意識に身構えてしまわれるでしょう。それなら年近い話の合う妃の方と気分転換していただいたほうが、陛下のためではないかしら」

「……ヘルミ様」

 頬を上気させるリリーに、私は微笑みました。

「陛下がいらっしゃらないとのんびりお散歩できますしね」

「ちょ、最後のそれが本音ですね!?」

 私の感動を返せ! と叫ぶリリーの額にちゅっと口づけて、私は素早く身を翻しました。石化するリリーを置き去りにして、足取り軽く散歩を楽しみます。祖国の王城にも花咲き乱れる広い庭がありましたけれど、ここもまた素晴らしい。住まいである〈北の宮〉の中庭は広く美しく、私は文句など一切ありませんでした。

 芝生覆い茂る庭の散策を満喫していた、その時です。

 ぴぃ

 鳥の鳴き声がひどく間近で聞こえました。

「あら?」

 ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ。

「あらあらあら」

「どうなさったんですか? ヘルミ様」

 木の傍に屈む私の手元を、追いついたリリーが覗き込みます。

 私はてのひらですくい上げたふわふわを、リリーに見せてあげました。

「ひなですか」

「巣から落ちてしまったのねぇ」

 私のてのひらにすっぽりと収まったひな鳥は、空に向かって鳴き続けます。まん丸黒目の見つめる先を追いかけると、木の上にひな鳥のおうちがありました。

「リリー、この子をちょっと持っていてね?」

 ぴよ、と鳴くひな鳥をリリーに押し付け、私は立ち上がりました。

「よいしょっと」

「……ヘルミ様?」

 私から受け取ったひな鳥と一緒に、リリーがぱちくり瞬いて首を傾げます。

「何されるおつもりですか?」

「何って、その子を元に戻すの」

 私はドレスの裾をぎゅっと縛って、片足を木の幹に引っ掛け、空いた手をさぁ、とリリーに伸ばしました。

「その子を」

「へへへへ、ヘルミ様! 木登りされるおつもりですか!?」

「あら、私木登り得意よ?」

「そんなこと存じております! ドレスそんなたくし上げて木登りなんてしないでくださいはしたない!」

「えーでもその子早く巣に戻してあげないと可哀想(かわいそう)だわ」

「人呼んできますから!」

「人を呼ぶよりも私が登ったほうが早いし……」

「ヘルミ様!」

「おい」

 私とリリーは唐突に割り込んだ少年の声に顔を見合わせました。声の主は考える必要もなく明らかです。私は登りかけていた木からするりと下りて一礼いたしました。

「陛下」

 一人の騎士を従えられたアンディス陛下が、私とリリーを交互に眺められ、眉をひそめられます。

「一体何をやっている?」

「巣穴から落ちたひなを戻そうとしておりました」

 私の答えに陛下はお顔を険しくされて鳥の巣を仰がれました。

「結構高いではないか。どうやって戻そうとしていた?」

「登ろうと思っておりました」

「登る? お前が? この高さをか?」

 陛下は驚かれたご様子で私を凝視なさいました。

「はい」

 陛下が訝りのお顔をなさいます。

「登れるのか?」

「はい。よく登っておりましたので」

 私の弟の一人がそれはもう木登りが好きで、なのに降りられないものだから、私がよく降ろしに行っておりましたのよ。

「もうよろしいでしょうか? 陛下」

 私はにこりと笑って身を翻し、よいしょ、と木に手を掛けました。リリーが私に縋って、お願いですから、と悲鳴を上げているけれど、それは小さいときからなので気にしません。

「待て」

 溜息混じりの静止の声。私は陛下を振り返りました。陛下はお脱ぎになった重そうなマントを、騎士に渡しておいでのところでした。

 陛下はおっしゃいました。

「余が登る」





 かくして、陛下の木登りが始まったのです。





「陛下、右ですわ、右! 右手を伸ばして!」

「うるさい! 余に指図するな!」

陛下が木に登って行かれます。けれどどうにも危なっかしくてなりません。お顔もとても真っ赤です。ご経験がおありでないのでしたら、やはり私が登りましたのに。

 リリーは「あぁぁぁ」と頭を抱えておりますし、その横では陛下お付きの騎士が、腕を組んで面白そうに事の成り行きを見守っています。

「陛下! 左足を上げて、そっちの枝に引っ掛けてください!」

 陛下はひいひいおっしゃいながらも、どうにか目的の太い枝に辿り着かれました。そして精一杯伸ばした私の手から、ひな鳥をお取りになります。私ののっぽはこういうときに役に立つのです。

 陛下は尺取虫のようにじわじわ枝を移動され、ぴぃぴぃ叫ぶひな鳥を巣に戻すことに成功なさいました。

ひな鳥の兄弟たちが喜びの歌を一斉に歌い始めます。

 ほっとしたのもつかの間。

 ずっ

「うわっ!!」

「陛下!」

「どいてください!」

 私を押しのけて前に飛び出た騎士は、落ちてこられた陛下を受け止めてその場に倒れこみました。

 木の根元、騎士を下敷きにされて、陛下が(うずくま)っておられます。

「リリー、誰か怪我の手当ができる方を呼んできて」

 私の頼みにこっくり頷いて、リリーは庭を駆け出しました。

「陛下、騎士の方、大丈夫です……か」

 傍に駆け寄って膝を突き、声を掛けたはいいのですが、陛下のご様子に私はつい吹き出してしまいました。

 だ、だって陛下……っ。

 口を覆って笑いをこらえる私に、起き上がられた陛下が声を荒げられます。

「何がおかしい!?」

「も、申し訳ございません」

 失礼でしたわ。まずは陛下の安否が一番ですのに。

ちなみに陛下を受け止めた騎士は、あー痛て、おー痛て、などと唸りながら、けろっとした顔で頭をぼりぼり掻いています。丈夫ですのね。

 起き上がられる支えになればと伸ばした手を、陛下は勢いよく振り払われました。

「どうかなさいました?」

「どうかなさいました? じゃない! そんなに無様か!?」

「……何が無様なのでしょう?」

「とぼけるな! 今嗤っただろうが! 木から落ちた余がそんなに無様かと言っている!」

「そのようなことはございませんわ」

「じゃぁ何故嗤った!?」

「え、えぇ……だって陛下の頭」

 私はそっと陛下の頭を指差しました。

「鳥の羽が突き刺さっているのですもの」

髪の毛に絡み付いてしまったのでしょう。鮮やかな緑色の羽が二本、うさぎの耳よろしく、ぴよっと突き出ているのです。

 私の指摘を受けて陛下の頭に目をやった騎士が、大笑いして突っ伏しました。

「ハーヴィス! 笑うな!!」

「いやいや笑わずにはいられないっしょ陛下それ。ぷくくく」

「ハーヴィス!」

 あぁ、騎士はハーヴィスという名前なのですね。

 私は陛下から羽をそっと引き取り、私の頭に乗せてみました。

陛下が口元をふるふると引き攣らせられます。あらやだ。お笑いになることをこらえていらっしゃるわ。

 私は変な顔をしてみました。どんな顔かはここでは語らぬようにいたしましょう。リリーが見たらくどくど説教し始めるような顔です。でも、子どもにはとても受けがよいのですよ。

 喉の奥を見せてばんばん地面を叩くハーヴィスを、陛下は振り返って怒鳴りつけられました。

 お二人の笑いが収まる頃を見計らい、私は羽を取り外しました。

「一体どのような御用でこちらへ?」

 私の問いに、陛下は心底呆れられたご様子でした。

「……お前に会いにきた。他にどんな理由がある?」

「あら、さようでございますか。まぁそれはそれは、ご足労賜りありがとうございます」

 私は深々と頭を下げました。お忙しいところ、申し訳ないことです。私に用事がおありでしたら、召喚くださればよろしかったのですわ。

「ハーヴィスがお前のところにも行ってやらねば、お前が拗ねるというのでな。会いに来いと手紙も……伝言すら寄越さぬのは、憤っている証拠だと」

「え? そのようなことはございませんけれど」

 陛下はお忙しくていらっしゃるのですもの。お若い時分、遊びたい盛りでございましょうに、それをこらえられ、必死にお仕事なさる陛下をお呼び立てするなど、とてもとても。

 陛下は私の返答に顔色を変えられ、ハーヴィスは顔を覆って空を仰ぎました。今日は本当にいい天気です。

「やはり、無理やりこちらに連れてこられたのは不満なのか?」

「お庭のお散歩は私が言い出したことですが?」

「誰が散歩のことだと言った!? この結婚のことだっ!!」

 私はぱちくりと瞬いて、首を横に振りました。

「無理やり結婚させられたわけではございませんもの。私は自分の意思でこちらに参りましたのよ?」

 父は、お前を嫁にやろうと思うんだが、それでよいかと、私にきちんと確認しました。いいですよ、と答えたのは私です。誰に強要されたわけでもありません。

「お前の祖国は美しい国だと聞いた。誰も離れたがらぬ恒久の平和を抱く国」

 世界の碧き宝石リュトレイア。満たすは青と白と人の笑いばかりなり。

「お前も離れたくなかったのではないか?」

「離れたくないのでしたら、私はここにおりません」

「……じゃぁ何故、会いに来いと言わない?」

「申し上げたほうがよろしいということでしょうか?」

「違う。不思議に思っているだけだ。他の妃たちは皆言うぞ。会いに来いと」

「はぁ、どうして言わぬのかとおっしゃられましても……」

部屋の片付けと、女官たちと仲良くなることと、散歩と読書が楽しかったので、忘れておりましたと口に出すのは、さすがに失礼かと思いますし……。

「余が、子どもだから不満なのか……?」

「いいえ、ですから、不満は一切ございませんと申し上げております。……あぁ陛下は、私が年上であることに不満を抱いていらっしゃるのでしょうか?」

 それならば申し訳ないことです。けれど私が年上であることはどう頑張(がんば)っても変えられません。ご不満でしたら放置してくださればよいのです。将来お子様が生まれた妃の方を正妃の位に据えていただいても、私は全く構いません。

「……そういうわけではない。お前がかなり年上で、驚いたが」

「でしたら問題はございません」

私は言い切って、立ち上がりました。

陛下はひどく汚れてしまわれましたから、湯浴みの準備を誰かに頼まなければ。

リリーはまだ戻らないのかしら。

きょろきょろ辺りを見回す私を、陛下は不思議そうに見上げられます。

「……他の妃たちは、余が子どもであることに不満なようだが」

私は他の妃の方々に、どうして、と尋ねたい気分でした。陛下は見目麗しい少年で、とても将来有望でいらっしゃるのです。

「すぐに大人になられますわ、陛下」

あっという間に素敵な殿方におなりでしょう。

「子ども時代は誰にでもあることです。胸を張って、子ども時代を満喫なさればよろしいのです」

 目を見開かれる陛下に、私は微笑んで付け加えます。

「もちろん、陛下は国王として大人であることを望まれることもおありでしょうから、大変かとは存じますが」

 私が陛下の年頃には、存分に悪戯をして両親を困らせたもの。いえ、主にリリーが泣いていたのかしら。

「……お前は自分が年上であることを気にしていないのか?」

「気にしておりません。……あとよく訊かれますが、私は自分の顔とのっぽがとても好きなので、陛下の横に並ぶことを恥じたり嫌だと思ったりしてもおりません」

 よく言われます。そんな顔でよくも陛下の妻になろうとしたものだと。正妃としては見劣りするらしいのです。リリーはそれを耳にするたびに、烈火の如く怒っているのですけれど、美しい顔立ちの方々を正妃に据えたほうが見栄えよいと客観的に見ていて思いますし。人の視線というものは疲れるので、目立ちたくない私としては、自分の平凡な顔立ちがとても好きです。

「それは何故だ?」

「何故?」

「普通は、自分の欠点を嫌うものだろう?」

「けってん……と、おっしゃられましても、これが私ですし……」

 そばかすは顔を柔らかく見せるそうです。それにそばかすが目立つぐらいに白い肌が気に入っています。身長があると、高いところに手が届いてとても便利ですし、リュトレイアの女官たち曰く、ドレスがとても映えるらしいのです。殿方と並ぶと見下ろしてしまう点が玉に瑕ですけれど。でも元々背が高いなら、年下で成長期に入っていらっしゃらない陛下を見下ろしてしまっても、今更でしょう?

 それに私、花を育てることと木登りと、持久走とかくれんぼが得意です。刺繍はちょっと苦手ですけれど、踊ったり歌ったりも得意です。よく妹たちにせがまれて、歌を歌ってあげたものです。

いいところがたくさんあるのに、嫌なところに悩むなんて面倒なこと、もうしたくはありません。

「陛下はお嫌いなのですか?」

「嫌いだ」

 吐き捨てるようにおっしゃる陛下が、とたんに気の毒になってしまいました。陛下のおっしゃり様は、まるでご自分そのものを嫌っておいでのようでしたので。

「陛下」

 私は腰を屈めて、陛下のお顔を覗き込みました。

「欠点を含めた自分を愛せない子は、欠点のある他人を同じように嫌ってしまうのですって。けれど、この世界にいる人たちは皆、欠点だらけなのですよ。完璧しか求められない人はかわいそうです。ほんの一握りしかいない完璧な人しか、お友達になれないということですから」

 皆が皆、聖人君子の美しい存在ではないのです。そんな存在でない自分を、私は誇らしく思います。

「陛下はたくさんの国民を愛さなければならないお方でしょう? でも民も皆、欠点ばかりの人たちなのですよ。だからまず、欠点をお持ちのご自分を一番愛してあげてくださいね」

 言いたいことを言えて、すっきりいたしました。私は再び腰を上げて、リリーを探します。あぁ彼女ってば本当に、どこまで人を呼びに行ったのかしら!

「くくく」

 忍び漏れる低い笑いに、私は陛下たちを振り返りました。まだ尻餅をついたままのハーヴィスが、口元を覆って肩を震わせています。

「陛下、こりゃぁ、たいした王妃様だぞ」

 はぁ、何のことでしょう。

 陛下も唖然とした顔で私を見返しておられましたが、ふいに相好を崩されて、おっしゃられました。

「ヘルミ、お前、へんな奴だな」

 とてもとても子どもの顔でお笑いになる陛下が、なんだか素晴らしくかわいくて、胸がきゅうっとなりました。それは生まれたての赤ん坊やふわふわの小鳥、ちいさなうさぎといったものを見たときの感覚に似ています。

 私は思わず顔を綻ばせ、頷きました。

「はい。よく言われますわ、アンディス様」





 後日、陛下は私の散歩にお付き合いくださるようになりました。

「そういえばヘルミ。お前は何故この国への輿入れを承諾したんだ?」

 隣を歩かれる陛下がおっしゃいます。私は嬉々として申し上げました。

「山間の国、というところに住んでみたかったのです!」

 祖国リュトレイアは海に面した国でした。小山や林はありましたが、小高い丘の上にある城から望める景色は、大陸内部へ向かう地平線か、延々と続く水平線が大部分を占めます。

 私に山への興味を持たせてくださったのは、リリーの曾お爺さまでした。かの方は異国のお話を幼い私にたくさん聞かせてくださいました。山の国のお話はそのうちのひとつだったのです。

かの方から耳にするお話で、私はすっかり山の虜になってしまいまして! 画集を集めてみたりしたのですけれど、それだけでは満足しきれず、住んでみたいと常々思っていたのです。

 ここラスパルは、霊峰と呼ばれる山脈に囲まれた盆地の国。城の裏手には針葉樹林に覆われた山が広がっております。細い清流が幾本も田園の狭間を流れ、遠くでは高山が銀色に雪化粧してそびえているのです。

なんて素敵!!

「……それだけなのか?」

「はい! それだけです!」

 私が握りこぶしでお答えいたしますと、陛下は何故か肩を落とされました。あら、私何かおかしなことを申し上げましたでしょうか?

 首を傾げる私を陛下はまたお笑いになって、まだ子どもらしい柔らかさの残る手で、私のそれを握り締められたのでした。

「じゃぁ余が山をまた案内してやろう」

「まぁ、本当ですか!」

 感激のあまり、私はどんな山に連れて行ってくださるのか、どんな道を通るのか、どんな景色なのか、矢継ぎ早に問いかけてしまいました。リリーにたしなめられたのは言うまでもありません。




 私と陛下がどんな風に山の散策を楽しんだかは、また別の機会があればお話いたしましょう。



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