夢魔狂宴
小屋から離れた森の中。
れいなは眠り込むかのんをお姫様だっこで抱き抱え、更に森の奥に有る広場へ進んでいた。
天空から零れる魔法陣からの青白い光は、二人を不気味に照らしている。
「ごめんね、かのん。
――あたしには……もうこれしか方法が無いの……」
れいなは憂いを帯びた表情のまま、優しく青白い光に照らされたかのんの顔をじっと見つめる。
――其処にはあどけない表情を浮かべた金髪の天使がいた。
「もし、アンタと別の出会い方をしたら、きっと……」
彼女の表情を見ていたれいなも 天使の様なかのんの表情に何時の間にか柔和な表情を浮かべていた。
ぽつり呟くれいなの脳裏に浮かんできたのは、魔王の村でかのんと初めて出会った時の事だった。
彼女と魔王の城で最悪の形で出会い、そしてかのんを殺そうとした時の事だった。
――過去に『もし』は無いけれど、もし時計の針を戻せるなら戻してみたい。
出会った時からやり直したい。
焼けるような悔恨の思いだった。
「そうだったよね……――過去は変えれないのよ」
かのんの表情に思わずセンチメンタルな気分になっていた柔和な表情を浮かべていたれいなは、頭をブンブンと強く左右に振る。
次の瞬間には、れいなは何時ものクールビューティの表情に戻っていた。
「……でもこれからの事は別よ、未来は変えてみせる。
何があってもレンを助ける……それがアタシが今生きて居る理由だから」
れいなは呟くと、恐ろしいほど冷たい表情を浮かべ、かのんを優しく近くの草むらに下ろした。
「――其の為には、もう一度悪魔にもなる」
れいなは深呼吸を一つすると、漆黒の翼を広げ、片手で噛みしめるように丁寧にルーンを切ってゆく。
――そして、虚空に次々と刻まれてゆくに紫の刻印。
「……漆黒の闇より悪夢よ出なさい。
――…夢魔狂宴」
魔文字を刻み終えたれいなが詠唱を終えるや否や、ルーン文字に縁どられた魔法陣が金髪の天使を取り囲む。
そして、地面で眠り込むかのんの周りに紫色の煙が立ちこめ始めていった。
「甘えん坊のかのん、地獄へ行って来なさい」
冷たい表情を浮かべるれいなはそう呟くと、両の手をパンと合わせる。
次の瞬間、かのんを取り囲んでいた紫煙がドームの様に包み込んで行く。
”
床で眠り込んでいたかのんは紫の煙に包まれた薄暗い空間で目をさました。
見回しても何もない、だだっ広い空間だった。
ただ足元にはヒンヤリとしたうすい靄の様な煙が漂っている。
「ここは?
――みんなは何処なの?」
かのんは呟くが何処からも返事はない。
ただ彼女の声がエコの様に響いている。
「誰か居るの?」
かのんから、すこし離れた場所に明かりが見えた。
思わずその場所まで大急ぎで駆け寄るかのん。
「其処に居るのはセージ?
――いやぁぁぁ、シルビアさん!!!」
かのんは其処にあった光景に思わず絶叫をあげる。
まるで絹を裂くような魂の奥から湧き出すような悲鳴だった。
そこに合ったのは、地獄の光景だった。
全裸のシルビアは目を大きく見開き、仰向けの状態で胸に剣を突き立てられている。
そして、体中に無数の傷跡と白い液がべったり付着し――内太股には白い筋が見える。
――彼女の口からは赤いルージュが零れ、既に息絶えているのが判った。
シルビアに何があったか、鈍感なかのんでも想像するのは堅くなかった。
正視に耐えないかのんはへたり込み、思わず視線をシルビアから逸らした。
「――!!!」
声ににならない金髪の天使の絶叫。
彼女の側では、イザベラも同じような格好で息たえている。
「み、……――みんなどうして!?」
あまりの凄惨な光景に事実を受け入れきれず、へたり込み、呆然とするかのん。
「なかなかの出来だろ?」
どこかで聞いたような声に振り向くと、ソコにいたのは豪勢な服を着た男。
国王エアフォルクだった。
「全部オレがやったんだぜ、気に入ってくれたか?
特にネコは最後まで良い声で鳴きながら死んでくれたぜ」
彼はいやらしい笑い声をあげながら、全裸の女性に辱めを与えている。
「……れ、れいなさん!?」
その女性は後ろ手に縛られたれいなだった。
彼女のいつもの気丈さは完全に失われ、目には抵抗する気力は既に無いようだ。
されるがままになっていた。
「かのん… たすけて…」
まるで蚊が鳴くような声で力無く、懇願するれいな。
「れいなさん。 すぐに助けるね!!」
呆然としていたかのんは気をもどす。
そして剣をぬき、れいなに駆け寄ろうとした。
「はい、残念賞!!」
刹那、エアフォルクは金髪の天使が近寄る寸前にれいなの胸に刃を突き立てたのだ。
――刃はれいなの胸に沈み込む。
そして、続いて聞こえる漆黒の女神の断末魔と口から零れる赤い液体。
「れ、れいなさん!!!」
かのんの問いかけにれいなからの返事は無い。
「……許さない!」
「――何を許さないんだ?」
怒りに震えるかのん。
しかし、彼はかのんに気にする様子もなく、れいなの亡骸に覆い被さり更に辱めを与えていた。
そして、れいなの骸の手を人形の様につかんでゆすってみせた。
「お前には誰も殺せないんだよなぁ~ばいばい!
――俺は次の娘ヤるのにいそがしいんだ」
隣には、白いスポーツブラに白いショーツを付けたボーイッシュな娘。
――其処に居たのは、後ろ手に縛られ、顔には無数の痣を付け、ぐったりとしたゆきなだった。
何も話す力すら無いようだ、ただ人形の様に横たわっている。
「……させない…」
ぼろぼろにされた親友の姿にかのんは震えながら剣に魔力を込め始める。
そして、ぼんやり光始める刃。
それは、かのんが見せる本気の殺意だった。
「何だって?」
「――殺させない!!
あなたを倒してもゆきなを殺させないっ!」
エアフォルクの問いに、かのんは怒りに震えながら剣を最上段に構える。
金髪の天使の体からは漆黒のオーラが湧き出し始め、彼女の周りに纏わりついてゆく。
「あなたを殺さなければ、次の誰かが死ぬの……。
わたしのせいで…ゆきなが…
わたしが迷ったせいで…」
かのんは無表情につぶやく。
そして彼女は剣の柄を血が滲むほど握りしめていた。
かのんの表情が変わる。
泉の底に居たもう一人のカノンの様に、恐ろしく冷たい表情になっていた。
「この女もすぐ同じようにしてやるから…」
エアフォルクは非情にもゆきなに刃を突き立てる。
――刃は彼女の胸に沈み込む。
続いて聞こえる、親友の断末魔と口から零れる赤い液体。
「――いやぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫
「全部嫌い、嫌い、嫌い、嫌い――………全部全部消えて!!!!」
かのんの絶叫。
天を仰ぎ喉が張り裂けるほどの声量。
同時に沸きだした全ての光を飲みこむような漆黒のオーラが彼女の体中を被い尽くしてゆく。
そして、空間をも埋め尽くしていった。
(最初からこうしたら良かったのよ、このまま、わたしに任せてみて……)
かのんの魂の奥底から声が聞こえてきた。
那由多の距離から聞こえるような小さく、凍結地獄のように冷たく重い悪魔の様な呼び声だった。
(――私に任せれば、悪夢は全て終わるわ)
「うん…」
地獄からの呼び声にかのんは静かに目を閉じる。
――巻き起こる漆黒の閃光。
――そして、地面を揺らすほどの爆風。
次の瞬間、饒舌だったエアフォルクが喋るのぱったり途切れた。
かのんが放った、巨大な一撃が魔法陣を含めた辺りの物を全て飲み込み消し去っていたのだ。
そこに有ったのは、かのんが寝ていた森。
だが、森と言うのは間違いかもしれない、ソコには爆風で吹き飛ばされた瓦礫しかのこって居なかったから。
かのんの居た辺りにはクレーターが出来、有った筈の森は消えうせ、見渡す限りの広野に変わり果てていた。
ただ瓦礫と化した森の残骸を天空の青白い光が照らすだけだった。
ぱちぱちぱち!
かのんの背後から荒野に場違いな音が響く。
まるで手を叩く様な景気の良い音だった。
「かのん、荒療治だったけど陽光の会得おめでとう。
今までのは全て 私の夢魔狂宴で作り出した幻よ」
そこに居たのはれいなだった。
夢魔狂宴を使って かのんを精神的に追い込むと言う、荒療治の成果に思わず手をたたいていた。
――かのんの地獄の修行はれいなにとって想像以上の成果だったようだ。
れいなは満面の笑みを浮かべていた。
「――やっと、でてこれた」
かのんはれいなに返事を返す事も無く、寝起きの様に頭を軽く左右にふる。
そして振り向きざまに呟くと、れいなを見つけ笑みを浮かべた。
――それは、魔孔で見せたもう一人のかのんが浮かべていたような、背筋の凍る悪魔のようなぞっとする笑みだった。
あたりを冥府の様な冷たい気配が包み込んでゆく。
余りにも長くなるので、ここで投稿です。
早いうちに後半を投稿します。




