斜陽の傷痕
森の中にある小屋の前で向かい合って座り込むかのんとれいな。
星辰十二鎖牢の魔方陣の下でのレッスンは続いて居た。
「かのん、星光と言うのは判るわよね?」
「うん。 風船細工みたいに魔力の形を変える事よね♪」
れいなはかのんに尋ねると、答えが判って居るのが嬉しいのか、子供のように元気よく答えるかのん。
「風船細工……ね」
れいなは目を細め更に質問を続けた。
この子は星光の本質を理解して無いと思いつつ。
「じゃあ それは何の為に魔力の形を変化させると思う?」
暫し考えるかのん。
「それは……宴会の隠し芸のため!」
かのんが真顔で大真面目に答えると れいなは思わず肩をがっくり落とした。
「か、かのん……。宴会芸でも受けそうだけど、本質はもっと実用的な理由よ」
「実用的な理由?」
「そうよ」
答えに困ったかのんはあり得ない位首をかしげ、ぽつり苦し紛れに答えた。
「じゃあ……ウサギの格好して大道芸で稼ぐの?」
「……何も変わって居ないでしょ?」
れいなはあまりの的外れな答えに眩暈を覚えそうになる。
頭を押さえながら、かのんの隣に座り直す。
そして、れいなはネコでも判るように身振り手振りを交えて説明を続けだした。
「通常の精霊魔法に星光を上乗せする事で変形させ、魔法に形態変化を付け加えれるの」
「うにゃ?」
かのんはあまりの難しさに混乱したようだ。
思わず猫口になって判らない事を誤魔化そうとしている。
れいなは頭痛がしてきたのだろう、思わず「ふぅ」とため息を吐き出した。
――(猫に芸を教える方が楽ね)と思いつつ。
「あんたの場合は見せた方が早いわ……」
れいなは集中すると体中が淡く光り出す。
そして、魔力を掲げた指先に集めだすと小さな火玉になっていく。
――精霊魔法火球だ。
「ここまでが普通の魔道ファイヤーボール。 此処まではわかるわよね?」
「うん」
此処までは判っているらしく、頷くかのん。
「そしてこれが星光の形態変化を付け加えたものよ」
れいなはふっと息を吸い込み意識を高める。
「火球よ、燃え狂え」
彼女の周りのオーラが収斂し、火の玉を太陽のような灼熱の光球に変化してゆく。
余程かのんは驚いたのだろう。
目を丸くして茫然と魔法を見つめて居た。
「これってれいなさんが村で見せた魔法……」
「そうよ。 今のは火に変化させた魔力を太陽の様に形態変化させて威力を高めて居るわ」
れいなの説明にかのんは何か掴んだようだ。
目を大きく見開いて口を開く。
「……形態変化させることで、魔法を一段階強化する感じなの? パフェにチョコチップをトッピングする感じで…」
れいなをじっと見ながら大真面目に説明をするかのん。
あまりの幼稚な例えをする彼女にれいなは思わず顔が引きつりそうになっていた。
「ま、まあ……大体そんな感じかな? かのんならそんな感じで理解したら大丈夫よ」
「じゃあシェリルさんの追尾する 不死鳥も同じ形態変化なの?」
恐る恐る尋ねるかのんの問いにれいなは視線を斜めにして考える仕草をする。
「それは半分正解で半分間違いね」
「どう言う事なの?」
「あんたの場合、見せた方が早いわね」
首を傾げ不思議がるかのんにれいなは説明を始めた。
彼女はすっと腕を上にあげ光球を小鳥のように変化させる。
「此処まではあたしでも出来る。 大体の魔法は4種の魔法の組み合わせに形態変化で出来ているから」
「れいなさんは 不死鳥も使えるの?」
羨望の眼差しでれいなを見つめるかのん。
しかし、れいなは首を小さく横に振る。
「出来るのは此処まで」
「此処まで?」
「そうよ」
れいなはきっぱり言い切った。
「じゃあ、れいなさんでもあの魔法は使えないの?」
「無理ね、特性を乗せたものは本人しか使えないのよ。 アイツの 不死鳥 場合は、さらに魔法を疑似生命体にする彼女独自の特性も混じって居るからね」
「???」
かのんは何の事か判らず思わずきょとんとする。
「この魔法の名前は 火の鳥と言うの」
れいなは腕を高く掲げ焔の鷹を真上に放つ。
しかしそれは追尾する能力は無いようで天高く一直線に飛び去って行った。
「まっすぐにしか飛ばないでしょ?」
「……うん」
「炎系魔法を鳥の様に形を変え飛距離を稼ぐのはあたしでも出来る……――でも其処まで。 更に特性を乗せて誘導弾にするのは出来ないのよ」
「チョコチップの上にコーンフレークのトッピングを追加するのが出来ない感じね」
大真面目にかのんが解説するとれいなは思わず腰が砕けそうになる。
「まあそんな感じよ……――そしてこれが本題。 かのん良く見て置きなさい」
れいなは軽く広げた右手から青白いオーラ、左手からは赤いオーラを同時に出した。
「月光と陽光を同時に出して水月の攻撃バージョンの魔力を練るの。
そして本来は放出する魔力を体にとどめるように形態変化させる」
れいなは両手を合わせると、次の瞬間には二つのオーラが入り混じり紫のオーラに変わる。
刹那、彼女の体に吸い込まれてゆく。
「此れが肉体強化よ」
「どうやるの……」
やり方がまったく見えて来ないかのんは思わず固まり、ポツリ呟いた。
「言うと思ってた……そこを今から説明するから」
れいなは呆れ顔で更に続ける。
「このスキルの会得には3段階の過程がいるの。
――まずは潜在魔力を引き出す。
――つぎに陽光と月光を引き出すの。
――最後に体の中に留める様に形態変化よ」
れいなの説明にかのんは腑が落ちないようだ。
首を傾げながられいなに尋ねる。
「陽光と月光を引き出して、形態変化だけじゃダメなの?」
「そうね、かのんが言うのも間違いじゃ無い。……でもソレじゃダメなのよ」
「えっ? どうして!?」
「それはね……」
不思議がるかのんを横目に、れいなはすっと立ち上がると近くの岩まで歩を進める。
彼女の数倍はある巨大な岩だ。
「潜在魔力を使わずに肉体強化させたものがこれよ」
れいなは演舞のような流れるような動きで岩に蹴りをいれる。
刹那、「びしっ」と言う音と共に小さな傷が刻まれた。
「れいなさん、かっこいい!!」
空手家の演武のような姿に大興奮のかのん。
しかしれいなはクールビューティーの表情一つ変えない。
「……今度は潜在魔力も引き出してやってみせるわ」
ふる~っと大きく息を吐くとれいなは漆黒の翼を展開する。
そして体中が淡い光に包まれた。
「……行くわよ」
れいなは鋭い蹴りを放つ。
甲高い風切音と共に放たれた一撃は光の軌跡を残して岩に吸い込まてゆく。
――刹那。
巨岩には天地左右斬り裂く様に深い溝が刻まれる。
そして岩はびしっ! という音をたてて崩壊した。
「潜在魔力も引きだせば肉体強化も爆発的に強化されるの。
これならルークとも互角に戦える筈よ……――もっともルーク位の達人になれば無意識に使っているのでしょうけど」
岩の残骸を背にして漆黒の女神は口を開く。
「怖いっ!!」
「どうしたの、かのん?!」
れいなの技をみたかのんは震えが止まらなくなった。
体をまるめ子羊のように震えている。
魔王の村でれいなに瀕死の重傷を負った事を思い出していた。
「……昔の事を思い出したの……」
れいなは真っ青になったかのんの背中をなでて落ち着かせようとしている。
しかし、金髪の天使はなおもがたがた震えていた。
「かのん、ごめん。 あんたの前でこの技を見せるなんて無神経だったね…」
れいなは震えるかのんを優しく抱きしめ、静かに口を開いた。
漆黒の女神の頬には光る筋が浮かんでいる。
「本当にあの時はごめんなさい。 …謝って済むものじゃ無かったよね…」
「……ううん。 もう平気よ」
かのんは気丈に振る舞うが声だけは震えていた。
その様子にれいなは更にやるせない気持ちになってゆく。
「大丈夫、もうじきあんたが怯えないで済むようになるからね」
「れいなさん……」
かのんはれいなの言葉に何かひっかる物を感じたようだ。
恐る恐る尋ねようとするが、れいなの寂しい表情をみるとその先を聞けなかった。
そして、れいなの体が震えがかのんにも伝わって来た。
まるで彼女が何か覚悟を決めているような、罪に怯える子羊の様な震えだった。
「何? かのん?」
「――ううん、何でもないよ……」
れいなは神妙な顔をするかのんに表情を悟られない様に話題を変えた。
「かのん、この近くに小さな温泉沸いてるから、とりあえずそこで暖まろうか? 温まれば少しは落ち着くと思うから」
「そうね……」
星辰十二鎖牢の魔方陣の下、震える二人は何時までも佇んでいた。




