道の分岐点
れいなの大魔法が発動した同じころ。
シルビアは、かのん達がイシュと激闘していた森から離れた、低い草に覆われた小高い丘の上にいた。
草むらが広がる中、所々に白い岩が飛び出たカルスト台地のような所、放牧でも出来そうな場所だ。
放牧された牛の変わりに、時折、密林野牛が、茶色のからだを揺らし、狂ったように群れをなして逃げ出してゆく。
「――ここまで凄いとは、アタシも予想外だったわね……」
そんな騒がしい星空の下、漆黒のレオタード姿のシルビアが腕を組み、岩の上から心配そうに見下ろす先には、凄まじい光景が広がっていた。
森の残骸と荒野が真っ赤に溶けて小さなマグマの池と化し、更にはボコボコ流星が降り注いでいる。
そして、灼熱の風が時々吹き抜け、彼女の紫の髪を撫でていた。
その姿は、さながら始原の地球。
大地が、この世の終わりを思わせる灼熱地獄と化している。
「アイツ(れいな)が一緒だから大丈夫と思うけど、三人とも無事で居てね……」
シルビアが祈る様な気持ちで、紅蓮に燃え盛る大地をジッと凝視していると、突然3人の気配、それと夫婦漫才の様な掛け合いが聞こえてきた。
「セージ……――何時まで、れいなさんにベタベタしているの?
蜂の巣をつつくような危機は去ったのだから、セージは早く離れなさいよ」
「そう言うかのんは、どうなんだよ?
お前こそ、何時までも抱きついている理由は無いだろ?」
と、――聞き覚えのある声で。
「!?」
シルビアが声の方を振り向くと、其処に有ったのは思いもしない光景だった。
かのんとセージの二人、それぞれ仲良く、かのんはれいなの胸にぎゅっと抱きつき、セージはバツ悪そうにれいなに背を向けたまま、恋人のように彼女の二の腕にしがみ付いていた。
佇むれいなの胸に抱きつくかのんに、腕にしがみ付くセージ。
三人旧知のなかのように、仲睦まじいように見える様子は、以前からは考えられもしない光景だった。
「私は女同士だから関係無いの」
と、かのんがれいなにしがみついたまま、シラーとした視線をセージに送ると、セージはムスっとした表情で、
「――れいなが蜂の巣を蹴る真似をしたから、オレも嫌々やってるだからな。間違っても、好きでやってるんじゃ無いからな」
と、二人で漫才のように言い争っている。
「……」
だが、抱きつかれている漆黒の女神は、かのんとセージがくっ付いたまま、腕を組み、整った顔で、クールな表情のまま、真っ赤に陽炎が立つ大地を凝視している。
「三人とも無事で良かった」
シルビアはそう言うと、三人の方に駆け寄り、表情を緩めながら言葉を継いだ。
「――しかし、この魔法の威力、流石、アンタが言うだけの事は有るわね」
「刃のテキストだけに載っている、禁呪だからね」
時折、吹き抜けてゆく紅蓮の爆風の中、漆黒の女神は硬い表情を崩さない。
彼女はシルビアの問いに、ただ淡々と答えてゆく。
「この魔法は、時間蝕の歪エネルギーを、魔力に変えて焼き払い、
そして残りの魔力を、上空に引っかかっていたアイツの隕石を叩き付けるのに使わせてもらったわ」
と、れいなは言うと、
「空間を操るルーンスペルの応用よ、空間の歪みエネルギーを操るから、人間が使う魔法とは桁が違うわ」
と、短く締めくくった。
魔力が尽きたのか、彼女の漆黒の翼は既に消えうせていた。
だが、警戒を解く様子は無い、ただ紅蓮の大地をクールに見つめている。
「れいな、魔法の御託は良いわ。
で、肝心の所は話してないけど……」
そう言うと、目を細めるシルビアは、静かに言葉を継いだ。
「ところで、アイツは……――倒したの?」
表情を崩さない漆黒の女神から、薄々何かを感じていたのだろう。
話の核心を尋ねると、れいなの表情が苦々しい物へ変わる。
「これで倒せていれば、ただの化け物。
――可愛いものよ」
「じゃあ……」
れいなのトーンを落とし話す含みの有る言葉に、かのんはブルーの瞳に憂いを浮かべ、彼女の顔をじっと見つめていた。
れいなは、かのんの問いに、ただ静かにうなずいて答える。
かのんの想像通り、と。
「れいな。アレだけの魔法に、駄目押しで隕石をこれでもかと言うほど落としたんだぞ?
――アレで生きていたら、マジで神だぜ!?」
セージはれいなの説明に眉をひそめ、納得のいかなそうな表情を浮かべていた。
アレだけの攻撃を耐えきったと言うのが信じられないようだ。
「この程度では死なないから、神というのよ」
れいなは、忌々しそうに返事を返すと、お気楽モードだったかのん達の空気が張り詰める。
だが、重い空気の中、彼女は淡々と自分の見た事実だけを口に出していった。
「アイツは伊達に神と名乗っていなかったわ。
――アイツにはどう言うスキルか判らないけど、『身霧』の他に、まだ隠し玉があった。
あたし達が転移する瞬間、イシュは輝く球体に包まれ、即死クラスの2つの魔法を耐えていたわ」
「バリアかよ、ここまで来ると反則っぽいな……」
「――あれがきっと、あの子が言っていた、イシュのバリア能力。
アイツはマーカーを目印にして、この辺りに時期に現れるわ」
「やっぱりね……そんな事だろうと思ってたわ」
シルビアは、予想の通りだったのだろう、そう言うと、両手を軽く広げながら左右にかぶりをふる。
こりゃダメだのポーズをとりながら更に続けた。
「れいな。 先に言っとくけど、アタシにはもう奥の手は無いよ。
で、アンタは何かある?」
「シルビア、あたしも、もうあるわけ無いでしょ?」
れいなはそう言うと、目を細め、シルビアと同じように両手を軽く上げながら左右にかぶりをふる。
お手上げ、打つ手なしという事だろう。
「肝心のかのんも、元に戻ってるし、
――あたし達の奥の手も尽きて、みんな満身創痍、事態は最悪って事ね」
シルビアはそう言うと、かのん、セージ、れいなの三人の順に視線を配る。
彼女はうすうす気がついていたのか、ため息一つだけ吐き、後は表情一つを変えないが、かのんとセージは、漆黒の女神にしがみ付いたまま、思わず顔を見合わせた。
「かのん、ど~する?」
「セージ、何をよ?」
「イシュだよ。
アレだけやってもアイツをまだ倒してないんだってよ。
しかも、コッチはみんな満身創痍のボロボロ、しかも、奥の手も使い切って、事態は最悪だってさ。
――かのんは、マダ何か隠し球でもまだ有りそうか?」
セージの諦めまじりの問いに、かのんは首を少し傾げ、少し考える仕草をする。
「セージ。 いい事を思いついたよ」
かのんは、突然ひらめいた様に口をひらいた。
「かのん……」
セージは思わず目を細め、そして不満ありありのように言葉を続けた。
「何時ものように『さっきは、ごめんにゃん』って、言うつもりかよ?」
暫くの沈黙が流れる。
「……――にゃあ♪」
セージに作戦を先読みされ、いたたまれずになったかのんは、ネコのように、一声鳴いた。
ネコ口、顔を洗う仕草を込みで。
――無駄鳴きである。
「……」
セージは、かのんの態度に次の言葉が出そうにないようだ。
目をただ、見開き顔をヒクつかせている。
「かのんじゃ無いけど、あたしもこの際イシュに『ゴメンにゃん』って言いたい気分よ」
二人の様子を見ていたれいなは、かのんとセージをネコつまみで、それぞれ胸と腕からバリバリと引き剥がしながら、
「――シルビア、アンタはどうするの?」
シルビアに向かい、イタズラっぽく尋ねた。
「アンタと同じで、『ニャア』と鳴いて済むなら、鳴きたい気分よ」と、シルビアは意地悪そうに口角をゆがめ、
「でも」、と短く短く言葉を区切り、
「――あたし達大人は、そうも行かないのよね~」、と彼女は背筋を伸ばすと、双剣を抜き、構えを取りながら締めくくった。
「其処は同感ね」
れいなはシルビアの意見に頷きながら、
「そうも行かないなら、お互い何か考えましょ。
――かのん、セージ、二人ともボンヤリしない、アイツが来るわよ!」
れいなはそう言うと、刀と短剣を抜き出し、月明かりの照らされる近くの草むらを見つめた。
其処には、陽炎のように空間が揺らぐのがみえる。
ザッ。
次の瞬間、草がつぶれる様な軽い音が、草むらに聞こえてきた。
「はぁはぁはぁ……」
陽炎の中から、霧が晴れるように現れたのは、崩れゆく白銀の槍を垂直に構えた女性。
れいなの言葉の通り、バリアのように白い光の珠に包まれたイシュだった。
しかし、息を切らせ現れた彼女の服や髪の一部が焼け焦げていた。
髪が焦げるような、嫌な臭いが、漂ってくる。
「神槍のバリア能力に救われたか……」
そんな中、神は肩で息を切らせ、青ざめた表情をしながら、砂のようにサラサラ崩れる落ちる神槍に目をおとしていた。
「まさか、この私が神槍の力を解放するまで追い詰められるなんて、ピエーフの言っていた事が正しいと言うの?
――えっ、この臭い!?」
自分の髪が、少し燃えた事に気がついたイシュの表情が変わる。
今までの様な表情ではない、顔をゆがめ、感情をあらわにしていた。
「わたしの美しい髪が、神の髪が紙の様に燃えるなんてぇっ!!
――こんなゴミ相手にして滅茶苦茶にぃ……。
ゴミが! クズが! 物の分際で、ムシケラどもがあがくなっ!」
神は、怒りの余り、目尻を裂くと、頭をくちゃくちゃとかきむしっている。
「……」
「……」
「……」
イシュの余りの憤怒ぶりに、れいなとシルビア、セージは絶句する。
――其処まで言う程の物かと言う表情で。
「もうキレた!」
イシュは短く吐き捨てると、阿修羅の表情でサンダルを脱ぎ捨て、ドレスの裾を無造作にまくりあげ生足を出すと、動きやすいように裾を短くなるように結わえた。
「楽に死ねると思うな、塵も残らないと思え。
遺伝子のかけらまで、滅砕してやろう!」
イシュは、そう言うと袖をまくりあげ、ゴキゴキと指を格闘家のように鳴らしだす。
彼女のコブシに力が集中し、紅蓮に光りだしてゆく。
其れだけではなかった、神が無意識のうちに垂れ流す魔力で、神の髪がおうおうと舞い上がり、紅蓮の無数の爆発がイシュの周りに巻き起こる。
余りの迫力に、空気が更に張り詰めたものになってゆく。
「でも、あの年で生足って、勇気有るよわね……」
しかし、かのんは生足を出したイシュに向かい、何時もの調子で空気を読まず、無邪気な表情で突っ込みを入れていた。
「かのん、今はそう言う事を言ってる場合じゃ無いだろ?」
と、セージは、かのんのボケは何時もの事だと思いながらも、真面目な顔で「でもさ」と短く区切り、
「自分の事を恥ずかしくも無く、中二病のように『神』って言ってる時点で、今更だろ?」
セージは事態を冷静に分析し、返事を返す。
――有る意味、ボケに真顔で冷静な答えを返す、冷酷な三枚こき下ろしである。
「たしかに、考えたらそうよね」
「それによく見たら、あいつの肌、汗を弾いてないぜ。
――見た目より年くってて、恥ずかしさも、へったくれも無くなってるんだよ」
「な、なんですって!?」
セージの冷静な肌からの年齢の分析に、イシュは一瞬固まり、目尻を吊り上げた。
「あんな風にはなりたくないわよね」
「だよなぁ」
「お互い気を付けましょ?」
かのんとセージは、イシュをチラリとみて、次の瞬間、お互い、顔を見合わせながら、うんうんうなずいていた。
――イシュみたいに、恥ずかしさも、へったくれも無くならないようにしましょう、と。
無邪気、だけど、ある意味、かちかち山の火傷をした狸に、唐辛子の傷薬ぬりつけるような、辛辣な同意であった。
「……(酷いわね、流石にアタシでも言えないわ)」
「……(子供って、有る意味残酷よね」
お互い、無言で顔を見合わせるシルビアとれいな。
流石に、それは敵ながら言いすぎだと、思いつつ。
「ガキども!!
――言いたいのはそれだけ?」
声を荒げ、足を踏み鳴らし、更に憤怒するイシュ。
彼女が無意識のうちに垂れ流す魔力に、更に無数の爆発がイシュの周りに巻き起こる。
だが、沸きあがる爆発の大きさに変化はない。
――確実にブチ切れの、憤怒にも関わらず、だ。
その様子に、れいなとシルビアはお互いニヤリとして、目配せする。
「よく見たら、汗を弾いていないのはアンタだけね」
れいなは、かのん、セージ、シルビアの順番に視線を送る。
三人とも、肌の上の汗は丸い球になっていた。
そして、イシュに視線を向けると、少しお気の毒そうな表情を浮かべて、
「若いうちから、ケアしないしないツケがでたんでしょ?
――いうなれば、自業自得。 あたし達はあんな風にならない様に気をつけましょ」
と、れいなは締めくくった。
シルビアは、
「自分達なら、今から頑張れば、まだ間に合うわね」
と、言いながら、汗が丸い球になっている腕をイシュに見せつけた。
「きぃぃぃ!!」
れいなとシルビアの冷たい突っ込みに、イシュはハンケチを食いちぎりそうな表情を浮かべる。
さらに、無数の爆発がイシュの周りに巻き起こ……
――らなかった。
今までとは違い、イシュから放たれる爆発の規模がプスプスと、小さくなってゆく。
「ようやく来たわね」
「いくら膨大な魔力を持とうとも、アレだけの魔法を連発して、魔力を垂れ流せばガス欠にでもなるわね」
その姿に、れいなとシルビアは、お互い邪悪に口角を歪めながら顔を見合わせた。
――やっと、魔力の底が来たわね。と思いつつ。
「ま、まさか、マサカその為に!?」
二人にマンマと挑発させられ、魔力の底が見え始めたイシュは此れでもないかと言うほど、目を見開いていた。
――余りの屈辱に。
「その通りよ、アンタが挑発にマンマと乗ってくれて助かったわ」
シルビアは、イシュにニヤリとしながら更に言葉を継いだ。
「ガキじゃあるまいし、普通、いい年した大人がそんな失礼な事を言うわけ無いでしょう?」
「きぃきぃぃぃぃ!!」
イシュは奥歯が砕けそうな程、歯を食いしばって居た。
「今度は、アンタの得物も無くて、『身霧』もなしで純粋に膂力だけで戦うつもり?
――魔力が無いなら、この場所ならあたし達の方が圧倒的に有利と思うわよ?」
れいなはそう言うと、指をパチッと鳴らす。
「何っ?」
「イシュ、アンタにも時期にわかるわよ」
怪訝そうな顔をするイシュに、れいなはクールにそう言うと、空の方をジッとみた。
満月を多い尽くすような黒雲のような影が掛かりはじめ、同時、ブゥウゥ~~~ンと言う不気味な無数の羽音が聞こえだした。
「……まさか、この気配!?」
「そうよ。 ワイズビー。
自分達のお家を壊されていきりたっているわ。
(……あたしが巣棚ごとこの近くまで強引に転移させたから、有る意味自分のマッチポンプだけどね)
この子の今の状態は、ハルマゲドンモード、同じ匂いのする同属以外は、辺りを無差別に攻撃するわよ」
れいなの説明が終わると、同時、イシュに黒い雲……蜂の群れが襲い掛かる。
「ちぃぃ!!!」
イシュは消えようとするが、ほんの数秒しか消えれない。
しかし、スズメほどの大きさのある蜂はそんなことはお構い無しで、ちくちく彼女に襲い掛かる。
かのん、シルビア、セージには、蜂は襲い掛かる気配は全くないが。
――もっとも、三人とも、ブンブン飛び回る無数の蜂を前にして、身動きは取れそうにないが。
「ちっ、今は引いてあげる。
けど、せいぜいレンの亡骸の上で後悔するのね、あなた達の無残な屍と共にね」
なす術の無くなったイシュはれいなを睨みつけ、言葉を吐き捨てると、ルーンを空に刻み、フッと消えていった
「ふぅ……やっと、アイツも逃げ出したようね」
「半端ない、相手だったわね」
「てか、アイツは何物なんだ!?」
れいな、シルビア、セージの3人が、戦闘の緊張から解き放たれて思い思いの意見を言う中、
かのんは、漆黒の女神をじっと見つめながら、「ありがとう、れいなさん」と感謝の言葉を言っていた。
「かのん、あんたには、礼を言われる筋合いはないよ」
「どうして?」
れいなは、かのんの問いにクールに返事を返す。
「あたしは、ここからは自分の道を行く。
(此処からは、あんた達とは一緒に居れない……、あたしの目指す終着点と、あんたとは道の終着点が違うのよ)」
「自分の道?」
シルビアとセージは、何となく気が付いて居たのだろう、沈黙を守っている。
かのんには、れいなの言葉の意味が判らなかったようだ。
ただ、れいなの瞳をじっと見つめていた。
「そうよ、此処からはアタシの作戦で動く。
時間蝕も消えた今、これだけ騒げばこの場所が見つかるのも時間の問題よ。
だから、アタシはその前に消えさせていただくわ、無駄な時間も体力ももう使えないからね」
れいなはクールにそう言うと、シルビアをチラリと見つめた。
「……そうね、アンタとは最後の目的が違うんだったわよね」
「シルビア、あんたの決着を此処でつける?」
シルビアは漆黒の女神の顔から何かを感じたのだろう、静かに瞼を閉じ、頭を左右にふる。
「行きなさい。
――でも、アタシたちの敵としてきた場合は容赦はしないからね」
「その時は、コッチも手加減はしないわ」
れいなは、目を細め悪戯っぽく微笑むと、ルーンを空中に刻み、
かのん達三人を残し、フッと虚空に消えて行った。




