心の在処
奥義の説明が始まった。
深い森の中、シルビアはセージの前で腕を組みながら、喋りだす。
「セージ、この流星乱舞と言うのはね」
「うん」
シルビアの説明を目を見開き、食い入るように聞くセージ。
彼の目の前でシルビアは胸をはり、大きく深呼吸一つ、
「――流星乱舞!」
刹那、咆哮と共にシルビアはセージの目の前でふっと彼女の姿が左右にブレ二人になった。
「「単に緩急つけた水月の高速移動で分身を出し、あとはタダ攻撃するだけよ」」
「そんなもの?」
セージは思わずズッコケそうになる。
まさかこんな単純な事が奥義とは思っていなかったようだ、次の言葉が出そうにない。
「ええ、そうよ」
その様子を分身したシルビアは、小さく口角を歪める。
――この子はまだまだ、甘いと思いつつ更に続けた。
「「攻撃のためにほんの少しの力を残し、後は速度にするのよ」」
――そんなものは水月が使えれば、誰でも使えるわ」」
「じゃあ、オレも既に使えるのか?」
シルビアは分身をけし、静かに頷く。
「……セージ、やれば判るわ。
奥義と呼ばれているゆえんがね」
「緩急つけた水月で、分身を出せば良いんだよな?」
「そうよ、出せればね」
ニヤリとするシルビア。
セージは彼女の言葉に引っかかる物を感じながらも、大きく深呼吸一つする。
「――流星乱舞!」
セージの咆哮。
しかし、分身は出てこない。
彼が出そうとしても、ただ早く動くだけだった。
「――うぉぉぉぉ!!」
セージはなおも左右に高速でドタドタ、顔を真っ赤にしてカニ走りで動き回っている。
これはある意味反復横とび。
――男のレオタード姿のままで……。
そのある意味、滑稽な姿にシルビアもクスリと笑い、目を細める。
「セージもういいわ。
――理由が判ったでしょ?」
「はぁはぁ……。
ただ緩急つけた水月で、分身を出せば良いんだろ?」
セージはそう言うと、ふて腐れようにごろんと仰向けに転がる。
「――何で出ないんだよ?」
「奥義だからよ、簡単に使えるようなると困るわ」
シルビアはふて腐れるセージを前して諭すような口調で続けた。
「水月が使えるのは奥義を使う最低条件。
ただし、水月を奥義に昇華させるのは別次元の問題よ、それは天性の才能に近いのかもしれない」
そう言うと、シルビアの体がブレ、横一列、五人に分身してみせる。
「「「「「体内の魔力のほぼ全てを水月に振り分ける事で、水月の高速移動が超神速に昇華するの。
余計な分配があっても奥義にならない、水月を極め昇華したもの……、
――それが流星乱舞よ」」」」」
セージは彼女の言葉を聞いた瞬間、背中に冷たい物が走る。
――奥義の難易度の高さに思わず身震いしていた。
オレに覚えれるのかと。
「セージ、少しは安心しなさい。
アンタにはきっと使いこなせるわ」
「何でだよ?」
胡乱な視線をするセージ。
シルビアは何か確信が有るように彼を力強く見続け、続けた。
「アンタはかのんが好きなのよね、
――そして、南風の事もあるでしょ?」
「ど、どうしてそれをシルビアさんが?」
意地く言うシルビアにセージは思わず赤面する。
かのんとの秘密を知られるとは思って見なかったようだ。
顔どころか耳まで赤くなりながら、目を白黒させている。
「アタシが何も知らないと思ってた?
ちゃんと全部お見通しよ」
シルビアは目を細め邪悪に口角を歪め更に続けた。
「実をいうと、この業はアタシも突然出来るようになったのよ。
――それまで何度やってもダメだった」
「シルビアさんでも?」
「そうよ、アタシも何度も何度も失敗して、有る時突然使えるようになったのよ」
シルビアは優しい視線でセージを見つめていた。
それは懐かしいものを見るような眼差しだった、そして考える。
(水月を使い高速移動をする二歩目、利き足とは逆で、残り全ての魔力を爆発させ加速する。
それが水月を奥義に昇華させるのよ。
そして、全ての魔力を使いつつそれで生き残る奇跡の技よ、それには少しも心に乱れがあっては出来ない。
セージ、アンタが自分の本当の気持ちに気が付いた今なら、奥義も使いこなせる筈よ。
ただ、足りないのは危機感だけだから)
次の瞬間、シルビアの表情が変わる。
冷たい暗殺者の表情だった。
「アタシが今から本気でアンタを殺す気で流星乱舞を放つ、
それをセージの流星乱舞ではじき返して生き残りなさい。
――それが奥義取得の条件よ」
セージは彼女の無茶な条件に背筋が凍り付く。
「出来るわけ無いだろ?」
「今できないなら何時まで経っても出来ないわよ、
アタシもそうして奥義を継承したのよ」
彼女の言葉を聞いてセージの表情が変わる。
覚悟を決めた男の表情だった。
そして、起き上がると頭を下げ、静かに頷いた。
「師匠、お願いします」
シルビアも無言で頷く。
二人の間に言葉は要らなかった。
「はぁぁぁ!!」
咆哮と共に殺意のオーラで彼女の全身を燃やした。本気の見せた死神から発せられる威圧で、おうおうと木の葉が舞い上がり、あたりの空気がビリビリと振動した。
「――流星乱舞!!」
シルビアの絶叫と共に13人に分身する。
――それは、彼女が本気で放つ奥義だった。
「行くわよ!」
彼女の姿が消失すると共にセージの周囲にあまたの彼女の虚像が取り囲む、分身たちが半球状に全方向から襲いかかった打撃は正に無数だった。
「くそぉ!!」
セージは彼女の圧倒的攻撃密度の壁の前に徐々に追い詰められていく。
ぞくっ!!
セージの背後に悪寒が走る。
口の中にアドレナリンの香りが立ち上る。
はっきりとしたイメージがあたまに浮かぶ。
――セージが転生前、ゆきなだった時トラックに跳ね飛ばされ、地面に強烈に叩きつけられた時のイメージだった。
衝撃、激痛、流れる血の温かさ、そして迫り来る無明の闇。
――自分の死の光景。
「たまるか、 死んでたまるかよ!!
かのんと一緒に居たいんだ!」
彼の魂の叫びとともに生きる意志があふれ出す。
「うぉぉぉぉ!!」
セージの魂の叫び。
絶叫と共に利き足とは逆の左に渾身の力を加え踏む込むと、地面の弾力が脚に伝わるのがわかる……。
左足が光ると同時に、彼の姿がブレル。
――刹那、彼の姿が消え失せていた。
「はぁはぁはぁはぁ……出来た」
息を荒げるセージは攻撃の壁から少し離れた場所から現れる。
ボコボコになっているが 立っていた。
その姿をシルビアは優しい視線で見つめている。
「見事よ。
それで良いのよセージ、生きようとする意志、それは何より強いわ」
其処にはすっと佇むシルビアがいた。




